第十九話 続きはティータイムの後で
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
ごめんミキティ。待った?
「……あのねぇ、」
ミキティは深いため息を吐いた後、苛立たし気に言う。「私だって少しくらいなら何も言うつもりないけど……あんたが呼んだんでしょ!?」
ミキティは汗で滲んだ腕を組んで私を睨んだ。
「それを1時間も遅刻ってどういうことよ!」
ご、ごめん……家出てから気付いたの。あ、待ち合わせ時間1時間勘違いしてたって。
「あんたが10時って言ったのに!?」
ごめんなさい……。
「……も、もういいわよ。わかったなら、次から気をつけてよ!」
わぁ、やっぱりミキティはツンデレだね。
「はり倒すわよあんた!」
今日はミキティと図書館にやってきたのだ! こう見えて私は文学少女なのだ!
……ということは誰も思ってないだろうね。
「まったく、あと夏休み7日しかないのよ? なのにまだ宿題終わってないなんて……」
そう、私の宿題のために図書館にやってきたのだ。どっちかの家だと遊んじゃいそうだから図書館にしたの。
「お祭りの時には順調って言ってたじゃない」
うん、そうなんだけどね……。
「どうせあの子にもらったス●ッチで遊んでばかりだったんでしょ?」
な、なぜそれを!?
「……あんた単純ね……」
「――はい」
あの時、マリちゃんは手に入れた1等の景品をさも当然のように私にくれたの。
さすがに私も、のどから腕が生えるのを必死に堪えながら、そんな高価なものもらえないって言ったんだけど、
「さっき言ったじゃん。私は別に欲しくない。このクイズをしたかっただけ」
と言って、私に押し付けたらマリちゃんそのまま行っちゃったの。
だから私は急いで後ろから飛びついてマリちゃんにこれでもかってくらいにほおずりしたのだ。
「流石のあの子もちょっと戸惑ってたわね。顔赤くして」
図書館の中に入ったので、ミキティは声を小さくしながらもくすくすと笑っていた。
「でもあんたなら私じゃなくてあの子に相談しそうなものなのに、珍しいわね」
だって、私が宿題できてないって知ったら、なんかマリちゃんに悪いじゃん。その点ミキティなら大丈夫だし。
「なんか腑に落ちないわね……。まぁいいけど」
ミキティは鞄の中から夏休みの宿題たちを取り出して、机の上でとんと弾ませるように高さを揃えると、
「で、――何が終わってないの?」
えっと、問題集はあと少しだから大丈夫。絵と自由研究と……。
「ちょっと、図書館で出来ることじゃないじゃない! それに私が持って来たものも役に立たないじゃない!」
だってミキティが図書館って言ったから。
「だったらそう言いなさいよ! 他の場所にしてたでしょ!」
冗談だって。ちょっと算数の分からない所があるの。
「もう! やめてよね、変な冗談は」
あと自由研究の題材ってなにか良いのないか図書館で探すの手伝ってほしくて。
「図書館で? そんなのあるかしら?」
ミキティは何にしたの?
「私は打ち水の効果を調べたわ」
何それ?
「打ち水ってあるでしょ? お庭とかに水を撒いて涼をとるの。おばあちゃんちに行った時に、おじいちゃんが夕方水を撒いてたのを見て思いついたの」
へぇー、いいないいな! 私もそれにしよっかな?
「ちょっと、マネしないでよ」
それから私はミキティに教えてもらいながらなんとか算数のドリルを終わらせることができた。
ミキティはぶつぶつ言いながらも「真似されるのが嫌だからよ」と、『これでお父さんも安心 夏の自由研究』という本を持って来て、その中から色々探してくれた。
「あのお兄さんが教えてくれたのよ」
カウンターでてきぱきとお仕事をこなしているお兄さんをミキティはこっそり指さした。メガネをかけて、爽やかな感じのお兄さんだ。
私はきちんとお礼を言いにカウンターへ行った。
「――ん? あぁ、君だったのかい、自由研究を探していたのは。どういたしまして」
お兄さんは嫌そうな顔一つせず私たちに笑いかけてくれた。
「そちらの子があまりに必死で尋ねてくるからね」
え……?
「ほ、他にすることなかったからよ!」
とミキティは顔を赤くしていた。「余計なこと言わないでくださいよ!」
「ははは。ま、本のことならまたなんでも聞いてよ。少なくとも、この図書館の本なら一通り読んでるからさ」
えぇぇ!? すごい……だってぱっと見ただけでも百冊以上あるはずなのに……。
「ははっ。なにも一息にってわけじゃないさ。少しずつだよ。君たちも読みたい本があるなら読んでご覧。本は予約もできるしね」
う、うーん……ま、まぁそのうちに。ははは……。
その後、図書館の隣にある喫茶店でお昼ご飯を食べることになった。
ここは本を持ち込んで読むことも出来るので、私たちより先に座っていた人たちの中にも何人かは本を読みながらコーヒーなんかを飲んでいた。
サラリーマンみたいな人が雑誌や新聞を、マダムみたいな人が小説を読んでいる。若いママ友たちが本など関係なく盛り上がっていたり、高校生のカップルが宿題をしていたりと様々だ。
「いらっしゃいませ、可愛いお客様♪」
とお水を持って来てくれたのは女子大生くらいの若いウエイトレスさんだった。エプロン姿が似合っててカワイイ!
「ご注文はどうしますか? あ、でもここのメニュー安くて多いから、子供なら二人で一つくらいでいいかも」
そうなんだ。じゃぁ二人で分けやすいサンドイッチにする?
「結構です!」
何故かミキティご機嫌ナナメ。「私このたらこスパゲッティでいいです。子供じゃないんで」
と、子供扱いされたことが気に入らなかったみたい。
「あら? じゃあお姉さん、腕を振るっちゃうわよ!」
お姉さんが作ってくれるの? というか、お姉さん以外に誰も店員さんがいないね。
「そう。君たちは夏休みだけど大人は平日だしね。安心して、私料理は得意なんだから!」
――この後ホットプレートくらいあるお皿に盛られたパスタをミキティが半泣きになりながら食べてたのはいい思い出。絵日記に描いとこ。
食後、私はオレンジジュース、ミキティはストレートティーを飲みながら自由研究をどうするか話に夢中になっていた。
ふと時計を見ると午後2時になろうとしていた。私たちはもうとっくに自由研究の話は終わってて、夏休みの話で盛り上がってしまっていた。お客さんも何名か入れ替わっている。
ミキティの家で自由研究をしてみることとなってたのに……大変!
時間がないってことで、慌てて席を立ち、喫茶店を出た。
……ときだった。
ガシャン……。
何かが割れる音。その音に気付いて私たちが振り返る頃にどさりと鈍い音が。
「キャー……!」
そして遅れて喫茶店のお姉さんの悲鳴が館内に鳴り響いた!
「え、なになに!?」
ミキティは足がすくんじゃったのか、その場で震えて動こうとしない。
私は急いでその音の方に向かった。きっとマリちゃんならこんな時、一番に駆け出しているだろうから。
喫茶店に飛び込むとウエイトレスのお姉さんがお盆を抱えたまま、ミキティと同じように震えている。
その足元には女の人が倒れていた。小さく震えて、なんだか息苦しそう。今にも死にそうな白い顔をしていた。
私は駆け付けたもののどうしようかと慌てるだけだった。
うぅ……やっぱり私じゃダメだ~……マリちゃんがいてくれたら……。
その時、背後から誰かが駆け寄ってくるのがわかった。
図書館のお兄さんだ。
喫茶店は図書館のカウンターの前を通った先にある僅かな通路を抜けて行く。通路はガラスの自動ドア2枚でしか仕切られてないので様子がすぐに分かるのだろう。ちなみに私たちが悲鳴を聞いたのはカウンターの少し手前なのでお兄さんに聴こえないこともない。
「な……大丈夫ですか!?」
お兄さんは倒れた女性に駆け寄ると、呼びかけながら肩を揺すったり、頬を叩いたりして呼びかけている。
「あうあうあ……」
私と同じくらい慌てていたウエイトレスさんもようやく「はっ! そ、そうです! 警察!」
お姉さんが電話に飛びついた頃、ミキティがようやく追いついた。
「どうなの……ひっ! ちょ、どうしたのよ!」
わかんないよ……。そんなの。
「ん? どうした?」
聞きなれた大人の声。それは三木松刑事さんだった!
刑事さんは私に気付いて声をかけてくれたみたいだけど、その向こうにある異変にすぐさま気付き、私の返事を待たずして駈け出した。
「どうしたんです?」
司書のお兄さんが答える。
「わからない、この女性が倒れてたんだ!」
「突然倒れたのよ!」
と言ったのは喫茶店のお客さんのおば様だった。どこに座っていたかは思い出せない。でも私たちが入った時にはいた気がする。「立ち上がったと思ったら音も無く、すーって。まぁ食器が割れたからすごい音はしたけど」
お兄さんの足元の床には砕けたティーカップとお皿なんかが散乱している。テーブルの上にはわずかだが茶色い液体に染まった本が寝そべっていた。
「えぇ!?」三木松刑事は目を白黒させた。「まったく、非番だってのに!」
「――あの、すぐ来るそうです! 救急車!」
ウエイトレスさんが叫ぶ。
「そうか、それじゃ……」
三木松刑事はウエイトレスと司書のお兄さんに何やら指示を出していた。
やがて私とミキティの所にもやってきて、
「お嬢ちゃんたちも、悪いけど後で話を聴かせてもらうぜ?」
前の事件の時もそうだったし、私はやっぱりか、って感じだった。ミキティは、刑事さんの大きな体に少し脅えたようにあとじさっていた。
「そういや、マリのお嬢ちゃんはどこ行ったんだ?」
三木松刑事は額に手を当てわざとらしく左右を見渡す。
「今日は一緒じゃないですよ?」
ミキティが答えた。
「え? さっきいたぞ?」
「えぇ!?」
えぇ!?
「あいつはこの図書館によくいるからな。てっきり君たちも一緒に来たのかと思ったよ」
そうなんだ。マリちゃんはやっぱり本が好きなんだね。
「余計なこと話さないで」
「うわぁ!?」うわぁ!?
私とミキティは突如背後から呟かれたその声に驚きを隠せなかった。
「おぉ、やっぱり今日も来てたのか」
三木松刑事が頭を撫でようと伸ばした手を払って、
「悪い?」
と言ったのはマリちゃんだった!
私はマリちゃんに出会えた安心感のせいか、少し涙が出そうになった。
「どうしたの? なんかざわざわしてたから来たけど……」
私とミキティはマリちゃんに、事の経緯をお話した。見たり聞いたりしたことをなるべく細かく。
「……え?」
マリちゃんの細く開かれた瞼が、大きく開く。マリちゃんの目はキャンディのように丸くて大きい。
今なお倒れている女性の寂しい背中をその両目が捉えると、
「刑事さん!」
マリちゃんは三木松刑事に耳を借りて、言った。
「あの人は逃がさない方が良い」
さて、私の夏休みの自由研究は何になったでしょう?
……なんちゃって。ホントは、マリちゃんが言ったあの人は誰だと思う?
あ、ちなみに、お祭りの時のクイズの答えは、
9、だって。
なんでだったかなぁ……? 確かさぶ……たーとるがどうのって言ってたけど、忘れちゃった。
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。