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パンドラの箱

心臓の音がバクバク煩い。


「だ、誰…この女…」


 そこに写っているのはウィルと女の写真。彼が第3者によって撮られた写真(もの)。二人して見つめ合い仲良く抱き合っているのは、私と似ていない長い髪。


どうして? 3日前の日付なの? この日は私の誕生日だったのよ。


どうして…ホテルの部屋の中なのよ。


なんでベッドの上に並んで座ってるのよ。



「う、うそ…でしょ?」


 何かの冗談だと思いたかった。トリックとか、たちの悪いアメリカンジョークだと。夢とかただのイマジネーションだとも。


だめだ…。何度も瞬きしても柔らかい彼女の頬に伝う涙が、カメラを持つ手の上に雫となって落ちてく。


 頭の中では、友達と冗談混じりで話していた内容がリフレインする。


《芽依ちゃん。気をつけなさいよ〜。奥さんが妊娠中に夫が浮気するってよく聞くからさ〜、妊娠中でも夫婦仲には気をつけなよ〜》


《え〜そんなことないよ〜。だってあのウィルだよ〜、浮気なんて出来ないよ〜。それに浮気って言ったら、普通はもっとかっこいい人なら分かるけど〜禿げだよハゲ! そんなのナイナ〜イ!》


 そう友達と笑い話ってたことが…まさか現実の事になるなんて…。頭を鈍器で殴られたようってこういう事を言うのね…カメラを持ったまま、その場に凍った様に立ち尽くしてた。


 よくテレビやドラマで、奥さんが妊娠中にご主人が浮気をして…と言う話をやるけど、まさか…。まさか、自分がそれをやられるなんて思っても見なかった。


 ショックで倒れそうになる芽依だったが、芽依を正気にさせるようにポコンとお腹を蹴った事で正気を取り戻した。


 どうしよう…。恥ずかしくてこんなこと、友達にも相談出来ないよ。格好悪いとかじゃなくて、浮気されてたなんて…。


 あんなに仲良かったのに…。


 この胸の張り裂けそうな想いをそのままカメラにぶつけようか? 壊してやりたい、でもそんな事をしたら、返って私が2人の思惑通りに狂った妻というレッテルを張られてしまう。


 そうなれば、お腹の赤ちゃんさえも取られてしまうかもしれない。


 嫌…そんなの絶えられない。


 それだけは、絶対に嫌。


 この子は、この子だけは私の子よ。ウィルは子供嫌い好きなんて言ってるけど、本当は嫌いなんだもん。


 例え、世界中を敵に回しても、この子は私だけの子供よ。



 ならどうすればいい?


 この時は、どうやって平常心を取り戻すのかに必死になってた。


 まさか…自分の夫に限って…。


 信じていた夫に裏切られたと言う想いと、女に盗られてしまったと言う想い。

よく小説とかで体中の血がサーと落ちるとか言うけど、まさにそんな感じ。

何とか正気を取り戻した麻衣子がやったのは、証拠を集める事。見たくはないが、このカメラの中にある画像を全てコピーして証拠品として保存しなければならない。


 ノートパソコンを開いた芽依は、まだ電源を入れていない真っ黒な画面に浮かび上がった自分の青白い顔を見て、寂しくほほ笑んだ。


「信じてたのに…」


 芽依の言葉は、ノートパソコンの起動音と重なって、音の泡となって消えて行く。

 

 コードをパソコンに繋げると、芽依は暫し目を閉じた。芽依自身、こういう事をすると言う事がどんな結果になるのかなんて、目に見えて分かっている。だけど、今は夫を…。


 ウィルを…彼を信じたい…。


 彼とやり直すために、これが必要なの。涙を堪えようとしても、止める事を知らない子供の様に芽依の両頬を幾筋もの涙が頬を伝う。カメラを持つ手が震えてしまって、上手くコードを繋げない。


 沈まれ


 落ち着け


 何度も深呼吸をして、カメラにコードを繋いだ。芽依はすぐさま、そのカメラの画像を自分のPCに移すと全て保存した。



 ご丁寧に、夫のウィルは画像に日付まで付けてくれてる。その画像の日付をカレンダーとチェックしてみると、全て週末に集中していた。


 怒りよりも、悲しみが芽依を襲う。なんて自分は馬鹿だったんだろう。ウィルが仕事に疲れていると言っていたからって、ウィルの希望もあり、彼をリラックスさせるために週末を1人で過ごさせてた自分に腹が立った。


 次々と保存されて行くウィルと女の画像。それを能面のような顔で眺めていた芽依は、画像を一つ一つチェックして行った。最後の画像になった時に、思わず両手で口を押さえると嗚咽混じりの涙声が漏れ出て行く。




最後の画像に写っていたのは、上半身裸の夫と女の姿。女はかろうじて服を着て入るが、その顔は上気していていかにも今まで(ベッドで)2人で楽しんでいましたと言わんばかり。



「な、なによ これ…」



 芽依は、夫への愛情ががたがたと音を立てて崩れて行くのを感じた。それでも夫は私の事を愛しているはずだ。私のお腹には2人の子供がいる。毎回の妊婦検診の時でも、夫は仕事を理由について行かなくなった。


 妊娠すると、旦那が浮気する確率が高いって聞くけど。それは他人事だとずっと思っていた。それがまさか、本当に自分の身に起こるなんて、誰が想像できただろう。震える手で口元を押さえ、急いでトイレへと駆け込んだ。胃の中の物を全て吐き出した。もう胃液しかでない。



『ただいま 芽依』



 憎らしいほどにいつもと同じ優しい笑顔で帰宅して来たウィルに、自分が見つけたことを悟られるわけにはいかないと、全神経をかき集めてほほ笑む。


『夕食は?』

『あなたの好きな肉料理よ』

『……あ、ああ…』


 夕食を囲んでも、一向に彼の箸は進まない。それはそうだ。この日ウィルはあの女と二人で昨夜と今日の昼食にステーキ料理を堪能して来たのだから。


『どうしたの?いつもと同じ量なんだけど?』

『…あ、ああ…』


『なあ、お腹の調子はどう?』

『昨日と同じで良好よ。どうして?』


いかにも彼女の体を労るかの様に振る舞う夫に、今更そんな優しい言葉をかけられても、芽依の頭にはあの画像がしっかりと焼き付いてはなれなかった。


『芽依? どうしたの? 食欲ないの?』


 ウィルに言われて、芽依は困ったかの様にほほ笑むだけ。それは芽依からウィルへのSOS。そんな事など分からないリックは、芽依の頭を撫でると、お腹の子供にも響くからちゃんと食べてくれよとため息混じりで言って来た。


 妊娠後期は、普通の妊婦でも精神的に不安定な時期。ほんの少しの事で泣いたり、怒ったりと大変。芽依だって例外ではなかった。


 本当ははらわたが煮えくり返るほど怒り心頭の芽依は、浮気の証拠を突きつけたい衝動に駆られてた。今はまだその時じゃない。そう自分に言い聞かせると怒りを鎮めた。


 ピクピクと震える頬に違和感を感じながら、今日も芽依は夫とあの女のフェイスブックをチェックする。

あの女のブログには、まるでウィルとは運命で結ばれた2人だと言い放っていた。妻から愛されていない可哀想な夫とその彼を支える健気な女として。読んでいるうちに怒りで指先が震えて来る。


 この夜中、自分を襲う腓返りの痛みに飛び起きた。助けを求めようと隣にいるはずのウィルを探しても、誰もいない。いないどころか、かなり前に寝室を出て行ったように冷たいシーツに芽依は涙した。

這う様にして階下に降りれば、夫は女とチャット中。これまで押さえていた苛立ちが爆発した。


『ウィル!!私はあなたの子供を身籠っているのに、なんで?なんで他の女と会ってるの?私を見てよ!!』

『芽依。君は疲れているんだよ。僕はただ単に仕事の話しをしているだけだ』

あくまでシラを通す夫に痺れを切らした彼女は、証拠は全て握っていることをぶちかました。


『だから?僕は僕でやっている。芽依、君のその中にいる子供だって本当に僕の子かどうかなんてわからないだろ?』


ー別に僕は子供を産んでくれなんて頼んだ覚えはないよー


 ウィルからため息混じりで言われた言葉にショックを受け、大粒の涙を流し始めた。ウィルは面倒臭そうに大きく溜め息を吐くと、ショックで泣いている芽依を抱きしめようともせず、さっさと自分の仕事部屋へと駆けて行った。



 この日の夜は、ウィルに言われた言葉に傷つき、眠れぬ夜を過ごした。

ウィルは眠れない彼女の事など心配するそぶりもせず、彼女の横で大イビキ。むくりと起きた芽依は彼の携帯を持って階下へ急いだ。

携帯はパンドラの箱だと言っていた人もいた。開けちゃいけないと思いつつも、真実を明るみにするため、そう自分に言い聞かせて携帯を開ける。


 チッ!


 生意気にロックしてる。今までこんなことなかったのに。やっぱり怪しい。あの小心者のウィルの事。彼の思いつきそうな暗唱番号くらいすぐに思いつくわ。


 ビンゴ!


一発目で暗証番号を解除。すぐ彼の携帯チェックをはじめた。


 よくドラマとか映画で妻が夫の携帯電話のメールをチェックするシーンがあるけど、その度に「ここまですることないでしょ」「信じてあげなよ」なんて思っていた。

 それは、他人事だから言える事。今となれば、夫の携帯電話のメールをチェックしている妻の気持ちが痛いほどよく分かる。



「!!」


 力なくその場にぺたりと座り込んだ。数時間前、目が腫れ上がるほど涙したのに、枯れることなく溢れては落ちてく。

米粒くらいは信じていたウィルへの信頼も愛情も潮が引く様に消えて行く。

「ふふふ…」おかしくないけど不自然にも溢れて来る笑いに自分でも驚いた。

携帯を持っていた手がだらりと下に落ちる。


「見なきゃ良かった…」


メールに書いてあった文字は、夫があの女にあてたメール。


《代利子。君の事を世界中で誰よりも一番に愛しているよ。また週末に逢おう》




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