表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

どうしてキスしたいんだろう? 「二人きり ~Time only of two people~」おまけエピソードその① 

作者: 孤独堂

こちらは「二人きり ~Time only of two people~」がアクセス数で1万超えた事への読んで下さった方々への感謝オマケ短編作品になります。

本編を読んでいない方でも、何となくは楽しめるかと思います。


 「だからさ、本当に若い頃のママはモテたんだよ」

 「知ってるよ。お母さん自分で言ってるし。今も偶にモテているみたいだよ」

 「えっ! そうなの?」

 テレビの方を向きながら、ポロッと娘の言った言葉に僕は内心驚いて、思わずキッチンに立つ圭子の後ろ姿に目を向けた。

 「そうなの?」

 思わず口をついて出る。

 「この前学校に行った時の事でしょ」

 言いながら圭子はこちらを振り返り、両方の手にはカップを持って、こちらのテーブルの方へと歩き出した。

 「担任がね。お母さん美人な方ですね。お姉さんかと思ったって」

 「お世辞よ。もう、お父さんは焼餅焼きなんだから。言わないでって言ったじゃない」

 「そうだっけ」

 娘はそう言うと、こちらを向いてペロッと舌を出して、またテレビの方に目を戻した。

 丸型の木製テーブルの娘の横に、妻・圭子は腰を降ろしながら、手に持っていたマグカップの一つを僕の前に置いた。

 「今も、モテるのか?」

 カップから立ち昇るコーヒーの湯気越しに、僕は圭子に尋ねた。

 「ん。嬉しい?今も妻がモテるの?自分の奥さんなんだよ」

 笑顔でサラッと返す。

 「え」

 僕が思わず言葉に詰まっている間に圭子は、「もう、だから余計な事言うから」とか言いながら、隣の娘の肩を軽く小突いて、娘と同じくテレビの方を向いた。

 圭子の横顔が見える。

 (今でもモテるのか…)

 そんな事を思いながら僕は、三十も後半に入った圭子の横顔をしんみりと眺めた。

 結婚して、子供が出来て、僕らは段々と歳をとって、大きくなった娘の前ではもう、甘えたり、不意に体に触れたりはしなくなってしまった。

 それが決して不満ではないのだけれども、最近圭子の顔や姿を見ていると、懐かしい昔を思い出すのは何故だろう?

 僕は横顔の先に、今日は何故か付き合い初めの頃の圭子を思い出していた。


 

 土曜の午後。季節は秋。

 いつも行く新舞子浜の前に横たわる海沿いの道に、ポツンと喫茶店がある。

 以前男友達と来た事を思い出して、その日は圭子を連れて来たのだ。

 窓側の席、生憎の曇り空で、松林の隙間のあちこちから見える海は、今日は灰色に見えた。

 店内はクロス貼りではなく、ダークウッドの木の板を横に並べた壁で、鈴木英人のシルクスクリーンのオープンカーの版画が飾られていた。

 音楽は音量低めで静かに、大滝詠一の曲が流れていた。

 僕らはテーブルの真ん中で、来る前に買って来たダヤンの500ピースのパズルを広げて、繋げ始めていた。

 頼んだドリンクは少し季節外れだけれど、二人ともブルーハワイ。

 パズルを濡らさない様に、二人とも少し離してテーブルの隅に置いていた。

 パズルに夢中になり圭子は口数が減り、僕らはいつしか沈黙の中でテーブルの真ん中を二人して見つめていた。

 まるで時間が止まった様な。

 「あ、これ」

 不意に圭子が声をあげる。

 時間がまた動き始めた様な錯覚。

 圭子の指が掴むパズルの1ピースが、それまで見つからずに空いていた空間を埋める。

 真剣な顔をしながらも楽しそうな圭子の顔に僕は思わず笑みをこぼす。

 「なーに?」

 そんな僕の表情の変化を目敏く見つけた圭子がこちらを向いて口を開く。

 「あっ!」

 その顔を見て今度は僕が口を開く。

 「なに?」

 先程とは違う。今度は意味が分らないと言った風な感じで圭子がまたも言う。

 「いや、圭子の舌」

 僕は自分の舌を出し、それを指差しながらそう言った。

 「ぷっ!」

 そんな僕を見ながら、圭子は噴出した。

 「分った! 浩ちゃんも同じ。舌が真っ青って事でしょ。ブルーハワイってこんなに青くなるんだ」

 圭子が僕の舌を見ながら少し感心した様に言うのを見ながら、僕は何か恥ずかしくなって、スルッと舌を仕舞った。

 「困ったな。これじゃキスがし辛い」

 「したかったの?」

 圭子の質問に僕は大きく頷いた。

 「はははは。馬鹿~」

 そんな僕を見て圭子は楽しそうに笑った。


 それから暫くして、パズルも完成すると僕らは喫茶店を出た。

 半キャップのヘルメットを圭子に渡し、店の入り口付近に停めて置いた原チャリに跨る。

 圭子は後ろに跨り、僕の腰に手を回す。

 僕はキーを回し、セルモーターのボタンを押す。

 エンジンが掛かり、車体がブルブルと振動で揺れる中、不意に頬に何かの感触を感じる。

 それは自分以外の人の温もり。圭子のキスだった。

 「これでいいでしょ」

 悪戯っ子の様な表情で、圭子が言った。



 妻・圭子は僕の前で、娘とテレビを見ながら何かヒソヒソ話をしていた。

 前に話した時もそうだったけど、きっと圭子はこんな思い出話も覚えてはいない。

 だから今でも、僕の方が圭子にぞっこんなんだと思ってしまう。

 (あ~、キスしたいな)

 なんて、僕の気持ちもきっと知らずに……




            おわり

 

読んで頂いて、有難うございます。

ブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 圭子さんが小悪魔的ですごく可愛い。 それからそんな可愛い奥さんにいつまでも魅力を感じているのになんとなく落ち着いてしまって、いろいろ考えているだけ、な浩一さんも可愛いんですけどね。 シーンが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ