2 テオと魔法
”オール”のやり方を教えて約一時間。
成長の兆しは見えず指先にこれといった変化は出ず、それでもテオは諦めずに繰り返し「オール!」と唱えていた。
たまに体の向きを変えたりしゃがんだり、指先や手の角度を変えたり声に変化をつけたりしている。
子供らしい発想、なんとも微笑ましいことか。
実際、自分の魔力を感じるというのは人によっては難しいものである。
先程のゼルエルが言ったように魔力は普通見えないもので、魔力の感じ方を口頭で説明するのは難しい。
しかも人によって感じ方が違うらしいので尚更説明しづらいのだ。
才能のある者や種族的に魔法に強い者達は誰に教えられずとも感じれる。逆を言えば何度説明されてもいくら努力しようと感じれない者や種族的に魔法が苦手で感じれない者もいる。
普通に魔法が使える種族の人達が”魔力を感じる”ことを習得するのは平均五十日、長くて二年もかかるのだ。
テオは教えて半日も経っていない。
魔人の、母親の血が濃ければもしかしたらと思ったがやはりそう上手くはいかないようだ。
「はぁぁ……できない」
「魔法は一日二日でできるようなもんじゃないからな。地道な努力積み重ねが大事なんだ。取り敢えずテオは魔力の感じ方を間違ってるからオールが使えないんだ。やり方を変えてみろ。…………やり方っつーか感じ方だな」
「うーん、わかった!」
結局テオはその日寝るまで成功しなかった。
次の日からテオは歩きながら余裕があると左手で右手首を掴み”オール”とブツブツ唱えるようになった。
現在森の中であり、集中しすぎて前を見ない事が多くなったテオはたびたび木にぶつかったり転ぶようになった。
最初こそ微笑ましい光景だったものの、ここまでくると少女が念仏を唱えているようである。
周辺はゼルエルとスーがそれとなく注意しているものの前方不注意は怪我の元である。というか既に転んで擦り傷を増やしている。
「テオ、熱心なのは構わないが歩く時は前見て歩け。魔法の練習なんていくらでも時間あるから大丈夫だ」
「でもきょうはもじのべんきょう……」
「そうだな。……ならどっちか覚えるの辞めるか?」
テオは首を横にぶんぶんと振った。文字も魔法も覚えたいようだ。
とはいえ歩き続けながら何度も転びぶつかりを繰り返されるのも困る。
ゼルエルは頭をわしゃわしゃと掻きながら溜息をついた。
「今日はもう進むのやめるか」
「えっ……でもまだよるじゃないよ?」
「お前できるまで念仏唱える気だろ、危ないからな」
「ねんぶつ?」
「とにかく今日は進むのをやめてテオの魔力感知の練習に時間を使う。どうせ急ぎの旅じゃないんだから」
「……ごめんなさい」
「悪いと思うなら早く感知できるように頑張れ」
「……でもまだわからない」
テオは自分の右手を見ながらニギニギと動かしている。
「ゼルはどうやって感じてるの?」
「考えてないな」
「……えっ」
「あー……と、だな……」
ゼルエルが、というよりも殆どの魔法を戦闘に用いる者は”魔力を感じる”という動作を飛ばしている。
そもそも魔法は様々な種類はあるものの攻撃系、防御系、付与や拘束などの戦闘で扱われるものが多い。
戦闘は余程余裕がなければ少しの油断や無駄な動きが命取りであり、魔法を使って戦うのなら”魔力を感じる”事など無意識にできていなければ話にならないのだ。
「俺は一応ナイフで戦う事もできるけど、基本は影魔法だからさ。何も考えなくても自分の魔力なんか感じ取れるんだよ。難しい魔法なら話は別だけどな」
「へぇ〜……」
「でもそうだな……俺の場合あえて言葉にするなら……体内魔力なら体の底のものを引っ張り出すような、体外魔力なら纏わり付いているものを動かすイメージでやってる……かな?」
「からだのそこ……」
「人によっては両肩に力を入れるとかヘソの下あたりに渦巻くものとか脳から出すイメージとか色々あるらしいけどな。全部試してみたらいいんじゃないか?」
「がんばる!」
そう言うとテオはまたオールの構えをして模索しはじめた。
陽はもうすぐ真上に差し掛かる。もうすぐ昼である。
念仏を唱え始めた少女の隣でゼルエルは昼ご飯の準備をするのであった。
☆☆
進むのを途中でやめてから結構な時間が過ぎた。
陽は沈み始めたのでゼルエルはテントの準備をしている。
スーは変わらずゼルエルの頭の上、テオはというと…
「オォォル!」
まだ続けていた。
途中ゼルエルが他の人の魔力の感じ方を教えつつそれをイメージで真似するものの進展は無い。
時間が経つにつれて昨日のような変な動きや声色を変えたりと何でもかんでも手につけていた。
おそらく半分はヤケクソだろう。
「テオ……少し休んでからでいいんじゃないか?」
「や!」
「はぁ……薪拾ってくる。スーさんテオを頼んだぞ」
「……」
認識遮断を既に発動させているスーを掴みそこらへんのデカい石の上に乗せて、ゼルエルは周りの木や岩に傷をつけながら認識遮断の外へと出た。
ゼルエルの姿が見えなくなった後、スーは長い舌をテオの方へと伸ばした。
「オール!……はぁ」
「ガァ」
「オー……え?スーさん、なに?……うわ!」
スーはテオの体を舌で軽く小突きはじめた。
頭から始まりあらゆる所を小突く。
「うわわっ!スーさん!?」
途中喉を小突かれ「くぷっ!」と変な声を出したテオだがそんなこと気にせずにスーは体中小突いた。
体の隅々まで小突いた後、スーは舌をぷらぷらとさせながら考え込むような表情を見せた。
「ス、スーさん……?」
「グエ」
舌を口の中に戻したスーはテオの方を向き薄紫の結界”認識遮断”を消した。そして淡い水色の光が周囲に散りはじめる。
「え!えっ!?なにこれ!?……あれ?……なんか……」
テオは力が抜けるようにその場に座り込んだ。力んでた先程と違い力が抜けたように肩を落とした。
嫌々そうなっているわけではない、むしろテオは心地良さすら感じている。
「ふぁぁぁぁ……」
「ゲロゲロ」
「………………………………はっ!」
淡い青の光に包まれて幸せそうにしていたテオだが、スーが光を消した途端に現実へと戻る。
「スーさん、いまのなに?」
「ゲロ」
「うん、わからないや」
さっきの魔法の意味が分からないテオだったがとりあえず立ち上がろうとして……スーに額を小突かれて後ろに尻餅をついた。
「うぇっ!?」
座り込んでキョトンとしてるテオの顔の前に舌をビッと突き出す。そのまま舌を心臓と反対側の胸の方に動かしてトントンと軽く叩いた。
「……?」
「……ゲロ」
スーは右胸の部分で舌を小さくクルクルと回し続ける。最初は意味が分からず首を傾げていたテオだが一分程たった後に理解した。
「えっと……わたしのまりょくはここからでてるの?」
「グェ」
「スーさんはわかるんだ?」
「……」
「やってみるね!」
テオはガバッと立ち上がり”オール”を行う体勢をとった。自分の右胸を見た後にスーの方に顔を向ける。
「ここにあるんだよね?えっと……こんなかんじかな!オゥルフゥゥゥゥ……」
テオが”オール”を唱えようとした途端にスーは先程の青い光を作り出しテオから力を奪った。幸福感に満たされ力が抜けてペタンと座り込んだ後に青い光を消し、テオはまたハッとスーの方を見た。
テオは納得のいかないといった表情を浮かべているがスーは呆れ顔を向けている。
テオが立ち上がろうとするたびに青い光を作り出し座らせる、ゼルエルが帰って来るまでテオとスーは同じ事を永遠繰り返していたのであった。




