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セカンドチャンスに懸けよう

「「「いただきます」」」



皆で両手を合わせて合掌をすると食べ始めた。

我が家では食べるのは和食が殆どだ。

食卓は明るい話題が上る。

そんな中、ウィルの携帯が鳴り響いた。

箸を手から落とした芽依は、びっくりしただけだからとそう自分に言い聞かせる様に笑いながら箸を拾った。


「芽依…」


『あ、ちょっとごめん。仕事の電話や』


ウィルが携帯を手にすると裏庭に出て行った。

明日から週末だから、あの女が電話して来たんだ。

普通、電話して来る?

そんな図太い神経の持ち主が、優しい女?

笑わせるわ。

とんだ優しい女だわね。


庭に出ていたウィルが家の中に入って来ると、いそいそと出かける用意をし始めた。


「ウィル!何処に行くの?!」


『彼女(girlfriend)に逢いに行くんだ』


「ウィル!!」


「ウィル。何処に行くんだ?」


さすがに舅である芽依の父親に言われれば、ウィルも立場なく立ち止まるしかない。

小さく舌打ちをすると苛立ちを露にした表情で、キッチンから自分を見ている芽依の顔を睨んで来た。


「友達のところに行くんです」


しれっとシラを切るウィルに、芽依の父親はその友達をここに連れて来なさいと言い出した。


「お、お父さん…?」


父親の物言いに驚いた芽依。


「それとも、芽依の父親である私にも紹介出来ないような疾しい友達なのか?」

「ち、違いますよ。ただの友達ですよ」

「だったら、ここに連れてくれば良い。私も君の舅として君のお友達にも挨拶しないとね」

「……」


 芽依の父の言葉に糾弾されながらも、ウィルは仕事の友達だから逢っても面白い事など何にもないからと告げると、荒々しく玄関の扉を閉めた。

車を急発進させる音が響くと、芽依は居たたまれず両手で顔を覆うと泣き出した。


「まさか、ここまで酷いとは思ってもいなかったが…」


床に座り込む芽依の手を取るとゆっくり立たせた。

あの大人しかった好青年の婿が、こんな男になるとは思っても見なかった。


「もし、悪魔がいるとすればあの男のような事を言うんだろうな。麻衣子、本当にこれからどうするんだ?」


まだ泣いている芽依は、わからないと首を横に振るばかり。


「離婚を考えるのなら、子供が産まれる前にこの国から出た方がいい。旅行と言って出てみて、他の国で生むと言う選択もあるぞ」


大きく見開いた芽依の瞳から、涙がボロボロ溢れだす。


「お父さん!」


芽依は父親の言葉に驚いて顔を上げた。

光なら、何処までも自分の事を応援してくれると思っていたのに。

どうして、離婚の事を言って来るのか分からない。


「考えても見ろ、ウィルは1人息子なんだぞ。いくらあちらのご両親がお前の事を気に入っていても、最後には息子のウィルをかばうのは火を見るよりも明らかだ。もしそうなったら、芽依お前は耐えれるか? お前の事だ。私にも話していないような事が山ほどあるはずだろう。良い機会だ全て父さんに話して見なさい」


「お、お父さぁ…」


この日、夜空が白み始めるまで父に話を聞いてもらった。

何度も言葉に詰まらせながらも。

それでも父は、芽依をせかせる事なく、優しく背中をさすってくれた。

今、ウィルの両親達が自分の味方になってくれて、ウィルを説得してくれてる事も。


「わ、わた、私ね…ほ、ほか、他の人たち…よ、よりも。し、しあ、幸せなんだ…お、思うの。こ、んなに、あ、あちらの両親に…あ、愛されてる、嫁なんていないよね…」


「…そうだな…じゃあ、何でお前は泣いてるんだ? 芽依」


子供の様に嗚咽混じりに泣きながら言葉をなんとか発してる芽依。その時の父親がどんな表情で泣きじゃくる娘の背中を摩っていたのか。それはこれから先に起こりうる未来を心配していた。


「芽依…お前が幸せなら父さんは何も言わん…だが、これではあんまりだ。やってることがえげつなさすぎだ」


父親の小さな呟きは、家の中に飾られている2人の結婚写真の中に吸い込まれて行った。

携帯電話が鳴りだすと、芽依の肩がビクンと震えた。


「も、もしもし?」


《芽依ちゃん? あんたどうしたの。そんな元気のない声を出して。全く、この間から携帯に何度も電話したのよ。なのに全然でないんだもの。心配したのよ》


「な、なんだ…恵子さんか…ううっ…」


そうだった、あの女が私の携帯電話の番号なんて知る訳ないじゃないの。

バカみたい…。

怯えて。

私があの人の妻なのに。


《何? その言い草。 芽依ちゃん?あんた泣いてんの?どうしたの?》


ほっとした途端、芽依はわぁっと泣き出した。

父からは、そんなに体重が落ちて胎児に影響が出ないとは限らないんだぞと言われ、自分はやはり母親になることさえも、無理なのかも。そんな負の感情に引きずられてく。



気が狂わない方がおかしいくらいだ。

嗚咽が止まらず、幼子の様に泣きじゃくって言葉にならない。

何度も父親から「代わりに説明しようか?」と言われたが、その度に激しく頭を振った。

まだ長女として、母親になると言う強さを内に秘めた芽依の姿に、父親は俯きながらも目頭を熱くさせる。


「け、恵子さん…ウィルが…ウィルが…」


《婿ちゃんがどうしたの? あんなにいい婿ちゃんは何処探してもいないんだからね》


恵子の言葉に、次の言葉を飲み込んでしまった。

深く呼吸をすると、辿々しい口調で恵子に夫ウィルの不貞を話し始めた。


《!!……》


長い沈黙の後、何を言われるのかとビクビクしていたが、恵子さんの口から出て来た言葉は、芽依が思っていたのとは反対のものだった。


《芽依ちゃん…あんた…何でもっと早く私達に言わなかったの…》


「だって…私さえ我慢すれば…、幸せになれるって思ってたんだもん」


《待ってなさい。ベンさんと一緒にすぐにそっちに行くから》


「え? ベンさんもいるの?」


《丁度、お野菜を持って来てくれたのよ。芽依ちゃんのところにもお裾分けしようと思ってね、電話したの。今から家を出るからそうね…20分くらいでそっちに着くわ》


話終えた芽依は、涙でぬれた頬をタオルで拭いていた。

来客がくるんだから、こんな泣き顔で逢う訳には行かない。

化粧をすれば、もう泣けないんだから。

芽依は急いで二階に駆け上がると、化粧をし始めた。


父親はその間に食器の後片付けをすると、庭へと出て行った。

この家の庭は、ウィルが手塩をかけて育てたバナナの木がジャングルの様に多い茂ってる。

父は若いのに、庭いじりが大好きだと言っていたウィルとは話が合った。

自分も小さな盆栽や、鉢植えの植物の面倒を見ているから、彼の心根がどれだけ優しいのかが、この庭を見るだけでよく分かる。

分かるからこそ、悔しく思う。

爪痕が着くくらいにキツく拳を作った手を、いつの間にか庭に出て来た芽依の手が包んでいた。


「お父さん。暑くなるから、家の中に入ろう。日射病になっちゃうよ」


「ああ…」


「それにね、私の友達が来てくれるの。お父さんと同じ年くらいの人達なんだよ」


「恵子さんって言ってね、私にはお母さんみたいな存在の人なの。彼女のお友達で日系人のベンさんは野菜作りの名人なの」


嬉しそうに話してくる芽依の笑顔に光も、ほっと一安心した。


「父さん、私ちょっとウィルと話したいから…「判った、お前達二人でとことん話し合った方がいい」

光が席を立つとウィルを一瞥した。

光の顔は笑っているが目の奥は冷たい光が宿っていたる。ウィルはいつものように微笑み返した。

光が二階の自分の部屋のドアを閉めたのを聞いたと同時に、芽依は一通の手紙をウィルに差し出した。


『これは…』

『あなたが出した離婚届の証明なんですって。ウィルあなたは一体どう言うつもりでこれを出したの?』

『俺は…』

『ウィルは私と別れたい? だからこれを出したんだよね?』


疲れきったのか、芽依の口調はいつものよりも穏やかだ。

笑顔まで出して来る。

それが更にウィルを慌てさせた。


『……』


段々と顔色が悪くなって来るウィルを見ながら、芽依は言葉を続ける。


『ねえ、知ってる? 離婚ってね、この紙を出しただけでは出来ないんだって。あなたは離婚をしたい。でも私は厭だった』

『……』

『これじゃあいつまで経っても話し合いは平行線よね? でもね、もう私疲れちゃったのよ。何もかも。なら、方法は一つだけよね』

『め、芽依?お前何を言い出すんだ』

『だから決めたの私が弁護士を雇って離婚を勧めるわ』


冷静沈着で笑顔まで見せてる芽依とは正反対にウィルは、額から顳かみから吹き出す汗を滲ませている。

あらやだ。テラテラと光るガマガエルみたいだわ。


『別れたいんでしょ? 私と。 いいよ別れてあげる。でも子供の親権は私が貰うわ! あんたになんか絶対に渡さない!』

『!!』


言いたいことは言ったとばかりに踵を返す芽依は、さっさと掃除をし始める。

自分の思う様にことが運んでいるはずなのに、いきなりの芽依の言葉に驚いたウィルは慌てふためくと彼女を抱きしめた。


『め、芽依!! 別れないでくれ!! オレはお前の事を愛しているんだ』

『は?何よ今更。悪いけど、今までのあなたの事を見る限り、愛してると言われてもね〜無理よ』


放してと冷たく言われても、ウィルは彼女の両腕を掴んだまま放さない。


『努力する! 信じてくれ俺には君しかいないんだ!』

『努力? どこが? あんたが努力してんのは、代利子にフラレナイためにセッセといい格好して貢ぐ事だけでしょう?それなら私はいらないんじゃん』


これじゃあ埒が開かないとばかりに母親に電話をかけた。もちろん自分の味方になるだろうって算段なのだろうが…。

『もしもし、母さんからも何とか芽依に考え直すように言ってくれよ!』

助けを求めたウィルだったが、電話の向こうの義母はふがいない息子にとどめをさした。


『ウィル。あんたって子は、何てことをしてくれたのよ! あんたは芽依の愛情に胡座をかいていたのよ。これがアメリカ人女性だったら、浮気が分かった時点で家の鍵を全て取り替えられて、家にあんたが帰って来るなり、警察に通報されるわね。芽依がそうしなかったのはあんたをまだ愛していたからなのよ。全く、バカなところは本当、あの忌々しい男にそっくりだわ。親子して同じ事して妻を泣かせるなんて、恥を知りなさい恥を!』


義母の声はただでさえ大きい。もちろん受話器から漏れる音量は義母の鼻息の荒さまで筒抜け。

 私の友人でアメリカ人の子達は、みな口を揃えて裁判所に言ってウィルを半径5メートル以内に入って来ない様に接近禁止命令を出そうかとまで言ってくれた。

そこまですることはないと芽依が言うと、彼女達は『ああいう男は一度,酷い目に遭わないと!』そう自分の事の様に怒ってくれてた。

ウィルがいなくても、私には彼女達のような友達もいるし、義母達もいる。

だから、もう少し頑張ろう。

自分の母親にここまで、ケチョンケチョンに言われたら幾らウィルだって改心してくれる。

だって、もうすぐこの子のお父さんになるんだもの。

そっとお腹に手を置くと、ポコンと蹴られた。

ほら、赤ちゃんだってパパの顔を見てみたいよね?


だが、彼女は自分の考えが甘かった事をこの後思い知らされる事になる。


やり直すチャンスをくれと言って来たウィル。芽依は少し戸惑ったがここまでこじれたのもウィルだけが悪いんじゃない。自分にも少なからず非はあるだろうと言うことで、セカンドチャンスをあげることに。

これが最後だから。


 ウィルが芽依のために予約してくれたレストラン。

そこは、結婚記念日や互いの誕生日になると必ず訪れる場所だ。

芽依が一番好きなピンクの小振りなバラを手渡され、芽依は今までの事が全て夢なんじゃないのかと思い始めた。


『芽依。行こうか』


『うん』


時折ウィルの携帯電話が光っていたけど、この日だけはウィルの手を離さなかった。


『芽依。離婚はしたくないんだ。オレがバカだった。全てが欲しいと思ってしまったから』


全てが欲しい(、、、、、、)

それって、今でもって言う事だよね?

これは今もこれからもってことだから、現在進行形って考えられるんだけど…。


『ウィル。今はそんな話をしたくないの。私はあなたに私とやり直すチャンスをあげたの。だから、分かってよ』


この夜は父が留守番をかってくれ、私達は久しぶりに夫婦水入らずで夜を過ごすことになった。

 乾杯と二人はほほ笑みながらも、グラスを傾けた。

2人ともワインは飲まない。

妊娠前までは、嗜む程度には口にしてたけど、芽依は妊娠中と言うこともあって、お酒は一切口にしない。

カフェインフリーのお茶を飲みながら、久々に夫婦らしい雰囲気を味わった。

ストローを使って飲んでいるのに、右側の口の端から少しお茶が零れだす。

何度もハンカチで口元を当てながらも、食事を続けた。

普段よりも小さくしか開かない口に、イライラした。

それなら、食べ物を普段食する時よりも小さく切れば良いだけのこと。

目の前に置かれたヒレ肉をサイコロ大に切ると、それをまた半分に切って食した。

店を出て、モールに行かないかと誘われた。

昔みたいに色々なブティックに入ると2人で洋服を見たりして、本当に昔に戻ったように思える。


『ウィル。私ちょっとおトイレに行って来るから、その辺で待ってて』


妊娠後期にもなると、母体の中の胎児の位置が下に下りて来るため、膀胱ば圧迫されすぐにトイレに行かないといけなくなる。

化粧室で手を洗っていると、鏡に映る自分に笑顔を見せたつもりだった。


カラン…


「う、うそ…な、何これ…、一体どう言う事なの?!」


芽依は自分の頬に手を這わせた右側だけ何も感じない。


「え?」


自分の手の暖かみもさえも。まるで蝋人形を触っているみたいに右側だけ冷たいのだ。

笑おうとすれば、右の口角だけがそのままで左が上がってる。

鏡の中の自分の姿にショックで震えていた。何とか平常心を取り戻そうとお腹に手をやるも。

今日は何故かお腹が固く感じられる。


−私は…大、丈夫。私は多分…大丈夫。私は…。


何度もそう自分に言い聞かせると、もう一度鏡を見た。

ゆっくりと笑顔を作ると,普通にだが笑顔が出来てる。


ー何だ…やっぱり気のせいだったのね。

ー一瞬、顔面麻痺になったのかって思っちゃった。


化粧室から出た芽依は店の敷地内でもウィルがいそうな庭園へと向かった。

やっぱりここだったんだ。ウィルはすぐに見つかった。

1人で自分を待ってくれていたウィルに、内心ホッとしながらも脅かしてやろうと思ってそっと近づいた芽依は歩みを止めた。


「……ああ。分かっているよ。妻とは別れるし、あいつもオレとは別れたいって言って来たんだ。やっぱりオレには君だけしかいないんだ。まあ、お袋達の手前だったからやり直すチャンスをくれって言ったけどさ。そんなのこっちがごめんだよ。何がセカンドチャンスをあげるだよ。上から目線でばっかりものを言って来るだけの傲慢な女なんてこっちから願い下げだ。代利子やっぱり君が一番さ。 もう少しの辛抱だよ分かってるくれるよね?愛しい人。ああ…早く君に会いたいよ。代利子…」


ウィルは、自分の足下から全てが崩れて行くのを感じた。


パチン


何かが切れた。

足下に水が滴り落ちる。

子連れの女性が麻衣子に気がついて、『大丈夫ですか?』と声をかけて来た。


お腹が痛い。

立っていられないくらい。

助けてよ。

ウィル。

どうして、私から目を反らすの?

どうして、私に背を向けようとするの?


薄れて行く意識の中に最後に見たのは、自分の周りに出来た人だかりの向こう側で電話をしていたウィルがようやく芽依に気がついて駆けつけて来たところだ。

ふふふ…あははは。

あんなにウィルに縋ってたのに、とうとう私ったら彼に一番必要な所で裏切られちゃったんだ…。

もう私の愛情は砂ほどにもウィルには届かないんだ。今頃になって気付くなんてバカだよ私。




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