間戸井真登には騙されない
キッチンを覗いてみると間戸井はエプロン姿で鼻歌を奏でながら料理していた。
「エプロン似合うな」
「あ、当たり前でしょッ! というか“いい匂い”を先に言うべきでしょ」
確かにそうなのだが見慣れない姿というのもおかしい。なぜならかなりの年月会っていないのだから……香りよりエプロンを取ってしまった俺は“変態”の仲間入りということだろうか。
「いい匂いだな」
「もう遅いけどね」
「確かに……」
「いいから座っておいていいよ。もうすぐで出来上がるから」
「何か準備するものとかは?」
「私が全部するから座っておいてッ」
「は、はい……」
テレビ……見ないんだよなぁ~。独り暮らしっていうのに整頓が行き届いてるし無駄なものが無さそうだな。これが世に言う清楚な女子ってやつなのか?
やっぱテレビつけよ。
「テレビつけていいか?」
「どうぞ」
「では失礼」
つけたものの、やっぱり見るものがない。番組を全て回したが気になるような番組が一切ないため仕方なくニュースをみることに。
“先週の月曜日から開設したこの大型ショッピングモール。たった一週間で来場者数〇〇万人とすごい盛り上がりです。”
へぇ~ここだったら……まぁまぁ遠いな。
「出来たわよ。はいどうぞ」
「お、出来たか」
「あなたニュース見るの?」
「見るものがなかったんだよ」
“どうですかオーナーの間戸井様”
“私も驚いております……”
ま、間戸井!?
「もしかして……間戸井って」
「そのもしかしてよ。お父さんよ」
「実家のほうじゃなかったのか?」
「私も驚いてるわ。本当に……どうでもいいけど」
どうでもいいってなんだよ。まぁ俺からしても“どうでもいい”ことなんだけれど。
「食べましょう」
「あ、あぁ……」
「何?」
「いや、和食! って感じだな」
「いらないの?」
「そんなわけないだろ、おいしそうだよ。じゃぁいただきます」
「召し上がれ」
このザ和食って感じは久ぶりで新鮮だ。あれは真央が初めて俺にご飯を作ってくれた頃か……あの頃は料理なんてしたことなかったっけか。
「うん! 美味しいな」
「当たり前でしょッ」
「自認かよ」
「味は自信あるから」
「本当に美味しいから、何も言えない……」
しかしながら我が妹のほうが美味ではあるがな! ……なんて言えないよなぁ~。
「ねぇ」
間戸井が口を開く。
「どうした?」
「あなた本当に学校に来ないつもり?」
「どうだろうな……行くのは面倒で友達もいないわけだし」
「そ、それだけ!?」
「それだけだな」
「それだけなら来なさいよ」
「間戸井には関係のないことだろ? 俺が学校にいくことは」
「た、確かに」
“お前には関係ないだろ”こんな正論染みたことを使えるのは特権と言っていいだろう。彼女、間戸井真登が俺を気に掛ける理由……それは哀れみとか憐憫だとかではない。きっとこれは心配なのだ。しかし俺は俺であり間戸井真登ではない。そこをしっかり理解していれば“学校に来いよ”なんて簡単に言えない。
「じゃぁあなたは学校に来ないの?」
「まぁな」
「それは足を向ける理由がないからってこと?」
「無いわけでもない……」
青春のため……学校は諦めバイトに移行したんだ。
「わ、私がッ!」
間戸井は席から立ち俺に訴えるように言葉を投げてきた。
「私が理由を作ってあげるからッ!」
「……え?」
「だ、だから私が理由になってあげていいって言ってるの」
え~っと……所有物にしてほしいってことか?
「なんでお前が理由に?」
「そ、それくらいしか見つからないからよ」
「何、お前って俺のこと好きなのか?」
俺の言葉に敏感になったのか、“好き”という言葉自体に敏感なのか……間戸井は赤面する。
「そ……そうよ」
「え? ちょ……は?」
冗談のつもりが本気にとらえられるとは清楚すぎるぞ、この女。ってか告白ってやつじゃないのか? いやいやいや待て待て待て! 俺は間戸井を好きだとか思っていない……。
「俺はそう感じていないんだけど」
「知ってるわよッ」
知ってるんだぁ~。
「これからどうしろと?」
「私が決めるんなら……私の下僕とか」
「いや“好き”通り越してるから」
「なら恋人?」
恋人……それは青春なのだろうか。それとも仲の深い言い方ではないだろうか……青春に恋人までもが入っているのであれば大いに結構。
しかし俺は俺のやり方で青春を謳歌したいのだ。他人に決められた青春など、本気で“青春している”と言えるだろうか。
「俺は間戸井のことを知らない。間戸井に向ける恋愛感情もない」
「知ってるわ。それをこれから築くんでしょ? そうしなくちゃ楽しくないわ」
そうか……結果を掲げ過程を築く。
「いいことを言うな」
「それが知っていくということで、“彼氏彼女”から“恋人”そして“愛人”へと変わっていくんじゃない」
「俺はお前を見て好きなところを探せばいいということか」
「そういうことッ」
「面倒じゃないか?」
「え?」
よく考えると、よく考えなくても青春ってやつは精神面辛そうではないか。そんなものに進んで飛び込むなど危険を知らないにもほどがある。
「やっぱいい。俺は俺の青春を過ごす」
「学校には来るってこと?」
「そうするよ」
「そっか……恋人になれなくて少し残念だけど学校に来るのなら安心」
やはり心配性だったのか……きっと俺以外の人間にもこうして手を指し伸べているのだろう。なんと善意のある女性だろう、なんと麗しい女性だろう、なんと罪人だろう……自分に厳しく他人に甘い。こんな子に救われた奴は少なくはないはずだ。だがどうだろう。
「間戸井には友達と言える友達はいるか?」
「ほとんどの生徒が友達ね」
こういう風に断言している奴ほど数が知れている。それに友達が少なくないとアピールし優越感に浸っている……憎んでいる奴も少なくないはずだ。すごく“いい人”なのは理解できるが、ただそれだけなのだ。
「まぁ学校は行くからしつこく言わないでくれ」
これは救われたということではない。そう……“仕方がない”だな。
「じゃぁ明日楽しみに学校で待ってるから」
「あ、あぁ……」
こいつ学校は一緒だがクラスはどうなんだろうか。別に違っても何ともない……別のほうがいいか、うん。
「ご馳走様。じゃ、俺帰るわ」
「あ、待ってッ」
間戸井はそう言うとリビングを出て自分の部屋らしきドアを開け中へ姿を消していく。
数分後一枚の用紙を俺に渡す。
「これは……明日の授業か?」
「そうそう。確認しておいてね」
「一緒のクラスなのか……」
「嫌?」
「ま、まぁな」
出来れば別が良かったと思ってしまう俺は最低かな。
「嫌われていてもいいわ。でも学校には来なさいよね」
「わかってるっつーの。じゃぁな」
「うん……また明日……ね」
頬を赤らめ上目遣いで、そんなこと言うじゃねぇよ! 惚れそうになっちゃうからッ。惚れはしないけれどな。