4 清霊の花畑
花畑に入って三日、朝から夕方まで歩き続けてなお道の終わりが見えない。
熊率いる小動物達は未だゼルエル達の後ろを付いてきていた。
「そういえば”ペク”ってご飯はどうしてるの?」
”ペク”とはテオが名付けた熊の名前である。
テオがずっとくまさんと呼んでいるので「名前でも付けてやったら?」とゼルエルが言った事が発端である。
ペクの頭に咲いているピンクと白の花に似た花をゼルエルが片っ端から上げていき、テオがピンときた”アルペクトラム”という花の名称から切り取って名付けた。
ペクが嬉しそうに額を擦り付けてきたのが印象に残っている。
テオの疑問の答えだが、ペクはそこらに咲いている花の蜜から栄養を摂っており普通の熊と違い肉食ではないのだ。花の蜜だけしか食べていないにも関わらず他の熊より一回りもふた回りも大きいのは謎である。
もっともそれを伝える術はペクに無いのだが。
☆☆
花畑三日目の晩、それは起きた。
火種が無いためゼルエルがスーに頼んで火の魔法を使ってもらい料理をしてる時の事である。テオはいつも通りオールの練習をしていた。
スーの助言もとい助舌通りに座りリラックスした状態で右胸に集中しながら練習をしていたテオ。するとペクが自分の鼻先をテオの右手に近づけたのだ。
「……わ!どうしたのペク?あぶないよ?…………オールってあぶないのかな?」
テオはペクを撫でて、鼻先から右手を離した。
「まっててね?……ふぅ。………………オール、あぅっ!?」
いつもなら何も起こらないはずの右手から強い違和感を生じて思わず叫ぶ。
テオの叫び声を聞いたゼルエルが焦って振り返り、スーが火を消してテオの近くに跳ねて飛んできた。
「テオ!どうした!?」
「グエ!」
「……わからないの。オールれんしゅうしてたらなんか……あついようなしびれるようなへんなかんじになって」
「あつい?しびれる?オールは痛みがくるようなもんじゃないぞ?……虫に刺されたか……スーさん!」
この三日でゼルエル達を害するような獣や虫がいなかった。故にゼルエルはここにきて油断していたのだ。旅をしてる以上毒や病気を持つ虫がいて刺してきてもおかしくない筈なのに油断をしてしまったのだ。
スーはテオに近寄り毒の魔玉を光らせ【解毒】を発動しようとするがテオが慌てて手を振る。
「ちがう!ちがうよ!いたくないの!」
「痛くない?でも熱いって……?」
「わからないの……でも……なんていうか……」
テオは自分の右手をさすり、ペクの方を見て
「ペクとつながったような……そんなかんじが」
そう言った。
ペクは自分の鼻先を前足で擦っていた。
☆☆
結局先日の件は何も分からず仕舞いであった。
念のため解毒をするも毒は無く、オールをするにも成功せず、ペクは呑気に花の蜜を舐めていたので後回しにする事に決めてその日の夜を終えたのだった。
四日目昼前、道の先まで続く両端の岩壁が遠くの方で分かれている事に気付いた。もっとも気付いたところでそこまでの距離は結構遠く、その分かれ道に着いたのは夕方になる頃であったが。
岩壁は三つの道を作るようにそびえ立っておりどの道も今まで同様くねくね一本道と花で覆い尽くされていた。
ゼルエル達が来た方向はY字に分かれた道の下の方である。
「やっと変化があったな!うーんどっちの道行こうかテオ?」
「え、わたしきめるの?」
「いやーどっちでもいいし、どっちに行くにしても今日はテント張るし」
「あ、そうなの?うーん、じゃあ……ごはんたべながら……で?」
テオはお腹をキュルキュルと鳴らしながら上目遣いでゼルエルを見た。ゼルエルは小さく笑いながら荷物を降ろす。
「ふふっ、そうだな、腹減ったもんな。とりあえず食ってから決めようか。テオは食いしん坊だな」
「むぅ……ゼルのごはんおいしいもん!」
「へいへい、お褒めいただきありがたいこって。っても基本メルト汁か干し肉ばっかなんだが…………スーさんどうした?」
いつもならテントを張る途中でもゼルエルの頭か肩に乗ってるスーが地面に降りて空を見上げている。
何事かと思いゼルエルとテオがスーを見ていると突如目を見開いて全ての魔玉を光らせ舌を出し構えはじめた。明らかに敵意全開の表情を浮かべておりその中には嫌悪感も見え隠れしている。
急に臨戦態勢になるスーの威圧に思わず腰を抜かしたテオを心配したのかペクが側に寄った。よく見るとペクや他の小動物達もスー同様に空を見上げて威嚇したり怯えたりしている。
「ちっ…………なんでこんなとこにいるんだよ……!」
スー達の目を向けている方を見てゼルエルが舌打ちをする。テオも全員が見ている空の上を見た。
体をまばゆく輝かせた一匹の獣が空中に立つように佇んでいた。
パッと見白馬だが額に長い角を生やしており背中と尻尾の先と背中、そして四本の脚の足首に煌めくクリーム色の毛を生やしている。体格は遠目で分かりづらいものの、おそらくペクよりも小さいくらいだろう。重馬よりは小柄で普通の馬よりは少し大きめだ。
貴族の屋敷に飾られているような綺麗な絵画の中にいるような獣がこちらを……テオを見ている。
艶かしい美しさすら感じる宝石のような青い瞳の直視されてるテオは恥ずかしくなったのか、顔を赤らめて目を晒してしまった。
そんなテオにゼルエルは溜息をついた。スー同様ゼルエルも嫌悪感を隠さず嫌そうな表情を浮かべている。
「……テオは獣にホント好かれるな」
「すごくきれい……ゼル、すごいいやそうなかおしてる?あんなにきれいなのに……」
「テオ、あれは”ユニコーン”。……白いから”ホーリーユニコーン”っていう種類の魔獣だ。…………いいかテオ、覚えとけよ?」
ゼルエルは空の上に佇むユニコーンに指を差す。
「ユニコーンは絶滅させる事を推奨されてる害獣、”黒星害獣”に指定されてる。出会い次第殺す事を全国から許可されている危険な害獣だ。」
「えっ?」
テオはゼルエルの言葉が半ば理解できずにユニコーンに目を向けた。
テオと目を合わせたユニコーンは整った綺麗な顔から一転、想像もできない醜悪な笑顔を浮かべ舌舐めずりをした。




