1 亀の魔獣
冬の訪れを囁いているかのように冷たい風が吹いている。空は広く青い、隠す雲は無く太陽は周囲の森を眩く照らしていた。その森の中でーー
「うあぁぁぁぁぁぁあぁあぁっ!」
「うわ!また飛んでくるぞ!?」
「……」
ゼルエルとテオは化け物に追いかけられていた。
☆☆
二人と一匹がコルティオを出てから二日、持っていた方位磁石を頼りに適当に西に向かって突き進んでいた。
ゼルエルとスーの旅は基本行き当たりばったりであり冒険者や商人必須の地図などは持ち合わせておらず、森があっても面白そうなら進む、洞窟があるならば入ってみる、それがいつもの事なのだ。
今回はそれにテオがいる。悪路などに馴れてないテオはペースが遅く、ゼルエルはそれに合わせて休みながらゆっくりと進んでいた。
度々息を切らして止まるテオだがその表情は嫌という感じではない。そこらに生えてる木や植物、小動物に反応して子供らしく明るい顔を浮かべている。
「ただの森だぞ?楽しいのか?」
「……はぁ……うんっ、たのしい!……はぁ…」
「そっか、あんまりキツイなら言えよ?」
「ふぅ……うん……」
そうして楽しそうにゆっくりと森の中を進んでいた。
それ以外特に代わり映えも無く日が進む。空いた場所にテントを張り寝て、朝起きて同じように進む。
そうして二日後の昼。ゼルエル達は巨体な化け物を見つけ木の陰からそれを覗く。
そして小さな声で会話を始めた。
「カメみたい」
「あぁ、亀だな。一部亀らしくないけど」
化け物の姿はゼルエルの二倍ほど大きく四足歩行で背中に硬そうな甲羅をつけている。体の色は濃い緑色、甲羅は白と黒紫の斑らで染め上げられている。
普通の亀よりも足と尻尾が長く、尻尾の先には羽毛のようなフワフワな白と黒紫の毛で覆われていた。
首が甲羅の中に無理矢理押し込まれたような形状になっており顔は少ししか見えないがゴツく、牙が大きいのか口が開きっぱなしだ。だが目がとろんと垂れてやる気が感じられない。
そんな化け物が目だけをキョロキョロと動かしながらノソノソと森を歩いていた。
「ありゃ魔獣だな。なんだっけ、光と闇の魔法使えるってことは覚えてるんだけど名前が……なんだっけなぁ……」
「あのこ、まほうつかえるの?」
「”あの子”って言われるような見た目じゃねぇだろ……魔獣ってのは”魔法が使える獣”だからな。確かあの亀はそんなに強い魔法を使え無い……はず。あんまここらへんだと見ない魔獣だから記憶が曖昧でな……たしか魔法以上に厄介な……あ、やべ」
ゼルエルはやっちまったといった表情を浮かべている。
テオは首を傾げ、化け物……亀の魔獣の方を見て……目が合った。
「あ」
「こっち向いてるな……」
「グェ」
亀の魔獣はこちら側にある片目でこちらを凝視している。
互いに見つめ合ってると亀の方が足を動かし体をこちらに向ける。
直後、尻尾の先から眩く輝く光る玉を作り出し始めた。
「いいかテオ、いつでも逃げれる準備しとけ」
「う、うん。……ねぇあれ」
「あれは光魔法の第一階位【ライトボール】だな。周りを明るく照らす魔法で殺傷力は無いけど一応注意はしとけよ?」
「……」
作り出されたライトボールはスイカ程の大きさになり周りを強く照らしている。ライトボールは段々と光の強さを増していた。
「……あー、なんか…思い出した。テオは俺の手掴んで目つぶってろ、飛んでくるぞ。スーさんはまぁ、大丈夫だろうけど、落ちないようにね」
「とぶ……?」
テオは言われた通り目を閉じてゼルエルの手を掴んだ。スーは変わらず堂々と頭の上にのさばっている。
ゼルエルは空いた片腕で光を避けつつ目を細めながら亀の魔獣から目を離さないで構えていた。
光に溢れた森の中を、少しの静寂が続いた後に亀の魔獣が動いた。
亀の魔獣の頭が凄い勢いでテオの方に吹っ飛んできたのだ。ゼルエルは思いっきり手を引っ張り亀の魔獣の頭からテオを回避させる。
「きゃ!」
引っ張られたテオは思わず目を見開いて、驚愕する。
先程まで無かった筈の、しかもとてつもなく長い首を伸ばしゼルエル達の後ろの木に噛み付いていた。鋭い牙が木を抉りミシミシと音を立てている。
「そう、こいつ普段首ギュウギュウに引っ込ませてるんだけど獲物見つけると砲撃みたいに首伸ばして噛み付いてくるんだよ。魔法は目眩しだったはず……やっぱ名前、思い出せんな」
「いいから!にげようよ!?」
「こいつ足速いっけスーさん?」
「ゲロ」
木を噛みちぎろうと頭を動かし、体をドシンドシンと動かす亀が怖いのかテオはゼルエルの服を引っ張り訴えている。しかしゼルエルとスーは馴れたように亀の頭を眺めていた。
「ゼル!ゼルぅ!」
「分かった分かった、よし逃げ……なぁっ!?」
テオの手を引っ張り逃げようとした途端亀の胴体が頭に引っ張られるように吹っ飛んできた。胴体は頭と噛み付いていた木を巻き込むようにぶつかる。あまりの衝撃に木は折れ周りは衝撃により舞った土煙で見えなくなっている。
「まさか首をバネみたいに使って体を飛ばしてくるとは……あいつの首はゴムかなんかでできてんのか……あっ」
「こっちみてるよ……」
撒き散らされた土煙の中からのっそりと亀が現れる。長かった首はすっかり収納されてこちら側をロックオンしている。
尻尾の先から先程とは違う黒紫の玉を作り出していた。
「ゼルぅ!」
「走れ!」
テオの手を引っ張り走り出すゼルエル、それと同時に亀がこちらを追うより走り出す。見た目は亀だが長い足を器用に使ってるのか速い、見栄えとしてはなんか気持ち悪い。
黒紫の玉の影響か、周囲は妙に暗いが見えない程ではない。二人は必死で森の中を走った。
ーーそして現在に至る。
「ゼルは……はぁ…まほう……ドッペ、ドッペルぅ……」
走り疲れて息を切らしてるテオは懸命に言葉を紡いだ。
テオを脇に抱えて走ってるゼルエルは余裕そうな表情だ。
「いや、倒せない事も無いんだけどさ。あいつライトボールとダークボール併用してるから影が安定しなくてさ〜」
二人を追いかける亀は先程から光の玉と黒紫の玉を交互に作り出している。光の玉は周囲を眩く照らし、黒紫の玉は逆に暗くする。ダメージは無いのだが……
「影魔法って他の魔法に比べて攻撃技少ないんだよね……それでも攻撃技あるしやろうと思えばアレ倒せるけどさ。影の濃さによって威力変わるんだよね。あんだけ周囲の明かり変えられるとさー……見せた事ないのに対策された気分だ」
「……ひはダメなの?」
「俺は炎属性の魔法適正はかなり低いからなぁ……」
「そんな……じゃあ」
「いや、魔法なくてもなんとかできるけどさ……あっぶね!」
「うぁっ!?」
テオを抱えた方に亀の頭がすっ飛んできた。
紙一重で頭を躱す、頭は前方の木に食らいつき続くように体も吹っ飛んできて衝撃を撒き散らす。
「あいつさっきからテオばっか狙ってるんだよ。多分テオが一番狙いやすい獲物だって思ってんだろうな。俺があいつに突っ込んでる時にテオに頭飛んできたら困る」
「それは……じゃあどうするのぉ……?」
「……仕方無い、仕方無いよなぁ」
亀の魔獣を見るともう伸ばした首を収納して光の玉を形成している。また追いかけてくるだろう。
ゼルエルは空いてる手で頭の上のカエルを鷲掴みにする、顔の目の前に持ってきて目を合わせながら
「ごめんスーさん、今回は頼む」
そう言った。




