兆候
異世界探偵シリーズ第2弾!
今回は現実世界のお話。
残酷な、運命のお話。
誰も望んでなどいなかった。
パパも、ママも、わたしも。誰も。
かみさまはとっても無慈悲なお人だ。
だって、かみさまはわたしに『普通の生活を送る』というごくありふれた願いさえ叶えてくれないのだから。
ずっと憧れている。
パパと、ママと、兄弟と、友達と毎日笑って過ごす生活を。
朝日を浴び、ママに布団を剥がされて渋々起きる。焼きたてのトーストを頬張り、身なりを整えて学校に行く。
その道中に友達と出会って、笑顔でおはよう。
他愛もない話をしていたら学校に着いて、教室に入ればたくさんの人がいて。
少しだけ退屈な授業を受けて、みんなで机を囲んでランチを食べる。
家に帰って家族でディナーを楽しみつつ今日あったことを語り合う。
シャワーを浴びて、夢の中に落ちる。
その繰り返し。
これがわたしの願う日常。
しかし現実は違う。
ママはわたしが壊した。
兄はわたしが壊した。
友達はわたしが壊した。
お皿も、フォークも、おうちも、お花も。
何もかも。
唯一残ったパパとも、手を繋ぐことすら許されない。その温もりを感じることはできない。
いや、そもそもそんなことを感じた記憶はあるのだろうか――
わたしはふこうな人なんだ。
だからわたしはここに連れてこられたんだ。
知らない人に追いかけられて、閉じ込められて、逃げたらまた追われて。
もういやだ。誰か、わたしを……
「お嬢ちゃん大丈夫? お母さんとはぐれちゃったの?」
暗い路地にうずくまっているわたし。そこに偶然通りかかったであろう女性が語りかける。
「ここにいたら危ないわ。おうちは? ん、あなたって……そう、じゃあ交番に行きましょうか」
細くて綺麗な手が伸びてくる。
ダメ。わたしに触っちゃダメ。
お願いやめて、わたしに近寄らないで。
わたしを、壊さないで。
●
それはごくありふれた平日の深夜。
昼間とは打って変わって、ビルの看板や居酒屋から零れる灯りで満たされる街並み。
そんな夜、終電に乗るべく、顔を赤くした一人の男が千鳥足で駅へと歩いていた。
ゴキゲンに鼻歌を混じえつつ、上手く動かない足を引きずるように歩を進めていると、路地裏からなにかが流れてくるのが目に入る。
「うん? なんだぁこれ?」
暗いのもあり、その液体の色はわからない。
男は特に意味もなく、その流れる先を追っていた。
きっと、これを見てすぐに元の形を言い当てるものはいないだろう。
散り散りになった肉は周辺に転がり、骨は砕けてガラス片のように靴の裏に刺さる。
かろうじて形を残した頭を見たとき、男はそれが『どんなものであったか』を理解した。
アルコールで麻痺した感覚は強制的に引き戻され、鼻を刺す生臭い香りと、目に映るのは──
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぉぁぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
これが災厄の始まり。
後に『パンドラの箱事件』と呼ばれる、凄惨な日々の始まりを告げる合図となった。