12 糸の町『コルティオ』
コルティオに来て五日目の夜、ゼルエル達はメルド達の経営する靴屋の扉の前にいた。
ゼルエルはガンガンと木の扉を強く叩いている。
「……もうねてる?」
「まだ陽沈んだばっかだし寝てるかよ。叩いてりゃ出るだろ?」
「……」
何度も何度もガンガン叩く、すると扉の奥からドタドタと走るような音が聞こえてきた。
「ちょっと!もう店閉めてるのわかんないの!?うるさいんだけど!!」
「ペルティエさんの声」
「その声!テオちゃん!?」
「ぐがっ!!」
テオの声を聞いた瞬間、中に居たペルティエが勢いよく扉を開く。開いた扉は目の前にいたゼルエルの顔面に直撃した。
ゼルエルは軽くよろめいているがそんな事知らないと言わんばかりにペルティエはテオを抱きしめた。
「テオちゃん久しぶりー!元気……してるみたいねぇ!……相変わらず硬いわねぇ、でもそれも魅力的よ?」
「ペルティエさん……くるしぃ…」
二本の腕で抱きしめられつつ四本の手でペタペタと顔や体を触られるテオはペシペシとペルティエの背中を叩いている。
「ぺ…ペルティエさん……」
「あら、ゼルエルさんどうしたの?ふらふらして……あ、服真っ黒じゃない!?そっちの方がいいわよ!」
現在ゼルエルが着用してる服は黒いシャツに青い上着、下は茶色のズボンである。テオと店員に選んでもらった服でありテオが「着てほしい」と言うので試しに着てみたのだ。服に無頓着だったゼルエルは少し緊張している。
「うん、……やっぱ真っ黒はダメよ真っ黒は。色を付けなきゃ、色男だけに」
「何言ってるんだ……それで、明日は食料品を買ったり荷物の整理に時間をとるので今日中に挨拶でも……」
「えーもう行くの!?」
「くるじぃ〜……」
店の前で騒ぐ三人、すると店の奥からのっそりと男が現れた。
「……んだよペルティエうるっせぇな……目が覚めちまったじゃねぇか……」
「あ、メルド!」
「本当に寝てたのかよ……じゃなくて、よぅメルド」
「お?おぅ兄ちゃんと嬢ちゃんじゃねぇか?どうした、もう町を出るのか?」
「まぁ、そんなところだ。だから挨拶にな」
「そうか……ま、こんなとこで話すのもなんだ、陽も沈んだみてぇだしどっかで食いながら話そう。ペルティエ。外出るぞ、準備しろ」
メルドはだぼっとした服に手を突っ込み腹をボリボリ掻きながら怠そうに部屋の奥へと歩きだす。
「うん分かった!テオちゃん待っててね?」
テオを離したペルティエはパタパタと奥に走って行く。
ふと、メルドは足を止めて振り向く。チラッとテオが履いた靴を見てニッと笑う。
「嬢ちゃん、なかなかさまになってんじゃねぇか?」
「うん、ありがと!メルドさん!」
「それにちょっと明るくなったな。その方がいいぜ?……あ、おいペルティエ!金はいらねぇぞ!」
「いるだろ!もう奢らねぇからな!?」
ゼルエルの突っ込みを無視してメルドは外に出る準備をするために店の奥へと入っていった。
☆☆
「テオちゃん、ここの鹿肉のタレ焼き、すっごいおいしいよ?」
「そうなの?……じゃあそれたべたい」
「大丈夫!もう頼んであるから!」
今いる場所はメルドが紹介してくれた定食屋である。
「メシの美味い店に連れていってやる」と言われるがままについて行ったのがこの店であり、糸壁の目の前にある。人が多く結構繁盛しているようだ。
「ちょうど二人を見つけた時もこの店で食った後でな……」
「ちょっとまて、メルドが俺達と会った時は晩飯には早すぎるだろ」
「いやぁ退屈だったもんでな」
「ホントなんであんたらの店潰れてねぇんだ……」
話を聞いてますます店の心配をするゼルエルにけらけらと笑うメルド、テオとペルティエはメニューを見ながら話し合っている。ちなみに料理は既に頼み終えて各自の飲み物はもう揃っている。
メルドは頼んだ酒をかっ喰らいながらゼルエルに話を振った。
「っかー!ウメ!……で、兄ちゃん。これから何処に行くんだよ?」
「西らへんにフラッと……もしかしたら噂に聞く黄金龍が見れるかもしれねぇしな」
「あ?兄ちゃん黄金龍見にここまで来たのか?鱗か毛でも拾うつもりか?」
「ま、合ったら拾うけどそういうんじゃなくてな、興味があるだけだ」
黄金龍とは神獣の一匹である。
体が長く山一つ程の巨体で全身に黄金色の鱗を纏っており背中と尻尾には光輝く毛が生えている。普段はとてつもない早さで世界中を飛び回っており飛行中の黄金龍を肉眼で確認する事は不可能とされる。ただ黄金龍の通った場所には黄金色の一本筋が伸びていて、その下の地面や海の上などには稀に鱗か毛が落ちており、鱗は非常に硬く魔法に耐性を持つため防具に利用され、毛は抜けてなお美しく輝き続けるため国のオークションなどで貴族連中に高値の売られたりしている。
そんな黄金龍、普通ならばお目にかかれないのだが、数年に一度、秋月の中旬になるとこの付近の山の上に長い体を巻きつけ佇む姿を目撃される事がある。山の上に鎮座する黄金龍がいる間、その付近の山はたとえ夜でも明るく照らされるという。学者などは「飛ぶのをやめて休憩している」「ここら一帯には神聖な力が宿っているのでは?」などの仮説を立てているようだが詳しい理由は解明されていない。どの年にどの山に鎮座するか確証が無いため研究が進まないのだとか。
「いつ来るかも分からねぇぞ?今年はいねぇかもしれねぇし」
「そんときゃそん時よ。たまたま前の町で聞いたんだよ。”あと三十日後この町の近くに黄金龍が現れる”って言うからさ、仮に嘘情報でもそれはそれでいいかなー、見れたら凄い程度の気持ちで来たわけよ?この町に一週間いたのはあと二日で三十日目だからだよ」
「はーそんな話がな……俺ぁ聞いたことねぇぞそんなの」
黄金龍について語るゼルエルとメルド、その話に割り込むようにテオとペルティエが会話に混ざってきた。
「でも黄金龍ってもう十年は山に巻き付いて無いのよねぇ?しかもその時もこっから結構離れてたし!私一度も見た事無いよー!」
「そーなの?」
「俺はガキの頃一回だけ見たことあるな、黄金龍って山に巻き付いても一時間くらいしか居ないらしいからある意味奇跡だったのかもなぁ」
「ほぉ〜……黄金龍って実物どんなんだった?」
「売れそう」
「…………」
口は笑っているが死んだ魚のような目をして言うメルド、ペルティエはケラケラと笑っている。靴屋の売り上げが本気で心配になる。
しばらくすると店の店員が料理を持って来た。テーブルの上に並ぶものを見てテオは目を輝かせている。
ゼルエルがそれぞれの料理を取り分けていると、メルドがまた話し始めた。
「黄金龍はいいや……。西に行くのはいいがよ、南西の山をいくつか越えた先の”ラヴィホティル”って国は行かねぇ方が良いぜ?」
メルドの前に分けた料理を置いたゼルエルは不思議そうに聞いた。
「なんだよそこ、戦争でもやってんのか?」
「いや、あそこはなんつーか、キモい」
「キモい?なんだそりゃ?」
「あー……うん、私も行かない方が良いかなって思うかな〜?」
ペルティエの言葉の意味が分からないゼルエルにメルドが説明を始める。
「”ラヴィホティル”ってのはこの国に隣接してる小国の一つだ。別名”愛の国”、……まぁそこにいる奴等が自称してるんだがよ。仕事でな、一回だけペルティエと行ったんだよ。たった三日だけ……いや三日で逃げて来たっつった方が良いな」
「人種の習慣が蜘蛛人と合わないとかそんな感じか?」
「あー……えっと、そういうんじゃねぇし人種の差別とかはねぇ、……ねぇんだがな……」
「ラヴィホティルはね、”愛の無い者”への差別が凄まじいのよ……」
「愛の無い者?」
「夫婦とか家族とか恋人とかいる人達にはすこぶる優しいんだけど独り身とかただチームを組んでる冒険者とかには全然優しくなくてね……」
「あぁ、冒険者からの悪評が酷いのか」
「いや、それもあるんだがな……まぁ兄ちゃん達はそこに行かないに越した事はねぇよ……」
「俺、世界を見て回りたいから旅人やってるわけで、そこまで言われると興味が……」
「ダメ!絶対ダメ!」
「ペルティエさん?」
にやけながら言うゼルエルにペルティエは顔を青くしながら言う。周りをチラチラ見ながらもぐもぐ食べていたテオは手を止めて心配にそうにペルティエを見る。
「ペルティエさん……?」
「あ、ゴメンねテオちゃん?……でも本当にあそこはやめて、ゼルエルさんだけならともかくテオちゃんの教育上よろしくない」
「行くなら北西に進んだ小国”エルブフ”に行くのを進める」
真顔で詰める二人。
「進めるもなにも俺地図持たない主義でなぁ……」
「よくそんなんで旅人やってんな……嬢ちゃんをどっか安全な町に置くにしてもだ、ラヴィホティルにゃ孤児院なんかねぇぞ?」
「そうよ、そんなものあるわけ無いわ!ていうかあそこにテオちゃんを置いてくのは許さないわよ!?」
「えぇ……そんなひでぇのかそこ」
「嬢ちゃんを安心させるためにも早く孤児院を見つけてやるのが先決なんじゃねぇのか?」
「そ…それはそうだが…」
ゼルエルは考える。
確かに自分は趣味で旅をしている、だがテオはそうでは無い。これから他の国に行くのにはこの町にはばしゃがないため歩かなければならない。超獣や魔獣のウロつく山や森などを越えて行くのにゼルエルやスーならば馴れているので心配は無い。
だがテオは違う。いくら体が硬くて丈夫でもテオは子供なのだ。旅をするに必要な知識も無ければ獣に襲われて対処する事もできない。
そんなテオを自分の趣味で長々と旅に付き合わせるのはさすがにダメだろうと、そう思ったのだ。だが……
「ゼル」
「……ん?どうしたテオ」
「……わたしは」
不安そうに自分の両手をさすり、下を向くテオ。
三人がテオの次の発言を待っていると、決心したようにゼルエルの目を見て言う。
「わたしは、ゼルがいきたいとこ…いけばいいとおもう。わたしもいろんなもの、みたい」
「えっと……」
「ゼルのじゃましないから、ゼルのいきたいとこ……いきたい……。きっとたのしいから……だから……」
ゼルエルに拾われてたった約六日、彼女にとってこの六日間は今までに無い体験の連続だったのだ。町を見て回り、買い物をして美味しいものを食べ、宿の布団で寝るなど、およそ普通な事が彼女には全てが新鮮な出来事であった。
きっとゼルエルの行く所はきっと楽しい場所なのだろうと、もっと色々見たいと、そう思っているのだ。
だがそれと同じくらい迷惑をかけたく無いと思い込んでいる部分がある。ここまで優しくしてくれたゼルエルが自分のために無理をしてほしくないと。
若干涙目になりながら見つめるテオに、ゼルエルは軽く笑いながらテオの頭を撫でる。
「テオ、俺は地図とか持たないから長い旅になると思う。凄い疲れるし怖い事もあると思う。……本当なら冒険者の人達に依頼でもして頼めば安全なんだろうけど。どうする?辛くても大丈夫か?」
「……うん、ゼルとスーさんいるから」
「そっか……テオがこういってるし取り敢えず適当に西に向かうよ。後の事は後で考えるさ」
テオの頭から手を離してメルド達の方を向き笑いながらそう言うゼルエル。ペルティエは不満そうな顔をしている、メルドが大きく溜息をついた。
「……もしも」
「ん?」
「もしも仮にラヴィホティルに入っちまったなら……嬢ちゃんと年の差の恋人同士って設定でいけ、絶対に」
「八歳の子と恋人同士って…ホントその町なんなんだ……まぁいいや、心配してくれてありがとな。ほら、メシが冷めるから食っちまおうぜ?」
「あぁ、すまねぇな……おらペルティエ、食うぞ」
「むーわかったわよ!」
「テオも、沢山食えよ?」
「うん!」




