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第4話 逃げられぬ恐怖 前編

申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。

そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。

 真中さんと瑠璃垣さんが先に二人で帰ってきた。

 瑠璃垣さんが目を赤く腫らしていたものの、涙はもう流れていなかった。

 そんな彼女の肩にそっと手を添えて真中さんが支えている。

 すぐ後に百乃さんと羽沢くんがいまだに小さな小競り合いをして帰ってきた。


 もう教室には、私とマリちゃんを含めて6人しかいなかった。

「お、ちょうどいいとこにいたじゃねぇか」

 羽沢くんがマリちゃんを見ながらそう言う。

「お前いくつも事件を解決してんだろ。どっちがカンニングしてるのか推理しろよ」

 ピクリと真中さんと瑠璃垣さんの肩が弾む。

「やめろよお前。もういいだろ、二人ともカンニングなんてしてないんだって!」

 百乃さんがとうとう羽沢くんにゲンコツを喰らわせていた。

 私は、羽沢くんもそうだけど、百乃さんの言葉にも正直嫌な気持ちになった。そのせいか、マリちゃんを確認するのがおそらく睨むような目つきになっただろう。

「・・・いいよ」

 え?といの一番に言ったのは私だった。もちろん、私を含めた5人も同じように目を丸くしてマリちゃんを見返していた。

「そのくらい簡単だしね。その代り」マリちゃんは羽沢くんをその両目に捉えて「君の答案も見せてもらうけど、いい?」

「はぁ? 何でだよ」

 憎たらしい笑みを浮かべていた羽沢くんの、顔がくしゃりと音を立てたように歪む。

「真中さんや瑠璃垣さんのだけ見ておいて、自分のだけ見せないなんてずるいよね?」

 マリちゃんは羽沢くんにも一歩も引かない。女の子の間では乱暴で嫌われていたり怖がられていたりする彼に対しても、堂々と、いつものペースだ。

 ま、そりゃそうか、今までも刑事さんとかにも全然動じてなかったもんね。

「お、俺のは別にいいだろ!関係ねぇし」

「これだけ騒ぎにしておいて、今更関係ないわけないでしょ。人の気持ちを軽く見ちゃだめだよ」

 羽沢くんは歯切れ悪く、口を引き結ぶ。だけどマリちゃんはその口撃を止めない。

「それに、もし私が確認して、カンニングしていないことが証明出来たら、君、その時は覚悟できてるんだよね?」

「え・・・」

「小学5年生だからって何しても許されると思ったら大間違いだよ。まだクラス内でわずかに君が騒いだ程度ですんでるけど、明日になっても明後日になっても騒ぐようなら、いじめとして私は次田先生にも報告するし、君のお父さんとお母さんに話にいってもいいよ」

 マリちゃんはポケットから小さい機械みたいなものを取り出した。スマホよりも随分小さいけど、再生ボタンとか録画?ボタンみたいな赤い丸のボタンがついてる。

 羽沢くんは、呻き声のような音を微かにのどの奥から発していた。でも、何も言い返してこない。

 マリちゃんは椅子から立ち上がり、真っ直ぐに羽沢くんに向かって歩き、そして彼にまるでくっつくぐらい近づいた。羽沢くんは大きく仰け反っている。

「じゃ、もう一度確認するけど、私は誰の答案を見たらいいのかな?」

 マリちゃんが、下から睨んだ。

「・・・ちっ! うるせぇな! もういいよ」

 羽沢くんはランドセルを右肩にぶら下げると、逃げるように教室を出て行った。

 すごい!マリちゃんは羽沢くんを追い払ったよ!

「けっ!逃げやがったなあのヤロー」

 百乃さんもニヤリと勝ち誇ったように笑っている。

「さ、アタシも帰らねぇとな。バスケの練習があるし」

 と、彼女もランドセルを肩にかけて、教室を出ようとした。

「あれ、もういいの?」

 そう言ったのは、マリちゃんだった。

「は・・・はぁ? 何が?」

 百乃さんは扉の所で足を止めていた。こちらを振り返らず、返事をしている。

「テスト。確認しなくても」

「あ、アタシは別に気にしてないからな。そ、それにさ」

 百乃さんがこっちを向いた。

「アタシは二人の点より全然低いんだぜ? カンニングなんてしてたらもっといい点とれてたよ。あははは」

 ずいぶん早口で喋るなぁ、と私は思った。

「誰もアナタがカンニングしたなんて言ってないけど?」

「え? あ、そうか。いや羽沢のせいでアタシまで疑われているのかと思ったぜ。あはは、じゃぁな」

 百乃さんは教室を飛び出して行った。

「さて、」マリちゃんは、誰に言うでもなく、また、みんなに言うように言った。「帰りましょう」


 マリちゃんが言うには、スマホとかを使うとか、何か道具でも仕込んでない限り、カンニングしたなんて証明のしようがないんだって。

 まぁそりゃそうだよね。ちらっと偶然見えてしまって、正解できていたとしても、その証明なんて、カメラでずっと撮影しているとか、じーっと見張ったりしてないとできないよね。

 だから、あの二人が仮にカンニングをしていたとしても、それを証明なんてできないから、カマかけたんだって。

「それが限界。もししてなかったら、それこそ私がいじめしてることになっちゃうからね」

 とマリちゃんはリスみたいに小さく笑った。

 もし本当にしていた、してしまったなら、今後はできないように釘もさせたと思うってさ。

 へぇ~。さすが、そこまで考えているなんて。

 と私は感心した。

 

 と、同時に、急に不安になってきた。それなら、大丈夫なの?とマリちゃんに訊いたが、

「多分大丈夫。むしろ、できれば、外れて欲しいくらいだけど」

 と真面目な顔に戻った。・・・いや――

「何が大丈夫なの?」

 と私たちの前にやってきたのは、真中さんだった。

 うわぁ!と私が驚いてしまった。

「こっちが驚きだよ。二人とも、私の家の前で何してるの?方向違うよね?」

 真中さんは、穏やかな口調でそう訊いてきたが、その瞳は震えている。

「さっき教室で起きたことから考えたら、用件は分かりそうなもんだけどね」

 マリちゃんが言った。

「・・・、まさか、私がカンニングしたって言いたいの?」

 マリちゃんは黙って見つめていた。頷きもしない。

「じょ、冗談じゃないわ! もううんざり! 二人は味方だと思ってたのに。やっぱりそういう風に見てたのね」

 真中さんは怒鳴った。私は不安になってマリちゃんと真中さんを交互に見ることしか出来ない。

 真中さんは見る見るうちに眉間に皺を寄せる。反対に、マリちゃんは静かに睨んでいる。

「菱島さんはさっきの瑠璃垣さん見てたでしょ? あんなに泣いて・・・疑われて、傷ついているのに。私だってそうよ? もういい加減にして!」

「瑠璃垣さんが何で泣いてたか言ってくれた?」

 鼻息荒く叫んでいた真中さんの声が、息が、瞳が全てが、ぴたりと止まった。

「は・・・、何よそれ。か、関係ないでしょ?」

「それはこっちで決めるから」

 真中さんの右頬が吊り上がる。正直、こんなにも激情的になっている真中さんは初めてだ。

「何様よ! 言いたくないわ!」

「言ってくれなかったんじゃないの?」

「!?」

「泣いてる理由、言ってくれなかったんじゃない?」

「な・・・、なんでそれを・・・」

「あくまで予想・・・いや、妄想、だけどね」

 マリちゃんは涼しげに自嘲していた。

「真中さん、私は別にアナタのことをバカだと思ってない」

「は、はぁ?」

「授業中に当てられても、きちんと答えているし、お友達に質問された時もきちんと、わかりやすく答えているしね。それに、普段の優しさも見ているつもり」

「な、なによ急に・・・」

 突如マリちゃんが褒めまくるものだから、真中さんも面食らってるんだろうか。

 でも、マリちゃんが言っていることは、お世辞でもなんでもなく、事実なのだ。本当に頭もいいし、誰かが困ってたらすぐ助けてくれる。体調悪い子がいた時、その子が先生に言えなかったときとかも、代わりに言ってあげたり、私が前、給食のお箸忘れた時も割り箸貸してくれたし。「気をつけなさいよ」って注意されたけど。なんかみんなのお姉さんみたいな存在。

 だから、教室でマリちゃんに推理をされた時は、私も信じたくなかった。

「でも、それが裏目に出た形だよ」

「だから何を言って――」

「あの二問、間違えるかな?」

 まただ、と思った。真中さんが、言葉を詰まらせる様子を見て、私は今日何回、人が困る姿を見るのだろうと思ったのだ。

「そ、そんなの、それこそあなたに関係ないじゃない!そんなのがカンニングの証拠とでも言いたいわけ?」

「私、実はアナタたちのテスト、見てしまったの」

 ――あの時マリちゃんが私に言った「見せてほしい答案」は、実は瑠璃垣さんと真中さんのものだった。二人の物は机の上に置いたままになっていたので、マリちゃんはさっと眺めていた。

「アナタは、間違えていた所、微かに紙が毛羽立っていた。本当は間違えていなかったんじゃない?」

「な、なによそれ」

 真中さんが鼻で強引に笑う。

「悪かったわね。間違えて。なんか気になって途中で書き直したのよ」

「その割に随分と丁寧に消していたわね」

「そ、そんなのいいじゃない!」

「そうね」マリちゃんはここで、急に落ち着いた。

「アナタの言う通り。私にカンニングの証明はできないわ。だから、ここまでは予想。この先も妄想――」


『比べる』という字を間違える、ということで、『比べることは間違っている』と、そして『絶交』という字を間違えることで、『絶交はしない』という意を伝えたかったんじゃないかな。

 つまり、彼女はアナタが、自分と似ているなどと言われながら、そのことでプレッシャーを感じて常に『比較』していることを知り、何かの拍子にカンニングをしてしまっていることに気付いてしまっていた。だけど正直に言ってほしい、そんなことで『絶交』・・・嫌いになったりしないと言いたかったんだと思う。

 けど、今の私と同じように証拠はないし、正否はともあれ、「カンニングしている」などと言うと、相手を傷つけてしまうことになるだろう、友情も終わってしまうかもしれない。だから、こんな回りくどい形で伝えようとしていた。

 でも、まさかクラスメイトに気付かれて、騒ぎになったこと、自分のしていたことで真中さんを苦しめることになるかもしれないという恐怖から泣いてしまったんじゃない?

 だから、アナタに泣いた理由を聞いたのか確認したの。案の定、教えてもらってないんだね。


「あなた、よくハッキリ言ってくれてるわね」

 真中さんは、もう怒りを見せることはなかった。

「だから最初に言ったでしょ? 妄想だって」

「あっそ」

 真中さんは、門の中に入っていく。

 私は堪らず真中さんに声をかけてしまった。

「何?」

 でも、何と言えばいいのか分からない。

「用がないなら、もういいかしら?私ちょっと行くところできたから」

 そう言って彼女は家の中に消えていった。

「・・・帰りましょう」

 マリちゃんはそう言って歩き出した。


「昨日は、ありがとう」

 真中さんがそう言ってきたのは、翌日の放課後になってからだった。

 私とマリちゃんが下駄箱で靴を履いていると、彼女は後ろからそう言った。振り返っても彼女はどこか違うところを見ていた。恥かしいのかな?顔を真っ赤にしている。

「昨日?何のこと?」

 マリちゃんが小さな顔を傾ける。

「はぁ!?」真中さんが即座に首を回して、キッとこっちを睨んでくる。

「何忘れてんのよ! あんたが家に来て――」

 と叫ぶ彼女の口をマリちゃんが手でふさぐ。

「落ち着いて、周りをみて聞いてね」

 周囲には昨日と違い、他の子がいっぱいいる。

「私は昨日は菱島さんと帰ったわ。まっすぐ、どこにも寄り道せずに。だから、昨日のことなんて何にも知らないし、何かあったとしても私は忘れてるんだね」

 そう言い終えると、彼女の口から手を離した。

「あなた・・・」

 真中さんはゆるいと口元を緩ませた。――かと思えば、

「ふ、ふん。あんたなんかに何も言うことなんてないからね!」

と口を尖らせて、教室の方へ戻っていった。

「さ、帰りましょう」

 とマリちゃんもさっさと下駄箱から離れていく。

 私はつい気になって真中さんの方へ振り返ってしまった。

 彼女は顔だけこちらに振り返っていた。口元が何かを囁いているような気がしたが、私ももう、昨日のことは忘れようと思う。



 いや・・・すっかり忘れてしまっていた。昨日のことなんて気にならないほど、ショックなことが起きたからだ。

 それは、カンニング事件から数日が経った、ある朝のことだった。

 私はマリちゃんと学校に向かっていた。

 信号で立ち止まり、目の前に見えたのは公園。東西南北に走る大通りの傍にある、小さな公園だ。方角的には丁度北西になるのかな?

 交差点の角に位置していて、二辺が歩道と接する。

 その公園は私たちが通う小学校の生徒たちの遊び場としてはかなり有名。というか、遊んだことない子の方が少ないと思う。遊具は少ないけど、緑は多いし、噴水もあったりして、何をするか決めてない時とかはとりあえず、この公園に来る。

 だけど流石に朝の登校時間に遊んでいる子はいない。高校生とかが、待ち合わせに使っているのを何度か見たくらい。

 私たちが横断歩道を渡り切ったところだった。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア・・・!」

 女性の悲鳴が車の喧騒に負けないほど大きな声で叫ばれた。

 マリちゃんは私の腕をつかみ、急いで下に引っ張った。私は何もできないまま、尻餅をつく格好になった。

 思わず、いたっ、と声を出してしまう。

「静かに、我慢して」

 マリちゃんは公園の方をじっと睨んだままだ。

 何も聞こえなくなった。

 私たちの前を自転車が通りすぎてゆくが、その男子高校生は変な物を見るかのように見下ろしてそのまま通り過ぎて左に曲がると見えなくなった。

「ここにいて」

 マリちゃんが立ち上がると、こそこそと、でも素早く生け垣の切れ目に体をねじ込ませて公園の中に入っていく。

 高い木や、生け垣に囲まれて、しゃがんだままではもちろん、立っても私の身長じゃ中は見えない。

 私も、最初はマリちゃんの言いつけを守ろうと、黙っていたが、後ろから、

「どうしたの君? 大丈夫?」と声をかけられた。

 信号待ちしているサラリーマンが、車の窓を開けて声をかけてきてくれた。

 でも、私はなんだか怖くなって、何も返事できず、立ち上がってマリちゃんの名前を叫んだ。正直泣き声になっていた。

 マリちゃんの返事は「来ちゃダメ!」だった。

 今まで、聞いたことないマリちゃんの大きく鋭い声に私は、びくりと体を固めてしまった。

 マリちゃんが生け垣の切れ目から飛び出してくる。

「菱島さん、スマホ持ってたよね? 救急に電話して!」

 え? 救急?って、救急車? 私は戸惑ってつい訊いてしまった。

「人が怪我してるの」

 えぇ!?

「刺されたかもしれない。いい? 救急にこの公園の名前を言って、女の人が刺されているって伝えて。それと、中の人には無暗やたらと近づかせちゃダメだから見張ってて」

 とマリちゃんは走り出した。

 わ、私は、とにかくスマホを取り出しながら、ダメと言われたけど、つい生け垣の切れ目から中に入った。

 クリーム色のスーツを着た、女の人が倒れている。小さく呼吸を乱しながら、額に玉のような汗を浮かべていた。

 右肩にナイフが刺さったままだ。スーツの右肩付近はは少しずつ赤黒く色を変えている。

 そして、倒れた衝撃のせいか、ショルダーバッグの口が開き、中身が散乱している。

 ――私は救急に電話をしてから、一先ずその状況を写真に撮った。一人ぼっちで不安で仕方なかったから、気を紛らせるために。


 さて、マリちゃんは、どこに向かって走ったのだろうか?

 また、なぜ走り出したのだろう?


隔週日曜日更新していきたいと思います!

回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。

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