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そのよりしろへやどるたま  作者: cocotama
26/29

第26話 二人の出会い

 それより数刻前――

 園子がその時交わした誓いは、自分の人生をその終わりまで変えてしまうものであった。

 二人が向かい合う、園子の部屋。窓からは西日が真っ直ぐに差し込み、見つめ合う少女達の顔を茜色に照らしていた。

 天乃は園子との誓いの言葉を交わした後、そっとその瞳を覗き込んだ。

 そして、その奥に園子の決心を確認すると、園子の胸元に手を伸ばし、襟のボタンに手をかけた。

 園子にはまだ、天乃が自分に何をしようとしているのか分からない。だが、たとえそれがどんなことでも、天乃を信じて受け入れようと心に決めていた。

 天乃は園子の着ているシャツのボタンを外し、大きく前をはだけた。

 清楚な下着に包まれた、ささやかな胸の膨らみが露わになった。

 そして、天乃はその胸の間に手を当てると、静かな声で呟いた。

 ―― みたまやどれかし ――

 天乃の口からその言葉が発せられた、その瞬間、園子の胸の中で何かが弾けた。

 園子自身も感じたことの無い、不思議な感覚が体中を駆け巡った。

 胸が熱い。見ると、天乃の手の下で、何かが光っている。

「あああ、な、何? 躰が熱いよ。何が起こってるの」

 天乃の手からはみ出し、何か記号のようなものが、園子の胸で淡く朱色に光っていた。そしてそれは、ゆっくりと園子の躰を包み込むように広がっていった。

「あ、天乃さん、私の躰、一体……」

 その問いに、天乃が答えた。

「あなたの、今のこの躰…… これはね、あなたが持って生まれたものじゃないわ」

「え――」

さかきさん、あなたはね――」

 一瞬のためらいの後、天乃は言葉を続けた。

「あなたはもう生きていない。死んでいるの」

「え、し、死んで、え?」

 天乃が何を言っているのか、園子には理解出来なかった。

「どういうこと? 私が、死んでいるって言ったの? 嘘、そんな、どうして――」

「私が――」

 天乃は一度視線を落とすと、辛い記憶を絞り出すように答えた。

「あの日、あの夜、私が、あなたを…… 殺してしまったの」

「な、なに言ってるの? 天乃さん。私はここにいるよ? 死んでなんかいないよ」

「そう、あなたはここにいる。でも、もうあなたは躰を失ってしまい、もはや魂だけの存在。言わば、幽霊のようなもの。あなたは、そのことに気付いていないだけ。そして、今のあなたのこの躰は――」 

 信じる者から突然告げられた死の宣告に、園子は激しく動揺した。そして、事実から目を背けるように、その言葉をさえぎろうとした。

「やめて。もうやめて。そんなこと言わないで。天乃さん、私、恐い」

 園子は胸元に置かれた天乃の手を握ると、怯えた目をしてそう言った。

「榊さん、もうあなたは引き返せない。私と一緒に来るしか道は残されていないの」

 そう言いながら、天乃は震える園子の手を強く握り返した。

「お願い、たとえどんなに恐くても、私の話を最後まで聞いて」

 そして天乃は園子の瞳をしっかりと見つめ、園子に言った。

「私を信じて」

 強く誠実な声だった。その言葉を聞いて、園子はつい先程の自分の決心を思い出した。

 そうだ、私はもう決めたんだ。天乃さんを信じるって。そして天乃さんの力になるって。恐がってはいけない。どんなことでも受け止めなくてはいけない。

 園子は、今一度自分の誓いを噛みしめ、頷いた。

「うん」

 目には涙が滲んでいたが、その奥には、けなげな決意と小さな勇気が宿っていた。

「分かった。聞かせて、本当のこと」

 そう答える園子の瞳を天乃は真っ直ぐに覗き込んだ。そして、おもむろに口を開いた。

「榊さん、私はね、人じゃないの」

「人じゃないって…… じゃあいったい――」

「説明は難しいけれど、神代の昔、この国と、大御宝おおみたからの営みから生まれ出でた、数多のたまの中の一つ…… もっとわかりやすい言葉で言うなら、『カミ』ということになるわ」

「かみ――さま?」

「何も珍しいことじゃないわ。たとえ見えずとも、この天地あめつちには、数え切れないほどの『カミ』が満ちているの」

「天乃さんが……神さまなの?」

「そう考えてもらってかまわないわ…… そして、その数あるたまの中にはね、人に災いをもたらすまつろわぬカミ、悪いたまがいるの。私達はそれらのカミを総じて『マガツカミ』と呼んでいる」

「マガツカミ?」

「そう。そして私は、そのマガツカミを討ち倒すめに、ここへ使わされたの」

「……」

「私だけじゃない。この国には、ずっと昔から、マガツカミを倒すために戦っている人達がいるのよ、おのが命をして…… そして長い戦いの中で、彼らはとうとうそのための、私達でさえ作り得なかった究極の神器を創り出したの」

「つまり、戦うための武器っていうこと?」

「いいえ、武器なんてそんな単純な物じゃ無いわ。それは、言わば魂の器…… 宿れし霊の在るべき姿に自在に取り成す依り代。『御霊みたましろ』と、そう名付けられたわ」

 天乃はふと視線を上げ、一瞬遠い目をすると、過去の記憶を手繰たぐるように言葉を続けた。

「あの夜、あの上弦の月の夜、私はこの街に現れたマガツカミを見つけ、それを討ち止めた。御霊の依り代を使って」

「……」

「でもその時…… 私は一つの過ちを犯した」

「過ち?」

「ええ、過ち。それは、たしかに忌まわしきマガツカミだった。でもね、そのマガツカミは、一人の罪のない少女を惑わし、その躰の中に巣くい、その娘をあやつっていたの」

 天乃は一瞬、その卑劣な悪行を嫌悪するように眉をひそめ、そして悔しげに続けた。

「愚かにも、私は、それに気が付かなかった…… そして――」

 そして、一度言葉を途切らせると、辛い思い出を告白するように言った。

「私は、マガツカミごと、その少女の躰を撃ち抜いてしまったの……」

「もしかして、その少女って……」

 その問いに、天乃は園子の目を見ながら静かに頷いた。

「あなたのことよ」

 園子はその返事に硬直した。

「そんな…… まさか……」 

 一時の間を置き天乃が続けた。

「榊さん、覚えていないようね。だけど、あなたは確かにあの夜、あの神社にいたの。私達はあの夜、あの桜の下で会っていたのよ」

 言われて思い当たった。ずっとおかしいと思っていた。私は何故あの夜の記憶が無いのだろう。

  私 は あ の 夜 神 社 へ 行 っ た じ ゃ な い か。

 ネットであの奇妙な広告を見た後、馬鹿げていると思いながらも、何かすがれる物が欲しくて、その広告に書いてあったとおりにしたじゃないか。でも何故か、その後の記憶がすっぽり抜けて、次に覚えているのは自分の布団の中で目を覚ましたことである。どうしてその間の記憶が無いのか、ずっと不思議に思っていた。

「仕留めたマガツカミの骸を確かめたとき、私はようやく気付いた。その時自分が討ち果たしたのは、マガツカミが顕現けんげんするために憑依ひょういしていた、あなただったことに。あなたの躰は既に息絶えていた…… でも、その時たった一つだけ、黄泉よみの闇へと消えてゆくあなたのたまを救うすべが残されていたの…… ためらう時間は無かったわ。私は、御霊の依り代をあなたの骸に添えて、言霊ことだまを唱えた」

「コトダマ?」

「ええ、『依り代の言霊』。御霊の依り代を制御するためのパスワード」

 ――みたまやどれかし――

 園子の脳裏をその言葉がかすめた。

「そしてその時から、榊さん、あなたの心は――」

 天乃は、朱色に光る文様に覆われた園子の胸元を指で触れ、言葉を続けた。

「ここに、この依り代に乗り移ったの。陰陽寮おんみょうりょう神祇省じんぎしょうの、いえ、人の創りし究極の神器、御霊の依り代に」

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