第十四話 変態観測‐調査編①-
申し訳ありません。ミステリーと言っても全然本格的でも、すごいトリックがあるわけでもありません。
そういうのをご期待されている方は他の作家さんをお勧めしますので、どうぞブラウザバックしてくださいませ。
誰でも解ける、みすてりー、を目指してます。
「ただの泥棒じゃない?」
おじさんは、睨むのを止めて、目を丸くする。
「何を言うかと思えば……そもそも僕は泥棒じゃないし――」
「それは今更難しい言い訳ですね」
マリちゃんがピシャリと遮った。
「居留守を使ったじゃないですか?」
「あ、あれは……ほら、眠ってたって言ったよね?」
「窓から出て行こうとしてましたよね?」
「そ、外の――」
「外の様子を知りたければ、そちらの大きな窓からベランダに出たらよいのでは?」
おじさんは口を閉ざした。
「でも、そこまではまぁ、ある意味泥棒らしい、ですけどね」
マリちゃんはベッドに腰かけた。
「でも、その後、あなたは律儀に私たちが入ってくるまで、家の中に留まった。普通なら子供が入りはしない、寝室の片付けまでして」
おじさんは、表情を更に変える。今度は脅えたように、震えた目をしていた。
「おい、そこから離れろ! 妻が寝てるんだ!」
「知ってますよ。そんなこと言われてなくても。車で出かけようとしていた奥さんでしょ?」
「なっ……知ってたのか!?」
あれ? マリちゃん、さっきはガレージに車が停まっていたって……?
「ガレージに車なんてないのに、あるってカマかけたら、案の定引っかかってくれて楽しかったよ」
と、マリちゃんはつんとした表情のまま言う。「他にも色々あったけど、そこはまぁ良しとして」
「な……なにを!?」
おじさんの声は笑っちゃうくらい裏返っていた。
「この家の前を少し行った所にある交差点の向こう側に乗用車が一台停まってました。それほど広くない道幅で停車してるから、携帯電話でお話でもしてるのか、もしくは持ち主はご近所の方で、忘れ物……例えば窓の閉め忘れに気付いて、ちょっと車を停めて離れたのかなって」
そう、マリちゃんは最初にピンポンを押す前に車を覗きに行ったの。中に誰も乗ってなくて、それからピンポンを押しにこの福部さんの家に戻ってきた。
「奥さんは慌ててたんだと思います。玄関を開けて、靴も脱ぎ散らかして家の中に飛び込んだのかと」
私が玄関に立ってた時、ちょうとまたぐようにして、靴の片っぽの上に立ってた。片付けて一足に揃えようかと思ったんだけど、マリちゃんが触っちゃダメって言ってた。
「お家の周りの様子とか、洗濯物の片付け方とか見る限り、きちんとされていた方だと思います。それなのに靴を脱ぎ散らかしてたから、よっぽど慌ててたんだと思ったの」
マリちゃんは家に入ると最初は西側の脱衣所に向かったの。天気も良かったのに洗濯物を干してないから、もう取り込んだ、つまりこの時間帯に家に人がいた、けど今はいない、片付けて出て行ったのかもって言ってた。
「そして奥さんは階段を上がり、西側の窓に向かった。風は西から吹いていたから、東の窓からレースのカーテンが噴き出るなら、西の窓が空いてないとね」
こいのぼりも夕日に向かって泳いでたしね。「そう、それに交差点付近で車の中から窓が空いてるのを見つけられるのは西側の部屋だけだし」
ま、さすがに奥さんが何をきっかけにして気付いたのかまではわからないけど。とマリちゃんがくすりと笑う。
「その時じゃないのかな? おじさんと鉢合わせてしまったのって」
ここはマリちゃんも自信がないみたい。
「もしこの部屋で出会ってたら、奥さんも逃げて、廊下とかで殴られてたんじゃない? それに窓を閉めてからだと、私たちが外から見た光景と聴いた音が生まれ得なくなる。だから奥さんが西側の階段を昇ってる途中で、同じ階段の下からおじさんが現れた」
もし昇り終えた後に2階の廊下で遭遇していたら、階下に逃げ出すだろうからってマリちゃんが付け加える。
なるほどね。まるでマリちゃんはもう、この部屋で殴られたことが分かってる言い方だね。……え? 殴る?
「……」
おじさんは何も答えなくなった。
「そして奥さんは階段を駆け上がり東側に逃げ出す……。『男が昇ってきている』、という印象から下に逃げ出さなかったのか、おじさんがすぐに追いついたのか知らないけど、この部屋に逃げ込んでしまい、ベランダの方に行こうとする手前でおじさんが奥さんを襲った」
お、襲う……!?
「多分ね。奥さんは今私の後ろで横になっているけど、身をよじったりも、声を出す様子もないし……」
し、死んでるの……?
「……分からない。でもわざわざ逃げ出さずに私たちから隠したいものってなったら、それしかないよ……」
マリちゃんが、その綺麗な顔を曇らせるのを、私は初めて見たかもしれない。
「この甘い花のような香りは、血なまぐささを消すため。そしてさらにこのカーペットはひっくり返してるね」
ひっくり返す?
「そう。だから裏面がふんわりしてるから、歩いたら柔らかいんだと思うよ」
私はちらりと端の方をめくる。あ、ホントだ。絨毯になってる。でもなんでそんなことしたんだろ?
「血が取れなくなったんだと思う。だから消臭剤を撒いた上でひっくり返したのかなって。一番血がついてるのは、そこ」
マリちゃんが指さしたのは、部屋の出入口のすぐそばに置かれているガラステーブルだ。
「入ってすぐのところにテーブルがあるのが変だとは思ったの。血か、消臭剤で一番濡れてるからテーブルを置いて踏まれないようにしたんじゃない?」
確かに、人の家のテーブルを勝手に動かしはしないかな。たとえ邪魔だとしても。消臭剤ってのはファブリー●みたいなやつのことかな?
「でも一番おかしいと思ったのは、鏡がなかったこと」
鏡?
「これだけ大きなクローゼットがあるのに、スタンドミラーがないって不思議じゃない?」
言われてみればそうだけど、それがやっぱり、何か関係があるの?
「一々出し入れすると言われたらそれまでだけど、普通はクローゼットの近くに置かれてると思う。わざわざ部屋の反対側……このお部屋で言えば、私たちがいるベッドの方に置かないでしょ? でもそこは、奥さんが殴られたであろう場所の近く……。たくさん血がついて、残ってるんじゃない? もしくは血が残ってるのを見られるかもって不安になったか」
おじさんの包丁を持つ手に力が籠る。
「もしかしたら何かで拭いてるかもしれないけど、私たちがお家に入ってから、おじさん、水場には近づいてないよね?」
うん、マリちゃんが1階をあちこちうろうろしている間、私は玄関で2階の廊下を監視する役目もあったけど、おじさんは出てきてないよ。トイレは西側だよね?
「ぐ……このガキ……」
おじさんは右手の包丁を高く掲げた。
「そこまで知っているのなら、帰すわけにはいかないな」
「ぐあっ!」
おじさんが包丁を握る右手――を更に強く後ろから握ったのは三木松刑事さんだ!
「な、誰だ貴様!」
「三木松って言ってね、しがない刑事をやってるんだよ」
「け、刑事?」
「これから長い付き合いになるだろうから、ま、名前と顔ぐらい覚えといてくれや」
おじさんは、包丁をその手からポロリと落とした。
「二人とも」三木松刑事さんが言う。「そこまで色々知っているのなら、すぐには帰すわけにはいかないな」
「二回も言わなくてもわかりましたって」
マリちゃんのため息混じりの言葉が、外の喧騒にかき消されていったのだった。
刑事さんを呼んだのは、車の中を調べた後すぐマリちゃんに呼ぶように頼まれた私が呼んだのだ!
そうじゃないと、私がこの家に入るの許してくれないよ、
「何も知らない福部くんが帰ってきたら襲われるかもしれないから、しばらくは玄関の所で見張ってて」
ってお願いするような、優しいマリちゃんがね。
おじさんはよっぽどマリちゃんの推理に聴き入ってたんだね。途中、三木松刑事さんが来てたのに、まったく気づいてなかったんだもん。おじさんが声を裏返らせた辺りかな?
凶器に使われたのは飴色の硝子皿――灰皿だったらしい。それが床に落ちてゴトッて音がしただって。
カーペットを少しずらすとフローリングに窪みができてたみたい。他にもお皿やトロフィーなんて凶器っぽいものもあったけどそっちじゃなかったの? ってマリちゃんに確認したら、
「その二つは、人の頭部を殴っておいて形を保つのは無理があるし、出入口の傍で殴ったなら、窓際の置物を使わない」ってさ。
奥さんは、すぐに病院に運ばれて、幸い一命を取り留めたんだって。
良かったねってマリちゃんと話してたけど、マリちゃんが言うには、「奥さんはまた別の問題で大変かもね」って言ってた。それが何かは教えてくれなかったけど。「知らない方がいいし、私もそこまで自信がないから」とも言ってた。
それからというもの、下校が少し怖くなって、必ずマリちゃんと一緒に帰るようになった(まぁ前からだけどね)。
梅雨に入って雨の日が少しずつ続いてきた。
そんな中、いよいよ待ちに待った、プール開き!
プールの授業って雨ばっかで全然入れない年もあったけど、今年は見事に晴天だよ!
私はしっかり者だからちゃんと水着を着てきてるのさ! 浮かれてるわけじゃないよ?
他にも同じことしてた子いっぱいいるし。
今もここ、更衣室では私みたいに巻きタオルで隠す必要もなくさっさと着替える子も多い。ミキティとかはまだタオルのなかでもぞもぞしてるけど。
「水着着て授業受けるの苦しくない? しかも1時間目ならまだしも4時間目よ!?」だって。
それでも、みんな暑いからプールは楽しみだったようだ。きゃっきゃと笑い声が絶えない。
うぅん、そこまでは絶えなかった。
「――ひっ、きゃああああああああああああ!」
ミキティがいきなり叫んだ。
なになに? なんて富田さんや小早川さんたちが駆け寄ると「の、のの、覗き! 覗いてたの誰かが!」
「えぇ!?」
浅野さんが扉を急いで開ける! 着替え途中の数名の女子が別の悲鳴を上げたけど、幸いにも扉の外には誰もいなかった。
「あれは……」
「――なに? 覗き?」
女の子は着替えを済ませると、みんな一丸となってプールサイドで水を撒いていた次田先生に噛みついた。
「そうなんです!」ミキティが怒鳴るように言う。「ドアのほら、あの通気口っていうんですか? あれ越しに人影がうろうろしてたんです!」
更衣室のドアの下のあの換気用のやつだよね? 私は、私と一緒でミキティたち女子の一団と少し離れたところにいたマリちゃんに言う。
「『ガラリ』って名前が多いけどね」
「見間違いじゃないんだな?」
次田先生が一応念を押す。間違いがあってはダメだから。だけど、
「うわひどい! 先生私たちが嘘ついてるって言うんですか!」と、おかしな受け取り方をする女子っているんだよね、こういう時。浅野さんがそのタイプだけど。
「私見たんです!」浅野さんがその勢いのまま、「一人男子が逃げていく後ろ姿を!」
「なるほどな」
次田先生は肯定も否定もせず、淡々と言う。
「ということだが、男子」
男子たちはいつものごとく、着替えはクラスで行っていた。プールも例にもれず二クラス合同だけど、着替えは、男子は各自のクラス、女子は更衣室だ。プールに備え付けの男子更衣室もあるが、それはもう一つのクラスの女子が占拠するシステム。男子が使うのは、夏休みの間にある、プール教室の時だけだ。
「いや知らねーよ!」
「お前じゃね?」
「いや俺じゃねーよ」
口々に騒ぎ出すだけで、何も進歩はない。
業を煮やしたのか、浅野さんが再び叫ぶ。
「というか、あれ根岸だったし!」
根岸くん、同じクラスの男子生徒だ。あまり目立つ方ではないけど、そのことが覗きをしたという疑いにどう影響するのかは、私ではあんまり分からない。
とにかく暑いから早く入りたいな……。
「お、俺じゃねーよ!」
根岸くんは予想通りの返事をする。
「でもお前、今日変だったよな!?」
男子から根岸くんへのタレコミが入る。
「一人で先に行くしさ」
一人で先に行くことも珍しくはないし、早い子はさっさと来て準備体操をしたり、水を撒く先生に近寄って水をかけられて楽しんだりしている。だけど、男子もいくつかはグループがある中で、根岸くんがいつも休み時間とかを一緒に過ごしている友達からの指摘。これにはクラス一同言葉を失くした。
「そ、それは、ちょっと用があって……」
「用ってまさか、これじゃないでしょうね?」
女子の誰かが、プールサイドに投げ捨てたのは、一つのゴーグルだった。
ゴーグルには白いペンで『根岸』とハッキリ書かれている。
「あ、俺のゴーグル! 良かった、探してたんだ!」
「よくないわよ!」
「え?」
「あんたそれどこで見つかったと思ってるの!?」「女子更衣室の前なんですけどー!」
「えぇ!? なんでそんな所に……」
「こっちが訊きたいっての!」「慌てて逃げたから落としたの気付かなかったんでしょ!」
「いや違う! 教室で着替えた時になかったんだよ!」
根岸くんの叫びも虚しい。女子は誰一人信じていなかった。
「先生」
そこで口を開いたのがマリちゃんだ。
一体何を言うんだろう? みんながその小さな口元に目を向ける。それは次田先生も例外ではなかった。
「どした?」
「チャイムが鳴ってるんで授業始めてください」
プールの授業は、簡易的な措置として、男女離れて行われることになった。
だけど、その時間以降、男女の中は不穏な空気が流れっぱなしだった。
マリちゃんと帰りながらそのことを話してみようと思い、掃除の時間、マリちゃんと靴箱に向かった。
私たちの持ち場が靴箱だからだ。だけど、マリちゃんは靴を取り、履き替えると外に向かう。
私は急いで自分も履き替えてマリちゃんを追いかけた。
やってきたのはプールの更衣室前。そう、この時期は、プールがあるから、更衣室前のコンクリートの床は結構泥だらけになり、掃除場所が増えるのである。
私は、根岸くんをフォローするつもりもないけど、彼をそこまで疑うのもどうなのかなって思う。
きっとマリちゃんもそうなんだ。だから、わざわざここに来たんだ。あの時の根岸くんのお願いをきくために。
それはプールの授業中でのことだった。
最後の5分間、自由時間となったので、私はマリちゃんと遊ぼうかなってプールの中を歩いていた。
マリちゃん、背が低いから、大プールだとアゴから下が全部水の中に入っちゃうから見つけにくいんだよね。
とか思ってたけど、案外早く見つかった。マリちゃんはプールサイドのそばで一人、練習をしていた。
段差に手を掛けて、バタ足の練習をしていた。
マリちゃん、あんまり泳ぐの得意じゃないみたい。さっきも25メートル泳ぐ練習の時、何度か足がついてたもんね。
「泳ぐのって忙しいから苦手……」
マリちゃんから、苦手、なんて言葉が出てきたのが初めてだった気がするので、私はマリちゃんの悔しい気持ちとか、哀しい気持ちを差し置いて、ニヤニヤしそうになった。
違うよ!? 見下すとかそんなんじゃないよ。マリちゃんにも苦手があるんだなって思うと、マリちゃんが近くに感じれたから嬉しくなったの。
……って、そんなことは置いといて。
私はマリちゃんと一緒に泳ぐ練習をしていた。
すると、一人の男子が静かに近づいてきた。周囲の女子たちが嫌そうな目を向ける相手はもちろん根岸くんだ。
「なぁ菱島たちも疑ってる……よな? やっぱり。でも本当に俺じゃないんだ! 信じてくれ! そして助けてくれ!」
私は、どちらでもなかったけど、自分の意見は言わないことにした。マリちゃんがどう判断するのか、私は付いて行こうと思って。
「助ける、なんてことはできない」
マリちゃんは顔の水を拭いながらそう言った。
「そうか……そうだよな」
「でも、この事件に本当に犯人がいるのかは、探してみてもいいよ」
明日、道徳の時間、みんなでこのことを話し合うことになりそうだから、マリちゃんはそれまでに色々調査したかったんだ。
更衣室前の通路は5年生の子が掃除していたけど今日だけさせて欲しいと私がお願いしてゆずってもらった。先生に怒られないか不安そうだったけど後から説明に行くってマリちゃんが行ったことで納得してくれたみたい。
もちろん私も一緒に掃除を始める。
「何か証拠がないかじっくり調べたくて」とマリちゃん。
今日は朝から6時間目までびっしりプールがあったようだ。いっぱいの足跡。犯人の足跡は流石に残ってないよね。
ん? なんだこれ? スーパーボール? じゃないか……何かの玉かな?
更衣室の中を掃除――じゃなくて、捜査中のマリちゃんに言う程ではないか。
マリちゃんがいる更衣室の間取りを改めて確認する。
長方形の空間で、両側にロッカーが並んでいる。ロッカーは縦長のタイプ。随分きちんとしたものだと思うかもしれないけど、私たちの学校のプールは綺麗だから中学生の大会でも使用されてるんだ。だから設備がいいんだよね。
床にはプラスチックのすのこみたいなのが敷かれている。
出入口側と奥の壁、それぞれの上の方に小さな窓がある。小さいって言っても人が、小学生くらいならもちろん入れるほどの大きさはある。ちゃんと磨りガラスだけどね。だけど必要以上に空かないようになってる。ハムスターが1匹通れるくらいの隙間しか開かないってミキティが言ってた。
でも覗くには充分だけど。今回は関係ないかな。だって通気口の所から覗いてたんでしょ?
出入口の傍には靴を置くためのラックがある。いっぱい置けるように背の高いやつだ。扉の高さくらいある。
「ちょっと大きすぎるよね」
とマリちゃんがラックを睨んでいた。マリちゃんは下から2段目のところに置いていたなぁ。
「ねぇ、今携帯電話ある?」
マリちゃんにお願いされて、私はラックの写真を撮った。全体を1枚、5段それぞれを細かく拡大しながら計30枚くらい。
「あ、あともう一つ写真を撮っておきたいんだけど」
マリちゃんはどんな写真を撮りたかったのかな?
隔週日曜日更新していきたいと思います!
回答編と次の事件は同じ話数に記載予定です。