第9話 狂わされた茶会
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます――」
四月――新年度の、瑞々しい風が薫る中、私たちの学校も入学式が行われていた。
在校生の代表として6年生が出席し、さらにその代表として、今体育館のステージ上で挨拶を読み上げているのは、同じクラスになった――
「――ではみなさん、勉強に、運動にしっかりと励み、いっぱいお友達を作り、ステキな学校生活にしていきましょう。――児童代表、富田聖奈」
富田さんが、少しぎこちないお辞儀をすると、大人の静かな拍手にまじって、無邪気な拍手がばちばちと体育館に響き渡った。
今、こうして児童会長として壇上に立つ彼女を見届けることができたのも、あの事件が無事に解決したからに他ならない。
「初めから少し変だなと思っていたの。普通はシラを切るか、素直に動揺するか……そんな所かなと思うんだけど、随分と警戒していた」
「警戒?」ミキティが小首を傾げる。「そりゃそうなんじゃない? みんな被害者でもあり、加害者でもあるんだし」
マリちゃんは髪を揺らしながら首を左右に振った。
「そういう意味じゃなくて、『私たちがどこまで知っているのか』、と警戒したのは彼だけだった」
私も含め、ミキティに富田さんも、瞼を大きく開いた。
「じゃ、じゃぁ犯人は……」
富田さんが言葉を続けるのを躊躇う。
「都築くんってこと?」
こくり、とマリちゃんはためらうことなく首を縦に振った。
「で、でも……そ、それだけで犯人だなんて……って、なんで私庇ってんだろ? あはは……」
ミキティはどことなく気まずそうにして、愛想笑いをするも誰も笑えなかった。
その気持ち、今の私には分かる。私もマリちゃんといくつか事件を見てきたけど、いざ犯人が分かると、その事実が受け入れられない時があるんだよね。
「悪戯の被害も、彼が言ってたことが本当なら、それを人目に隠れて行うのはだいぶ難しいからね」
「筆箱にチョークってやつ?」ミキティが訊き返す。「でも笛とか、ノートとかも難しいでしょ?」
「笛やノートはいつも持ち歩くとは限らないからね。でも筆箱って、基本的にどの授業でも持ち歩くでしょ?」
「休み時間にやったのかも?」
「チョークを粉々にするさまを休み時間に誰にも見られないでできるかな?」
「た、体育は? あの時間なら筆箱も置いてる時多いし」
確かにスポーツテストとか、何か書く時じゃないと持ち出さないしね。
「体育だと着替えで二つのクラス使うでしょ?」
前にも言ったけど、図工とかと同じで体育の授業もまた、二クラス同時に行うのである。でも、5年生からは着替えが男女で別れていて、A・B組の時は、A組が男子、B組が女子の更衣室になるのだ。私たちC組とD組もそうしている……。
あ、そっか。
「E組だけは自分のクラスで男子が、女子は更衣室を使わせてもらってるんだよ?」
マリちゃんがうっすらと笑った。少し背中が寒くなった。
そうだ。更衣室は体育館にあるんだけど、狭いからE組だけの特権なんだよね。
そして、当然更衣に使った教室には鍵がかけられるから、授業中に入ることはできない。最近の小学生は現金やら携帯電話も持ってるからって数年前から教室に鍵が取り付けられたんだって。
「まして男子の都築くんは教室にいるから隙が無い。ま、あくまで立候補者の中に犯人がいれば、の推理だけどね」
でも、マリちゃんは今回は都築くんを呼び出してまで言うのは迷っていた。予測の推理でしかないし、やっぱり警察みたいに証拠がない、というのが一番の理由だ、って。
「何言ってんのよ」立ち上がったのはミキティだった。
「あんたの推理はすごいんだから自信持ちなさいよ。それに、確かに警察じゃないけど、別に逮捕したいわけじゃないんだし、何より、指摘することで、彼に何かの変化を与えるきっかけになるかもしれないでしょ」
ミキティは眉を落としながら、薄ら笑いを口の端に浮かべていた。
私は、多分マリちゃんも、前の事件のことを、今のミキティの言葉に重ねていたと思う。私は少し心がぎゅっとなったけど、その何倍も胸が熱くなった。
翌日、私とミキティとマリちゃんとで、都築くんの所に向かった。
「ごごご、ごめんなさーい! ほんの出来心だったんです!」
こっちの心配をよそに、彼はまぁ随分と情けないほど簡単に土下座を披露した。
「まさかこんな簡単にみんなが乗るとは思わなくて……」
半べそ掻きながらそう言った彼の頬を、ミキティがパチンとビンタした。
「くだらない冗談ですんだら警察要らないわよ!」
一先ずそれで手打ちとなった。もはや事件が明るみになるほうが迷惑だから、もう大人しくしてて!ってミキティが強く言った。マリちゃんがそう言ったのだ。深く傷ついてる人もいるから、その方がいいだろうって。他の人たちには私たちから上手く説明していこうということになった。
「さて、」都築くんが体育館裏から逃げるように去った後――ミキティがため息混じりに言った。
「もう一つの方も、カタ付けるの?」
マリちゃんは返事をしない。
無視をしたんじゃない。すでに体育館の端に姿を見せている手塚さんを視界に捉えたからだ。
「な、なんですか? 話って……こんな暗い所で……」
「わかってるでしょ?」マリちゃんが少し声を暗くして言う。「昨日私たちが尋ねた理由と今日呼び出された事実を重ねて結び付けられない?」
「な……」手塚さんは一歩後じさった。口を開いてわななかせ、少しずつ呼吸が荒くなってる。
「なんのこと……ですか? 私は……私だけじゃ……」額に浮かぶ汗が次々と結びつき、玉のよう。
「私だけじゃないじゃないですか!」
「あなただけだよ」マリちゃんの瞼が少し沈む。「何度も何度も悪戯、いや、れっきとした妨害を繰り返しているのは」
「!?」
手塚さんはごくりと固い唾を呑んだ。
だけど、やがて口を歪めて笑い出した。
「な、なんでよ!? 回数なんて関係ないでしょ!? 1回やれば同罪だわ!」
必死になって訴える手塚さんを私は見続けることができなかった。あぁ、こんなにも簡単に人って変わるんだなって怖くて、哀しくて、空しかった。
「自分で墓穴掘ってるじゃん」
マリちゃんはいつも通り、相手にのせられることもなく、淡々としていた。「自分は1回しかされてないってことでしょ? なのに、何度もしてるのが同じ罪とは言わないよ」
「う、うるさいわね! そっちこそ、みんなが同じ罪犯してることを認めてるじゃないの!」
「やってない人もいるわよ!」
ミキティの叫び声が、胸の中に届く気がした。
「あなたが狙った富田さんは、1度もしてないわよ」
皮肉なもんだね。
私はつい言ってしまった。
手塚さんが膝を付いたのは、その直後だった……。
『児童会長にどうしてもなりたかった。お父さんやお母さんに褒められたかったから……』
手塚さんが涙を流しながら言ったその動機、あれから1か月たった今も、私の頭から離れない。
でも、その先を詳しくは聞かなかった。
『あなたが自分で、今後どうするかを決めるのはあなただから。動機を喋って明日から変わる理由になるならいくらでも聴くけど?』
マリちゃんがそう言ったのだ。
確かにそうだよね。人には色んな理由があって、毎日を過ごしているんだから。
『動機を聞いて、その正当性を支持することもないし、否定もしないよ? 私はただ、困っている人がいたから、その原因を解決したかっただけ。ハッキリいうけど、こんな悪戯に便乗するあなたが児童会長に相応しいとは思わない。よしんばなれたとしても、児童会長になったら人生はもう終わりでいいの? 違うでしょ? 児童会長になることは、私たちが大人になる上で必要な経験を得られることが目的なんじゃないかと思うの。仮にあなたの妨害で最大のライバルと思ってる富田さんが落選したり辞退したとしても、あなたの人望は一つも上昇しないからね』
マリちゃんはそう言って体育館裏を去って行った。ミキティはもう少し何かを言いたそうだったけど、マリちゃんと私が歩き出していたので、諦めてその場を離れた。
「――はぁ、緊張した―」
入学式も終わり、教室に帰ってくるや否や、富田さんが机の上に両手を伸ばしてとろけた。
「なんでよ聖奈」ミキティが言う。「こないだ卒業式で立派に挨拶してたじゃない」
あれ凄かったよね、ソージだっけ?
「だって、6年生ならなんでもいいけど、1年生だとさ、あんんまり難しい言葉使うと分かってもらえないじゃない?」
確かにそれはあるね。でもすごいなぁ、私そんなこと気付きもしなかったもん。
「ま、何にせよ、無事終わったんだしよかったじゃない」
「うん……ふふふ、そうね」
富田さんが柔らかく笑って一安心だった。
児童会長選挙は、都築くんと手塚さんの突然の辞退により、波乱――というほどではないが、生徒の中でも少しざわつきはした。二人ともそれらしい理由で辞退したみたい。
何より教職員の間で、突然の二人の辞退は話題になったみたい。でも、最終的には次田先生の「やりきゃやればいいし、やりたくないならやらない方がいい」って一言で、決着したみたい。
授業に出る出ないならともかく、児童会長だもん、意志は大事だから。ってマリちゃんが言ってたなぁ。
「ね、それより今日塾の帰りにお菓子買いに行かない?」
ミキティが言う。「明後日の遠足のお菓子、まだ買ってないから」
「あ、うん、いいわよ。私もまだなの」
ミキティと富田さんが二人で盛り上がる。
どうしよ、私は塾行ってないし、お菓子も買ってないから……。
「あ、そっか……」
マリちゃん……今頃どうしてるのかな……。
「何心配してんのよ? は、どういうこと!?」
いや、もしマリちゃんが転校してたら……という妄想を。
「バカ! 怒られるわよ。縁起でもないこと言わないでよね」
「大体さっきまで一緒に式に出てたし……」
思いの外怒られた。
私は嬉しかったよ。二人と同じクラスになれたことも、マリちゃんの傍に人が増えていくこともね。
でもマリちゃんはどこに行ったんだろ? 割とすぐいなくなるのは変わらずだ……。
『では出発いたします。みなさん6年C組は3番目のバスですから、2台出た後になります』
バスガイドのお姉さんがバスの揺れなどものともせず(あれ凄いよね)、マイクから綺麗な声を流している。
今日は待ちに待った遠足だ! と言っても、6年生の春の遠足は、最初は社会科見学から。でもいつもは難しい浄水場とかごみ焼却施設とかだったけど、今回は違うよ!
『TAISYO』ってお菓子メーカーの工場なんだって! もうチョー楽しみで、昨日は危うく眠れなくなるところだったよ。
え? 知らない『TAISYO』?
チョコレートとか、ヨーグルトとかで有名なんだけど……え? めいじ? なにそれ?
私たちの住む町から少し離れた場所にあるんだけど、この県では有名なんだよ。おっきい会社らしくて、お菓子だけじゃなくて、アパレルとか、スーパーやデパートの経営までしてるってパパが昨日教えてくれた。大宜見グループっていうらしいけど、それ以上は難しかったのであんまり覚えてない。
楽しみだねマリちゃん!
と、隣で窓の向こうに視線を投げかけているマリちゃんに言うと、マリちゃんは小さく笑ってくれた。
お菓子と言えば、工場見学の後、近くの自然公園でお昼ご飯を食べて、アスレチック体験もするみたい。
マリちゃんはお菓子何持って来たんだろ? そう言えばマリちゃんの好きなお菓子とか食べ物とか聞いたことないな……。楽しみにしとこう。交換とかもしたいんだけどな……。
工場見学では不思議なことがいっぱいだった。お菓子とかが出来ていくところはみんな興奮していた。小さなクッキーとかがコンベアを流れていくのは可愛かった。
驚きはでもマリちゃんにあったの。マリちゃんってば、じっと張り付いて、それこそ子供のように一つ一つしっかりみてるの。しかも目をらんらんとさせて。あんなマリちゃんの顔見たことなかったから、驚いたし、ついついニヤニヤしちゃって、いつまでもそんなマリちゃんを眺めてた。
次の工程に行きますよって言われても、いつも最後までいたのは悪ガキの羽沢くん、たちよりもさらに遅れてマリちゃんと私だった。
最初はお菓子が好きなんだなって思ってたけど、そうじゃなかったの。
「何か質問はありますか?」
って一通り工場見学が終わった後、工場長さんが訊いてくれたんだけど、他の子はね、「お菓子作りは楽しいですか?」とか、「どうやったらなれますか?」とか普通で、「結婚してますか?」や「お給料いくらですか?」なんてませた質問も、正直ありきたりだった。面白かったけど。
でもマリちゃんは質問が全然違ったの。
「品質管理でよその企業より優れてる所はありますか?」とか、「原材料選びはどうしているんですか? 輸入品はどう判断しているんですか?」って……。
ひ、ひんしつかんり? って首を傾げてたのは私と工場長、そして次田先生だけじゃなかった。
あ、ちなみに次田先生はまた担任だった。
学年は持ち越さないのがうちの学校のルールなのに、なんでそうなったかは俺もわらかないって言ってた。
私やマリちゃんにミキティ、他にも何人か連続で受け持つ子がいたけど、誰も文句なかった。同じ先生だから気楽だしね。何より次田先生は気楽だ。うるさくないし、案外優しいんだから。
ま、そんなこんなで楽しく終わった社会科見学だったけど、あの事件が起きたのは、丁度お昼ご飯を食べてしばらくたった時だった。
公園は山の中腹くらいにあって、下から30分ほどゆっくり山を登って、一度頂上の見晴らしを楽しんだ後、少し下山してお昼。今日は涼しくていい遠足日和だったのに。
「キャー!」
クラスの女の子の悲鳴が、平和な公園に轟いた。
お弁当を食べ終えて、ゆっくりお茶とお菓子を楽しみにながらお話していた私とマリちゃんは、急いで悲鳴の許へ向かったの。
芝生の上で倒れていたのは、同じクラスの横山さん。周りのお友達が駆け寄ろうとする中、
「触っちゃダメ!」
マリちゃんが鋭く叫ぶ。私も続いて同じ言葉を叫んだ。なんでかはよくわからないけど。
周りの子がビクと体を反応させて固まる、その一瞬の隙をついてマリちゃんは人混みに潜り込み、横山さんの隣に膝を付く。
横山さんは蒼白い顔をしていた。色白なんて言葉で説明がつかないほど。目の周りも血色が悪い、けど少し腫れてるようにも見える。呼吸も乱れて、鼻が垂れてる。ティッシュで拭かなきゃ――と、マリちゃんが言った。私には倒れてるってことしかわからない。
そしてマリちゃんは横山さんの腕辺りを探っている。脈でも計ったようだ。
「どしたの!?」
そこへミキティと聖奈がやってきた。「何があったの?」
「お弁当食べて、お菓子食べて、みんなで鬼ごっこしたり、遊具で遊んでたんだけど、急に横山さんが倒れてるの見て……」クラスの女の子が泣きだしそうになりながら言う。いや、最後には泣き出した。
「富田さん!」マリちゃんが鋭い声をかける。「次田先生を呼んで! 救急車も!」
富田さんは、そのマリちゃんの鋭い言葉に、「分かった!」とすぐに対応しに駈け出した。
「ミキティ!」
「ちょっ、そのあだ名を大きな声で――」
「ちょっとお願いがあるの」
あ、いいな、私も何か頼られたい……じゃなくて。
さて、マリちゃんはミキティに何をお願いしたのかな? だいぶ急いでるみたいだよ。
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。