7 清霊の花畑
夜、花の化身によって咲いた光を作る花により周囲は幻想的な光に包まれていた。未だに空に浮遊している花のせいで火種、もとい火の魔法が使えないゼルエルとスーの代わりにテオが身振り手振りで火の事を教え光を出してもらったのだ。
花の光の元、テントを張り終えたゼルエルは荷物から取り出した塗る傷薬を手に乗せたスーの傷に塗っている。激しい戦闘を終えたスーだったが幸い深い傷は無い。
体中傷だらけだが全て浅い傷のスーより腕の所々を抉られたゼルエルの方が痛々しく、スーは「私より先に自分に塗れ!」と言うように舌と表情で抗議した。だがゼルエルは薬が少なくなってるのを見て自分は適当に布を巻いて魔法を使えないスーを鷲掴み残りの薬を使う事にしたようだ。
当然スーは抗議するように舌で頬を叩く。だが疲れているのか舌の力は弱く、叩かれても強引に薬を塗るゼルエルを止める方法が無いためスーは諦めて手の上で大人しくすることにした。
そして傷薬を塗りながら二人は問答をしている。
「絶魔」「グェ」
「抗魔」「グェ」
「散魔」「グェ」
「吸魔」「グァ」
「…………はぁ」
ゼルエルとスーは上に浮いた大量の黒い花を見上げる。
花の化身が生み出した魔力を消す浮いた黒い花。具体的に言えば”魔力を吸う花”なのだ。
”吸魔”とは文字通り魔力を吸う事である。
魔力、または魔法を己の力に変換する能力であり強い魔獣や一部の植物に見られるものである。
スーの食事も言うなれば吸魔であるが、吸魔をしなければ死ぬという獣はおそらく魔玉蛙のみである。
「はぁ……悪いなスー、飯は我慢してくれ」
「グァ……」
吸魔の花の吸引力は強力だ。舌先で【ファイアーボール】を作ろうとした時も魔法を形成する前に魔力を吸われ失敗した。
吸魔の花がある以上誰も魔法が使えない、つまりスーは花の化身がいる間ご飯を食べれないという事だ。
普段ならば数日食べなくても平気なスーだが、ユニコーンの戦闘で魔力を消費した状態なのだ。
スーは完全にやる気が失せ手の上で転がるように倒れた。
「グェェェ……」
「ごめんな。……それにしても」
テントから離れたところでテオやペク、小動物達は花の化身の前で遊んでいる。
花の化身は頭を地面に置き目を向けたまま色んな花やツルを生やし動かしてテオ達を喜ばせていた。その目は優しく、まるで子に玩具を与え遊ばせる親のようである。
「すごーい!みてペク、これ……うわっ、はなびらぶあつい!」
「やれやれ、呑気なもんだなぁ……」
つい数時間前までユニコーンに襲われていた事が嘘のようだ。
スーとユニコーンが魔法を使った跡、壁やエアロックはその砕けたままなのだが花畑そのものの被害は無かったかのように花が咲き乱れている。
「こんだけの規模の花畑を管理するほどの存在……希少種図鑑には載ってなかったはずだ、てことは普通にそこらへんにいるのか?この巨体で……」
「ゼル」
「ん?」
テオがゼルエル達の前に走ってきた。両手に赤く分厚い花びらを持っており右手の花びらをむしゃむしゃと食べている。
「おいしいよ!」
テオは左手に持った花びらをゼルエルの前に突き出して子供らしい眩しい笑顔を向ける。
(何だこれ?)(不用意に食うなよ!)(なんで食おうと思ったんだよ?)など色々思い浮かんだがゼルエルは何も言わずに手に付着してる塗り薬を拭き取って花びらを受け取った。
よく見るとそこら中に大きく分厚い花びらを咲かせた色とりどりの花があり、他の小動物達も花びらを食べている。
ゼルエルは匂いを嗅いだ後に不安ながら小さく一口齧った。
「…………っ!?」
思わず目を丸くしゼルエルはもう一口、今度は勢いよく食らった。
「なんっ……だこれ……肉だ!いや、肉より甘いが……肉みたいな食感で果物のような……なんかとにかく美味い!」
花びらの食感は高級な肉のように弾力があり柔らかく味は糖度の高い果物のように甘い。肉汁のように汁が齧ったところから溢れ出ている。
だが食レポが下手なゼルエルからはまともな感想が出なかった。
思わずもう一口かぶりつこうとしたところで片手に乗せたスーを見た。スーが食事をできない事を思い出したのだ。スーは別に気にしていない様子だが。
ゼルエルは荷物から取り出した麻袋に食べ残した花を入れてテオに笑いかける。
「ん、スーさんごめんな。俺は腹一杯だからこれは明日に食うよ。テオありがとう。あんたもありがとうな」
「……うん?」
「やミェす」
「それとテオ、明日も早いからもうそろそろ寝ろよ?」
「あ、うん!」
テオは持っていた花びらを急いで食べた。寝ると分かったのか花の化身が光の花をぽつぽつと暗くしていった。
テオはペクに抱きついた後小動物達に「おやすみ!」と言ってテントの中に入った。
ペクもテント近くに寝そべる、小動物達はそれに群がりように各自眠りについた。
「………………さて……と」
光は僅かになり周囲の見えるところが少なくなる。
ゼルエルは立ち上がりスーを肩に乗せて花の化身の前に立つ。僅かな光から見える巨大な瞳はどこか優しさを見せるような、それでいて威圧感も交えた奥深いものを感じさせる。
「ユニコーン……あの馬が襲ってきたとはいえあんたの縄張りで暴れた事は謝るよ」
ゼルエルは花の化身に語りかけるようにぽつぽつと喋り始めた。
「しかもあの馬を追い払ってもらって感謝してる。……スーさんも守るために花畑滅茶苦茶にしちゃったからな。この腕の傷はその代償って事で勘弁してくれないか?」
「ゲロ……」
ゼルエルは腕に薔薇が巻きついてからいままで持っていた懸念があった。それは花の化身がユニコーン同様スーを消さないかというものだった。
理由は分からないがテオは花の化身の感情を理解でき、そんなテオを花の化身は気に入っている。
だがそれはあくまで”テオだけ”の可能性がある。
ゼルエルもスーも理解している。魔法が使えない今、いや、魔法がもし使えたとしても目の前の化け物に勝てる算段が見込めないと。
下手をすればユニコーン同様肉塊となり容易く投げ飛ばされて終わりだ。
「改めて、助けてくれてありがとう。そして花畑を荒らした事、本当に申し訳ない……!可能ならスーさん、この子の事は許してやってほしい」
「グェ……」
ゼルエルは花の化身の前で謝罪を並べ深々と頭を下げた、スーも肩から背中に移り頭を下げるような仕草をする。
少しの静寂の後ゼルエル達の目の前にツルが伸びる。ゼルエルは頭を下げたまま目をつぶって判断を待った。
直後頭の上に何か乗せられた。
「……?」
ゼルエルは頭を上げて頭の上を触る。花が乗っていた。スーの頭にも水色の花が添えられている。
「あぅケ……ソピら……クルめルゥい」
花の化身は小さく呟きゼルエル達の頭をツルで撫でる。目は先程よりも慈愛に満ちた光を灯している。
花の化身はテオや小動物と遊ぶさながらゼルエル達の本質を見ていた。人と神獣でありながらその信頼関係は少しの時間でも本物だと分かる。そして純粋なテオから真っ直ぐな信頼を得ているところから、花の化身はゼルエル達を”善”としとっくに許していたのだ。
「……許してくれるのか?」
「メは」
「……いいんだよな?…………はぁ」
ゼルエルは思わず膝に手をやり前屈みになる、いままで緊張していたぶん力が抜けたのだろう。
「……ホントありがとう」
ゼルエルが前屈みになったところで花の光が一本を残し全て消えた。花の化身はゆっくりと目をつぶる。
花の化身の姿が夜の闇に塗りつぶされ見えなくなっていく、ゼルエルはもう一度頭を下げた。
そして「おやすみ」と言ってテントの中に入っていった。
こうして波乱の一日は過ぎさっていった。
☆☆
翌日、朝起きてテントを出ると花の化身の姿は無かった。いったいどう消えたのか、あの巨体であるにも関わらず遠くには見えない。謎である。
花の化身が咲かせた花々は今だに咲いており変わらず吸魔の花は空を漂っているという事が夢ではないと証明している。
テントの外にはあの美味い花びらが何個も吊るされたツルが大きい花の上に置いてあり持ち運びしやすいよう手で持つ部分のツルが丸い輪を作っている。
「昨日美味いって言ったからか?……せめて名前知りたかったな、何言ってるか分から無いから無理だろうけど」
「ゲロ」
ゼルエルは体を伸ばしながら花の化身の事を思い出す。あまりにも不思議な存在に今更気持ちが昂ぶってきたようだ。
「やっぱ……こういう高揚感や恐怖感って旅の醍醐味だよなぁ!あーわくわくする!」
「グェ!」
旅の楽しさを改めて感じたゼルエルは両手を上に伸ばしテンションを上げ笑い始める。
ちなみにペクは既に起きていて毛繕いをしながらゼルエル達を見守っていた。
そこからしばらくしてテオがのそりとテントの中から顔を出した。
「お、テオおはよう!…………ん?」
「グェ!…………ゲロ?」
「あ……うん、おはよう…………えっ、あれ!いない!?」
テオは花の化身が居なくなっている事に気付きキョロキョロと周囲を見渡す。
「テオ、あいつはもう居ないよ。ほらこれ、美味い花びらだ。多分置き土産だと思う」
「……せっかくなかよくなったのに、おわかれいえなかった」
「まぁ別れを言えなかったのは悲しいだろうが……出会いと別れは旅の醍醐味だ。コルティオでも似たような事言ったろ?」
「うん……」
「あんだけテオを気に入ってるならまた会えるって、元気だせよ!」
頭では理解しているのだろうがやはり子供。別れも言えず唐突に消えた事が悲しいのだろう、その場にしゃがみ込む。ペクがテオの頬を舐めて慰めていた。
ゼルエルはテオの頭を撫でた。そして普通なら何も言わずにそっとしておくか慰めるかなのだが先程から気になっていたテオの胸元の物に興味が抑えきれずに聞いてしまう。
「なぁテオ、そのペンダント……?」
「え?」
テオの首にはペンダントが飾られてあった。
紐は緑の細いツルが何重にも繊細に絡められており見ただけで丈夫と分かる構造になっている。
胸元の部分は水晶のように透明な丸い宝石で作られており、その宝石の周りは花びらが開くように飾り付けられている。その花びらの種類は四種、数は八枚でその内の二枚は翼を広げたような銀色の花びらだった。
「銀翼清霊華の花びら……それにこれ……」
花びらの装飾も美しいのだがそれ以上に目を惹くのは水晶の中である。
水晶の中は炎が燃えているのだがその炎がおかしい。下のほんの少しの部分は黄緑でそこから花が咲くように白、ピンクと変色している。上のピンク色から散る火の粉は花びらのように散り下に落ちてまた黄緑の炎に戻る。
花のような炎を中で灯す水晶に鮮やかで美しい花びらの装飾、丈夫なツルでできた紐、明らかに価値の測れないペンダントがテオの首からぶら下がっていたのだ。
「これ……あいつの仕業だよな……テオ、この花畑入ってから獣達に気に入られすぎじゃね?」
「なんでだろ……?こんなにきれいなものまでくれるなんて」
「売ったら何ミユいくだろ」
「えっ!?」
「冗談だよ」
ペンダントを握って隠すテオの頭を撫でてからテントを片付け始めるゼルエル。
杭を引っこ抜いてからテオの方を向き笑いながら
「テオ、次会う時まで大事にしとけよ?」
そう言った。
「あ……うん!」
テオはペンダントを見つめ花の化身を思い返し笑ってからテントの片付けを手伝うのだった。




