1 ゼルエルとテオとスーさん
テオは器を持ちつつゼルエルを伺っていた。”いただきます”とは言ったものの本当に食べていいのか迷っているのだ。
そんなテオの姿を見てゼルエルは微笑しつつ少し硬い干し肉を齧りながら言う。
「だから何もいらねぇって、食えよ。そっちが食わないとこっちも食いづらいよ」
ゼルエルは見せつけるように干し肉に齧り付く。その姿を見てるだけで空腹のテオは我慢ができなくなった。恐る恐るといった様子で木のスプーンでスープを掬い口に運び、そして一言
「……おいしいっ」
と言った。
ゼルエルはそれを聞いて安心したのか
「良かった」
とだけ答えた。
テオは二口三口はゆっくりだったが段々と食べる速度を上げていった。
(まぁ子供だし、ガッつくのも…………ホントすげぇガッついてんな。コルメオニオンって少しすっぱいから子供に食えるか心配してたんだけど……)
ゼルエルの心配を知らずにテオは無我夢中にスープを飲み野菜や肉を頬張っている。結果として器の中身はすぐになくなりテオは中身のない器を少し寂しそうに見つめていた。
器を両手でふらふら動かすテオにゼルエルはスープの入った小鍋を持ち上げて言う。
「……おかわりあるぞ」
「っ!」
テオはバッと顔を上げ、すぐにハッとしたように目を降ろす。その光景をみてゼルエルは思わず笑いが込み上げた。
「くくっ……!ごめん、別に遠慮しなくてもいいんだぞ?食べたいんだろ?」
「…………でも」
「食べてくれないと困る。多く作ったから余ったら捨てることになるしなぁ〜?」
「えっ…」
実際残った分は全部食べるつもりなので捨てる気はないのだが。
「……あなたはたべないの……ですか?」
「俺はほら、肉食ってるから」
そう言ってテオから空の器を取り上げスープを入れる。
「それとさ」
「………?」
スープの入った器をテオに渡し言う。
「無理に丁寧な喋り方じゃ無くてもいいぞ?」
「………っ」
「お前が今までどんな場所でどんな喋り方してたのかは知らないけどさ。俺はテオの主人じゃないし、敬語使われても気使うだけで面倒だ。だからほら、喋りやすい話し方で話してくれると助かる」
「……」
テオは器を受け取り、下を向きながらぽつりと言った。
「…………わかった」
「うん」
そうしてゼルエルは干し肉を噛み、テオはスープにがっつき始めた。
するとゼルエルの腕にペタッと何かくっついた。ゼルエルの頭に乗っていた白い蛙、スーの異様に長い舌だ。
「ゲコゲコ」
「どうしたのスーさん、腹減ったの?」
「ゲコ」
そうだと言わんばかりにペシペシと腕を叩く。
「わかったわかったから!……炎魔法 第一階位【ファイアーボール】」
ゼルエルは干し肉を持ってない左手で炎の玉を作り出して上に軽く放り投げた。
スーは舌を伸ばし投げられた炎の玉に巻きつける。巻きつかれた炎の玉は赤い光に変化し、スーの舌を辿るようにして口の中にに流れていく。
蛙らしからぬ満足げな表情でスーは息を吐く。そして催促するように舌でゼルエルの腕を叩いた。
ゼルエルはそれを見てまた炎の玉を作り出し投げた。
「炎魔法 第一階位【ファイアーボール】……ほれ」
「グェ」
「炎魔法 第一階位【ファイアーボール】」
「グァ」
「炎魔法 第一(略」
「グァー」
「炎(略」
「ゲコ」
そんなやりとりをしながら、ふとテオの方を見る。テオはこっちを見て小さく笑っていた。
「すごいね」
「ん?」
「いっぱいたべてる」
「……魔玉蛙はそんなに食べる必要無いんだけどな」
そんな話をしつつ炎の玉を投げつける。
テオはスープを飲みながらそれを見続けていた。
余談だがスープは全部テオが食べきった。
☆☆
「馬車の中に居た人って君の主人?」
「……うん」
食事を終え片付けをした後、ゼルエルとテオは焚き火を中心に向かい合って座り話していた。スーはゼルエルの頭の上にいる。
「えっと、馬車が崖の上から落ちたって事は覚えているのか?」
「そうなの…?」
「え?」
ゼルエルはテオの返答を聞いて驚いた。
テオはゆっくりと馬車が落ちる前の話をし始める。
「…レギスさまにつれてこられたの……ばしゃのなかで、レギスさまの…あしおき、してたの」
”レギス様”というのはおそらくテオの死んだ主人の事だろう。”あしおき”というのが少し気になったが深く考えずに続きを聞いた。
「ばしゃ、すごくゆれたの…。そとのひとは『やまみちにはいった』って…いってた。…わたしはレギスさまに…けられながら…ゆかに、つかまってたの…」
”馬車が揺れた”というのは山道に入ってからだろう。
馬車が落ちたであろう道は馬車が通れる程度の幅はあるが砂利や岩、崖など多くあまり馬車で通る人は居ない、らしい。
”外の人”とは御者だろう。
少し考えたのだが貴族や御者はなぜその道を通ったのか?町や村などで話を聞けば危険だとわかりそうなものだが。
まぁこれをテオに聞いてもおそらく分からないだろう、なにも言わずに続きを聞く。
「うまが…ないたの、そしたらすごくゆれて……あとは、おぼえてない……」
「うん、ありがとう話してくれて」
「……」
テオは無言で頷いた。
ゼルエルは少し考え、言うべきだろうどこかの思い口にする。
「テオ」
「うん…」
「テオと一緒に馬車の中に居た人……レギス、か?俺がテオを見つけた時にはもう死んでいたよ。外の人も、死んでた」
「………」
「………」
お互い真剣な表情で見つめ合う。
”けられた”とさっき言っていたので多分、無いだろうが一応聞いてみた。
「その、レギスって人が死んで…悲しいか?」
「かなしくない」
テオはゼルエルの言葉を冷たい口調で否定した。
ゼルエルは驚いたが、テオは続けて話す。
「おかあさん…とおとうさん、……しんじゃったの。レギス…さま……『たいくつだから』…って」
「そっか……」
ゼルエルはもしテオがレギスを信頼していたのであれば一度馬車の元に戻り別れの挨拶でもさせようと考えていたのだが、どうやらその必要はなさそうだ。
テオの目には涙が浮かんでいる、表情は悲しいような怒っているような、そんな感じだ。
それを見てどう声をかけようかと思考していると突然
「グェェェェップ」
と間抜けな音が響き渡る、スーだ。
空気を読まない蛙である。
(いや、空気を読んで鳴いたのか?)
それまであった真剣な空気はどこかに吹き飛び、思わずゼルエルは笑う。
そして涙目でポカンとしていたテオに言う。
「さっきも言ったけど君は自由だ。君を縛る首輪も主人ももう無い。拾った以上責任を持ってどこかの町か村には送るから安心してくれ」
そう言ってゼルエルはテオの頭を撫でた。
「って言っても次に行く町は親族以外の他の種族の移住は禁止されてるから、その次になるけどね。ほら、もう寝よう、明日は朝早いからね」
ゼルエルはテオを抱き抱えテントの中の寝袋に入れる。
外の焚き火はゼルエルの火の玉でつけたものなのでスーが美味しく頂いた。シートを片付けるためにテントの外へ出ようとするゼルエルにテオが声をかけた。
「あのっ!」
「ん?」
「ありがとう……ございます…」
その表情は少し笑っていて、それを見たゼルエルは目を丸くした。
「……あぁ、おやすみ」
☆☆
テントの外でシートを畳みながら言う。
「スーさんや」
「ゲコ」
「子供は可愛いもんですな」
「……」
ゼルエルはスーの舌に頬を引っ叩かれた。




