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第7話 穢れ逝く一票 前編

申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。

そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。

誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。

「どうかしましたか次田先生?」

 相談室に入ってきたのは、

「すみません、松永先生。どうしても話したいことがありまして」

 次田先生は、軽い会釈をしつつ、松永先生を迎え入れた。

「それは構いませんが、お昼休みの時間じゃダメですか? 次の授業もありますからね」

 確かに、と私は納得した。1時間目と2時間目の間は10分しかないもんね。休み時間なんて全部30分くらいになればいいのに。

 先生にも授業の準備とか必要だろうし……大丈夫なのかな。

 そんな私の心配を、次田先生も察していたのだと思う。

「確かにそうなんですけどね」

 次田先生は、そう言うとマリちゃんへと視線を動かした。

 マリちゃんは、私と先生の不安を、さらに加速させた。

「時間がないと思います」

「うん。……ん? 次田先生、この子たちは?」

「先生に話があるのは俺じゃなくてこの子たちなんですよね」

「え? そうなんですか?」

 松永先生は小首を傾げながらも優しく答えてくれる。「そうか、君たち、お話は先生も聞きたいんだけど、君の言う通り休み時間が短いから、お昼休みでどうかな?」

「違います。話をする時間がないんじゃありません」

 マリちゃんは、いつもどおり毅然としていた。

「先生が自首するまでの時間です」

「なっ……」


 そして、二時間目の授業が終わりを迎える頃、松永先生が警察へ自首することになった。


 当然、最初は松永先生は、その穏やかさを見せながらも状況が飲み込めていないようだった。

 でも、マリちゃんは構わず話を始めた。

「松永先生は、いつもかは知らないけど、歩いて出勤していたんじゃないですか。少なくとも今日はそうなのかなと思います」

「え? あ、あぁ……」

 マリちゃんの最初の問いかけで、松永先生は面を喰らっていた。マリちゃんは松永先生の答えを望んでいなかったのか、隣にいた私にも微かにしか聞こえない程度のため息をついて、話を続けた。

「松永先生の通勤路にある公園で、今朝、一人の女性が恐らく通勤途中に肩を刺されて、現在病院に搬送されています。彼女は刺されたショックからか、私たちが発見した時には気を失っていました。息はしていたので命に別状はありません。ナイフも貫く程は刺されていなかったんです。犯人はその女性の身元が分かりそうな物を残らず盗んでいきました。正体を推理されるのを少しでも遅らせようとしたのかなと思います。免許証などが入っていたのであろう財布を盗むことで女性の正体を、そして、連絡先が入っているスマホを盗むことで犯人自身の正体を暴かれないために。つまり、犯人と女性は知り合いなんじゃないかなって思ったんです」

 もちろん、ただの強盗とかの可能性もありますけど、とマリちゃんは付け加えていた。

 松永先生は、何も言わなかった。手を組んで、じっと下を向いていた。

「車の鍵が盗まれていました。でも駐車券は残っていた。もし仮に、車を盗みたくて女性を襲ったのであれば一緒に持っていくはず。でもそうしなかった。これは、車の鍵以外のものが目的なのかなって思います」

 キーケースって大人の人なら2つ3つ鍵をぶら下げてるね。パパも、車の鍵と、シャッターの鍵を付けてる。あ、あとお家の鍵……。

「犯人は家の鍵が目的だったのかもしれません。でも、それは今は何も断定できないですけど」

「ちょっと待ってくれ」

 松永先生の声色が少し鈍くなった。「なるほど、君たちは今日、そんな事件に遭遇したんだね。初めて知ったよ。生徒に何かあれば、朝の職員会議で話が出てるものだからさ」

 あれ? 次田先生言わなかったのかな? 松永先生も、勘ぐるように次田先生を見ている。

 次田先生は何も答えなかった。松永先生は構わず話を続ける。

「それで、君の推理は凄いなと思うけど、それと僕が何か関係あるかい? 僕が通っている道中にある公園で、傷害事件があったとして、まさかそれだけで僕が犯人扱いかな? それは少し無茶だよ」

 がさり。

 マリちゃんは机の上に、あのコンビニの袋を置いた。

 持ち主不明の財布、スマホ、そしてキーケースが入った袋だ。

「こっ……」松永先生は、見事に言葉を詰まらせた。

「すみません、松永先生」次田先生が、言葉だけ悪びれた。「先生のロッカーの中を改めてしまいました」

 マリちゃんは何も言わない。ただ松永先生を見つめている。

「ふっ、ふふ。なるほどね」

 松永先生は笑った。「これは拾ったものですよ。学校に来る途中でね。随分と貴重な物が入っていたから、そう、それこそお昼休みにでも警察に届け出ようと思ってたんですよ。時間に余裕がなかったものでね。今聞いた限りで僕も推理すると、その犯人が落としていったのかな」

 あーそうなんだ! と思ったのは、どうも私だけみたい……。危なっ。思わず声に出しちゃうところだった。

「そうですか」

 マリちゃんは、落ち込みもせず、笑いもしない。ただ僅かに目を細めた。それが、哀しげでもあり、鋭くもあった。

「私は、あの時公園から逃げた犯人を追いかけて、学校までやってきました。その道中にはそのコンビニの袋は落ちてませんでした。先生は私と犯人の間にでもいたんですか?」

「結果としてはそうなるね。だって君は犯人を捕まえてはいないんだろ?」

「はい。見つけることもできませんでした」

「ほらね。人を疑うのなら、慎重にしないと。今回は子供だから許すけど、大人だったら、裁判とかにもなるんだよ。名誉棄損とかね。言っても分からないかもしれないけど」

 私は松永先生の言葉が非常に悔しかった。マリちゃんが責められているのが悔しくて仕方ないのだ。マリちゃんならそれくらい知ってるよ、多分! 私は知らないけど!

「では、大人の先生、最後に私に一つ教えてください」

「な、なんだい?」

「私は、襲われた女性の姿を見ていた時に気になったんです。ベージュのスーツなのに、土の色がスカートについていたんです。ベージュなのに目立つってことは、土、砂は腐葉土のような黒っぽい茶色です。公園の中でそんな土を使っているのは雑木林の中くらいなんです。そして小さな葉っぱも付着していました。通勤中に公園を歩いていた女性に、そんなものが付着するのが気になったんです。だから、私は、茂みの中に隠れて誰かを襲う機会をうかがっていた真犯人は、実はこの女性の方じゃないかと思ったんです」

 え?

「そしてこの女性、先程も言いましたが、駐車券を持ってました。が、通勤用に駐車場を使うのなら、月極が一般的ですけど、なぜ定期券じゃないのかなとも思ったんです。定期券仕様の駐車券ならデザインや、そもそもプラスチックのカードとかじゃないのかなって」

「そ、それは、そういう時もあるんじゃないか?」

「はい。可能性を否定するつもりはありません。ですがそれはどちらにも言えます。だから私は、私の疑問に従った可能性を追求していきたいと思います。先程も申しました通り、この女性が、何かを企み、近くのパーキングに車を停めて、公園の茂みに隠れていた。そして、そこで目的となる人物が通り過ぎた。彼女は飛び出して、その人物……本当の被害者を襲う。でも、そこで計算が狂った。ナイフを奪われ、逆に刺されてしまった」

 な、なるほどね。わ、私もそれくらいの予想は……はい、してません。

「だけど、犯人も動揺したんじゃないかな。弾みでナイフを刺してしまった。だから殺しきらなかったし、ナイフも刺したままにしたんだと思う。下手に抜くと血が溢れる可能性もあるから」

 そうなんだ。でもなんでだろう? マリちゃんに後で訊いてみよう。今はそこは大事じゃないんだろうから説明はなかった。

「そして、自分と繋がりを証明しそうな物を奪って逃げてしまった。本当はどこかで捨てたかったんだろうけどね。例えば学校の前の用水路とか。でもあそこは水かさがそれほどあるわけでもないし、元気のいい男子がたまに中に入って遊んでるほどだからいつ見つけられるかわからない……」

 確かに羽沢くんとかもたまに遊んでるね。用水路と言っても、昔からある川の様子を残したものだからザリガニや亀がいるって3年生の時理科の授業で習った。深さもそれほど浅くないんだよね。でも危ないから子供だけで入っちゃダメとは言われてるよ。

「だから、仕方なく、学校の中にまで持ってきたんですよね」

「いい加減にしないか!」

 松永先生が怒鳴り散らす。「僕じゃないと言っているだろう!」

「まだ私は松永先生がナイフを刺した犯人とは言ってません」

 マリちゃんは少しも怖がらない。私はもちろんビックリして心臓がバクバクしている。

「でも、不思議なんです。私たちは公園で悲鳴を聞いて、少し待ってから中に入り、2分もしないうちに私はナイフを刺した犯人を追いかけて飛び出しました。その僅かな間に犯人と私の間を松永先生が歩いていたこと、私が学校まで来ても犯人を見つけられなかったから次田先生に電話したのに、その後に学校に来ていること。この空白の時間はどうして生まれたんでしょう。何をされていたのでしょう」

「そ、それは……朝は忙しいんだ、憶えていないよ。気付かないこともあるし、いつの間にか追い抜かれてたのかもな。憶えてない!」

「じゃぁ私が思い出してあげますよ」

 マリちゃんはハンカチを取り出した。水色の爽やかなハンカチだ。女の子っぽくはないかも。でも私、このハンカチをどこで見たっけ?

「先生、靴洗ってたんじゃないですか?」

「な! なぜそれを……!」

 そうだ! マリちゃんは下駄箱を調べた時、松永先生の靴を調べた後だけ、ハンカチをいつの間にか取り出していたんだ! それで、手を拭いていた。綺麗好きなのかなと思ったけど、濡れたからなんだ。

「先生の靴、新品みたいに綺麗でした。靴底がすり減ってはいたんで、新品じゃない。けど妙に綺麗。そして、ここしばらく雨も降っていない。少なくとも今日は雨は降っていないのに、なんであんなに濡れていたんですか?」

「そ、それは……」

「職員会議ギリギリになるほど夢中で洗っていたんですか?」

「それは……それは……」

「つま先にでもついてたんじゃないですか? 血が」


 マリちゃんは、既に三木松刑事さんに連絡を取って、学校の外で待ってもらっていたみたい。

 マリちゃんが急いでいたのは、女性が目を覚ましてから、松永先生が班員と告発されてからだと、自首としては手遅れになるらしい。事件や犯人が分かってからだと出頭ってなるんだって。「似てるようで、全然違うから」って言ってた。

 だから、次田先生も、下手に職員会議で言わなかったそうだ。もし犯人が教員のうちの誰かだとしたら、次田先生が発言することで、隠ぺいを加速させたかもしれないから。

「偶然だ!」松永先生は最後にそう吐き捨てて、「次田先生はこの子の言うことを信じるんですか?」とずるい質問をした。

 でも次田先生は、淡々と言ったの。

「信じますよ。うちの生徒ですから」

 次田先生の飾らない言葉に、松永先生は観念して、自首を決断したんだ。

 マリちゃんも、これがただ松永先生の欲望のままの犯罪なら自首を勧めたりはしなかったけど、マリちゃん的にはどうもあの女の人はストーカーだったんじゃないかと思ったんだって。だからこそ、松永先生も女の人が意識を取り戻しても訴えないかもしれないと思ったかもしれないとも言っていた。

 松永先生は、鍵を盗んだのは女の人の家の鍵じゃなくて、先生の家の鍵を作られていたみたいだから盗んでしまったらしいよ。

 ついナイフを刺してしまったけど、一度抜こうとしてしまった。その時に血が滴ったんじゃないかなってマリちゃんが言ってた。あんなに綺麗に垂直になってたのが不自然な感じがしたんだって。

「ストーカーから逃げたかったんだろうね。最近結婚したし余計にそうだったんじゃないかな」 

 次田先生も、マリちゃんの推理と、自首を勧めたいという思いを信じたって言ってた。私は、次田先生のクラスでよかったと心から思った。

 

 マリちゃんは最初から学校の先生が怪しいと思ってたの?って訊いたら、

「逆だよ。むしろ学校の先生じゃないことを願ってた。でも、次田先生に電話してみたら……条件に合う人がいてしまって……こんな結果になったけどね」

 と少し落ち込んでるようだった。今回に限っては学校の先生じゃなきゃ解決してなかったと思うとも言っていた。そりゃそうだよね、どこか別の場所に逃げてたら、少なくとも私たちでは解決できなかったよね。

 でも落ち込まなくてもいいのに。マリちゃんのおかげで、事件も、そして松永先生も救われたはずなのになって思う。

 じゃぁなんで犯人を追いかけるルートが最終的に学校がゴールになってたんだろう?

 私がそう尋ねると、マリちゃんは少し私から顔をそらして、こう言ったの。

「学校に犯人が逃げ込んでたら嫌だったから」

 マリちゃん……! 私は思わずマリちゃんに飛びついて抱きしめた。マリちゃんが「痛い……」と言いながらちょっとだけ私の体を押し返していたけど、そんなの無視だよ!




「ねぇ、ちょっと相談があるんだけど」

 数日後、お昼休みに私とマリちゃんがお話していた時、そう言ってきたのは真中さんだった。

 まぁ、お話っていうか、いつもみたいに私が一方的に喋っていたのに近いけどね。

 真中さんは、あの一件以来、少し表情が柔らかくなった。瑠璃垣さんとも仲直りしたんだろうけど、以前みたいにいつもかしこも一緒、という感じがなんとなくだけどなくなっていった。

「なに?」

 マリちゃんは、すぐにそう答えていた。

「まぁ相談っていっても私じゃないんだけどね」

 真中さんの隣には、隣のクラスの富田さんがいた。富田さんはロングの髪が綺麗で羨ましい、優等生だ。かくゆう私も去年は同じクラスで何度か遊んだ仲だ。真中さんとは塾が同じで仲良くなったんだって。あー、私もそろそろ塾とか行くのかな? 最近算数が難しいんだよね……。

「あの、ミキちゃん」ミキというのは真中さんの名前である。富田さんは遠慮がちな声で「やっぱり、まだわかんないし、もう少し様子を見てから、ね?」

 何か言い淀んでいる感じ。というか、こんな、なんていうか、弱々しい人だったかな?

「やっぱり私今日はやめとくね」

 富田さんは出て行ってしまった。

「あ、ちょっと!」真中さんが呼びかけるも、あっという間に廊下に姿を消していた。よし、私も真中さんのことはミキちゃんと呼ぼう。

「どうしようか? アナタに代わりに質問した方がいい? それとも、『児童会長選挙を控えて何かあったのかな?』と憶測する程度でいい?」

 マリちゃんがそう言うと、ミキちゃんは目を丸くしたが、やがてため息混じりに、

「あんた恐ろしいわね」

 マリちゃんの言う通り、先日児童会長の選挙が始まった。私たちの学年から会長を選出するのだが、今年は随分と活気を見せている。先程の富田さんもその一人で、各クラスから最低一人という条件の中、候補者は6人にもなった。私としてはマリちゃんを推薦してもよかったけど、そこは私の独占欲が勝つ!……とまでいうとちょっとジョークにならないけど、マリちゃんがそういうことには興味ないだろうなということは察して何もせず。

「その通りよ。あの子、立候補してからというもの、嫌がらせ受けてるみたいなのよ」

 嫌がらせ? たかが小学校の児童会長の選挙で?

「物事に対しての価値観は十人十色だからね」マリちゃんはさも当然かのようにそう言った。

「靴とか、リコーダーとか隠されたり、上履きの中に画鋲を入れられたり、ノートに……落書きとか……」

 ミキちゃんの目が少し赤く、潤んでいた。私はそんなミキちゃんを見て、自分の目も熱くなってくる。泣きたい感情に勝って怒りが出てくる。なんだそのくだらない悪戯は! いや、悪戯じゃ済まないよそれ!

 富田さんは友達も多いし、いじめを受けてたようなこともない。やっぱり選挙が原因なのかな?

「――あ、ちょっと! どこ行くの!」

 色んな感情のせいで整理がつかなかった頭が、ふと現実に戻されたのは、ミキちゃんのその言葉だった。

 マリちゃんがいつの間にか席を立って、彼女もまた廊下に出ようとしているところだった。

 マリちゃんはいつもの調子で言う。おかげでクラスの喧騒にかき消されそうだったが、なんとか聞こえてきた言葉は、

「どこって……。決まってるじゃん。犯人捜しに行くんだよ」





捜すってことは、まだ誰かは分かってないってことだよね?

でも、マリちゃんはどこへ行くんだろう?

どうやって捜すのかな?

隔週日曜日更新していきたいと思います!

回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。

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