2 彼と少女とカエル
少女が泣き止んだのは数分後の事だった。
しばらくは彼の拙い慰めに耳を傾けずにグスグズと泣いていたのだが、泣き疲れて少し冷静になったのか、彼の言葉がようやく届くようになった。
それでも体は少し震えているが。
「落ち着いたか?」
「……はい」
「そっか、水飲むか?」
「………」
少女は弱々しく首を横に振った。そして潤んだ瞳を彼に向けた。
「あの…」
「ん?」
「くびわ……」
「やっぱ泣いてた理由はそれかぁ」
少女は泣いてる間ずっと首を手で押さえていた。首輪についている魔呪印の事を知っているのだろう。
「…くびわないとしんじゃうの…くびわはずしたひと、みんなしんじゃったの……わたしもしんじゃう……しんじゃうのいたいの…………っ」
いかん、また泣く。
そう思った彼は必死に説明し始めた。
「だ、大丈夫!首輪の魔法は解除したぞ!?えっと、ほら!この子!この子が首輪の魔法消したんだよ!?」
彼は傍らで座っていた掌サイズの白い蛙を掴み、右手に乗っけて少女に見せる。
蛙は雑に掴まれたのが不満そうだ。
「……さっきのかえるさん」
「ゲロ…」
「えっと…魔玉蛙って知ってるかな?神獣の一種なんだけど?」
「しんじゅう……?」
このくらいの歳なら神獣がどういったものかは教えられる筈なのだが、おそらく奴隷として生きていたから一般的な事を教えられていないのだろう。
今は神獣についての説明よりこの白い蛙の説明をしなくてはならない。
「知らないなら神獣の事はそのうち教えるよ。取り敢えず魔玉蛙の事だけど……魔玉蛙ってのは他者の魔法を餌にしてるんだ」
そういって彼は蛙を載せてない左手を前に出し掌を上に向けた。
「炎魔法 第一階位【ファイアーボール】」
彼がそう言うと左手の上に小さい炎の玉が形成される。
世間知らずの少女も魔法は見たことあるのか、そんなに驚いた様子は無い。……が、次の瞬間。
「ゲコ」
と鳴いた蛙の口から体のサイズと見合わないほど長い舌が現れる。舌は目にも止まらぬ速さで彼の左手の上にある炎の玉に巻きついた。
炎の玉は段々と小さくなり赤い光となってスーの舌に吸収されていった。少女もこれには驚いたのか口を開けてその光景を眺めている。
「こんな感じで魔玉蛙は他の人の使う魔法を食べるんだ。食べれる魔法は限られるけど」
「ゲッ」
全てを吸収し舌を口の中に収める。満足はしてないのか表情は変わらない。……まぁ、カエルならそれが普通なのだが。
「俺が君を見つけた時、君はすでに首輪が壊れていて魔呪印に侵されていたんだよ。魔呪印は他の人の魔力を込めたものだからね、毒属性のものだったからスーさんに食べてもらったんだよ」
そこで彼は気付いた。
「ごめん、自己紹介してなかったね。俺はゼルエル、ゼルエル・マーティスって言うんだ。こいつは魔玉蛙のスー、俺の相棒だ、スーさんって呼んでる」
「ゲコォ」
少女はボーっとしていた。
彼はそれを見て少し笑いながら
「疲れただろうししばらくは休むといいよ、俺はテントの外でメシ作ってるから、何かあったら呼んでくれ」
そう言い立ち上がりテントの外へ出ようとする。
少女は呆然としていたが、立ち上がった彼を見て聞いた。
「……あの」
「ん?」
「……わたしは…………じゆう、なん……ですか…?」
「…そうなんじゃないかな?」
そう言って彼はテントを出た。
☆☆
テントの中、少女は無言で自分の手元を見つめていた
ふと、隣に置いてある荷物に目線を送る。荷物の上には白い蛙、スーがこちらをジッと見つめている。
僅かな時間、お互い無言で目を合わせていた。
見たことの無い生き物、だがこの生き物は自分を助けてくれたのだ。少し考えた後に少女は意を決して口を開いた。
「あの…」
「………」
「ありがとう……ござい……ます…………」
「……………グェ」
助けてくれたスーに弱々しくお礼を言う少女に対してスーもまた小さく返事をした。
そうして少女はまた目線を手元に降ろす、スーはその様子を見つつ佇んでいた。




