第十六話 変態観測‐調査編②-
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「あの日のこと、覚えてる?」
放課後、私とマリちゃん、そして富田会長の3人は更衣室にやってきていた。
マリちゃんは誰も着替えていない、薄暗くて湿っぽい更衣室に向かったままそう尋ねてきた。まるで同窓会で昔話でもしてるかのような言葉だけど、そんなことないからね。学級会の後だから。
「まぁ……ね、」会長は手に頬を乗せて昨日のことを思い出そうとしているようだ。
「色々あったから、覚えておこうとは思ってたけど」
私は、何が役に立つか分からないから、できるだけこの事件に関わりそうなことを、一生懸命メモに取ることにした。
「あの日は、3時間目の授業が終わって、私たち女子は更衣室に向かった」
そうそう。
「で、浅野さんが来るのを待って、それから入った」
浅野さんを待ってたの?
「そうよ。あれ? 覚えてないかしら?」
私とマリちゃんはトイレによってから更衣室に行ったから、私たちが更衣室に着いた時はもうみんな中に入ってたんだよね。
「そうだったのね」
会長はぺろっと舌を可愛く見せた。「更衣室には鍵が掛ってるから、各クラスの委員長が職員室に取りに行くことになってるのよ。担任の先生が開けてくれてることもあるけど」
そっか、そうだったかも。なにせ一年ぶりのことだから忘れちゃってた。
「それから、みんな更衣室に入ってテキトーにロッカーを選んでたわ」
ロッカーは自由に選んで使える。「出席番号が5番の人はココ!」とか決まってるわけじゃないんだよね。
ロッカーは更衣室の壁3面にびっしり並んでいる。えっと、入り口から見て正面と左右の壁ね。
入り口は右の壁と手前との角にあるから、左側の壁よりも右の壁側の方が、ロッカーの数が3つ少ない。
「右側は扉の真正面になるから、いつもあんまり使われないのよね」
そもそも一クラスの女子の人数は多くて20人くらい。ロッカーの数はそれよりも多いから余ってるくらい。
私たちのクラスも18人だから、右側なんてほとんど使わないか、一番奥のロッカーを仕方なく誰かが使ってる。
「あの時、」マリちゃんが言う。「ミキティはここを使ってたよね?」
と指さしたのは、左側のロッカーの一番手前、から2番目のロッカーだ。
確かそうだったと思うよ。
「そうね、確か角は誰もいなかったと思うわ」
会長がそう言ってくれたので私はふぅっと一息。そこまで自信がなかったしね。
「じゃぁ、あの時最後に出て行ったのは誰だった?」
「最後?……えっと……」
会長も今度は言葉を繋げることが難しそう。
あの時、ミキティ達何人かの女子が怒りに任せて飛び出して行ったのは憶えてるけど、そこから先ってさすがに……。
「覚えてない……ごめんね」会長は悔しそうだった。「私はミキティ達のグループよりは少し遅れて出たけど、まだ更衣室には何人かいたわ」
私も覚えてないけど、マリちゃんと出て行ったのは憶えてる。あの時あと3人くらいいたと思うな……。
「謝らなくていいよ」マリちゃんは言った。「私だって知らないし」
「そうなのね」
「だけど、その人たちに話を聴いてみる必要はあるね」
マリちゃんは口元に手を当てて考えていた。
「それにしても、」さすがに蒸し暑くて一度更衣室から出た時に会長が言った。「あれには驚いたわ」
会長の言う『あれ』とは、さっきの学級会の最後の出来事だと思う。
「――ゴーグルを貸してもらえませんか?」
マリちゃんが次田先生からゴーグルを預かって、どうするのかと思ってたら、
「これちょっと付けてみて」
根岸くんに渡してゴーグルをつけさせたのだ。
根岸くんは「んぎぎ……」と踏ん張りゴムをいっぱい引っ張りながら、なんとかゴーグルを装着した。水泳キャップ被ってないから髪がゴーグルに引っかかって痛いよね。
「……何がしたいのよ?」
ミキティが言う。確かに「何?」とみんな疑問に思っている顔をしていた。
「もう外していいよ」
マリちゃんは一人満足したのか、外してもらっていた。
「っつー……!」根岸くんの目の周りはゴーグルのゴムに圧迫されて真っ赤になっていた。少し涙目にすらなっていた。
「どういうこと?」
ミキティが小首を傾げる。
「ご覧の通りだよ」
マリちゃんは次田先生にゴーグルを返しながら言った。
「ゴーグルのサイズが根岸くんに合ってない。このゴーグルは根岸くんのゴーグルじゃない」
「え!?」
ミキティは開いた口がふさがってなかった。
「誰かが用意した物の可能性がある」
「そんな……だって名前書いてるし!」
「白い字で書かれてるのは恐らく白いペンか、修正液で描かれたものだと思うけど、誰にだって書けるし。つまり、ゴーグルを理由に根岸くんを犯人に仕向けるための罠かもしれない」
最後にそう言って学級会は終わった。劣勢のままだったけど、最後にマリちゃんが提示した情報は、クラスメイト達の考えが先走りそうになるのを十分止めたと思う。
「分かってたの?」
会長が尋ねた。
「かもしれないって思っただけ。水着のバッグにきちんと準備したって言うのなら、ゴーグルだけ器用に落ちることは考えにくいし」
確かにそうだね。まぁ男子はよく水着のバックで殴り合いとかしてふざけてるから、たまに全部中身をこぼしてる子も見ることはあるけど。
「でもあそこまで上手くいくとは思ってなかったけどね」
マリちゃんがクスリと笑った。
「そうなの?……まぁでもそうね、サイズが小さいのは成長したからとも言えるし」
「あのゴーグルのメーカーは確認しておいたから。学校の購買で売られてるやつと同じだから、一つ準備しておく。多分買ってすぐに名前書いて準備してるからゴムの調整とかしてないはずだし。あとでもう一度見させてもらおうとは思うけど、随分綺麗だったしね」
「じゃあ購買には私が行ってくるわ」会長が言った。「貸してもらっておくわね。あと、一応買いに来た子を覚えてないか聞いてみる」
あの日はプール開きだったから、何人かいただろうしね。望みは薄いけど、期待しておこう。
「じゃぁ私は行くところがあるから、菱島さん、お願いしたいことがあるんだけど」
え!? 私に!?
「うん、私は焼却炉に行ってくるから聞き込みお願いできるかな?」
マリちゃんの頼みとあれば!
人見知りのマリちゃんには難しいお題だね、聞き込みは。
マリちゃんに頼まれたのは、私たちが出る時にまだ着替えていた3人の子たちへの聞き込みがまず1つ。
そのうち二人がまだ教室にいた。
けど……。
「その後着替え終わったから出て行ったけど?」
「うん、そんなに間は空いてないと思う。岩舘さんも同じくらいだったし、私たちより先に出て行ってたよ」
岩舘さんは3人のうちの一人。つまり、特別有益な情報は何も得られなかった……。
どうしよう……!?
と、とにかく、次の聞き込みだ!
私は職員室に向かった。
「ん? あぁ、浅野か?」
次田先生に尋ねたのは、浅野さんがあの日鍵を取りに来たかどうかの確認だった。でも会長ももちろん、他の子たちも見てたんだし、問題ないように思うけどね。
「来たぞ」次田先生はあっさり予想通りの答えを出してくれた。少しがっかりしている私を見ても、あまり気にしない先生は「ほら、あそこにかかってるだろ?」
出入り口傍に幾つか鍵がぶら下がっている。ネームプレートのキーホルダーが付いているけど、『体育倉庫』とか『ゴミ捨て場』とか。私も一度だけ『資料室』の鍵を借りたことがある。生徒に貸し出しできる部屋の鍵だけが並んでいるのだ。
『女子更衣室』と書かれた鍵が……二本?
「どうした?」
二本もあるんですか?
「あぁ。もともとは予備だったんだけどな。教師が持っておくやつと、生徒への貸し出し用で1本ずつ。でも最近は授業時間の関係でプールは詰め込むからな。貸し出しが上手くいかなくなったりするから、2本とも生徒に貸し出すこともあるし」
へー。委員長がすることだから知らなかったけど、そんなシステムになってるんだね。
でも、マリちゃんの期待に応えられたのかな?
そして最後のの聞き込みも終わった。
え? 3つ目は男子で最後に教室を出たのは誰かってことだけど、男子委員長の長束君だったってはっきりした。
それも何人かの友達と一緒に出たってことだから、アリバイは問題ないって。
うーん……。根岸くんにとって有益な情報は何も得られていない。
10分後、マリちゃんが向かったという焼却炉、ゴミ捨て場に向かった。
用務員の坂下先生が段ボールとかを整理する隣に積まれた、ゴミ袋の山の中から小さな手足が時々飛び出す。太陽の光を反射させる綺麗な黒い髪がぴょこぴょこと飛び出てはまたゴミの中に入っていく。
マリちゃんだった。
何やってんのさマリちゃん!
「あ、おかえり」
ただいまー! って違うって!
「ちょっと見つけたいものがあったけど、流石に難しいかも」
生ゴミとかはないから臭いはそこまでしないけど……。言ってよ! 一緒に探すよ!
私は急いで袖をまくってゴミ袋を探し始めた。
うわっ! クモの巣だ! ぺっぺっ!
……って何を探してるの?
「ゴーグル。もしかしたら本物の根岸くんのゴーグルが見つかるかもしれないし」
「二人とも」坂下先生が見かねたのか「あんまり無理しちゃいかんよ? 暑いしね」
坂下先生はみんなの人気者のおじいちゃん先生だ。遠足とかでもついてきてくれると、いつもみんなに囲まれている優しいおじいちゃん。
私も遠足ではしゃいでいてこけちゃった時に絆創膏を貼ってもらったの!
「本当なら、もうゴミを燃やすんだけどね」
月・水・金曜日にゴミは燃やすんだって。今日は水曜日だから、本当ならゴミを燃やす日だ。
「君があんまりにも一生懸命に言ってくるから、特別だよ?」
先生は優しい目でマリちゃんを見ていた。マリちゃんの顔が少し赤いのは日に焼けたからかな?
「でもあと1時間後、16時半までだからね?」
そう言って坂下先生は去って行った。
先生の為にもゴミを漁らないと!
さっきも言ったけど2日に一回燃やされるから、今ここにあるゴミは、昨日と今日のゴミだけ。
頑張ろうね、マリちゃん!
「――ど、どうしたの二人とも?」
会長は約2時間ぶりに会った私たちを見て驚きを隠せなかったみたい。
「こんな短時間の間に随分汚れたのね?」
だけど、ゴーグルは見つからなかったんだよね。
「半分かな」
「半分?」
「捨てられてないなら、まだ持っているかもしれないからって期待が半分。家とか学校の外で捨てられてるっていうガッカリが半分ってこと」
まだ持っててくれたらいいけどね。
私は腕にまとわりついていたクモの巣を払いながら聞いていた。なんかなかなか取れないんだよね。
「そっか。まぁやれるだけやってみましょう。情報を整理しないとね」
「うん、会長の情報、それと菱島さんが訊き込んでくれた4つの情報で……少しは真犯人への道が見えてきてくれたらいいけど」
向こうも準備してくるだろうから、油断できないね!
でも会長はなんでお手伝いしてくれるの?
「本当なら、公平性を保つためにも手伝わない方がいいんだろうけどね」
会長はセミロングの毛先をくるりと捻りながら、「このまま根岸くんが犯人になるのが、どうも引っかかるって言うか、判官贔屓みたいなところもあるけどね」
ホーガン? と聞きたいけど見栄をはって「なるほどね」という私だった。
え? 4つ目の聞き込み先はどこかって?
さーて、どこでしょう? でも、他の3つから考えて、ここにも行っておくべきって言われたら確かにそうだねって私もなったよ。
……それにしても、この巣、全然取れない!
「ねぇ、それクモの巣じゃないんじゃない?」と会長が言う。
え? そうなの?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。