第五話
新入生達の高校生活も暫くすると、新鮮な日々が日常となり、サッカー部の
練習でもお客さん扱いが終わって、先輩からの指示も厳しくなっていた。
現三年生は、二年生の冬に行われる新人戦で公立高校としては上出来の
ベスト十六に入り、インターハイ予選のシード権を得たため、初戦である三回戦は
五月のゴールデンウィーク明けに予定されていた。
秋良たちは、帰りに駄菓子屋によることがすでに日課となり、その日もいつも通り
ジュースや駄菓子を食べながら、一時間近くを過ごしていた。
「やっぱり、先輩らの練習は気合い入ってるよな」
この日の練習から一年生数人が一軍の練習に加わるようになり、由斗はそのうちの
一人に選ばれ、今日の練習を振り返って言った。
「インターハイ予選近いからな、そら気合入るで。俺らもきっちりフォローしていかんとな」
同じく一軍の練習に参加した生真面目な篤志が、肩のあたりをさすりながら続けた。
秋良たちと帰る方向が同じであることが分かって、篤志は自然と仲良くなり
駄菓子屋メンバーに加わっていた。
「お前はほんまに真面目なコメントすんな。どうせ試合には出られへんのに」
高校からサッカーを始めた比呂は当然二軍で練習しており、三年生の結果など
あまり気にならないようで、ガブリとコーラを飲みながら言った。
「せやけど、どうせやったら、良いとこまで行って欲しいやん。なあ秋良」
「まあな、弱いよりは良いわな、どうせやったら。まあ二軍はまだリラックスして
練習してるけど」
まだ一軍に上がれていない秋良は、篤志の問いかけに対し、複雑な思いを
抱きながら答えた。中学時代からサッカーをしていた一年生で一軍に上がれていない
メンバーは多くいるのだが、やはり一軍と二軍の練習では質が異なるように思え、
引き離されていく気がしていた。
「二軍でも、三年生結構気合入ってるで、俺今日えらい怒られたもん」
篤志同様、帰る方向が同じと分かって、駄菓子屋メンバーになっている駿が言った。
「お前はふざけてるからやろ。しかも見た目がひ弱そうやから、余計怒られるんちゃうか」
すかさず比呂が茶化した。
「関係無いやろ、見た目は。ほんでそもそも、この分厚い胸筋のどこがひ弱そうやねん」
背が高く、細身の身体をしている駿だが、人が思っているよりも自分の身体に自信が
あるようで、お世辞にもあまり筋肉が付いているとは思われない胸をさすりながら答えた。
「駿、笑かさんといてくれ。ジュース溢してもうたやんけ」
由斗が腹を抱え、その胸のどこがやねん、と笑い転げていた。
彼らのやり取りを聞きながら、秋良は入学当初に見た白いリボンの女の子のことを
ふと思い出していた。あの後、何回か姿を見かけたものの知り合うきっかけも無いまま
過ごしていたが、先週サッカー部の先輩と並んで帰っていたところを見かけて気に
なっていた。その先輩は、髪は少し長めのサラサラヘアで、背も高い上に、三年生の中でも
一・二を争うほどの男前、尚且つレギュラーでゲームメーカーという天に二物どころか
何物も与えられている非の打ち所の無い先輩であった。
そらあの人に誘われたら断る理由無いやろな、秋良は自分と比較して、
我ながら納得していた。
「何、考えこんでんの?秋良」
今日も二本目の炭酸飲料を飲んでいる由斗は、先ほどから黙り込んでいる秋良を
見て尋ねた。
「いや別に、話聞いてただけやで」
急に由斗に話しかけられて驚いた秋良はさっきまで考えていたことを感づかれないように、
あいまいに答えた。
「ほんまか?なんか変やな」
勘の鋭い比呂が、お気に入りのコーン味のスナック菓子を頬張りながら、
何かを感じ取ったように聞いた。
「何にも無いって、何があんの?」
「いや、分からんけど、何となく。お嬢様のことでも考えてたんちゃうか?」
「なんやねんそれ、もう忘れとったわ」
秋良はドキッとしながら、かろうじて取り繕った。
「あ、そう。ほな良いけど。こないだ先輩と一緒に帰ってたもんな」
比呂の勘は、核心を付いていたが、秋良は意に介さない振りをして、
チョコレートがまぶされた駄菓子を食べ続けた。
「いつ、誰が、どの先輩と、一緒に帰ってたん?」
新しい駄菓子を買って戻ってきた由斗が、興味津々の顔で参戦してきた。
「そういえば、篤志の彼女は、同じ中学の子で高校も一緒なんやろ、何組なん?」
秋良は話がややこしい方向にいく前に、話題を変えるのが得策と思い、
十年以上はこの場所に置かれているであろう端が少し欠け、オリジナルの黄色からは
相当色の褪せたビールケースに座って、スポーツドリンクを飲んでいる篤志に尋ねた。
「おい、秋良、話変えんなや」
由斗は、駄菓子の袋を開けながら、絶好のネタを逃がさないように、話題を戻そうとした。
「俺の彼女は三組やけど、お嬢様って何なん、秋良?」
篤志は、ビールケースの向きを変えつつ、秋良の質問に簡潔に答え、
話題を秋良の話に戻した。
「俺が説明したるわ。秋良が入学して直ぐの全体集会の後に可愛いお嬢様系の
女の子に一目ぼれしてん」
由斗が嬉しそうに話を続け、別に好きなわけやないと、秋良が話し出すのを遮り
比呂が続いた。
「ほんでやな、先週俺と秋良が一緒に帰ってるときに、そのお嬢様が田川先輩と
一緒に帰ってたのを見てもうたわけや」
「なるほどね、だから黙り込んでたんやな。確かに田川先輩が相手やと、
五人ぐらい退場になって試合してるみたいやわな」
由斗は、恋愛をサッカーの試合に例え、圧倒的不利な状況であることを説明した。
比呂と由斗の話を聞いた秋良は、そらお前らの言うとおりやけど、そこまでの差かい、
勝てるわけないやないか、と内心憮然としながらも、全身のあらん限りの神経と筋肉に
平静を装う司令を出して立ち上がり、彼らが座っている位置から少し離れた缶ジュースの
自動販売機の横に置かれている冷凍庫に向かい、ソーダ味のアイスを取り出して、
彼らに答えた。
「あのな、可愛い子がおるとは言うたけど、別に好きやとか言うてないやろ。
なんでそんな話がデカなんねん」
「そないムキになるならんでも」
由斗・比呂・篤志・駿の全員があきらに突っ込みを入れた。
「別にムキになってへんやん」
秋良は、おばちゃんに五十円を渡して袋を破り、冷えたアイスをかじった。
「冷た!おばちゃんこれ冷やし過ぎちゃう?冷凍庫」
「そんなことあらへんよ、話の続きは?ごまかしなや」
一部始終を聞いていたおばちゃんが、にこやかに鋭い突っ込みを入れると、せやろ、
こいつせこいから、と由斗がおばちゃんに相乗りした。
「だから何でも無いって言うてるやん。おばちゃんまで、ほんまにやらしいわ。
聞いてないようで聞いてるな。お宅のご主人」
秋良は、駄菓子屋で飼われている小太りで人懐っこい三毛猫の頭を撫でながら言った。
されるがままの三毛猫は気持ちよさそうに目を瞑り、コンクリートの上に横になって、
秋良に身を任せていた。