14 糸の町『コルティオ』
「世話になった」
「仕事だからな。嬢ちゃんも元気でな」
「うん、バイバイ」
日が昇ってすぐの頃、ゼルエル達は宿の店主に別れを告げその場を後にした。向かうはコルティオの西門である。
テオはゼルエルの手を繋いでおり、スーはコートのポケットから顔を出している。
ちらほらと人がいるものの昼や夜に比べ朝のコルティオはとても静かだ。そんな静かなコルティオの町を歩きながらテオは寂しそうに言う。
「……おみせやってないね」
「あぁ、こんな朝早くにこの町に出るとこんなに静かなんだな。……それでもテオ、もうこの町には来ないから目に焼き付けとけ」
「え?……やくの?」
「忘れないようにしっかり覚えとけってこった」
「……うん」
テオはぎゅっと強く手を握ってゼルエルの隣に寄り添い町の風景を記憶に残すようにキョロキョロと周囲を見回し始める。
二人共何も喋らずに歩いていると町を囲んでいる糸壁が見えてきた。
「ペルティエさんたち……いるかな?」
「さぁな……いつも暇そうだし来てくれるんじゃ無いか?……勝手なイメージだがメルドは朝弱そうだから居ないかもしれないが……寂しいか?」
「……うん」
「そっか……」
そうこう言っていると遠くに町の入り口の一つ、西門が見えてきた。だが様子がおかしい、何故か西門付近だけやけに騒がしいのだ。
「なんだ?町中に比べてやけに人が多い……」
「ェェェェェェエエエンァッ!!!」
「な、なに!?」
「超獣でも出たか?」
ゼルエル達は人だかりと訳の分からない声のする方へ向かった。
そこで目にしたものは糸壁にへばり付いて離れられない巨大な緑の猪と、それを殺そうと武器を持っている蜘蛛人の男衆であった。
「クッソ!こいつ硬ぇ!並みの槍じゃ折れちまうよ!?」
「ンェア!ンェェェェヒヒス!!ハッハッ!!」
「猪っぽくない色と声しやがって!てめぇら今日の晩メシは猪肉だ!どうせ糸で動けねぇからで力任せに狩れ!」
「「「ウィッスッ!!!」」」
男衆はそれぞれ持ってる武器でへばり付いてる緑猪を襲う。それを見てる周囲の人達は男衆を応援していた。
緑猪は男衆の突き出す武器を硬い体で弾きながら糸壁からの脱出を試みようと暴れている。
ゼルエル達は少し遠いところでそれを眺めていると隣に男が立っていた。
「ありゃ硬毛猪だな」
「お、メルド」
「よぅ兄ちゃん、すこぶる眠いが足運んでやったぜ?」
片手をひらひらとさせ大きく口を開けて欠伸をするメルド、本当に眠そうである。
「しかしここの外壁はすげぇな、あんなの暴れて壊れないなんてな」
「超獣魔獣の溢れる森に囲まれて平和で居られるのはアレのおかげだからな。ご先祖と維持してる奴ら様々よ」
「ふぅん……ところでペルティエさんは?」
「後ろ」
「え?」
メルドに言われて後ろを向くとテオを抱きかかえたペルティエがグルグル回っている。
「テオちゃぁぁぁぁん!!」
「うあー」
テオは抵抗せずに体を預けている、若干苦しそうだ。
「ペルティエさん、あの、テオ苦しそうなんで……」
「テオちゃん!テオちゃん!」
「うえー」
「おら、早く離せ」
「あぁテオちゃん!」
メルドに力尽くで止められテオを離すペルティエ。テオはふらふらとゼルエルの方に倒れ込んでくる。
「ったく、これから外に出る子供に無駄な体力使わせるんじゃねぇよ」
「テオ大丈夫か?」
「めが……まわるぅ」
ゼルエルに抱きつきながらテオはゆっくり立ち上がる。あたふたとしてるペルティエをほっといてメルドは腰にかけている袋の中から小さい布の束を取り出した。
「ほら、メシ奢ってくれた礼と、嬢ちゃんの靴が長く使えるようにな。アクアウルフの皮でできてる、靴が汚れたらこれで拭くといい。」
「いいのか?」
「気にすんなこれくらいなら……メシ代より安いし」
「てめぇこのやろ!……はぁ、ありがとよ。……お?」
突如緑猪の方から大きな歓声が湧き上がる。どうやら硬毛猪を仕留めたらしい。周りには折れた武器の残骸が落ちてる。
「……ククッ。今日は美味い猪肉が食えるみたいだが?」
「みたいだな。……勿体無いけど俺達はもう行くよ。また来る」
「そうしろ。ほら、ペルティエ!」
わたわたとしてるペルティエの頭をメルドは平手で叩く。
「いったい!……分かったわよ……」
ペルティエは一呼吸入れて落ち着いてからしゃがみテオを抱きしめた。さっきのぶん回しとは違うちゃんとした抱擁である。
「ペルティエさん……?」
「テオちゃん……それにゼルエルさんも、元気でね?短い間だったけど娘ができたみたいで楽しかったわ……またいらっしゃい……」
「……うん…………うんっ……!」
強く抱きしめるペルティエをテオも抱きしめた。
あまり人から愛を貰えてこなかったテオだ。一週間の、しかも少ししか会っていない人達でも温かい言葉は初めて……もしくは久しぶりなのかもしれない。
テオは目から涙を零して震えている。
「……そういやあの玉付きカエルはどーしたよ?」
「ゲロ」
「おぉポケットの中に居たのか……何の超獣か魔獣か分からねぇがせっかく綺麗な玉背中につけてんだ。皮多く渡しといてやるから嬢ちゃんにでも拭いてもらうんだな」
「グェ」
「……テオ、そろそろ」
「……うん」
ゆっくりとペルティエから離れたテオはゼルエルの隣に戻る。右手でゼルエルの手を掴み、涙ながらに笑顔を向けた。
「ペルティエさん!メルドさん!……バイバイ」
「二人共、またな」
「ゲロ」
「あぁ、またな」
「二人共また来てね!絶対よ!?」
「うん!」
別れを告げてゼルエルとテオは二人に背を向けて歩く。硬毛猪の件で騒がしい連中の横を通りすぎ西門に向かった。
西門には硬毛猪の方を見てる見張りが突っ立っていた。
「……ん?貴方達、町を出るのですか?」
「あぁ」
「そうですか。……買い物は済ませたようですね、良い服と靴だ。それさえあればきっと問題無いでしょう!良い旅を!」
「世話になった」
「……バイバイ」
見張りと軽く言葉を交わして西門を出る。門の外は整備された道、奥は山と森が広がっている。
「……ゼル、スーさん」
「ん?」
「グァ?」
まだ若干寂しそうな顔のテオだが視線は遠く、目を輝かして先を見つめている。
「なんかね、へんなの……。ペルティエさんたちとおわかれして……さみしいのに、たのしみなの」
握った手をさらに強く握るテオ。
ゼルエルはスーさんをポケットから出して自分の頭に載せて言う。
「旅ってのは出会いと別れだ。会ったことの無い人や見たことない町、自分の知らないものに触れる嬉しさやそれらと別れる悲しさ。辛い事もあるけど……それ以上にワクワクするもんなんだよ」
「ゲロ」
「テオ、メルド達との別れは悲しいかもしれないけどな、どうせ生きてればまた会えるぞ?」
「そう……だね、そうだね!」
「今は旅を楽しめ。お前は人一倍何も知らない事だらけだからな、きっと人一倍楽しいはずだ」
「ホント!?」
「あぁ、その代わり人一倍辛いけどな!」
「えぇ!」
「まぁお前が安心できるところに行けるまではスーさんが守ってくれるから安心しろ!」
「ゲロ……」
起きた頃にはまだ暗かったが、今はすっかり明るくなっていた。天気は快晴、風はまだ冷たい。
旅に馴れた少年とカエル、そして少年に拾われた旅経験ゼロの幼い少女は意気揚々と新しい旅へと出るのであった。




