8 清霊の花畑
「さてと、どっちに向かおうか」
支度を終え荷物を背負ったゼルエルはY字の分かれ道の左右どちらに進むかを悩んでいた。
「テオはどっちがいい?」
「うまきたのみぎだからひだりがいい」
「そうかー」
ユニコーンが空を駆けてやってきたのはゼルエル達から見て右の方向からである。テオは自分を狙った事や花畑を荒らした事、スーに怪我させた事からユニコーンを相当嫌いになったようだ。
国によっては教育の一環で黒星害獣の醜悪さと危険度を教えることもある。テオがユニコーンを嫌いになる事は大変喜ばしいことなのだ。
ともあれテオは左を示す。目的地を決めてるわけでもないので「じゃあそっちで」と軽いノリでゼルエルは左に進む事に決めた。
「よし、準備は?」
「だいじょうぶ……ひゃう!?どうしたのペク?」
荷物を背負い準備万端のテオの後ろからペクが頬を舐めた。不意打ちをくらったテオは可愛らしい悲鳴を上げペクの方を見る。
ペクはこの四日の間よくやっていた額を押し付ける行為をした後に方向転換してゆっくりと元来た道を歩みだした。小動物達もそれについて行く。
「ん……ペクどうしたの?」
テオはいきなり離れるペク達に戸惑い声をかける。ペクは少し離れたところでこちらを向き前足を上げ横に振っていた。
ゼルエルは顎に手を当ててペクの行動の意味を考えてみる。そしてすぐに答えが出た。
「テオ、多分ペクはこれ以上進むつもりはないんじゃ無いかな?」
「え!?」
ペクは頷くように頭を下げる。
「なんでペク、いっしょにいこうよ!」
「ペクにも自分なりの生き方があるんだろ。縄張りがあるかこっちに進めないか……なんにしてもずっといられるわけじゃ無いんだよ」
「うっ……うぅ……!」
テオはペクを見つめながらぽろぽろと泣いている。
この四日、ペクはテオの側にずっと寄り添っていた。何故ここまで気に入られたのかは分からないがテオとペクはまるで仲の良い友達の様にくっついていたのだ。その友達が急に離れるという事をテオは受け入れられないのだ。
ただゼルエルと旅をしている以上いつか離れるというのも頭の隅で理解していたために渋る反応をするしか無いのだ。
ズボンを握り涙ぐんで悩む姿は実に子供らしい。子供らしい反応といえばその通りだがこのままずっと悩んでいても埒が明かないと判断したゼルエルはテオに声をかけようと口を開いたその時ーー
「バゥ!」
「ペク……?」
出会ってから今に至るまで一度として吠えなかったペクが吠えた。だいぶ渋い鳴き声でありその声には力強く安心させるようなものを感じる。
テオはペクと見つめ合い、少ししてから袖で涙を拭いペクの元に走り抱きつく。テオがこの鳴き声から何を感じとったのか分からないがおそらくテオを元気づけるものなのだろう。
「ペク……みんなも……またね……」
テオはペクを念入りに撫でた後走ってゼルエルの隣に戻って来た。テオは手を振った後にゼルエルの手を掴み引っ張る。
「いこう!ゼル!」
「あ、あぁ、ペクじゃあな!」
「グァァ!」
「バゥ!」
ゼルエルはテオに引っ張られるように進む。よく見るとテオはまだ涙ぐんでおり、強がっているのが目に見えている。
ゼルエルとスーは小さく笑いながら歩みを早めテオの隣を歩いた。
「また会えるさ」
「グェ!」
「うんっ!……ぐすっ」
小走りで先を進むゼルエル達をペク達は見えなくなるまで見守っていた。
ゼルエル達はまた新しい出会いと別れを終えて花畑の先を進むのだった。
☆☆
ペク達と別れてから三時間程経った頃、花の化身から貰った美味い花びら(ゼルエルは昨日の残り、若干パサパサ)を食べながら花畑を進んでいたゼルエル達は、今まで花畑に無かった物を見つけた。
「看板だな」
「かんばん……うしろ?」
そう、看板である。明らかに人工で割と大きい木で出来た看板が道の中央に突き刺さっている。
ゼルエル達の方から見ると裏になっている。
ゼルエル達は看板に歩み寄り、表を確認した。
「なにかかいてある……”ここは……?……ちてん、えっと……のぉかたは……で、ください?このぉ……”うぅ……下にもなにかかいてあるよ、ゼルわからないよ!」
「おーでも頑張ったな。これな、”ここは現在50km地点です。観光目的の方はこれ以上進まないで下さい。この警告を無視し進んだとしても、進む事自体は罪ではありませんのでそれを問いただすつもりはございません。ですが如何なる状況に陥ろうと我が町は一切責任を取りませんので御了承お願い申し上げます。花の町フィオーレ領主「コルト・エルグリラ」より”って書いてある。……この文章書いたのこの領主なのか?随分腰が低いな」
「よくわからないけどはなのまちだって!コルティオはいとだったね?おはなでふくつくるのかな?」
「いや、花で服は作らねぇだろ……。こんだけ珍しい花咲いてりゃ花の町ってのも頷けるな。観光目的……って事はこの先に人が沢山いるかもな」
「たのしみだね!」
看板のおかげで自分達が何処に進んでいるのかがハッキリしたおかげかテオの歩みに力が入る。モチベーションが上がったからだろう。
とはいえ50kmというのはとても長い、まだ昼になっていないとはいえ休憩を挟みながら進めばもしかしたら今日はフィオーレという町につくかもしれないが。
「ていうか観光目的のやつがこんな距離歩いてくるのか……?」
色々疑問は浮かぶもののゼルエルは全部放り投げて先に進む事にした。
☆☆
テオの歩調に合わせ休憩を入れつつ一時間、ゼルエル達は二つ目の看板を見つけた。おそらく40km地点だろう。
気のせいか両端の岩壁が進むにつれて低くなっているように見えなくもない。
看板には”現在40km地点、ここら一帯には甘い蜜を作る花が数多く存在します。もしかしたら清霊の花畑でも顔を出すのが珍しい”エンゼルミツバチ”や”清霊花熊”に会えるかもしれませんね?花の町フィオーレ領主「コルト・エルグリラ」より”と書かれている。
「清霊花熊……?」
「くま!くまさん!きっとペクだよ!」
「いや、顔を出すのが珍しいって書いてあるし違うだろ?あんな擦り寄らないって」
「えー!ペクがいい!」
「まぁペクがどんな名前なのかはともかく、頃合だろう。休憩しようか?」
「ペクはペクだよ?」
「種族の名前だよ。休憩だ休憩、ほら水」
「ありがと!」
ゼルエルは看板の近くにどっしりと座り腰にぶら下げていた水筒をテオに渡した。
テオは看板を背に座ってそれを受け取り喉を潤した。
「おいしい!」
「あのデカいのやペクと別れて少し寂しいそうだったのに、今は随分楽しそうだな?」
皆と別れて最初の一時間は表情に陰りが見えたテオ、だが四時間たった今は期限が良さそうにしている。
歩いている時などスキップをしてたほどだ。
「うん、……みんなとはなれるのはやっぱりさびしいよ……。ペルティエさんたちやゲンさんたちとだって……」
テオは寂しそうに俯き、その後満面の笑みをゼルエルに向けた。
「でもね!あたらしいものをみるのはたのしみなの!ゼルとスーさんとあってからいろんなものがみれてまいにちがたのしいの!はなのまちもたのしみなの!」
満面の笑顔でそう言ったテオにゼルエルは目を丸くした。そしてすぐに笑い返し頭を撫でる。
テオは今、というよりこの旅が本当に楽しいのだろう。馬車で崖から落ちて奴隷首輪が外れたその日からテオの人生は変わったのだ。
人や獣との出会い別れ、新しい景色を見る事はいまだテオには新鮮で輝かしいものなのである。
「そうだな、俺も新しい物を見るのは楽しいよ。花の町、楽しみだな!」
「うん!」




