毒湖
テオが魔法の練習を始めて三日がたつ。
悪路な森の中を歩くのも多少慣れたテオだが、サクサクとそれでいて後ろを気にしてくれるゼルエル程速くは進めずに後ろを頑張ってついて歩いていた。
ゼルエルの忠告通り歩きながらの魔力感知の練習はやめたようだ。
ふとゼルエルの頭の上のスーがのそりと立ち上がり舌をちょこちょこ伸ばしながら遠くを見はじめた。
「……はぁ……ん?……スーさんどうしたの?」
「……グェ」
「うーん……風が逆だから匂いは感じないなぁ。超獣か魔獣?」「グェ」
「盗賊?」「グェ」
「自然的な?」「グァ」
「あー…」
「えっ?えぇっ?」
ゼルエルはスーが発音や声の高さでYes Noを分けてるがすぐ分かる、だがテオは全く分からず交互に見た。
スーはそのまま背中の玉の一つを白く光らせた。白い光はうっすらと二人と一匹を包み込むようにしてからゆっくり消えていく。
「え?……まほう?」
「聖属性の第七階位【不浄反射】だ。早い話が状態異常効果のあるものの反射だな」
不浄反射は状態異常を引き起こすものを反射させる聖属性の魔法である。毒や麻痺、精神攻撃などに有効で僅かではあるが耐熱耐冷の効果もある。状態異常主体の魔法は反射するものの攻撃のついでに状態異常が発症する魔法は反射できない。物理攻撃は反射不可能、状態異常効果のついた剣や槍なども防げない。戦闘向きの能力では無いものの、普通の人類が進めないような地や罠や仕掛けの多い古代人の遺跡などを調査するのには御誂え向きの能力である。
「まぁつまりはだ。この先には自然現象で発生した危険があると、スーさんは睨んでるわけだ」
「ゲロゲロ」
「えぇ……よけないの?」
「よける?あぁ、避けないよ。面白そうだもん。俺達は行けるところは行く。未知の物を見るために旅してるんだからな!大丈夫、何があっても守ってやるから…………スーさんが」
「……」
「グェ〜……」
ゼルエルはカッコ悪く決めたところで再び歩き始める。少し怖くはあるもののテオも後ろをついていく。
森の中をガツガツと歩いているとだんだん周囲に変化が現れはじめた。
奥に進めば進むほど木が短くなり枯れている。茶色だった土は赤く、そして徐々に紫っぽく変色している。チラホラと見れた普通の獣達はもはや影すら見当たらない。そしてなにより……
「行くたびに匂いが感じなくなってるな」
「グェ〜」
「におい……?」
「周りの匂い、つぅか空気か?反射されてるって事だよ」
「はんしゃ……?」
不浄反射は普通の香りなら反射はしないのだが身体に害のあるものは反射される。纏っている空気そのものが有害であり香りも反射されてるので森ではありえない無臭を感じているのである。ちなみに息はできてるのでご安心。
「だいじょうぶなの……?」
「まぁ大丈夫だろ、何回かこういう場所は見てるし」
「そうなんだ……」
枯れた森を進んで行く二人と一匹。普通の獣はいないこの環境だが、それでも適応する動植物は存在する。
「あそこにいる赤と緑のシマシマの鹿。あれ”グレウィルフゼブラ”って言ってな、デカいツノ持ってんだろ?なのにあれ鹿じゃなくて馬らしいぞ?」
「……へぇ」
「性格は大人しいから安心……おっ!枯れ木にくっついてるキノコ。”ポイズンケアマッシュルーム”って言ってな。焼くと精神系の毒を治し、煮ると酸性毒を、蒸すと性病系の毒を治せるんだよ。食べても美味いし薬になる事から万能解毒茸なんて呼ばれてるんだよ。ちょっと採っていこー!」
「ゼル、たのしそう……」
周りを気にしながら歩くテオと違い動植物の解説を交えながらノー天気に歩くゼルエル。
そうこう進んで約一時間、ついにこの惨状の現象を生み出した原因が顔を出した。
巨大な湖である。ただし普通の水で構成された湖では無く赤紫の毒水で構成されたおどろおどろしい巨大な湖だった。湖の周りにはもはや一部適応した枯れ樹木くらいしか無い。
遠くでグレウィルフゼブラが毒水を飲んではいるがそれ以外に生き物の影は見当たらない。
巨大な事もあるが湖から発生したであろう薄っすら赤い霧のせいで先は見通せない。
そしてこれが一番不思議な事だが湖の中央を進めるように橋が架けられている、やけに道幅が広いのだがそれ以上に木製なのが気になるところだ、何故腐らないのか?
テオは顔をしかめている。毒を見ると自分が付けられていたあの首輪を思い出してしまう。不安になりゼルエルの方を見るが、ゼルエルは湖の近くに座り手にスーを乗せている。スーは舌を伸ばして湖に浸していた。
「すすす、スーさん!?ダメだよしんじゃう!?」
「死なねぇよ、不浄反射もあるけどスーさん毒魔法あるから解毒できるし。スーさん、酸?」「グェ」
「皮膚毒」「グェ」
「精神毒」「グェ」
「麻痺毒」「グェ」
「うーん……血毒系の…とか?」「グァ」
「だってさテオ、これ血毒系の毒湖だよ、不浄反射あるけど落ちないようにね」
「せっとくりょくない……」
舌を湖から離し残った液体を飛ばすように振ってから口に戻すスー、しかめっ面である。
「不味かった?」「グェ」
「おいしくはないとおもう……」
「うーん特別面白くはないなぁ……じゃああの橋渡ってみるかー」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
木を枯らせ普通の獣を寄せつけない広大な毒湖に何故か木製の橋、世間知らずなテオとてこれがおかしいものだとすぐ分かるので興味より怪しさや恐怖が勝っている。当然の反応だ。
それとは逆にゼルエルとスーは「何を驚いているんだ?」とでも言いたげな顔でテオを見た。
「いくの……?」
「行くよ?迂回しても良いけどこの橋の先が気になるし」
「でも……あぶないかもしれないよ……?」
「あぁ、なるほど」
そういってゼルエルは右手を出した。
「……?」
「怖いんだろ?ほら、手繋いでれば大丈夫だろ?」
「そういうことじゃ……?」
「繋がなくても大丈夫か?」
「…………………………つなぐ」
感情の整理はついてないもののテオはゼルエルの手を掴んだ。結局のところ待つという選択肢は無いのだ。ゼルエルが行くと言うならついていくしかない。
手を握りつつ覚悟と諦めを持ってゼルエルの後ろを歩きはじめた。
ゼルエルは橋を強く踏み崩れる心配が無い事を確かめて乗る。テオも若干ビクビクしつつ橋に乗った。
ゆっくりと周囲を確認しつつ進む。赤い湖は普通の湖同様に水音が聞こえ、波紋を浮かべている。
「水生生物がいるな」
「すいせい……みずのなか?どくのみずなのに?」
「グレフィブルゼブラだってこれ飲んでたし魚とかいてもおかしく無いだろ。他の毒沼や溶岩に住む魚もいるくらいだし」
「へ、へぇ〜……」
「先進むぞ〜」
橋を歩きはじめて約十分程、テオの不安とは裏腹に特に何も無いまま過ぎていった。辺りは赤い霧で満たされ後ろを見ると自分達が居た森どころか枯れ木すら見えなくなっていた。
しかしそれから五分程歩いて変化が現れる。毒湖と不浄反射の影響で何も匂わなかった周囲に、微かにだが香りが立ち込めはじめた。
歩く程に匂いが強くなっていく。霧で見えずとも橋の先に何かある事は明白だ。
「反射されてないって事は無毒…というよりなんか香ばしい匂いが……っていうかこれ………!」
「なんか……すっごくいいにおいだね?」
やがて霧の奥からぼぅっと灯りが見えた。近づくほどに霧は薄れ匂いの元凶が現れていく。
大きな水の膜、毒湖とは違う純粋な水で出来た膜のようだ。そしてその中に佇む小さな店のような建物が見える。下には四つ車輪が付いており中からは煙が立ち込めている。
のれんが付いており文字が書いてあるのだがテオが習ってる文字とは違う異国の文字で書かれているため読めない。
毒湖の広い橋の上に佇む水膜の張った煙を出す建物、中から溢れる匂いとは異なり怪しさ満点である。
「アッハハハハハ!!」
「ふぁ!?ゼル!?」
この光景を見たゼルエルが突如思いっきり笑い出した。頭の上のスーは怪訝そうな顔をしている、蛙なのに。
テオは訳が分からずゼルエルに事情を聞こうとするが、その前にゼルエルが
「こんなところで何やってんだよゲンさん!!」
そう叫んだ。




