第四話
二年前に発足したJリーグにによるサッカーブームも影響してか、
グラウンドには新入生30名近くが体験入部に顔を出していた。
入部案内には、ケガをして練習に参加できない上級生があたり、
レギュラー組が一軍で、残りのメンバーが二軍となること、
練習後にはグラウンドの整備をすること、野球部・ソフトボール部・ハンドボール部などと
共同でグラウンドを使用することなどの部活動を行う規則を説明した。
その狭いグラウンドで、上級生たちがウォームアップをしていると、
「こらぁ、チンタラ走るな。そんなんでは、インターハイは初戦敗退や、すぐ引退やぞ」
突如グラウンド全体に響き渡る大きな声がした。背はそれほど高くないが、
がっしりとした体型に黒いサングラスをかけ、周りに威圧感を撒き散らしながら、
サッカー部顧問の川添先生がグラウンドにやってきた。
「新入生やな、ようこそサッカー部へ。顧問の川添です」
川添先生は、整然と半円状に並んでいる新入生たちの初々しい顔を見ながら、
型通りの挨拶をし、
「細かい話はもう聞いてもらってるかな。三年間しっかり頑張っていこう。
毎日の練習は厳しいけど、先輩追い抜いてレギュラー取らなあかんぞ。
こんな練習しかでけへん奴らはさっさと引退してもらえ」
と新入生たちに厳しいエールを送った。
「見ててもしょうがないから、まずは2軍の練習に参加しなさい」
新入生たちは、顧問である川添先生の見た目と雰囲気にのまれ、
初日の緊張を更に高めて練習に参加した。
「たいがい怖い先生っぽいな。先輩もごついし、自信の無い人は入るなって
言うだけのことはあるかもな」
「確かにせやな。気合入れていかんとあかんかもな」
少し不安げなあきらに対し、由斗はまんざらでも無い様子で、
先輩達のウォーミングアップにまじっていった。
彼らの練習初日は、上級生のやってるメニューを覚えることで精一杯のまま、
最後に川添先生からの、明日からもしっかり頑張るように、という訓示をもって無事に終わった。
どちらかというと進学校である彼らの高校には運動部の為の広い部室は無く、
所属人数が多いサッカー部は3年生だけが部室で着替えを行い、二年生と一年生は
全校生徒が使用する更衣室で着替えを行うことになっていた。
二年生達は入り口に近い比較的きれいな位置に陣取り、自然な成り行きとして
一年生達は入り口から遠いロッカーを使用することが暗黙の了解となっているようだった。
初々しい新入生達はそれぞれ同じクラスのグループで、もしくは同じ中学出身の
グループに分かれ、それぞれが初日の感想を話し合っていた。
「緊張するからやっぱり疲れるな。中学で最後の大会負けてからやから、
実際半年ぐらい本格的に動いてないもんな」
同じ中学出身の同級生がいない秋良は、汗にぬれたシャツを脱ぎながら、由斗に言った。
「ほんまやで、足ついていかんもん。ボールが全然言うこと聞かへんわ。
せやけど、俺らはまだましやで、比呂大丈夫か?」
由斗はスパイクについた砂を払いながら、まだ着替えもせず椅子に座り、
疲れた様子の比呂を心配そうに見た。
「誰に聞いてんの?俺が無理なわけ無いやろ。いつ一軍にあがれるんやろ」
二人の声に促されるように椅子から立ち上がり、比呂は疲れを漂わせながら着替えを始めた。
「ほんまに、大丈夫か?中学でやっとっても久しぶりやからしんどいのに、高校から始めたんやったら、余計しんどいで」
「秋良、一般の理論で考えたらあかんわ。始まる前にも言ったやろ、天に与えられた運動神経があんねやから」
「せやけど、足プルプルしてるで」
「体が無意識にマッサージしてんねやわ」
「確かに無意識やと思うけど、それ痙攣って言うんちゃうの」
「秋良、放っとこ。大口叩けるんやから、大丈夫やで。それよりむっちゃ喉渇いたわ。帰りに何か飲んで帰るやろ」
練習着から制服に着替え終わり、いますぐにでも帰れそうな由斗が言った。
「早いな、着替えんの。そういや駅行くまでの途中に駄菓子屋かなんかあんのかな?」
「途中にあったで、古い潰れそうな駄菓子屋が」
秋良の問いかけに、少し元気を取り戻したように比呂がサッカー用のストッキングを脱ぎながら答えた。
「ほんなら、そこで飲んで帰ろ。比呂、早よ顔でも洗って来いや」
由斗は、仕事を終えて帰ってきた世のお父さんたちが一杯のビールを心待ちに
しているかのように、部活動が終わった後の炭酸飲料が待ち切れない顔で比呂を急かし、
はいはいと言いながら、タオルを手にした比呂は洗面台に向かった。
三人は先輩達に挨拶し、駅へ向かう途中に古びた駄菓子屋を見つけ、
それぞれスポーツドリンクや炭酸飲料で喉を潤した。
「あー生き返るわ。久しぶりやわ、この感覚」
相当喉が渇いていたと思われる由斗は二本目の炭酸飲料を飲みながら、
秋良に話しかけた。
「結構、入部希望者が多いんやな。やっぱJリーグも出来たからかな」
「中学の時にどっかで見たことあるような顔のやつもいてるよな。背の高い左利きの
やつとか。そういえば、何となく由斗のことも見たことあるような気もするけど」
「お前の中学と何回か試合やったっけ?」
「二回ぐらいやったんちゃう?両方うちが勝ってるはずやで」
「うそ、俺、休んでたんちゃう?」
「いてたと思うけど、だから何となく覚えてんねやんけ」
秋良は笑いながら、20円のスナック菓子を頬張った。
「それより、秋良やぁ、今日の全体集会の帰りに女の子がなんやかんや言うてたよな」
試合をしたことや二回負けていることを本当に覚えていないのか、
話をはぐらそうとしてなのか、由斗は話題を変え、昼間の出来事を話した。
「誰それ、何組の子?」
さっきまで黙って2人の話を聞いていた比呂が、興味深そうに由斗に尋ねた。
「疲れてたんちゃうの?いきなりやなお前は。俺も知らんねんけど、秋良が全体集会の後、
教室まで帰るときにいきなり階段で止まって、あの子知ってるか、って聞いてきたんよ」
「秋良、どういうことなん?」
比呂は、少し疲れた笑顔で、けれども嬉しそうにあきらに尋ねた。
「どういうことって、俺も初めて見た子で、何組かも分からんわ。
一年やとは思うんやけどな、何部に入るかとか言うてたから」
秋良は口に入っているスナック菓子を炭酸飲料で流し込みながら答えた。
「ふーん、どんな子なん?」
この話題になってから、明らかに元気を取り戻した比呂が、立て続けに質問する。
「こういう話題好きやったっけ自分?中学ん時、全然女と話してなかったやん」
由斗は、二本目のスポーツドリンクを飲み干しながら、比呂を茶化した。
「お前に聞いてないやろ、秋良に聞いてんねん。で、どうなん?」
「どうってすれ違いざまやし、あんまり覚えてないけど、肩ぐらいまでの髪で
白いリボンしてたわ」
「肩ぐらいまでの髪に、白いリボン。まさにお嬢様パターンやな。
そういう子がタイプか、秋良?」
「どこのエロ本情報やねん、何がお嬢様パターンや」
由斗は大笑いしながら、比呂の肩に突っ込みを入れた。
「何でエロ本やねん、俺の経験上そうやねんって。白いリボンがポイントやで」
「経験上ってとこが気になるけど、まあそんな感じもするわな。どうなん秋良?」
比呂の意見に、半ば納得しながら、由斗はあきらの方を向いた。
「お嬢様って感じでも無いんちゃうかな、さっきも言うたけど、すれ違い様やから
そこまで分からんわ」
「中途半端やなー」
由斗と比呂は声を揃えて残念がり、次にお嬢様を見た時は、すぐに教えるようにと秋良に
念を押しながら、駄菓子屋のおばちゃんに、また来るわと帰りの挨拶をし、
三人は練習初日の帰路に着いた。