招かれざる客とは?
「芽依。ちょっとチャコを散歩させて来るからな」
「あ、うん。ありがとう。お父さん」
お父さんが我が家に来て、一週間が経った。
本当だったら、今日はベービーシャワーパーティの日で、多くの友人達に祝ってもらうはずだったのに。
今この家にいるのは、私だけ。ウィルは珍しく外で会議とか言ってたけど、それだって本当かどうか怪しいくらいだわ。
お父さんは私達の愛犬のチャコを散歩に連れて行ってくれてる最中だし。
…本当に一人だ。
「なんでよ…」
本当だったら、今日は人生で二番目に楽しい思い出に残る日になるはずだったのに。
なんでよ。私の夫が…、ウィルが全てめちゃくちゃにしてくれたから。
恥ずかしくてベービーシャワーパーティなんて開けるわけないじゃない。
もし開いたとしても、あのウィルのことだ。絶対にあの女を連れて来るに違いない。普通だったらそんな夫婦にとって害な者なんて、誰も招きたくない。
来月に初めての出産を控えている芽依は、大きなお腹を抱えたまま呆然とその場に立ち尽くしてた。
良かった…今、お父さんがこの家にいなくって。
遡る事、5分前の事だ。
我が家のドアチャイムが鳴った。
でも、今日は誰も来るような予定はないはずだ。
旦那は仕事だし。お義母さん達は夫婦で何やら初孫誕生のための買い物に勤しんでいるらしく、朝から某ベービーグッズを売っている大型スーパーに行ってる。
誰やろ?
もしかしてお父さん疲れて帰って来ちゃったのかな?
それとも義母さん?
なら…一体誰?
恐る恐る、ドアの覗き穴から外の様子を見てみれば、初老の男性と童顔の赤毛の女性が立っていた。
え…もしかして刑事? それとも、移民局?
じゃあ、何なの?
恐る恐る少しだけドアを開けてみても、やはり怪しい二人にしか見えない。すぐにでも警察に連絡出来る様に片手には電話をあらかじめ用意した。
『こんにちわ。芽依さんですか?』
ビジネススマイルを顔に貼付けた女が機械仕掛け人形の様な声で聞いて来る。
『そうですけど…(あやしい。何でこの人達、ウチの名前知っとんねん)どちら様ですか?』
『実は私達、こういう物ですけど』
私の目の前に出されたのは、顔写真付きの裁判所の職員の証明札。
裁判所?一体何?私が何したん?
何も悪い事してないよ。
軽くパニックを起こしかけてた私に、彼らはもっとパニックに陥る言葉を言って来た。
『今日、私達がここに来たのはあなたの旦那様が、離婚届を提出された事を知らせるために来ました』
離婚届けが提出された?
『え…う、うそ…』
思わず目眩がして来た。
『奥さん、大丈夫ですか?』
『…あ、は、はい…』
『こちらがその書類です』
私に手渡された真っ白な封筒には、これから始まる私と旦那と旦那の家族とを巻き込んだ大きな戦いになる事を感じさせるほど、不気味に白く自分の手の中に映えてた。
『目の前で開封して下さい』
帰る様子もない。
これって、私に今ここで開けろってこと?
開封した手紙の中には、離婚届が受理された事を知らせる手紙だった。
『どうして? どうして離婚届が受理されるんですか? 私はサインしてないのに』
『カルフォルニアでは、夫か妻のどちらかが離婚届にサインしてあれば、受理は可能です。ではこれで失礼します』
赤ちゃんだって後少しで産まれるのよ。
認知なんてしないつもりなの?
いつか子供が出来たらいいねなんて、笑い合っていたあの頃はもう来ないの?
「芽依?」
「あ、お父さん…帰ってたんだ。お散歩ありがとう」
いつの間にかお父さんが帰って来てたことに気付かなかった。
「芽依、お前大丈夫なのか?顔色が真っ青だぞ」
「お、お父さん…。ウィルが…」
「ウィルが?どうした?」
「離婚届を出してたの…私はどうしたら良いの?このままウィルが正気に戻ってくれるまで待った方が良いの?」
「芽…依…。一体何があったんだ。父さんに話してみなさい」
それまで溜め込んでいた思いを全て芽依は父に告げた。すでに自分の家庭は壊れかけていることを。
「父さん…私…どうしたらいいの?」
「…父さんからウィルに聞いてみよう」