彼は自身に失望する
運動部の活発的な声や音色の良い吹奏楽部の合唱に包まれる校舎で、俺は独り取り残されているような気がしてならない。
この活力に飲み込まれそうになりながらも終地点の第二棟の最上階、一番奥の部屋へと向かう。
外面はまぁまぁ普通の教室だ。しいて言うなら部活名の張り出された看板のようなプレート……部活名は【文芸みたく文芸部】って……ツッコミたいけど抑えておこう。
とりあえずドアをノックする。すると、声が返ってきた。
「どうぞ」
俺は恐る恐るドアを開けるとそこには大きな本を抱えている女生徒、巳野倉の姿があった。驚きを隠せないでいた俺は彼女に問いかけた。
「何をしてるんだ?」
「部活動? って言ったほうがいいかな」
「ってことは、たった一人の部員ってお前のこと?」
「きっとそうだよ」
まだ巳野倉でよかったとため息をついた。これで、絡みづらい奴だったらそうしようと思っていたんだから。
「有は何をしに来たんだい?」
「えぇ……っと」
「わかった!」
巳野倉の頭上にある“?”マークは“!”マークへと変わった。
「部活に入部したいってやつだよね。いやぁ~廃部しそうで泣きそうだったんだからぁ~。入部するってことでいいんだよね、有」
「いや、入部はまだ決めてない。ある人から頼まれてな」
「間戸井さんだよね? “紹介する人がいる”って聞いてたから。でも、有とは聞いてなかったから戸惑ったよぉ~」
「なるほどな。じゃぁ俺帰るわ」
「え、ちょっと!?」
「何?」
巳野倉は俺の左袖を引っ張り食い止めた。
「入部は? しないの?」
「しないだろ。だって読書するだけの部活だろ? それなら寝たほうがマシだ。じゃぁな」
「ちょっと!」
それでも巳野倉は袖を引っ張っている。
「どうしたんだ?」
「入部して欲しい……」
巳野倉は今にも泣きそうな表情を浮かべ下を向いている。これ以上は可哀そうかと。右手を巳野倉の頭の頭上に置き撫でる。
「嘘だよ。入部するさ」
「ほ、本当!?」
「あぁ本当だ」
「やったぁー!」
巳野倉は嬉し泣きしながら飛び跳ねる。こんな巳野倉は見たことが無いから新鮮だと感じた。というか、巳野倉の頼み事は昔から断ったことがない。なんというか守りたいのだ……この笑顔を!
「入部届は早めに出してね!」
「おぉわかった。それより部活の活動ってなに?」
「あ、えぇ~っと……読書するだけ」
「あ、あぁ~……活発そうでもないから俺には丁度いいかもなぁ」
「そんなことより有!」
「どうしたんだ? 今日の巳野倉テンション高くないか?」
「これから書店に行こうッ!」
昔、一度巳野倉の付き添いで書店にいったことがある。その際、思いもよらない出来事が……ぶ厚い本? をかなり買いそろえ俺がその本を全て持つという出来事だ。あれは人生で一度も味わったことのない筋トレ方法だろう。腕が捥げそうだったのを今でも腕は覚えている。だからだろうか……両腕が震えている。危険だ、ここは断るべきだ……と俺に言い寄ってくる。
「参考に聞くが」
「どうした?」
「どれくらい買うんだ?」
「十冊は検討している!」
無理だ……しかし断れない。なぜなら、この巳野倉の輝かしい目……この目の前では全てが許される。そういう感じがプンプンと漂っている。
「はぁ~いいけど、部活はこれで終わりなのか?」
「書店で本を買いそろえるのが部活動とする!」
「それなら承諾しよう。早めに行こうぜ。書店が閉まるなんてことがあれば元も子もないからな」
「オッケー! じゃぁ急いでいこう」
大通りの最中に待ち構えている書店は何店かある。その中でも一番小さい書店に巳野倉は踏み入った。
「ここより大きいところにいけばいろんな本置いてあるぞ」
「違うよ、有。この書店は特別な書店。いわば私の為にある書店なの」
「何言ってんだ」
「ついてくればわかるから」
言われるがまま巳野倉について行くが……確かに巳野倉が好みそうなぶ厚い本! そして書店の奥へ行くほど、ぶ厚い本が増えている。
一般的な人が読まないだろうという外国からの本だったりと……日本語ではない文字が連なっている本が山ほど並ばれている。
「どうした、巳野倉」
「今日もすごい!」
今日? 何回来てんだよ! もしかして常連さんレベルだったり? それはもうポイントカード溜まりに溜まってるよな。それを金に変えれるなら、とりあえず俺にくれ!
「買う本は見つかったのか?」
「一冊目はこの本で次は――」
次から次へと本を俺に渡す巳野倉。俺の腕は震え始めた……人生で二回目の筋トレだと言っていい。これはあれだな……明日、筋肉痛になる……うん。
「あの、巳野倉さん」
「どうしたの?」
「腕がパンパンなんですがッ」
「有は私に重たい荷物を持たせるのか?」
「い、いや……すみません。俺が持つんでお構いなく」
これが妖精だというのは納得しがたいな。騙されてんなぁ~みんな……はぁ~。まぁ妖精のようなのは本当なのだが! 中身がな……妖精のイメージが良いほうから悪いほうにいかなければいいんだけど。
「ここまででいいぞ有」
「いや、別に家まで持っていくぞ。重いしな」
「大丈夫だから」
巳野倉は何か隠してる風に俺から荷物を奪い、今でも本の入った袋が地面に擦れそうなラインを保ちながら帰っていく。巳野倉は振り返ることもせず真っすぐ帰っていく。俺はその背中に何も言えずにいた……自分が無力だと分かっていたとしても声をかけるべきであったかもしれない。
もしあそこで声をかけていれば……と疑念が残るばかりだ――。