3 清霊の花畑
朝、空を飛ぶ鳥達の鳴き声と日の光によって目が醒めた。
両端の岩壁は北西と南東を塞ぐようにそびえ立っており、ずっと真っ直ぐ道の先に伸びているため出始めた太陽の光は普通なら僅かにしか届かないはずなのだが、岩壁の上の方に咲いている人間程の大きさを持つ花が壁の外から注がれる僅かな陽の光を増大させ擬似太陽として役目を担っているようだ。
この花は壁の先々に一定の間隔で咲いているので壁の中で日の光が途切れる事はないのだ。
ゼルエル達は朝起きてすぐ食事を終え荷物をまとめて花畑の道を進みはじめていた。
陽の光を強くする輝かしい花、壁の間を群れで飛ぶ赤い翼の鳥、壁の所々にある穴から覗く動物、花の蜜を集める虫、空を浮遊する謎の岩、そして花畑に色とりどりに咲く花の数々。
そのどれもがテオを魅了するものであり、ゼルエルやスーにとっても珍しいものがあるため普通なら心踊る光景である。
だが、それよりも自分達の後ろを付いてくる存在が気になって目の前の光景に集中できていないようだ。
「……ゼル、うしろ」
「テオ……好かれてるな。……あ、おい髪引っ張んな!」
「なんでだろ……」
「グェ〜」
ゼルエル達の後ろには頭と尻尾に花を咲かせた巨体な熊が付いてきている。熊の周囲には様々な動物が寄り集まってきており中にはゼルエル達に興味を持って近づき匂いを嗅いだり服に引っ付いたりする小動物もいる。ゼルエルの頭の上にはスーと何故か白いリスが乗っており、髪の毛を毟ろうとするのをスーが止めてくれていた。
熊は昨日の夜からテント付近で眠っていた。起きた時テントを開けて一番、熊の顔が出てきた時のテオの叫び声はゼルエルや他の小動物達の眠気を飛ばすのに丁度良いものだった。
ゼルエルも知らなかったために若干顔が引きつったが、スーは知っていたので余裕の笑みを浮かべていた。
それからずっとゼルエル達の後ろを付いてきているのだがこの熊、やけに動物を寄せ付ける。そのため今現在動物を引き連れて歩く羽目になっているのだ。
「昨日からの行動を見る限り敵意は全くないんだよな……食べ物をねだったり奪おうともしねぇ。熊だけじゃなく他の獣も……つぅかあの熊なんだっけな、花の生えた熊ねぇ……図鑑で見た気が」
「ねぇゼル、どうするの?」
「うーん……別に害がないなら問題は無いけどな。テオが怖いなら散らすけど?」
「こわ……く……はない……のかなぁ?きのうはこわかったけど……」
テオは立ち止まって熊の方を見る。熊もまた立ち止まりテオの機嫌を伺うように見つめ返す。
「うーん……」
テオはゆっくりと熊に近づき右手を差し出す。
熊は右手の匂いを嗅いだ後に昨日と同じようにテオの体に額を擦り付けた。
「モフモフ……」
テオは熊に抱きついてみる。最初は少し怯えて撫でていたが、次第に慣れてきたのかテオから明るい笑みが溢れた。
テオの警戒心が無くなるのと同時に熊の周囲に群がっていた獣達が一斉にテオに飛び乗った。
「あったか……い、え?あーーー!」
「ホント警戒心無いな……だから頭を毟るなと」
ゼルエルは頭の上でひたすら毛を毟ろうとするリスを鷲掴み、獣達と戯れるテオをしばらく眺めるのだった。
☆☆
現在太陽が真上に登り昼になった頃、歩き疲れたゼルエル達は昼ご飯も兼ねて休憩を取っている。
テオは伏せた熊を背もたれにして地面に座り込んで干し肉を噛みちぎろうと頑張っている。小動物達も半分以上は食べ物を探しに何処かへ消え、残った小動物達は花畑を漁っている。
ゼルエルは干し肉を齧りながら考え事をしているようだ。
「ぐむむ……むぅ?ゼル、どうしたの?」
「ん〜?いや、ここってやっぱ謎だな〜って」
「なぞ?」
「あぁ。ほらアレ」
ゼルエルは高い岩壁の上、朝に擬似太陽を担っていた大きい花を指差した。
「太陽の光を増幅させて輝く花。太陽っぽい熱を発する程の物なのに昼になってから暑さが変わってない」
「それがなぞ?」
「あぁ、壁の奥から溢れた微かな光であそこまで陽の光を出せるなら真昼間の壁に塞がれてない真上の太陽の光を浴びたら太陽の熱と花の熱でここは灼熱地獄と化してもおかしくないはずなんだよ」
「……えっと、つまりあつくないのがへんってこと?」
「そういう事だ。……花が光ってるって事は活動してはいるはずだ……つまり、下までに熱を奪う何かがあるって事だが……俺はそれがアレのせいなんじゃないかと睨んでいる」
ゼルエルは岩壁の花に差した指を動かし、今度は空を浮遊している水晶石の刺さった岩を指差した。
「アレもへんだね?」
「いや、アレは”エアロック”って言って山岳地帯を探せば結構あるから珍しくないよ」
「あれ?そうなんだ」
エアロックとは空気より軽い物質で出来た薄い茶色の岩石である。エアロックは大きい程上に浮遊する性質を持っているため、この花畑の道には度々小石サイズのエアロックがゼルエル達の邪魔をしている。
「俺が言ってるのはエアロックに突き刺さってる水晶石だ」
この花畑の上で浮いている大きいエアロックには所々に透明な水晶石が刺さっている。ゼルエルはそれが太陽と花の熱を吸収しているのではないかと考えているのだ。もっとも……
「確証はないんだけどな……。もしかしたら花のせいかも……この花畑にある花ってよく見ると希少植物が多く咲いてるんだよな」
「そうなの……どれ?」
「あそこに咲いてる小さいのが”センショウオバリ”、茎が下に垂れるようになって沢山咲いてる黄色の花は”ハチメクラ”で……あれはぁ……っと、確か”竜仙華”だな!どれもこれも普通こんなところじゃ見られないものだ!」
「いっぱいあるね、ゼル、たのしそう」
「…………グァァ」
珍しいものに熱が入り少し昂ぶったゼルエルだったが、笑ってるテオと呆れたスーを見て恥ずかしく感じたのか軽く咳払いをして自分を落ち着かせる。
「…………とにかく、俺もよく知らない花もあるし熱を奪ってるのは水晶石じゃなくてここの花の一つかもしれないって事だ。……あぐっ」
ゼルエルは手に持った干し肉を噛み切って立ち上がり荷物を背負って遠くの方を見た。
「不思議な環境、生態系。希少な物、建造物とか俺そういうの憧れて故郷飛び出したからさ?ついついテンション上がっちまったよ、そろそろ行こうか?」
「あ、うん!」
テオは手に持っていた残りの干し肉を口に加えて荷物を背負う。テオの荷物に乗っていたスーは舌を使って器用にゼルエルの頭に飛び乗った。熊はのそりと立ち上がりテオの後ろに移動した。
少し長めの休憩を終え再び歩き始める一行、テオはゼルエルの手を掴み顔を覗き込んだ。
「ねぇゼル」
「ん、どうしたテオ?」
「わたしはゼルがたのしいとたのしいよ?……もっといろいろききたいなっておもうよ?」
「あ……あぁ」
そういってにこりと笑うテオ。
少し照れくさく感じたゼルエルを嘲笑うかのようにスーは舌でゼルエルの頬をペシペシ叩いていた。




