6 清霊の花畑
「あ…………?」
テオの目の前にそびえ立つように急に現れた存在。
花畑の両端にある岩壁にくっつくのではないかというほど横幅が大きく高さはゆうに150mは軽く超えている。
身体中に枝垂れ桜のような形をした色とりどりの花に覆われており肌が見えないがおそらく四足歩行、背中にはあらゆる花が生花のように芸術的に飾られている。この生花の高さですら30mある程高く大きい。
首が長く一度下に曲がりすぐ上に曲がり、そしてまた下に下がったところに頭がついている。首や頭も枝垂れ桜に似た花で埋め尽くされ頭の上も生花が飾られている。まるで花を司る化身のようだ。
普通ならば遠くから見えてもおかしくないほどの巨体と派手さを持ちながら誰一人、戦闘中空を飛び回っていた二匹ですら間近に来られるまで気が付かなかったのだ、異常だ。
小動物達はおろかゼルエル達やユニコーンですら竦んでいる。花の間から覗いた大きい瞳はテオをジッと見つめていた。
花の化身は大きい口を開け小さく喋り始める。
「めゥな……り……えぅテむ……ソピら?」
一瞬遅れて反応したゼルエル、花の化身の言葉が理解できず神言かどうかスーを見て確認する。スーは小さく「グェ……」と鳴いた。Noサイン、ゼルエルはスーの言いたい事を理解したのかスーの頭を撫でた。
頭を右に捻りながら喋る花の化身の言葉は誰にも理解できなかったようだ。
(神言じゃない……つまりこいつは神獣じゃない。種族特有の言葉か……?)
ゼルエルは思考する。花の化身は何の目的があって自分達の目の前に姿を出したのかを。
(あの姿……おそらくここに咲いている花を管理してるのはこいつだ。背中に咲いてる花が花畑に咲いてるものと同じ、群生しない銀翼清霊華まで集まるように咲いてやがる。多分縄張りにしてるんだ。なら今ここに現れたのは花畑の被害を抑えるため……もしくは被害を出す俺達の排除……だけど……)
花の化身はテオを確認するかのように大きい瞳を近づけている。
(もし殺すつもりで出てきたのなら一番近くにいたテオはとっくに死んでるはずだ……)
そう、もし花の化身が殺すつもりで現れたのならテオはおろか、この場にいる者は魔法が使えず潰されるなり食われるなりで殺されているはずなのだ。
(それぐらい簡単にできるやつだってのは見れば分かる……!それをしないってことは花畑で暴れてほしくなかったってこと……っ!?)
「ブルルルルルァァァァァァ!!!」
「テオッ!!」
「……えっ?」
花の化身が現れて誰も動かず硬直状態でいた最中、一番最初に動いたのは空に留まっていたユニコーンだった。
ユニコーンは先程まで戦っていたスーやいきなり現れた花の化身を無視してテオの元へ駆ける。忌々しい蛙が無力な今こそ目的の物を攫う事ができると。
ゼルエルが気付いた時にはもうユニコーンはテオの後ろまで来ていた。
魔法が使えないので角で突き刺して持って帰ろうと考えたユニコーンはテオの腹に角を突き刺すつもりで頭を振るいーー
瞬間、棘の生えた数十本もの長い赤い薔薇が地面から勢いよく生えてきてユニコーンの全身に巻きついた。
「ブルルァァァァアァアア!?」
突然の事で反応できず巻きついた薔薇が体中の肉に食い込みあまりの激痛から地面に倒れこんだ。
千切ろうと暴れるが薔薇は鋼のように硬く、千切るどころか逆に締まり棘が肉を抉って白い体を鮮血に染め上げた。
「ブルルルルルッ!!?ヒヒィィィン!?」
「きゃあぁぁぁぁ!」
目の前に落ちてきた醜悪な顔をした血塗れの馬の叫び声を聞いてテオは体を跳ねさせて花の化身の側に逃げる。
薔薇を出したのは間違いなく花の化身だろう。理由は分からないがテオを傷付けるつもりはないらしく、テオも何故か花の化身に恐怖を感じていないようだ。
ゼルエルがテオの安全を確認してホッとしたのも束の間、ゼルエルの周囲にもいつの間にか薔薇が数本咲いておりスーを狙うように動いていた。
花の化身にとってユニコーンと共に花畑を荒らしたスーも粛清対象のようだ。
静かな怒りを仄めかしている大きな瞳がスーを凝視している。
「ゲッ……ゲコッ!?」
「スーさん!」
ゼルエルはスーを両手で包み込み前かがみに座り守る体勢をとった。薔薇が体の隙間を通り腕に絡みつく。ゼルエルの腕に棘が刺さり「あぐっ!?」と声に出したところでテオが両手を振って花の化身に抗議し始めた。
「ゼル!?まって、わたしたちこのしろいうまにおそわれただけなの!」
「ぇくまらリエ……さミ、ソピ……?」
「スーさんもみんなをまもるためにやっちゃっただけで……ゆるして……。はなをぐちゃぐちゃにしちゃったのは……その、ごめんなさい……」
「……エグぇマ……」
テオは懇願するように花の化身に深く頭を下げる。すると周囲に集まっていた小動物達も鳴きながら花の化身に訴え始めた。ペクもテオの横で大きい瞳を凝視している。
花の化身は溜息をするように口から一息漏らした。
ゼルエルに刺さってたトゲが抜け囲んでた薔薇が次々に小さくなり普通の薔薇に戻った。
「痛ッ……」
「ゼル!」
テオは薔薇に縛られたユニコーンを避けるように走りゼルエルに抱きついて体をペタペタと触りだした。
「ゼル!スーさん!だいじょうぶ!?いたくない!?て……うわぁ、いっぱいちでてる!?」
涙をポロポロ流しながら傷口を撫でるテオ。
ゼルエルは頭を撫でて落ち着かせようかと手を伸ばしたが、腕の至る所から血が出てるので引っ込めた。
手を伸ばした際ゼルエルの手から出てきたスーはテオの肩に移り舌を伸ばして血を舐めている。守ってくれた礼と怪我をさせた申し訳無さが入り混ざったのだろう、複雑な心境を露わにした表情をしている。
「いや、痛く……無いわけでもないけど大丈夫だ。スーさんも大丈夫だから。…………それよりテオ」
「……?」
「お前あいつの言葉が分かるのか?」
ゼルエルは血に濡れた手を動かし花の化身を指差す。
興味を持ったのか花の化身は首を伸ばしてゼルエルの間近まで迫った。
「うぉぉ!?」
「うぇルム……ソピ?」
「ゼルだいじょうぶ!……えっとなんていってるかはわからないの……。でもこのこのきもちはつたわるような……」
「伝わる?」
「えっとね!えっと……さっきまではスーさんとしろいうまがたたかってたよね?そのときはおこっているようなかなしんでいるような、そんなきもちがつたわってきたの!」
つまり何故かは分からないが花の化身の感情がテオに流れ込んでいるという事である。テオは続けて喋る。
「それでいまはわたしがきになってるみたい。ゼル、このこやさしいからだいじょうぶ……だとおもうの。トゲトゲ、スーさんにももうやらないよ!」
「そうなのか……」
「ゲロ……」
ゼルエルは巨大な瞳と目を合わせながら思考する。
(……テオにだけこいつの気持ちが分かる?テオにそういう能力があるって事か?もしくは甲龍人か魔人の血によるものか……どっちにしても情報が少なすぎるな……敵意は無いみたいだが……いや、油断はできねぇな……)
「ヒヒヒィィィィィィン!!」
「なんで俺が考えるたびに騒ぐんだお前は……」
急に上がった馬声に全員が顔を向ける。といっても花の化身が首を伸ばしたせいで縛られたユニコーンは枝垂れ桜に埋もれており姿が見えないのだが。
ゆっくりと首を動かした花の化身の下から血塗れの白馬が現れる。散々暴れまわったせいなのか所々肉がめくれてとても見れたものではない。もはや最初に見た美しさなどからは想像もできない薄汚さだ。
テオは体をビクッとさせてからゼルエルの後ろに隠れる。するとペクが歩み寄ってテオの頬を舐め、ゼルエル達を守るように前に出た。
「ペク!」
テオはペクに抱きついて体を撫でる。ペクは嬉しそうに喉を鳴らした後、ユニコーンの方を向き威嚇をして警戒態勢をとった。
ゼルエルも魔法が使えないので痛ましい手を動かし腰のナイフを取り出し構えた。
その様子を見てた花の化身が目を下に落とした。
視線の先の地面からオレンジ色のツルが何本も生え、ぐにょぐにょと形を形成する。
「……て?」
「手……だな」
ツルはまるでユニコーンに指を差した手のように形成された。そしてその手に混ざっていない一本のツルがペシペシとテオの肩を軽く叩いている。
「えっと……」
「あれか、その馬どうしたらいい?ってか?」
「めャう」
「埋めよう」
「ブルファ!?」
ユニコーンは目を血走らせて陸に上げられた魚のようにバタバタと跳ねている。肉が抉れようと御構い無しだ、見てられない。
花の化身も嫌そうな瞳を浮かべてテオを見た。
「いや……なんじゃないかな……?」
「はぁ……でもこいつそのままにしておくわけにもなぁ……ここで殺すのが嫌なのか?」
「たぶん……そこまではわからないけど……?」
「めャう」
「ゲロ」
「どうしたスーさん?」
スーは舌を伸ばして上下に振っている。下にゆっくりと動かし素早く上に振る、まるで物を上に投げ飛ばすかのような……
「……投げようってか?」
「ゲロ」
「…………壁あるのに?」
「ゲロ」
スーが提案したものはユニコーンをぶん投げて破棄しよう!というものだった。これならば花畑の中で死ぬ事は無いのだが、いかんせん壁が高すぎて無理難題極まれる。
「というよりお前、半分恨み篭ってるだろ……?」
「グェッグェッグェッ!」
「はぁ……一応提案してみるか。あーっと、こう……ツルを作って壁の外にこれ投げたりできるか?できるなら薔薇を維持したままで」
どうせ無理だろうと思いながらゼルエルは説明しつつ身振り手振りでやりたい事を伝えてみる。
するとユニコーンの周囲に四本、太い大木のような緑のツルが勢いよく生えてきた。
「ァカるンめメン…………エぃぶラ……」
「あ……できるんだ」
ユニコーンは死に物狂いで逃げ出そうと暴れ狂うが絡みついた緑のツルが異常に力強く持ち上げられてしまう。
「ブルルルルァァァアァァァ!!」
断末魔のような悲鳴を上げたユニコーンはそのまま勢いつけて天高く放り投げられた。投げられた瞬間ブチィッ!という音がしたのだが、これはユニコーンを縛っていた薔薇が千切れたのではない。肉が千切れた音だ。
ユニコーンの形をした肉塊はおそらく壁を越え壁の外に飛んだ。壁が高すぎて本当にそうなったのかは分からないのだが……。
ユニコーンの血飛沫が辺り一面に広がりゼルエル達は青い顔で花の化身を見た。
「殺すのが嫌なんじゃ無くてここに死体を置きたくないのかよ……」
「ハクァ……チョす」
ともあれこれでユニコーン騒動は幕を降ろしたのだった。




