第8話 穢れ行く一票 後編
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
マリちゃんが向かったのは、A組の手塚さんの所だった。
この手塚さんも、富田さんと同じく、児童会長の選挙に立候補しているんだ。
え? 手塚さんが犯人なの?
「うぅん、そうじゃないけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
とマリちゃんはA組の扉の前で、立っている。
う、うーん、ごめんねマリちゃん……。その扉の陰からクラスの中を覗く姿はいくら私でも、立っているって思うのが精一杯のフォローだよ……。
どうしたの? 手塚さん、あそこにいるよ? ほら黒板の端で3人と話してる、あのショートの子。
「う、うん。それは知ってる」
おぉ、流石マリちゃん。といっても、こないだの学年集会の時に、立候補者は前に並ばされてたんだよね。
じゃぁ早く聞きに行こうよ? 早くしないと外とかに遊びに行くかもよ?
「そ、そうだね……」
と言って、中に入るかなと思ったけど、やっぱりクラスを眺めているだけ。出入りする子たちに変な目で見られてるよ。
もしかして、怖い、のかな? えーでも、今までのマリちゃんのこと考えたら、堂々と入りそうなもんだけど……。
くふふ、ちょっとかわいいかも。
よーし、ここは私がマリちゃんのためにひと肌脱ごうじゃないか! たまには私も役に立つとこ見せとかないと。
私はA組に一歩踏み入れた。
かくゆう私も、少し緊張する。なんだろ、この余所のクラスって、どうしてこんなに違うのか。だって昔一緒のクラスになった子だっているし、遊んだりする子だっているのに。おんなじ教室だし、位置が違うだけなのに、ニオイも違うよね。何か、余所余所しい。あ、よそよそしいってこういう語源なのかな?
さらに、手塚さんとは同じクラスになったこともないし。
それでも私は、手塚さんに声をかけた。ちょっとだけお話させてって。手塚さんは優しく微笑んで、
「いいわよ。私に何かご用かしら?」だって。
さすが、児童会長になろうという人は違うね。手塚さんに投票しようかな。
マリちゃんの待つ廊下まで来てもらった。手塚さんは少し驚いたようにマリちゃんを見下ろしていたが、それでもやはりすぐに笑顔をもって、マリちゃんを受け入れてくれた。よし、手塚さんに投票しよう。
マリちゃんはというと、先程までの、フクロウに睨まれたリスのような様子はなく、いつものカッコいいマリちゃんに戻っていた。
「ごめんなさい、手塚さん。どうしても聞いておきたいことがあって」
「あ、うん。アナタも初めましてだよね? 何かな?」
「最近、身の回りに何か変なこと起きてない?」
「え……」
手塚さんは、目を点にした。
「な、ないけど……え、どうしてそんなこと訊くの?」
手塚さんは微笑を浮かべていた。
「ううん、ないならいいの。ありがとう」
マリちゃんはそう言うと小さくお辞儀をしてさっさと去ってしまった。
「え、あ、ちょっ……」手塚さんは少し戸惑ってマリちゃんの背中に手を伸ばしたけど、追いかけるほどではなかった。ただ、呆然と立ち尽くしている。
私は、変なこと訊いてごめんね、と一言謝り、でも、マリちゃんには考えがあって訊いたこと、それを今言わないのも考えのうちであること、後日事情は話すから、と伝えてからマリちゃんを追いかけた。
追いかけた、と言っても、マリちゃんはすぐ隣のB組に来ていた。案の定、扉の前に居たけど。
B組の立候補者は高川くん。しゅっとして如何にも真面目な優等生なイメージ。うちのクラスでも、こないだのバレンタインでチョコを渡した人もいたとかいないとか。
高川くんを呼び出した。彼もまた、嫌な顔一つせずやってきた。
「高川くん、突然で申し訳ないけど」
「え、まさか告白されるのかな俺」
「いやそれはない」
マリちゃんはさらりと言い放った。
私も言っておいた。真面目な話してるんだから笑えない冗談はよして。と。
「あ、あぁ、ごめんね……」
「話を戻すけど、児童会長選挙に出馬して以降、何か身の回りで変なこと起きてない?」
「へ?」高川くんは天井を見上げて、何かを思い出そうとしていたが、「いや、何もないよ」
とあっさりと答えた。
その後も、C組の近岡さんも「えー、なんのことぉ?」と答え、やはり知らない様子だった。
だけど、最後のE組の都築くんだけは、それまでの人たちとは違った答えを返してくれた。
「な、何か知ってるの!?」
私と、マリちゃんも珍しく目を見開いた。
私たちは無言で首を頷き合うと、
「うぅん、何も知らないの。だから教えて欲しくって」
「え、そうなんだね……」
都築くんは酷くがっかりしたようだ。「じゃぁ、俺からも言うことはないよ。知らないんなら話せない」
都築くんと話し終えて昼休みも丁度終わり、私たちは一度クラスへ引き返した。
マリちゃん、知ってるのになんで隠したんだろ? 私は気になってすぐに訊いちゃった。
「富田さんのプライバシーもあるからね。もし被害に遭ってるのが富田さんだけだったら、彼女のことを結果晒すことになるから」
そっか、うんそうだね。
「富田さんだけが被害者なのと、立候補者全員が被害者なのとでは犯人の動機が違うと思って知りたかったんだけど……」
なるほど、それでみんなに話を聴きに行ったんだね。
「そもそも、富田さん本人からはまだ話を聞けてない。真中さんが嘘ついてるとは思わないけど、やっぱり本人の口から話を聴かないとね」
――ということで、放課後、私とマリちゃん、そしてミキティ(真中さんのことね)と富田さんで、ミキティの家にやってきた。
ミキティにはマリちゃんが声をかけたんだ。
「――な、なんであたしも必要?」
「あなたが富田さんと友達だから、彼女もあなたがいれば話しやすいでしょ?」
「ま、まぁそれはそうかもしれないけど……なまじ知ってる分怖いのよね、彼女の口からもう一度辛い目にあってる様子を聴くのが」
「そ、」マリちゃんは、急に手を放す。「じゃぁいいわ。私たちだけで行くから」
急にマリちゃんが冷たくなったことに驚くよりも、『私たち』、という、自分が含まれている言葉が嬉しくて場に相応しくないけどニヤニヤしていた。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。別に行かないとは言ってないでしょ」
でもミキティ嫌そうだったし。
「無理しなくていいよ、ミキティ」
「そのミキティっての止めてくれる? ちょっと可愛すぎて嫌なんだけど」
「じゃぁ一緒に来て」
――ということで今ここに至る。さすがに家に行くとなった時はミキティも「あ、やっぱり遠慮しようかな」と小声で言っていた。
ミキティの部屋の中は、思いの外シンプルで、クールな感じ。でも、部屋に入る前に10分くらい外で待たされたから、あの扉がぷるぷるしているクローゼットの中が怪しいかもね。
ま、今日は遊びに来たんじゃないから部屋の探索はまた今度だ。
ミキティが紅茶を運んできてくれたので、みんな一口ずつ飲んで、お菓子も一口かじる。
マリちゃんだけは、お菓子は食べずに、カップをお皿に置くと、話を始めた。
「さっきはありがとう、富田さん」
実は富田さんには、5時間目が終わり、掃除が終わった後、帰りの会が始まるまでの5分間の休み時間みたいな時間の間に、事情を確認しに行っていたんだ。
そして、私とマリちゃん、それとミキティにも手伝ってもらって、もう一度各クラスの候補者に話を聴きに行った。
富田さんの名前こそ出さなかったけど、実は被害に遭っている子がいるって言うと、みんな表情を変えていた。そして、自分も被害に遭っている……って。
「うぅん、」富田さんは小さく首を横に振る。「こっちこそありがとう。話すだけでも気が楽になるって本当なんだね」
富田さんの目尻から音も無く涙が一滴、零れた。
相当辛かったんだね……。なんか、私も泣きそうだよ。
「ごめんね」マリちゃんが一言置いて、「もう少し話だけ聞かせてもらうね」
富田さんはしゅんしゅんと鼻を啜りながら、今度は首を縦に振る。
「まず、その噂の手紙を見せて欲しいんだけど、いいかな?」
噂の手紙――この酷く悪質な悪戯事件を招いた招待状のことだ。
富田さんには一度家に取りに帰ってもらったの。
富田さんが一番最初に遭った被害――下駄箱の靴の中に画鋲が入れられていた事件だ。
靴の中に入れたつま先に小さくも確かな刺激を感じ、彼女が靴を手にして逆さにした時、画鋲に続いて小さくたたまれた手紙が入っていたという。
――それが今、私たち3人の前に広げられた。大きさはよくあるA4サイズのもの。
随分としわしわだ。何度も折ったりされたんだと思う。
え? 私がそんな推理ができるのかって? それについては富田さんからもう話を聴いてるからね。
『児童会長選挙ヲ辞退シロ!』
新聞の切り抜きで作られた怪文書だった。私はこういうのをドラマで見た時も思うんだけど、よくこの字を新聞で集めたなぁってホント感心する。マリちゃん曰く、今はパソコンで簡単に作れるらしいけどね。
けど、この怪文書は実際の新聞を切り抜いているんだろうって。その方が小学生らしいとか。
「実際は怪文書って、今じゃ意味ないというか、逆効果なんだけどね」とマリちゃんはまだまだ怪文書について知識があるみたいだけど「今は関係ないから置いとくね」って途中で辞めちゃった。私とミキティの目が合った。『ちょっと気になる……』って、ミキティも思ったに違いない。
でも実際に自分の手元に届いたら怖いのは間違いない。
そしてその手紙の下には、児童会長選挙に出馬した子たちの苗字が並んでいた。
そして、今富田さん以外の名前には赤いペンで✖印が付いている。
その下には更に、注意書きが書かれている。
『辞退したくなければ、印の無い物にこの手紙を届け、嫌がらせをしろ!』って。
私は自分の自由帳にメモを書いておいた。
・・・
児童会長選挙ヲ辞退シロ!
高川 近岡 都築 手塚 富田
辞退したくなければ、印の無い物にこの手紙を届け、嫌がらせをしろ!
・・・
こんな感じかな。
富田さんには最後に回ってきたんだね。
「怖かった。でも、自分以外の人に嫌がらせなんてするのも嫌だし……。すでにみんな✖が付いてるのに、誰にすればいいのか分からなかったのもあるけど、自分で止めれば、もう終わるんだなって思って、最初は放っておいたの」
偉いなぁ富田さんは。私だったら……いや、しないとは思うけど、怖くて、つい心を悪魔に買い取られるかもしれない。
でもこのシステムはいやらしいとマリちゃんは言っていた。
「こうすることで、全員に後ろ暗さが出来上がり、おいそれと誰かには喋れないもの。自分が被害者であり、同時に加害者にもなるからね」
みんなが最初、何も知らないって言っていたのはそれが原因だったらしい。富田さんみたいに被害だけ受けてたらまだ話すことも出来るけど、加害者になったら言い辛いもんね。
「でも……」富田さんの声がまた少し暗くなった。「嫌がらせは全然止まらなくて……お昼にも言ったように毎日何かがあるんだ。今日も、音楽の時に笛がないことに気付いて……」
「そこで私に借りに来たのよ」ミキティが付け加える。「この子が忘れ物なんて珍しいからさ、どうしたのかなって思って訊いたら……まぁそういうわけよ」
笛はお家に忘れてはなかったの?
「うぅん。今朝持ってきて、机の端に差し込んでおいたわ」
あ、私と一緒だ。
「いつ頃無くなったかは覚えてる?」
マリちゃんが人差し指で顎の下を摩りながら訊いた。
「うぅん、ごめんなさい。今日は体育とか、理科で理科室に行くとか移動も多かったし、特に気にも留めてなかったの。5時間目が音楽で給食を食べ終えて準備しようとした時に気付いたの。それで、すぐミキちゃんに――あ、ミキティに借りに行ったの」
「一々言い直さなくていいわよ」
「あ、そうなの? クラスではそう呼ばれてるのかなって思って、合わせた方がいいのかなって思って」
富田さんに少し笑顔が戻った。ミキティと話していると少しリラックスできるんだろうね。
一方、マリちゃんはというと、黙々と話を聴いては考え事をしている。まぁいつも通りのマリちゃんです。
「C組の近岡さんはどう言ってた?」
C組――つまり私たちのクラスなんだけど、近岡さんの話を聴きに行ったのはミキティだった。
「近岡さんは、私が被害者がいることを知ってるって伝えるとすぐに話してくれたわ」
『さっき菱島さんたちにも訊かれて、白を切ったけど、どうも確信を持って聞いてきてるのね。じゃぁ話すけどぉ、私だけ悪者にしないでよぉ?――私はノートが一冊破かれてたの。それで、半分に引き裂かれたノートの間にあの手紙が仕込まれていた。え? 誰の名前に✖がついてたかは覚えてない。必死だったし。けど、私が嫌がらせをしたのは高川だったよ。男子だし、ちょっと気が楽だったから……誰にも言わないでよ』
マリちゃんから、聞いてほしい要素は指示されていた。さすがミキティ、もれなく尋ねているね。というか近岡さんもだいぶ大胆に話してるなぁ。
なんか刑事ドラマの捜査会議みたいでワクワクしてきたよ!
次は私の番だね。高川くんに訊いてきたよ。
『いや、僕は悪くないんだ。こんなくだらないこと、最初にやったやつが悪いに決まってる! それが誰か? それが分かってたら僕はもうその犯人をこらしめてたよ。え? いや、それは勘弁してくれ。確かに、僕は恐怖に負けて……でも誰にやったかなんて、今日初めて話をした君に言える訳ないだろ? いくら女の子の頼みとはいえ、それは難しいよ』
ごめん、この辺りで腹立ってきて帰ってきちゃった……。
「うん、まぁ、アンタの気持ちはよくわかるわ」
とミキティがフォローしてくれた。
「じゃ、後は私か」マリちゃんがパラリと自由帳をめくった。「最初は手塚さんね」
『わ、私は……こ、怖くって……もう選挙なんてどうでもよかった……ただ、自分への悪戯が上靴の中に、納豆が入れられてて……もうこんなことになるのが怖くて……。次に誰を選んだかなんて言えない。そんなことしたら私が今度恨まれる……。でも恨まれて当然だよね……。はい、ごめんなさい』
「あんた何言ったのよ? 謝らせてるじゃない」
「これから児童会長になろうとしている人が何恐怖に負けて嫌がらせしてるのよって言っただけだよ」
『わ、私の前に✖が付いてた人?……そ、それは……す、少なくとも男女一人ずつは付いてた。こ、これで勘弁して……』
「そして最後の都築くんね」
『そうか、やっぱり知ってたんだね。それなら少しは話せることがあると思うよ。さっきは警戒してたけどね。俺は筆箱の中がぐしゃぐしゃになってた。チョークの粉なんかも入れられていたしね。散々だったよ。俺の前の✖印? なかったよ。俺が最初だったと思う。だから本当なら俺が止めればよかったけど、実際悪戯されたわけだし、どうしても怖かった。それにあえて犯人の手に乗ってみた部分もある。犯人がぼろを出すかもしれないからね。次に誰をターゲットにしたかは勘弁してほしいな』
「以上かな」
あちゃー。これどう聞いても私だけ必要な情報入手出来てないね……。だってあの高川くん、若干ナルシスト入っててムカつくんだもん……。
「でもさぁ」ミキティが最初に口を開く。「これ一番が、一番怪しいんじゃない? 被害に遭ったふりすればいいわけでしょ?」
なるほど。じゃぁ犯人は都築くん?
「そうはならないよ。被害の有無は実際にその現場に居合わせてもいないから、誰の証言も確実とは言えない」
富田さんが少し俯いた。
「ちょっと、あんた――」
「いいの、続けて。私だけここにいるから犯人じゃないって推理はフェアじゃないもの」
富田さんは顔を上げてハッキリとそう言った。なかなか勇気のいることだと思った。
マリちゃんは富田さんの顔を見届けて、話を戻す。
「同時に、このシステムは諸刃の剣だよ。犯人は自分が被害者になる可能性も秘めている」
「どういうこと?」
「ミキティの言う通り、一番は確かに怪しまれるよね? でも一番が犯人として自分に✖印をつけて次の人に回してごらんよ。後々児童会長同士が互いの被害を知り合うことになった時、一番初めに疑われるから、安易に✖は付けられない。そうなると、手紙には何も印を付けないだろうね。でも、そうなれば、自分がターゲットになってしまうんだよ」
ま、覚悟の上での話と、覚悟してない人とじゃ恐怖の感じ方は全然違うけどね。とマリちゃんはニタリと笑っていた。
確かに、自分が真犯人なら、自分に嫌がらせが来ても怖いとは思わないよね。
うん……うん? でもそれってさ、え? どういうこと?
ここまでの話だと、犯人は、この立候補者たちの中にいることが前提だよね?
「へ……あ、そうか。なんかそう考えていたけど、全然関係ない人が犯人の可能性もあるわけか」
ミキティも今そのことに気付いたみたい。
「というか、その方が可能性高いわよね? フツー自分もその立候補者なのにそんなことしないっていうか……」
「ま、それも一つの可能性だよね」マリちゃんが前髪を払う。
「だけど、今回は違うと思うよ」
マリちゃんのその発言に、私たちは全員、視線をマリちゃんに集めた。
まさか、マリちゃん犯人が分かったの?
証言の怪しい人ばかりだけど、嘘を付いてる人が誰なんだろう?
嘘を付いてる証拠はないかもしれないけど、誰が嘘ついてるって仮定をすればわかるのかな?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。
今回は、一週間後の日曜日に、もしかしたらヒントが追加されるかもしれませんね。