2 清霊の花畑
毒で満たされた巨大な湖の禍々しさから一転、目の前に広がるのは色鮮やかで美しい花畑だった。
様々な花の種類、色で染められた地面は煌びやかな絨毯のようで、その絨毯を踏まないように配慮されているのかは真ん中には人が横で五人並んで通れるほどのクネクネとした一本線の砂利道がある。
両端には雲よりも高くそびえ立つ絶壁があり横には進めない。よく見ると絶壁にも所々草花があり、獣の影がちらほらと見える。
不浄反射で無臭の空気を吸ってたゼルエル達だが、この場所は他の森や町より空気が格段に美味いと理解できるくらいに清らかな空気で満たされていた。
そしてこの空間、いたるところに水晶石が刺さった岩が空を浮遊している。岩が大きい程高いところで浮遊している。浮遊した岩や水晶石にも花が生えていてファンシー感溢れている。
「すっごいきれい!はなだらけ!……いしフワフワしてる!くうきおいしい!」
「確かにすげぇ……けどなんでこんな綺麗に毒の湖との境目ができてるんだ?」
「…………?ゲロ!」
「どうしたスーさん……これは!?」
スーさんは何かを見つけたのか舌である場所を差した。舌の先には銀色の翼を開いたような美しい花が咲いており、それを見たゼルエルは驚愕の表情を浮かべて花の側に近寄り眺め始めた。
「”銀翼清霊華”…………初めて見たぞ!……なんでこんなところに……しばらく森を歩いてたしここもしかしたら標高高い…………いやいや、流石に無い!……でも……ってよく見たらいろんなとこに咲いてるじゃねーかすげぇ!?」
ゼルエルは興奮と驚愕を混ぜたような言動で花畑を食い入るように見渡している。目は不気味な程に輝いていた。
スーは若干呆れ顔でテオを見た。テオも風景に心奪われていたがゼルエルの様子とスーの呆れ顔を見て少し冷静になる。
「…………ゼル?」
「凄いぞ!図鑑の絵より花弁が段違いで大きいな!」
「ゼル!!」
「おっふはい!?」
花畑に熱中しすぎて周りが見えていなかったゼルエルは、テオに服の裾を引っ張られて思わず情けない声を出した。
テオの顔は変わらず楽しそうではある、とはいえテオの前で取り乱したゼルエルは恥ずかしげにコホンとわざとらしく咳をついた。
「ゼル、たのしそうだね?」
「…………まぁ、な。テオは”清霊華”って知ってるか?」
「ううん、わからない」
ゼルエルは花畑にある濃い青の花びらがついた花を指差した。
「あれが清霊華だ。清霊華は周囲の汚れた空気を綺麗にする胞子を排出するんだけど普通は標高の高いところに咲くものでな。あの青い清霊華だって普通は標高1500m以上に咲いてるんだよ」
「ひょうこう?」
「あーと、凄く高いところに咲くってこと。んで普通は群生……一つの場所にいっぱい咲くことが無い花なんだ」
「え?でもおなじのいっぱいあるよ?」
「そう、だから不思議なんだ。極め付けはあの銀色の清霊華だ」
ゼルエルは自分の見てた花を指差した。花畑を見渡すとちらほらと銀色の花が咲いており、どれも花びらが翼を広げたような形をしている。
花畑をパッと見渡してもその花だけは異様に見えた。
「なんかほかのとちがうね?」
「銀色の花なんか普通無いしな。あれは”銀翼清霊華”って言って標高10000m以上、つまりあの青い清霊華よりずっとずっと高い所に咲く超希少植物の……凄い珍しい植物の一つなんだよ。あれ一つで凄い遠いところまで空気を清浄する胞子をばら撒くって話だ。俺も初めて見たし、まさかこんな山に登ってもないのに見れるとは思わなかったよ」
「そんなにめずらしいんだ……とりさんみたい」
「鳥が翼を広げてるように見えるって意味で銀翼だからな。……なんでこんな場所に咲いてるのかは分からんけど、毒の霧が消えてる理由は間違いなくこの花のせいだろうな」
(……むしろ銀翼清霊華がこんだけ咲いてるのに毒の霧がここまで迫るのか……ここ結構ヤバいとこだったんだな。スーさんはともかくゲンさんの魔法も大概だな……)
ゼルエルは毒の霧の向こうに消えたラーメン屋の店主の魔法技術の高さを思い浮かべて溜息をつく。
「ま、あれこれ考えてても仕方ねーや!道があるんだし進むしか無いな!」
「このみちいくの?」
「霧の中よか楽しくなりそうだろ?……手握るか?」
「うん!」
☆☆
花畑の真ん中に蛇行線を入れたような幅広い道を歩き始めて約一時間とちょっと、ゼルエル達はーー道の真ん中にテントを張っていた。
「そもそも出発自体遅かったし毒の湖でもそこそこ時間とったからな。ここ壁高いからすぐ暗くなるだろうし早めに休もう」
「ごめんなさい……」
「寝てたことか?テオが起きてようが寝てようが最終的に昼出発予定だったから気にするなよ」
「ゲロ」
「うん……」
「薪……はぁ〜っと……無いよなぁ、花と岩ばかりだもんなぁ」
「はなもやさないの?」
「……テオ、割と容赦無いな」
「えっ?」
花を燃やすというテオの発想に……というよりテオがその発想をした事に驚いたゼルエル。
てっきり「はな……もやしちゃうの?」みたいな事を言うイメージがあったのだがそれを本人に聞いてみたところ……
「たきびにひつようなら……きれいでもしかたない……かも?」
とのこと。
ただ花や草自体そこまで燃えないはずなのでゼルエルはテオの提案を却下した。
「後は認識遮断だけど、だいたい一時間くらい歩いて人に危害をくわえる獣が一匹もいなかったな……いや、でも寝てる間に襲われるかもだしやっぱり必要か……スーさ……」
認識遮断をお願いしようとスーを置いたテントに目を向けた。直後テントの後ろの存在に気がつき硬直する。
テントより一回りほど大きい茶色い熊がのそのそとこちらの方へ歩いてきている。頭にはピンク色ベースの白を混ぜた可愛らしい花を付いており、尻尾にも同じものがついている。
「ゼル……くまさん!」
(デカいな……スーさんは大丈夫だろうけどテント襲われたら面倒だな……)
ゼルエルは熊と目を合わせながらわたわたしてるテオの肩を掴んだ。
「テオ、普通の熊は基本臆病だ。怖いだろうけど落ち着いて熊と目を離さずにいろ。そうすりゃ暴れるってことはないはずだ……多分」
「たぶん……あばれたら?」
「影で抑えつけるしかないな……」
ゼルエル達の心配をよそに熊はゆっくりと近づいてくる。何故か熊の目線はひたすらテオに集中しており興味無さげにテントを避けてゼルエル達の周りをぐるぐると歩き始めた。
ゼルエル達は熊の動きに合わせなるべく目線を外さないように動く。
(なんだ?餌を探してるわけじゃ無いのか?いや、人を食う肉食獣の可能性もあるな。…………追い返すか……?)
熊の目的が読めずないまま、ただひたすら見つめ合う事約一分。熊はゆっくりとした歩みから急に駆け足のような動きでゼルエル達の方に走り始めた。
いきなりの行動にゼルエルは早口で魔法を唱える。
「ちっ!影魔法 第六かいぃべ!?」
ゼルエルの魔法は突然の妨害で止められる。
いつのまにか足元まで来ていたスーの舌で頬を殴られたのだ。
「スーさんなにを……!?」
いきなりの事でパニックになるゼルエルを見つめスーは舌で熊の方を差す。テントよりも大きい巨体の熊はゼルエル達の目の前で止まっていた。
獲物を狩る目というよりも興味津々といったキラキラした目でテオを間近で見ており、匂いも嗅がれているテオは半泣きで硬直している。
「ぜぜ……ゼル……!ゼルぅ……!?」
「なんだこいつ……?スーさん、敵意は……?」
「グァ」
「……無いのか、じゃあなにを…………あ」
熊はテオの匂いを嗅いだ後テオのお腹に額をグリグリと押し付け、更には顔をベロリと舐めた。威圧感のある巨体を除けばペットが飼い主に戯れている光景に見えなくもない。
だが何も知らずされるがままのテオはついに限界を迎えた。
「あわわわわ……あーーー!あぁーーーー!?たべないで!たべないでくださぁぁい!!」
「うぉぉ!?テオ落ち着け!」
舐められた事で恐怖のキャパが振り切れたテオは錯乱状態で泣きながらゼルエルの服をガシガシと引っ張った。
結構な強さで引っ張られてもほつれないところは流石はコルティオ産の服である。
自分が恐れられているのだと察した熊は数歩下がってその場に伏せた。視線は以前テオである。
テオが落ち着くのはこの後周囲が暗くなってからの事であった。




