彼も彼女も悩んでいる。
今日は確かバイト初日か……なんかすっごい面倒になってきた。腰が重たい。はぁ……。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
登校中、暗い気持ちの俺に明るく声をかけてきたのは間戸井だった。
「今日バイトだったなぁと」
「なに? だるいとか思ってる?」
「まぁ~そんなとこかな」
「初日だよ!?」
「学校行く代わりにバイトしようって考えてたから、学校行くならバイトいいかなぁ」
「それはダメッ。今日放課後、一緒にいくよ」
「へいへい」
適当な返事を返すと間戸井はクスっと笑う。
「ねぇ、昨日どうだった?」
「どうだったとは?」
「入部したくなったでしょってことよ」
「そう伝えたしな。お前も入部するんだろ?」
「名前を置くくらいだけどね。あの子にしてあげれることってそれくらいだから……」
間戸井と巳野倉の間にはとある事情があるように、間戸井はそんな口ぶりで悔んでいる。そして俺も彼女とは同じ理由ではないかもしれないけれど悔んでいる。
そして彼女も俺も巳野倉鎖綾に何をしてあげたら良いのかがわからないから戸惑い、苦悩し、あやふやな答えを出す。
「朝から暗い顔してたら夕方の顔が楽しみで仕方ないぞ」
「え? ……べ、別に暗い顔してないしッ! 考えごとしてただけだしッ! っていうか期末試験大丈夫なの?」
それを聞いて言葉も出ない……試験!? なぜそれを早くいってくれないのだ! と自分自身ではなく間戸井を責める。
「まぁ俺クラスになれば鉛筆一本で満点取れるから気にすんな」
「記号問題は今回無いらしいわよ。それにすべてが全て記号問題じゃないし。勉強してないってことね……いいわ、今度の土日で勉強しましょ」
「は? なんで土日に勉強するんだよ」
「じゃぁいつ勉強するの?」
「放課後だな」
「だぁ~め! 土日よ、土日! あなた携帯持ってる?」
言われるがまま頷き、携帯を取り出すと間戸井は何やら携帯をつつき始めた。
「何やってんだ? ウイルスでも入れてやろうって魂胆か」
「違うわよ。メールアドレスの登録並びに電話番号の登録よ」
「あぁ~……って何やってくれてんの!? 俺はお前の電話番号もメアドもいらないんだけどッ。なに、迷惑メール送ってやろうって? はぁ~ん……なるほ――」
「バッカにも程がある。まず、それをして私にはどんな利益があるの? それに、あなたの携帯にも登録したから私に迷惑メール送ってくるんじゃね? って思い返される。最後に少しは使える携帯になる。文句は?」
間戸井の圧力に敗北してしまった俺はしぶしぶ答える。
「文句はない……だがあまり連絡はよしてくれ」
「理由を聞かせてくれるよね?」
「理由は単純だ。人前で携帯つつくと“何あいつ友達いなかったんじゃないの”“え、友達いるフリしてる”“自演乙だわ”という感じで話しのネタにされるからだ」
「自意識過剰ね」
「それで人に迷惑をかけてきてないんだ。いいだろう」
「これからはその思考しないほうがいいわよ。いろんな人と関わっていくんだから」
間戸井に言われ胸くそ悪い気分になる。
自分でもそう思っている……だがどうだ。自分を変えるということは本当の自分ではなくなるかもしれないということで、それこそ相手に失礼ではなかろうか。しかし、いまのままでは……ということも分からなくもない。これだから他人と関わるのは……常々、頭を抱えてしまう――。
放課後になりバイトへと向かう時刻に差し掛かる。教室内では、まだ間戸井はクラスの女子たちと仲良く会話を弾ませている。邪魔しては不味いだろうと玄関口で待ち伏せすることに。
「あ、有じゃないか」
「あ、あぁ、巳野倉か」
挨拶すらも動揺にかられている。
「巳野倉は帰りか?」
「うん、有は?」
「これからバイトってやつだ」
「おぉ~金だな!」
確かにその通りなのだが……直球に言われると素直に答えたくなくなる。
「昨日は重たい荷物だったけど大丈夫だったか?」
「大丈夫だったけど……もうあんな思いはしたくない。それくらい重かった。有があれを持ってくれていたんだと思うと感謝してもしきれない。誠にありがとう」
巳野倉はペコリと頭を下げた。
このシーンを見れば、誰だって俺がフラれたように見えてしまうことも無い……とりあえず顔をあげてもらう。
「また誘ってくれよ。どうせ暇だし、部活動っていっても読書くらいだしな」
「わかった! また誘う! じゃぁなッ!」
巳野倉は愛想よく、元気よく手を振ってくれた。振っている最中に携帯がなる。自分の携帯を確認するも違うらしい。
「あ、もしもし」
巳野倉の携帯だったらしく、巳野倉は誰かと通話する。聞かないほうがいいのかもしれないが、この玄関に誰もいない静寂の空間では耳に入ってしまう。それは仕方ないことだと決めつけた。
『あ、うん……わかってる。大丈夫だから……うん、これから帰るよ。気にしないで、大丈夫だから。じゃぁね』
通話が終わったようで、巳野倉は再度俺に“じゃぁな”といって帰っていった。それと同時くらいに間戸井が玄関口に到着。
「お待たせ」
「遅すぎなッ」
「仕方ないでしょ、あの連中は地位が高い奴と絡んで“私も地位高いかも”って優越感に浸ろうとする低脳なんだから」
「お偉いさんも大変そうですね」
「まぁね……かわいいから、優秀だから仕方ないわ」
「早くいこうぜ」
間戸井の言うことは正しく否定できない。その否定できないのがものすごくもどかしい――。
バイト初日ということもあり、あまり出過ぎたことをせず片付け、清掃といった雑用をすることに。
「神崎君それはこっちよ。何回も言わせないでね」
「まだ一回目だろ」
「接客できないってあなた人間?」
「一応、そうみたいですけど……違いますかね?」
「あんたバカ? 本当にバカね」
「それお前が言うと本家が可哀そうになるんだが」
冗談交じりな会話もありつつ初日を終了。
「お疲れ様、神崎君」
「お疲れぇ~……疲れてしまった」
「帰りましょっか」
「そうだな」
疲れ切ってフラフラになりながらも帰る。その中で間戸井はポツリとつぶやく。
「彼女、大変そうね」
と――。