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次幕「自覚と錯覚」


 命の危機を回避する為の代償なら安いモノ――そう簡単に割り切ることが出来たら楽なのにな。


「似合ってるじゃない。うん、どこも可笑しくないよ、うん」


 可笑しいこと無いなら、その顔はなんなんでしょう。


「……世界の一部になるのって痛いの?」

「だから別に、可笑しくないって――ぷっ」


 言いながら吹き出してるし。

 それにしても、十九になろうとしてる人間がこの格好って、すごく何ていうか痛ましいというか……。

 ジャンルで言うとゴスロリかな。不必要にも程がある量のフリル付いてるし。極め付けには頭にフリッフリのカチューシャ的なのも付いてる。完璧にコスプレだ、コレ。


「ふう――ともかく、馬子にも衣装よ。先ずは形からでも魔法少女に徹していかなきゃね」

「あの契約って反故には出来ないの?」


 反故にした途端、私は死ぬことになるんだろうけど。


「死んだ方がマシってさ、私には分かんない考えなんだよね。人って良くその言葉を使うけど、死ぬってことは無に帰すことを意味してるんだよ? 何も無くなるのって、すごく怖いことじゃない?」


 本気じゃないよ、私だって。

 けど、こうしてグズればこんな格好でいなくても良い、と言ってくれるんじゃないか。そう思っただけだよ。


「分かってる。分かってるけど……生き恥、なんて言葉だってあるんだよ」

「もう、しょうがないな――」


 そう言うと、女の子はまた指を鳴らす。

 すると、停止した白黒の世界が一瞬、七色の光に包まれた。


「これでどう?」


 次に目を開けると、私は黒いローブに包まれていた。

 視界上部にチラつく黒いツバ。恐らくは魔女がよくかぶってる、あの“お決まり”の大きな帽子だろう。


「ベースの服はあなたの物だし、ローブと帽子くらいは我慢してよ?」


 うん。確かにさっきと比べたら大分マシだよね。


「ありがとう――て言うのも、少し違うかな」

「良いんだよ。そこは素直に“ありがとう”で良いの」


 見た目は小さいけど、私なんかよりもずっとお姉さんぽいな。


「それで、私はどうすれば良いの?」

「どうもこうもないよ。取り敢えずはあなた自身が生き延びる為にどうすれば良いのかを考えなきゃね」


 そうだった。色々とあり過ぎて失念しちゃってたけど、私は麻耶さんに殺されそうになったんだった。


「でも、どうして麻耶さんは――」

「マナ、そろそろホントに時間停止が終わっちゃうから良く聞いてね。あなたの魔法の性質は“光”よ。魔法を使うときは常に光を意識して。良い?」


 えっ――白黒の世界が次第に色を取り戻し始める。

 これって時間が動き出すってこと?


「あ、あなたの名前は――」

「私はレイン。研修期間中はずっと一緒にいてあげるから、心配しないで――」


 レインの声が路地に響いた瞬間、世界は完全に色を取り戻した。


「魔法、使わなきゃ――」


 咄嗟に動き出した麻耶さんの動きに合わせ、取り敢えず私も離れるように後退する――けど、それが誤りだった。


「きゃっ」


 何かに足を取られ、私は盛大に尻餅を着いてしまった。


「あ、ああ……どうしよ」


 お尻の痛みを堪えて顔を上げると、ゆっくりと歩み寄ってくる麻耶さんが見えた。

 暗がりの中、近づいてくる麻耶さんの両目からは黒い煙のようなモノが僅かに湧き出て見える。そこにあるはずの眼球は見えず、まるで眼底まで窪んでいるかのような、そんな感じだ。

 怖い、恐い――麻耶さん、いったいどうしたの?

 いつもの優しくて頼り甲斐のある素敵な麻耶さんは、いったいどこに行ったんですか?


「いや……いやですよ、麻耶さん」


 冷たい地面の感覚が否応なしに自覚させてくる。これは紛れもない現実で、夢幻の類ではないのだと。




  * * *



 ハッキリとは覚えていないけど、あれは確か私が四歳の頃のこと。

 父と母は「すぐ帰ってくるから」と言って、家を出て行った。私は大好きだった魔法少女のビデオを見ながら、二人の帰りを待った。

 でも――窓の外が夕に染まっても、夜の静けさに染まっても、家の扉が開くことはなかった。

 お腹が空いてすごく眠くなって来た頃、電話が鳴った。


「マナちゃん、今日から私たちがお母さんとお父さんの代わりにマナちゃんの家族になるのよ」


 それから一週間が経った頃、一時的に祖母の家に預けられていた私を迎えに来たのは、見覚えのないお母さんとお父さんだった。

 その日から私は『夢野(ゆめの)愛』から『枕木(まくらぎ)愛』になった。

 新しいお母さんもお父さんも、すごく優しくて温かかった。でも、それが私には辛かった。

 だってその優しさは親から子への代物ではなく、他人の子供を愛でるような、そんな物に感じたから。イケないことをしても余り怒らなかったのは、私が本当の娘じゃないから。


「ねえ」


 だから私は“あの人たち”を呼ぶ時、そう言うようにした。最初に他人という線引きをしたのはあっちだったから。




 * * *




「マナ、マナっ」


 誰かが呼んでる。


「マナっ」


 目が覚めると、麻耶さんがいた。


「大丈夫? どこも怪我とかしてない?」


 いつもの麻耶さんだ。

 優しくて、温かい。まるで、お母さんのような雰囲気。


「お母、さん」


 だから、つい口から溢れてしまった言葉がそれだったんだ。


「ごめんね、お母さんじゃないけど、もう大丈夫だから」


 よく分かんない。

 私が死んじゃいそうになったのは麻耶さんの所為だったハズ。なのに、今はどうして麻耶さんの膝の上で眠ってるんだろう。

 もう、分かんない。

 あの小さな女の子は幻覚や錯覚だったのかな。私が魔法少女になったのも、あれは全部、夢だったのかな。


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