彼女からのヒント
勉強会……それは大層やる気があるようで、間戸井は俺の部屋に入るも黙々と課題を始めていく。他人の部屋に入ったら普通は先に部屋の感想を言うモノではないのか? と疑問が浮かび上がってしまったが、課題を早く済ませたいのは俺も同様だから、疑問を間戸井に投げないでおくことにした。
「で、お前は何から始めてんだ?」
「私?」
「お前しかいないだろ……」
「お前と言われたらわからないわ。名前があるもの。私は古典の課題からしているけど何? 教えて欲しいとか?」
全くその通りで俺はコクリと頷いた。すると間戸井真登はニヤリとニヤケ始めた。
「なんだよ」
「私よりも成績上位だったあなたが……無様ね」
「うるせぇよ。今は最下位くらいじゃねぇの? 俺も知らんけど」
「それにテストを気にして勉強しだすなんてね」
「それは違う。テスト勉強はついでだ」
「どゆこと?」
「課題を出せばテストの点がそこそこ悪かろうが何とかなるって話しだ。課題提出が最優先されるんだよ」
「それだったらテスト勉強ついでの課題でも良くない?」
俺の考えも間戸井の考えも一切間違っていない。だから俺は口を瞑るしかなくなった。反論もできず、賛同することも出来ず。
「あなたは何から始めるの?」
「同じものだろ? じゃないと丸写しできないだろ」
「当たり前のようにいわない」
「だから言ったろ? 提出物のみできればいいってさ」
「はぁ~……まぁいいんだろうけど。あなたには助かってるし」
「お前が勝手に恩を感じてるだけの話しで、俺はお前に恩なんか売ってない。勘違いは止めておかないと後悔することになるかもしれないぜ」
「それでも私は無意識に恩を感じている」
きっと間戸井真登は俺が思っていたより思いやりがあり、正義感があり、優しい女の子だろう。そんな女ほど軽蔑されがちだ。
「一ついいか?」
「どうしたの? 私、課題に集中してるんだけど」
「あぁ~じゃぁいい」
「早く言いなさいよ。集中できないでしょ」
どっちなんだよッ!
「お前って……そのぉ~」
「なに?」
「嫌われてんのか?」
「いきなりどうしたの?」
「い、いや……そうなのかなって」
「二通りいるわ。前も言ったけど“自惚れる者”と“軽蔑する者”と二通り。まぁ嫌われてはいると思うけど。それがどうしたの?」
「イジメられてはないのか……まぁイジメると倍にして返されそうだしな」
「独りで納得してもらっては困るけど、まぁそんな感じね」
イジメまでには至ってないのか。こいつを称えてる奴は軽蔑している奴よりも多いのかもしれない。特に男は見方をするだろう。俺はその中には入っていないし、軽蔑もしていない真っ白な奴だ。
夕方まで課題をし、課題全体の3分の1を終え一休憩をとる。
「腹減ってないのか?」
「少しすいたくらい」
「あぁ~……昨日から両親出張で飯の作り置きとかないんだよな。コンビニで何か買ってくるけど、何かいるか?」
「あなた料理出来ないんだっけ?」
「妹が出来るけど、今日遅くなるらしいし」
「あなたは出来ないんだっけ?」
なぜ同じ問い? 出来ないって遠まわしに言ってるよね。
「出来ない。いや、しなくていいからしない」
「それは胸を張ることではないでしょう。私が作るから手伝いなさい……いや、手伝わなくていい」
この前の件が頭を過ったのだろうか。
「じゃぁ作ってくるから待ってなさい」
「お、おぉ」
間戸井の料理が終わる前に終わらせようとした課題はそんな終わらずにいた。結局、自分で問題を解こうと頑張ってみたのだが分からずじまいで終了。夕飯の時間になる。
「妹さんのも作ったから」
「おぉ、なんかサンキュー」
「ついでだしね」
「知っているよ。じゃぁ食ってから課題再開しようぜ」
「そうね」
俺はふと間戸井に聞いてみた。
「お前って俺のこと好きなのか?」
恥ずかしい! これにはいろいろとあってだ……だって休日に男の家着て、勉強を見てくれて、料理まで作ってくれるほどだぞ。縁があると感じてしまうだろう。
「好きとかじゃないけど……振り向いては欲しいかな」
「それ俺で遊んでないか?」
「端的に言うとそうね」
こんな奴だからスパスパと会話が出来てしまうのかもしれない。
「じゃぁ次は私から」
「なんだよ」
「巳野倉さんのこと好き?」
「好きじゃないんだよ……こう……守りたいというか……天使なんだろうな、あの可愛さは。守れって言う使命感が沸き上がってくるような。だから好きとは違うんだ」
「私より可愛いの?」
「ジャンルがまた別だから何とも言えんけど――」
「白華々美さんは?」
この女ガツガツ聞いてくるな! 別に知らないわけでもない奴だからいいんだけど……白加々美かぁ~最近話したけど……特に“これ”っていうこともないし。
「なんともない」
「そうなんだぁ。てっきり白加々美さんの可愛さに押されてしまったのかと思ったよ」
「まぁそんな仲良くもないしな。軽く話すくらいだし。あの手の女はあれだな。誰に対しても態度を変えない、優しく狼な女の子だ」
「凄いと尊敬してあげる。あなたの言う通りよ」
「え? マジ?」
俺占い師向いてる? 数回の会話しただけで人格的なモノが読み取れるって何? 俺そんな特技あったのか……学校辞めてそういう道も考えてみようかな。
「でもわかってないところもある」
「そりゃ友達でもないし、そんなに会話したわけでもないしな」
「そうじゃなくて……そうじゃないんだよ。これは白加々美さんに対しても巳野倉さんに対しても、私に対しても、あなたはまだ知らないところがある。きっと知れないのかも、考えることすらしないかもしれない。そこが長所なのかも」
「何をいってんだよ」
「とる行動と気持ちは……まぁ今は気にしなくていいのかもしれない。いえ、もう気にしないといけない時期なのかもしれない」
俺には間戸井真登が言っている、俺に伝えようとしている内容が読み取れない、わからない、理解できないのだ。しかし、他人に手を差し伸べてもらうべきでない内容ということは何となく雰囲気を掴んだ。あとは俺自身で答えを探れってことか。
「一ついいか?」
「どうしたの?」
「お前は俺の見方をしてくれるのか?」
「見方? そうかもしれない。調子のいい見方ってところね。もしあなたが悩んでいたら足場を作る材料を揃えてあげる。もしあなたが下を向いてしまったのなら上を抜かせるきっかけを探してあげる。もしあなたが足を止めたのなら理解者になってあげよう。私はあなたにとって、そういう人よ」
間戸井は見方なのだろうが。近くもなく遠くもない場所から俺を見守ってくれている。ならば俺はそれに乗っかってでも前進しなければ悪いではないか。こんな微妙なところでクヨクヨしたってしかたがない。クヨクヨしてたから間戸井から説教交じりなヒントを貰った。
テスト勉強? そんなのクソくらえだ。そんなことよりも最優先事項があるじゃないか。巳野倉鎖綾の案件だ。
勉強中にぼーっと考えていたところ、ぶ厚い教科書で頭を間戸井に叩かれました――。