第六話
五月に入るとグラウンドの隅に生えている数少ない木々たちは
陽の光を精一杯浴びるべく、新緑の葉を大きく広げ、境界に張られた
ネットを毎日毎日押し続けていた。
毎年初夏のころから始まり、夏本番とともに木々がネットを破るほどに
張り出して、秋になり黄色く色づいた葉が落ち始めるとともにネットが
元の位置に戻ることとなる。
新入生たちも入学してから一ヶ月も立つと見た目も少しずつ高校生らしくなり、
いつか聴いた歌にあった大人の階段を登り始めているようにも思えてくる。
四月の下旬から行われているインターハイ予選もシード校が続々と登場し始め、
彼らの高校もゴールデンウィーク明けの日曜日に初戦を迎えた。
練習試合で過去何度か対戦したことのある私立高校が初戦の相手で、
対戦戦績は有利であった。普段通りの試合ができれば勝てそうな相手ではあったが、
初戦の緊張もあり前半は相手高校に押される場面も見られて、
府選抜のゴールキーパーにも選ばれている室町先輩の活躍が目立った。
後半に入ると試合にも慣れてゲーム感覚が戻り、後半二十五分にフリーキックからの
ヘディングで一点を上げ、試合終了間際に相手高校のオウンゴールがダメ押しとなり
二対0で初戦をものにした。
翌週に行われた第二戦の相手は公立の強豪校で両校共に守備が堅く、
前後半を通して点が入らないままPK戦となった。
PK戦となるとここぞとばかりに室町先輩の活躍が予想された。
まず相手高校一人目のキッカーが、インサイドキックで丁寧にゴール左サイドへ
蹴ったボールは一人目という緊張のせいか少し甘いコース飛んだ。
室町先輩の横っ飛び一閃、パンチングで大きくゴールの外へはじきだした。
この勢いに乗り、先輩達は三人連続でPKを決めていき、有利な展開となっていた。
相手高校も一人目以降は、二人目・三人目が落ち着いてPKを決め、四人目のキッカーが
右サイドやや真ん中寄りに蹴ったボールは、逆方向にヤマを張り重心も既に移動もしていた
室町先輩だが、もはやPK職人と呼んでもいいほどの俊敏さで伸ばした足に当てて
ゴールを死守した。
次に決めれば彼らの勝利となる四人目には、二年生ながらレギュラーとして
出場している森下先輩が登場し、落ち着いてゴール右隅に蹴り込み厳しい試合をものにした。
この勝利によって、府内のベスト十六まで勝ち上がったこととなり、
ベスト八をかけた試合は過去に大阪大会を制したこともある私立の強豪校との
対戦が決まった。
「今度の試合も、厳しいとは思うけど負けられへんぞ。全員で勝ちに行こう」
キャプテンである清水先輩が試合翌日の練習後に全員を集合させ、試合の意気込みを
言って練習が終了した。応援よろしく頼むな、清水先輩は最後に一年生たちにも
声をかけた後、部室に戻っていった。
「お疲れ様でした。失礼します」
一年生たちも今度の試合の重要さを肌で感じ、挨拶にいつも以上の気合が入っていた。
ベスト八をかけた試合当日、レギュラーメンバーと控えメンバー数人の
ウォーミングアップを手伝った後、残りの部員全員で応援の練習を行い、
二年生でサッカー部応援団長を任されている新谷先輩は、一年生たちにも
更なる気合を入れ、掛け声のチェックをしていた。
「みんなでしっかり声出していくぞ!まずは、清水キャプテンバージョンから
『行け行け清水・押せ押せ清水』、はい続けて」
全員が大きな声を張り上げ、
「行け行け清水・押せ押せ清水」
と繰り返した。
「駿、声出てるか!」
普段から新谷先輩と仲の良い駿が注意を受けたが、調子の良い駿は、
「大丈夫です。新谷先輩よりは大きい声が出ています!」
と大きな声で答えたが、その瞬間に新谷先輩の本当に痛い蹴りが
駿のお尻にくい込んでいた。