プロローグ
この表題がやりたいが為に中身を考えたもの。初投稿がこれでいいのか。楽しく続けられたらいいと思います。
「君には過去がない。そして私には未来がない」
白い剣士はそう言って、携えた剣を足元に突き刺して両手を広げた。
「したがって我々は現在、この場で、この状況で殺し合うことになった。いや、殺し合わねばならない。我々がぶつかり合うことは確定した事象だった」
芝居がかった仕草で、台本の台詞を読み上げるように語る彼女に、ここで初めて口を開く。
「……じゃあ、あなたは僕と殺し合う為に彼女を殺したのか」
一瞬だけ、間が開いた。
「……ああ。いや、違うな」
「あれは偶発的なものだった、と?」
彼女が言葉を続ける前に先回る。
「そう。そうだ。あれは、完全に偶然だった。誰にも予測できない出来事だった」
それは、もう知っていたコトだった。
だから、わからない。結局のところ、自分の疑問はそこなのだ。なぜ、それが偶然であったと言えるのか。そして、なぜ、それが予測できなかったのか。
そして、それは、予想できなかったのか。
その、理由と根拠が欲しい。
「彼女は完全なイレギュラーだったからね。君と違って。……彼女には現在がなかった。それは、」
きっと。多分。おそらく。確実に。
「君が彼女を選んだからだ。目の前の現実を捻じ曲げて」
自分が、理由なのだ。それは、そんなコト、もう、気付いていた。だから、足りないのはもうひとつだけ。
その理由を、その先の結果を支える根拠が欲しい。納得できる根拠が欲しい。今現在の、現実に納得したい。
「それは簡単なことだ。君のことだから、もう知っているだろう」
それなら、自分は、なぜここまで腑に落ちないのだろう。現実を、疑っているのだろう。
「当然だ、これは正しくないことなのだから。……それでは、その根拠とやらを、はっきり言葉にした方がいいかい?」
ああ、そうだ、是非そうして欲しい。
でなければ、きっと自分は、いつまでもこの結末を認められないだろうから。
「彼女は君の瞳を見ても死ななかったからだよ。彼女は生き延びた。だから、あそこで死んだんだ」
「…………」
彼女が、生き残ったから。
「君が、彼女を生かしたから。死を免れた時点で、彼女は完全に逸脱してしまった。だから、誰にもその結末が予測できなかった。ただ、」
「ただ、」
唾を飲み込んでから、乾いた声で続けた。
「ただ、僕には……彼女を見ていた僕にだけは、予想はできた、と……」
「予想していたろう、実際」
と、剣士は、さして力を込めずに言った。
「予想した上で、この結末を見越した上で、君達は選んだんだ。君に予想できたということは、当然彼女にも予想できていたはずだよ」
そうだ。そうだった。僕は、僕達は、彼女の死を予想して、その上で自分達の未来を決定した。
その結末が、現在に至っただけのことだ。
彼女を喪った僕は、ただ一人、白い剣士を前に立ち尽くしている。
話は終わった、と言わんばかりに、剣士は剣を引き抜いて、体の前でゆらりと構えた。
もう引き返せないのだろう。今度は、しっかりと現実を認めて、剣士に向き合う。
「ところで……」
剣士は怪訝そうに視線を上げた。
「あなたの愛は、届きましたか?」
唐突な問いに、彼女は少し目を見開き、苦笑し、僅かに剣先を下げた。
「私のアレは恋だった。……現実には敵わない。彼らのことは、本当に好きだったけれど。まあ、徒花は潔く散るしかないから」
そう言って、目線でこちらに問い返す。お前はどうだ、と。
少し、迷いながら言葉を紡ぐ。
「……僕は……僕の想いは、愛、に、成りました。だから……彼女への恋に殉じることにした」
それを聞いた剣士は、とても悲しそうに笑った。
「そう。……彼は悲しむでしょう。……愛は永遠のもの。恋は現実に破れ、失われるもの。恋を選んだあなた、現実を選んだ私、正解などないけれど」
そして、剣を構え直す。
「これが、最後の必然なら」
こちらも、短刀を握り直す。
「……現実の前に散るとしても、あなたの恋は、本物だったと、そう思います」
「そう?ありがとう」
そして僕らは殺し合う。全ては、正しい時の流れのままに。
◇◆◇◆
薄暗い部屋で目が覚めた。
予定より大分早く起きてしまったらしい。二度寝する気になれず、薄青い闇を踏み越え、隣で眠る同居人を起こさぬように気を付けながら、身支度を整えて部屋を出た。
「………」
足音を立てずに、気配を殺して肌寒い廊下を歩いて行く。玄関で立ち止まり、ドアの向こうの気配を伺う。鳥の声に混じって、微かに、ヒュンヒュンと風を切る音が聞こえた。
ドアノブに手を掛け、なるべく静かにドアから外に滑り出る。冷たく湿った、朝の空気が鼻をついた。地面から少し高い位置に張り出した木製のテラスを少し進む。テラスの向こう、階段を降りた先の、開けた草地では、
「……………、」
雑木林の木々をバックに、少女が一人、槍を振るっていた。
その動きは一見、舞を舞うように軽やかなのに、薙ぐように、叩きつけるように繰り出される槍の一撃は重々しく空気を斬り裂いていく。
華やかで、かつ殺伐とした槍さばきに見惚れる内、いつしか演舞は終わりに近づいていた。
最後に、一際鋭く踏み込んで放った全力の突きが、澄んだ大気を震わせた。数秒の残心の後、少女は結った髪を揺らして振り向いた。
「やあ。おはよう。今日は早いんだね?」
滴る汗を拭いながら、微笑んで言った彼女に、障太郎は部屋から持ち出したタオルを渡した。
「なんだか、早くに目が覚めちゃって。折角だから、ミソラさんと一緒に朝練でもしようかなって」
ミソラは有り難そうにタオルを受け取る。
「いや、ありがとう。やっぱショウは気が効くねぇ。ヒィは?まだ寝てる?」
わしわしと豪快に汗を拭くミソラを眺めながら、障太郎は言った。
「はい。ヒィナは昨日の夜も色々やってくれてたから、ゆっくり寝かせてあげたくて」
「ヒィは真面目さんだからね。あれで本人、適当に手を抜いてるって言ってるから、あれは筋金入りだって」
顔、首回りを拭き終わったミソラが、シャツの裾に手を掛けたのを視界の隅に捉え、障太郎はさりげなく視線をずらした。
「ところで、朝練、もしかしてもう終わっちゃいました?」
ごそごそと、上を脱いで体を拭うミソラの気配が伝わって来る。
「あー、個人的な習慣は大体こなしたけど、対人稽古とかなら一緒にやるよー?」
ごそごそが止み、障太郎の視界にぴょこりとミソラが入ってくる。シャツは着ていなかった。障太郎はため息をついた。
「ミソラさん……今日は、下着を着けているんですね」
障太郎の呆れ気味の反応に、ミソラは口を尖らせた。
「なんだよぉ、もっと面白い反応しろよぉ」
「丸出しよりマシです。……僕に裸見せて楽しいですか?」
ミソラはニヤリとした。
「慌てふためくショウちゃんを見るのはすげー楽しいよ。最近は慣れて来ちゃってつまらんが」
障太郎は再びため息をついた。ふと思いついて尋ねてみる。
「もしかしてミソラさん、弟でも居ます?」
問いを発してからミソラの表情を見て、障太郎はしまったと思った。
すっ、と目を細めたミソラは言った。
「いるよ。もっとも、アイツはずっと小さかったから、恥ずかしがることは無かったが」
「……すみません」
一瞬、遠くを見る目になったミソラは首を振る。
「いや、別に構わない。まあ、オレは生家についてはあんまり話すことはないよ」
ごく普通の家庭だったからね、と付け加える。
ミソラはいつも、家族のことを過去形で話す。この風変わりな師のことを、障太郎は多くは知らなかった。
「……じゃあ今日はー、そうだなぁ……軽くダーツでもして、それからまほ……忍法の鍛練でもしようか」
障太郎のそんな懸念などお構いなしに、ミソラは朝練の内容を大雑把に決めていく。特に異論はないので、頷きで肯定を示す。
「そんじゃ、射的場にゴー!」
元気良く歩き出そうとしたミソラに、障太郎はぼそりと言った。
「……服、着てください」