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最後の頼みは神頼み

「芽依、このままじゃ、あんたの精神もおかしくなっちゃうわよ。そうなる前に、一度夫婦でカウンセリングを受けなさい」


リズに推められて予約したカウンセリング。それさえも、当日になってウィルが「今日は無理。行かない」なんて言い出した。

このカウンセリングは彼抜きでは参加する意味がない。だって夫婦のためのカウンセリングなのに。


元凶(、、)がバックレルってどうよ。


まあ、大体彼が行きたくないと言い出すのは判ってたけどね。だれだって自分が悪く言われるのは厭だもんね。

だったら、初めから浮気すんな!



三日前にあれだけ行かないだの、俺は芽依のことを裏切ってないだの騒いでたウィルだったけど。週末はいつものように女の待つ街へと二時間かけてドライブ。

あんた…貢がされてるって判ってるのかしら?


この人の精神が判らん。毎朝私に起こしてもらって、私が作ったご飯を当たり前のように食べて、「愛している」と囁いて家を出る。夜は夜で隣で大イビキ。


一体どう言う神経しているんだろうか。

もしこの人に良心があるとしたら、どこにある?


ウィルが浮気してるって人に知られたりしたら、友人達に哀れみの目で見られるのかしら…そんなの嫌!!


ますます芽依は家に引きこもった。

もしかして彼がこんな風になったのは、やっぱり私が原因なの?

なら、どこが悪い?何度も夫にどこを直せば愛してくれるのと聞いても、お前とは別れたいだけだの一点張りだった。


それは毎回胸を抉るような終わりのない負のループを回り続ける。


「もう、誰でもいい。私を助けて!!」


藁にもすがる思いで芽依は、夫が通っていた教会の神父に夫を説得してくれないかと頼んだ。

神父はただ首を横に振るばかり。


「どうしてですか?」

「私達に出来るのは、当事者のウィルがここに来て、私達に救いを求めに来た時に手を差し伸べることしか出来ません」

「教会は、助けを求めている人に、救いの手を差し伸べてくれるところじゃないんですか?」

「芽依さん。教会と言うのは、確かに助けを求めている人には手を差し伸べます。ですが、教会に助けを求めに来たのは、あなたであってウィルではありません」

「だから、お願いしているんです。神父様、一度ウィルと話をしてください!お願いします」


 静かに聖書を閉じた神父は、教会としての教えを芽依に語った。それは芽依の心を救うどころか、全てが夫の思い通りになる様にしかならないと言われているように思えた。


ひどい…。

神も仏もあったもんじゃない。

 

 最後の砦と思ってすがった教会からは、ウィル自身が来なければそれは無理だと言われた。

 神父の言う事は頭では十分理解している。けど!理不尽だよ!!なんでなの?人が助けてって言ってるのに、どうして助けてくれないの? 


ーそもそもの原因はウィルなのに。

ーその原因のウィルが教会に助けを求めてくれば、私も神父として彼を説得します。ですが今、ウィルが教会に来ないのに彼と話をしても、変わるどころか彼はますます逃げて行くだけです。それこそ家族からも。教会からも。


神父様、もう遅いです。

だってウィルはもう逃げてるし。


なら、私は誰に聞けば良いの?


その日から、父親に泣きながら電話をかける芽依の姿があった。


「もしもし…お父さん?」


《芽依か?どうしたんだ? 今そっちは夜中だろ?》


「あ…うん。そうなんだけどね、足がつったりして眠れないの」


《そうか。母さんもそうだった。まだ芽依は1人だからそれで済んでいるんだぞ。年子を育ててた時は辛そうな母さんを側で見てて、怖いくらいだったな。ん?芽依?どうした?泣いているのか?》


「え?花粉症でね、鼻水が酷いの」


父親の明るい声にフッと笑い声が漏れて来る。

最後に笑ったのなんていつ?

ぐずっと涙で鼻をならした芽依は、花粉症だと慌てて誤摩化した。


「ううん。お母さんも大変だったんだねって思ったら、ちょっと感動しただけなの」


《芽依、幸せなんだろ?》


「うん、そうだよ。お、お父さん何言ってるのよ」


《ウィルはいないのか?》


「……」


《芽依? どうしたんだ?いつもならウィルにかわってくれるだろ? ウィルはいないのか?》


「お、お父さん…助けて…」


心が痛いよ。

日本に帰りたい。

もう、頑張れないよ。


《芽依?泣いているのか?》


父親の声にほっとすると同時に、涙があふれて来る。

言わない方が良いのかもしれない。

でも、どうすれば良いのかさえ判断が出来ないほど、芽依は精神的にも肉体的にも追いつめられていた。


「ウィルが……ううん、なんでもない」


芽依自身、普段は勝ち気で曲がった事が嫌いだ。

長女だと言う事。

自分の下には、やんちゃな双子の弟たちがいたから、共働きの両親に代わって、麻衣子が母親代わりをしていた。

滅多な事で泣かない芽依が初めて自分に泣きついて来たと驚いた父親は、その理由を知りもっと驚いた。

本当は、ベービーシャワーに間に合わせて芽依のところに滞在する予定だった。

だが、持病の糖尿病で血圧の数値が不安定となり、ドクターストップがかかったのだ。


《芽依…。明日にでも飛行機のチケットを取るから。だから父さんが来るまで大丈夫だよな?》


力強い父親の言葉に、芽依は涙を流しながら何度も頷いた。

父親との電話の後、弟たちから電話がかかって来た。

心配性の父が弟たちにウィルのことを言ったのだろう。


《もしもし 姉ちゃん?》


相変わらず賑やかな弟の声だ。


「何、智樹? ど、どうしたの?」


《姉ちゃん。親父から聞いたよ。一体どう言う事なんだよ》


え?何? 父さん、何を言ったの? まさかウィルが浮気してるってことが父さんにまでバレたの?


《 姉ちゃん、ウィルが浮気してるって本当か?あいつあんなに姉ちゃんに熱烈プロポーズしていたくせに!》


「う、浮気って? ウィルがそんなことするわけないじゃん!お父さんの気のせいだよ。全く…ごめんね。私、初めての妊娠で気が立っているみたいだから、お父さんったら、勘違いしちゃったのかも《姉ちゃん、もう認めなよ》


ラインでの会話だし、笑って言ってたのに…。何でそんなことを言うの?認めるって何をよ。


《姉ちゃん、いつから笑ってないんだよ。顔が引き攣ってるって知ってんのかよ!


「顔?引き攣る?」


フェイスタイムで話すのはこれが初めてじゃない。なのに、なんでそんな怒ってんのよ。

顔が引き攣ってるって何?


《姉ちゃん、鏡ちゃんと見てんのかよ!今の姉ちゃんの顔半分が引き攣ってんだよ!それで何でもないなんて言わせないぞ!帰ってこいよ》


弟の声が怒りで震えているのが分かる。


ー姉を不幸にするために、ウィルとの結婚を許したわけじゃない。

そんな智樹の心の声が痛いほど伝わって来る。

仕事で忙しいはずなのに、姉である私のために怒ってくれてるの?

なんか、恥ずかしいな。

小さい頃は、あんなに手がかかった弟なのに。泣き虫で私の後を着いて回ってたあの頃の智樹が私のことを心配してくれるようになるなんて…。

泣きそうになるのをぐっと堪えた。


「…ごめん。智樹。姉ちゃんは帰らないよ」

《姉ちゃん!!なんでさ!》

「もう少し、もう少しだけ頑張ってみるから。智樹だって一番下で下の子が生まれたばかりで大変なのに…。弥恵子さんにまで迷惑かかっちゃうよ、ごめんね。姉ちゃん負けないから」


《姉ちゃん…分かったよ。なんかあれば言ってくれよ》


「なら…頼んじゃおうかな」


《え?なに? 》


「また姉ちゃんが挫けそうになった時は、話を聞いてくれる?」


《んなの、家族なんだから当たり前だろ!》




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 芽依の父は仏壇の前で溜め息を吐いていた。


「母さん、芽依を助けてやってくれ」


光はアメリカ行きのチケットを買うと、一週間後に芽依とウィルの元へ。

これが娘夫婦の溝を埋めれるのかは判らんが、百聞は一見に…と言うからな。


光は昔から子供たちが喧嘩する時には、必ず双方の言い分を良く聞いた。

常に中立の立場として。片方が悪いと言うような次元の争いではなく、何故喧嘩になったのかを子供と一緒に考えるスタンスを取っている。


頭ごなしに叱ることは子供を怯えさせるだけだ。


喧嘩には理由と原因、それに相手がいないと成り立たない。

それをどう大人が導きだしすのかが、喧嘩の解決法だと光は常々に思っている。


「父さん、姉ちゃん達のことちゃんと見てやってくれよ」

「ああ、判った」


光を乗せた飛行機が遥日本上空を飛び立った。


「母さん。芽依を護ってくれ」


無事にサンフランシスコの空港へと到着した父の姿を見つけた。


「お父さん! ここ!ここよ!!」


枯れ木の様な手足に大きなお腹と言うアンバランス。あれは違うだろうと明後日の方向を向いて娘を捜した。

だが、迎えに来ると言っていた娘夫婦の姿が見えない。


まさか…あれが私の娘なのか?

ぽっちゃりして健康的な体をしていた娘が。まさかあの痩せ細った妊婦服を着た女性だと言うのか?!

ウソだと言ってくれ。願う様にスーツケースを引きずりながらも、光の足は女性の元へ。


「お父さ〜ん、どうして違う方向に行っちゃうのよ。本当に心配したんだから!」


芽依…なの…か?こんなにもやせ細って一体どうしたんだ。フェイスタイムでは体は見えなかったから、ここまで芽依が痩せ細っていることさえも知らなかった。


「芽依、危ないじゃないか!そんなに飛び跳ねて転びでもしたらどうするんだ?!」


慌てながらも芽依を抱きしめた。ウィルを目で探したが、いなかった。一体どう言うことなんだ。


「芽依は本当にいつまで経っても子供だな…お前、何でこんなに細くなってるんだ?」


これが後数週間で出産をすると言う女性か? 腕だって棒きれのようじゃないか。


「お義父さん、お久しぶりです.お元気でしたか?」


娘のか細い手を取りながらも、娘の横に立ってニコニコと笑顔を見せている婿。それを見て光は内心、ほっとした。

これは妊娠時によくある女性の被害妄想なんじゃないのかと。

息子も、姉である芽依の事を心配して「親父!!姉ちゃんの事、頼んだぜ」頼まれてきた。

本当にこれが芽依の被害妄想だけなら、それはそれでいいが……。まさか本当に俺の感が当たってる…わけないと今の所は信じたい。


「お義父さん、荷物持ちますよ」

「ありがとう。ウィル。助かるよ」


まだ自分の目の前でほほ笑んでいる婿を見て、それが希有に終わればいいと光は願う。











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