第2話 刻まれた家族
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
マリちゃんが指摘したのはジュースを取り出していた男の子だった。
たけやんと呼ばれていた彼の左手に握られた缶は飲み口が下に向いていた。
「自動販売機で買った飲み物って、右手で取るとプルタブがちゃんと上を向くようになってるのに、お兄さんの、逆さまになってますよ」
中学生たちはきょとんとしながらも、たけやんの左手に持った缶を見る。つるりとした逆ドーム型に窪んだ缶底が見えていた。
「左手に持ってたからじゃねぇのか?」
アキツが睨むように眉間に皺を寄せて言う。私は怖くなってついマリちゃんの後ろに隠れちゃったけど、マリちゃんは一歩も怯まない。
「右手から持ち替えた時にわざわざ逆さまにしたの?」
その時、自転車に乗ったお巡りさんが通りかかった。
「君たち、なにをしてるんだい?」
穏やかな声かけに聞こえたが、中学生を見る目に優しさはなかった。
後日、学校の先生を通して教えてもらったところ、やはりあのジュースは危ない物だった。毒が入っていたんだって。犯人が自動販売機の中に入れて、中学生たちみたいに、「ラッキー」と思わせるのが狙いだったんじゃないか、って先生が言ってた。みんなにも気をつけるように指導をしていた。
ちなみに警察官が来たのは、中学生が小学生にカツアゲでもしてるんじゃないかと心配してくれたみたい。はたから見るとそんな風にも見えたかもね。
マリちゃんが見破ったんだ! 私は興奮して休み時間にはすぐ言いふらした。
「すごいね!」「名探偵だ!コ〇ンくんだよ」
周りのみんなもマリちゃんを称えたが、彼女は、
「私は気になったことを言っただけ。毒まで入っているかを調べたのは警察の人たちだもの」
と、いつものようにクールにそう言っただけだった。
でもみんなマリちゃんのことを見直したんじゃないかな? そう思うと私はすごく胸の中が熱くなった。
今日はマリちゃんと一緒に学校に行くことにした。マリちゃんが来る前に出ておこうと思って、お外に出たら、塀の向こうにちらりと、頭のてっぺんと、赤いランドセルの一部が見える。
マリちゃんはもう既にいた。丁度インターホンを押すところだったみたい。門をじーっと見つめていた。私はちょっと待ってねと声をかけてから、鍵をかけて、階段を降り門を出た。
マリちゃんは何も停まってないガレージの方を見ていた。
おはようと声をかけると視線を私に動かして、マリちゃんは少しだけ笑って「おはよう」と言ってくれた。
マリちゃんとお話しながら学校に向かう。私の家までは10分もかかってないみたい。意外と近かったんだ。もしかしたら今までに近くを通りかかったことがあるかもしれない。
そう思い、マリちゃんの家の事を聞いてみた。マリちゃんは去年引っ越してきたみたい。どうりで知らないはずだ。こんど遊びに行ってみたいと言うと、マリちゃんはいつものように静かな表情になって、何も返事してくれない。
怒らせちゃったのかな? 私も黙ってしまった。下を向いて歩いてしまっている。
しばらく歩いていたが、そこでマリちゃんがため息混じりに言った。
「…じゃぁ、今度くる?」
「え? いいの!?」私はつい声を弾ませてしまっていた。
マリちゃんはこくりと小さく肯いてくれた。
嬉しいと思った矢先、少し不安にもなった。もしかしたら、お家のことを知られたくないのかな?
代わりにと言ってはなんだけど、私は自分の家族のことを話してみた。そのことでマリちゃんの反応を見たらわかることもあるかもしれないし。
でも、ちょうどよかった。昨日面白かったできごとを話せるしね。
昨日の夜のことなんだけど、ママと二人でリビングでテレビを観ていたの。そしたらパパが階段からダダダダって降りてきて、定期券がない!って騒ぎだしたの。
ママはいつものことだって言って相手にしなかったの。パパお酒飲んで帰ってきたから置いた場所忘れてるだけよって。
ママはお洗濯をいつも夜にするから、スーツと一緒に洗ったかもしれないって慌てて洗濯機を止めて、水がまだ入っているのにパパったら腕を洗濯機の中に突っ込んじゃってさ。
でも結局なくて、そこら中散らかして、もう一度二階に戻って鞄をひっくり返してぐちゃぐちゃで、それでもなくて、車に戻ったらあったんだって。いつも車で駅まで行って、帰ってくるけど、今日は代行っていうやつで帰ってきたから、自分で運転してないから忘れてたんだって。
定期券は見つかったけど、水浸しのパパが動き回ってお家の中はびしょびしょでさ、パパは安心してストーブの近くで「ふぅ~」とか言ってたけど、ママがもうカンカンで……「もう許さないわよ!」ってぶちギレ。パパお小遣い今月はなしになったの。
パパはしょんぼりして上に戻ってたけど、私知ってるんだ。パパがこっそりヘソクリしてるのを。だから追いかけてパパにお芝居上手だねって言ったら、「今月は新年会とかで使っちゃってたみたいだ。もうないんだよ」って半泣きだったの。
話し終えると、ちょうど学校に着いた。
マリちゃんはいつものように顔をじっとさせていた。
面白くなかったかな……?
もしかしたら、やっぱりマリちゃんって、家族と仲が良くなくて、それでお家の話とか嫌いなのか?
私はもんもんと考え込んでいて、朝礼が始まった時まで気付かなかった。
マリちゃんがいないのだ。
先生が出欠を取る。マリちゃんの番になったが、先生は何か知っているのか、特に何もなく次の子の名前を呼んでいた。
私は朝礼が終わって1時間目が始まるまでの短い休み時間に先生の所へ向かった。先生にマリちゃんのことを尋ねる。担任の次田先生は30代中盤の、いつも少し気だるそうな先生だ。かといって冷たくもない。変に熱血じゃない分、こっちも肩の力が抜けるので、クラスのみんなからの評判は悪くない。隣のクラスの大小島先生なんてよく怒って教室を飛び出すらしいから、いつもみんなひやひやして――じゃなくって、マリちゃんのこと訊かないと!
「あぁ、あいつなら、忘れ物したとかで一旦帰ったぞ。珍しいなとは思ったがな、教科書ぐらいなら借りてこいとは言ったが、どうも財布か鍵かの貴重品らしくてな。特別に許可したんだ」
マリちゃんが? 確かに私も意外だった。教科書にしろ、忘れ物にしろ、意外すぎる。
だが、もっと意外なことを知ったのは、昼休みだった。
マリちゃんが帰ったきたのだ。刑事さんを連れて。
マリちゃんはなんと、私の家に入った泥棒を捕まえる手助けをしてくれたらしい。
マリちゃんは、なぜ泥棒が入ることを知っていたのだろうか?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に掲載予定です。