彼女は彼に寄り添う。
間戸井の言う通り彼女、巳野倉鎖綾は大変そうで悩んでいるように思えるふしが多々あるみたいだ。それに触れてはいけないものだと分かっているし、自覚だってある。だが、それでも彼女の小さな背中を見るとやはりほっとける訳がないではないか。
悩み事を俺にぶちまけろとは言わない。とにかく今、背負い込んでるものを軽減出来たらいいと思っている。俺にしてほしいなんて考えちゃいない。俺以外の奴だっていい……荷物を降ろせるなら――。
「とは言ったものの……どうすりゃいいんだよ」
土曜日の朝から俺は悩みに悩んでいる。日曜日明けにはどうにか出来るよう考えないといけないという使命感が俺を襲っている。
プルルル――。
携帯が突然鳴り出した……誰だ……あ、もしかして。確か今日って……うっわ。
しぶしぶ電話にでる。
「ちょっとあんた今何やってんの!? あり得ないんだけど!」
「えっと……何か用?」
「しらばっくれても無駄よ! 早く中央公園の時計台の下まで私を迎えに来なさい! 急いでッ暑いから!」
「あ、あぁ……わかった、わかった。じゃぁな」
「あと五分」
「五、五分!?」
「切るわよ」
電話を切られてしまった。ここから集合場所までは自転車を本気でこいでも十分が限界だ……いったい何を考えているのやら。まぁ約束を破ってしまった俺が悪いのかもしれないけど……集合場所を決めてない時点で無かった話しかと思ったじゃん。
言いたいことは山ほどある……とりあえず集合場所に行くのが優先事項かぁ。
集合場所に着くと間戸井は俺の知らない男と話しているように見える。ナンパ……なわけがないよな。でもナンパの場合、俺はどうすればいいんだろうか。帰るか? いやいやいや後から怒鳴り散らされるに決まってる。
俺は人生初、ナンパされてる女の子を助ける。
「あ、あの……」
「えっと……誰?」
男が突っかかってくるように俺を上から見下ろしている。
「止めなさい、久地岡君。彼は私のクラスメイトの神崎有よ」
「あ、ど、どうも」
「お前は真登ちゃんのなんなんだ?」
「クラスメイトと言ったでしょ、久地岡君」
「真登ちゃんがそう言うならそうなんだろうな。お前は真登ちゃんのどこに惚れてんだ?」
いきなりなんだこの男は……久地岡? 誰だそれ。腹の立つ奴だな……どこに惚れてるか? 馬鹿なこと聞いてんじゃねぇ。
「あんたはどこに惚れたんだ?」
「可愛いだろ?」
「は、はぁ……可愛い」
「あぁ顔とか超かわいいだろ? スタイルだって抜群で身長も高からず低からずのドストレートだ。これに惚れない奴はいないだろ」
呆れた。呆れてしまうのも仕方がない……なんたってこの男は外見的特徴で“好きだ”と言っている。外見が全てと言っているみたいで俺は許せない。そんな奴は大抵、女を道具としか見ていない……たぶん、そう。
「間戸井、こいつは誰なんだ?」
「あなた知らないの?」
「俺には興味のない人間のデータを保存するような要領は持ち合わせていない」
「なら自己紹介ね。彼は同じ学校の同じ学年で五組の【久地岡 せいや】君よ」
「なんで俺を知らないんだ?」
「だからさっき言ってたでしょう? 神崎君は久地岡君のことなんて気に掛けたことなんてないって」
それはちょっと違うようであっているような……でも、それだと俺が彼のことを“嫌い”と言っているみたいではないか。決して嫌いではない。“どうでもいい”と思っているだけだ。
「俺は学校内でもそこそこ知れ渡ってると思ったんだがな……なんたってイケメンだからッ!」
自分で言いやがった。間戸井の表情を伺ってみる……呆れてやがる。
「さぞモテのでしょうな」
「まぁな、君とは違って」
そして他人と比べるタイプだった。これは呆れて当然。
「はぁ~……間戸井、行こうぜ」
「えぇ、そうしましょう」
「ちょッ! え? どこ行くの?」
「久地岡君には関係ないことよ」
「真登ちゃんはそいつといたほうが楽しいのか? 俺といたほうが楽しいに決まってるじゃん。だから――」
「おい、久地岡」
これほどまでに歯ぎしりをさせることがあるだろうか。これほどまでに握りこぶしを堅くしたことがあるだろうか。これほどまでに人間に対し絶望したことがあるだろうか……。
「間戸井真登はお前の道具でも俺の道具でもない。今のお前はガキみたいに駄々をこねるようにしか見えねぇよ。お前は本当に好きな奴いんのかよ……つまんねぇ人生送ってんじゃねぇ。そして俺の邪魔すんじゃねぇよ」
生きてきた中で最高にかっこいいことを言ったような気がする。とても清々しく思えた。いつの間にかに熱を帯びていた体は冷えていた。
「君とは仲良くでき無さそうだ」
久地岡は捨て言葉を吐き俺達とは逆方向へと足を向けた。
「お前の彼氏かなにかか?」
「さすがに私でも起こるわよ」
「えっと……じゃぁ」
「よく私の近くをうろうろしてる邪魔者よ。好意があることを見せつけてくるわ。あれほど退屈な人を見たことが無いわ」
「まぁ同感だ」
「それにしても、まぁ私を知ったような口ぶりで」
仕方ないじゃないですか。実際そうなんですけど、俺のほうが正しくないですか? それなら許してもらってもよくないですかね
「そんで勉強はいいんだがどこで?」
「あなたの家に決まってるでしょ」
俺の家? 俺はなんというか……女の子を初めて家に招き、自室で勉強ということか。いやいやいや、俺達はそんな関係じゃないだろッ!
「家はちょっと、その」
「何? 勘違いも甚だしいわよ。妄想が豊かなのはいいけど程度を考えなさい」
「わかってるけど……俺の」
煩悩に負けそうで怯えてしまいそうになるんだが。
「あなたの家はどこ?」
「お前さっきからそれしか言ってねぇじゃん。黙ってついて来いよ」
「終わりが見えなければ頑張る気にはなれない」
なに、名言みたく言っちゃってんの。確かにわからんでもないけど!
「俺の家はあそこだ。ほら見えるだろ?」
俺は茶色の屋根に壁が薄い灰色、植物が少し育てられている家に指さす。
まぁ俺は俺の家でよかったと思っている。逆で間戸井の家なんかに招いてもらいたくない……わかる奴にはわかる! なんか気まずいというか、息苦しいというか、小恥ずかしい感じがしてならない。人生の中で一度他人の家にあがったことがある。その時の感想だ。最後まで苦笑いを浮かべながら話してたな。
「着いたぞ、ここだ」
「ほう、案外広いのね」
「そんなのどうでもいいだろ。さっさと入ろうぜ」
「あ、あぁうん」
湿気た空気、太陽の光が家に差し込んできて誇りが輝いている。そんな中に温かく、眩しいまでの源光のような間戸井真登が調和されていく――。