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第六話

続きです。

第六話


「魔王様、帰ってこないなあ」

「だな。ドコに行ってんのか」

「あんたが働かないからでしょ。この給料泥棒」

「心外な言われようだな。これでも命からがら逃げ延びてきたんだが」

 ミストはクルーファ城でお掃除メイドを相手に話していた。

 ブラザーズシティーで妙に伯爵夫人に気に入られたミストだったが、スキをついて逃げ出してきたのである。もっともワザと逃した可能性は否めないが、選択の余地は無かったと言える。

 城に戻ってきたミストは、ようやく冷静にブラザーズシティーの戦力の分析が出来た。

 圧倒的な武力を持つブラザーズシティーは、防衛都市として考えるなら強固極まりない。吸血鬼の集団ですら落とせなかった街なので、力でどうにかなる街では無い。

 クルーファ城は立地上ブラザーズシティーを越えなければ、それ以上に北上出来ない。つまり完全に閉じ込められている事になる。

 では、クルーファ城に閉じ込められ、生殺与奪をブラザーズシティーの住人に握られているのかと言えば、実はそうでも無い。

 尋常ならざる防衛力を誇るブラザーズシティーだが、街側から攻撃するとなると、戦力の質が大幅に変わってくる。

 それはヴァンパイアウォーズの際にも、証明されている。

 圧倒的な戦力を持つはずのブラザーズシティーだが、クルーファ城で吸血鬼と戦ったのはブラザーズシティーからの兵では無く、現ファラーム女王を含む四人の超人的能力を持つ者だった。

 クルーファ城と同じく、ブラザーズシティーにも立地上の問題があるのだ。

 ブラザーズシティーはファラーム東の貿易の中心であり、海路の要所でもある。一般的に街として機能させるためには大きく門戸を開く必要がある。

 それは『門』が開きやすいファラームに置いて、致命的な欠点と言える。

 なにしろ南に大きな『門』が近くに開くクルーファ城を抱えるブラザーズシティーだが、ほぼ全方位から来る魔物の脅威に曝されていると言える。圧倒的な防衛力を持つブラザーズシティーといえども、そのほとんど全てを防衛力に注ぎ込まないといけない。力を外に動かしづらいと言えるのだ。

 他にも圧倒的指揮能力を持つカリスマであるファラーム軍指揮官の大男がいる以上、その防衛力も維持出来るのだが、彼が街を離れる事も出来ない。

 つまりクルーファ城から北上するための最大の障害であるブラザーズシティーは、異常に高い防衛力を持つ反面、ブラザーズシティーから積極的に障害を取り除く行動を取れないのである。

 状況を鑑みると、クルーファ城を拠点と定めた時点で飼い殺しは決まっているのだが、飼い殺しにしておくために防衛力を維持しないといけないのだ。

 一見ファラーム側にメリットが無いように見えるが、これは『門』の仕組みの都合上、ファラームにとっても有効な防衛法でもある。

 異世界と繋ぐ『門』は必ずしもランダムに開くと言うものではない。幾つかの『門』はランダムに開くが、それは基本的に小さなものであり、大きく開く『門』と言うものは数は少ないが決まった数が存在している。

 その大きな『門』が必ずクルーファ城近くに開くのであれば、そこに対する防御を用意するだけでいい。下手に『門』も閉じて街のど真ん中に開いたりしては、それこそ面倒事が増えてしまう。ファラーム側としては、打って当然の妥協案である。

 これはファラーム全体で言える問題でもある。

 ファラーム軍は恐ろしく強く、しかもその兵力も多い。その上現女王は強力極まる戦力として数えられるのだが、それは国内の魔物に対する防御に大半を費やされている。特にファラーム女王の戦力は王都の防衛に当てられているので、侵略にあてる兵力を捻出する事は出来ない。

 バルギアルの狙いも、正にそこである。

 バルギアルの計画としては、ファラームで飼い殺されている風を装って、別の国もファラームの様に魔界の住人を受け入れさせる事である。

 大きな問題はファラームでの行動の不自由さである。

 ファラーム女王の戦力は王都防衛に使われているというのが前提なのだが、ミストが見た伯爵夫人はおそらくファラーム女王であるリリス・メイ本人であり、一応は身分を隠すために伯爵夫人を名乗っていた。

 アレが自由に動けるなんて考えたら、シャレにならないな。

 ブラザーズシティーでの惨劇を思い出すと、ミストは溜息をつく。

 超初歩の攻撃魔法を極大魔法のレベルで展開させた女であり、ミストですら不意を突かれるスキの無さと行動の早さ、最上級の双頭竜さえも怯えさせる戦闘能力を持っている。

 考えてみると、ヴァンパイアウォーズの時にも次期女王が直接戦力として行動しているというのも、不用意というより有り得ない行動と言える。その上ヴァンパイアウォーズを終結させたというのだから、凄まじいとしか言い様がない。

 が、妙なところもある。

 先代ファラーム王の一人娘である、生粋の王族である次期ファラーム女王がいかに強力だからと言って、僅か三人の付き人しか連れずにヴァンパイアの巣窟に攻め込むなど、当時の王女に近衛隊は居なかったのかと疑いたくなる。

 考えられるのは、影武者か。

 実際、王都にいるファラーム女王に求められるのは治世能力であり、戦闘能力では無い。王都には似た人物を置き、本人はフラフラと出回っているというのが考えられる。

 だとすると、飼い殺しにすらされないんじゃないか?そういえば、バルギアルは目立つ行動を嫌っていた。バルギアルはもうその可能性に気付いていたのか。

 恐ろしい話であるが、バルギアルの予想からもわかる様に、ファラーム女王は王都にいるだけではなく、ファラーム全土を自由に行動出来ると考えるべきだろう。

「で、お前はいっつも掃除してるけど、面白い?」

「え? 何言ってるの? バカなの?」

 逞しい筋肉を誇るお掃除メイドは、キョトンとしてミストを見る。

「掃除以外に何かする事あるの? っていうか掃除以上に優先する事ってあるの?」

 本気で不思議そうにお掃除メイドは言う。

 この生物が生き甲斐である清掃を日々怠る事無く行なっているため、沼地の廃城であるはずのクルーファ城は驚くほど小奇麗な状態がしっかり維持されている。

 半年前にはヴァンパイアウォーズの激戦が行われ、それ以降も誰も住んでいない廃城であるクルーファ城だが、この清潔感はかえって不気味な程である。

「魔王様が居ないと散らからないのよ。あんたじゃダメね」

「片付けない事で怒るんならわかるが、散らかさないのを怒っているのって珍しいよな」

 ミストは活き活きと窓拭きをしているお掃除メイドを見て、苦笑する。

 バルギアルは整頓能力が欠如しているため、放っておくと三日でゴミの中で生息する生物になってしまう。

 このお掃除メイドにとってバルギアルは、同性の理想の上司らしい。

 一方ミストは似た上司を以前持っていたせいか、自身の身の回りの事のほとんど自分で行なっているため、お掃除メイドの手を煩わせる事はほとんどない。

「でも客も来ないのに、マメだよな」

「お客様呼ぶの? リフさん?」

「いや、もし呼べるとしてもそれだけは勘弁してくれ。アイツはメンドクサイ奴だ」

「良い方ですよ? あんたと違って」

「なるほど、だから俺は嫌われてるわけか。なんとなく理解できた」

 規則や決めゴトにうるさいリフは、魔界では他に類を見ない希少種であり、掃除に自身の生きる道を見出したお掃除メイドも同種の珍種であるため話が合うのだろう。一方のミストは外見こそ魔界では二人といない特徴を持つものの、その性格は自由気ままな典型的な魔界の住人と言える。

 そういえば、確かにコイツもからかい甲斐はあるな。リフと似てなくはないか?

 一心不乱に掃除しているお掃除メイドを見ながら、ミストは苦笑する。

 でも脳筋のリフと地味子のバルギアル、圧倒的存在感のお掃除メイドの三人でガールズトークというのは想像出来ないな。見た目で言えばガールとは言えないのも混ざっているが。

「で、あんたどっか行かないの? ジャマなんだけど」

「指示待ちだよ。俺もどの程度勝手に動いていいかわからないからな。なんだよ、掃除の手伝いでもしろってか?」

「はあ? 手伝わせるわけないでしょ? っていうか止めてよね、掃除するの」

「そんな怒られ方は初めてだな」

「だってアンタ掃除するじゃん。私がやるって言ったってさあ」

「いやあ、俺、自分の事は自分でやりなさいってお母さんから躾られたから」

「マジで? お母さんに言われた事守ってるって、何かイメージ違わない?」

「そうか? 俺って大事に育てられた感じするだろ?」

「何か、貧乏な家で沢山の弟とか妹とかの面倒見てそう」

「心外な言われようだな。俺は金持ちの家に生まれた一人っ子なのに」

 ミストは苦笑しながら言う。

 その時、城のすぐ近くに独特の魔力の流れを感じる。

 ゲートマスターの側面も持っていたオウルや、そもそも『門』の研究をしているバルギアルの近くにいると嫌でも覚える感覚である。

「客が来たみたいだな」

「お客様? 誰か来るの?」

「俺は呼んでないし、バルギアルの客って感じでも無いな。なんだか人数も多いし、妙に殺気立ってるみたいだし」

「そう言うの分かるものなの?」

「ま、なんとなく。どこか部屋に案内してやろう。お茶と料理でも用意してやってくれ」

「じゃ、あの広い部屋ね」

 お掃除メイドとそう話すと、ミストは城の入口に行く。

 妙な魔力の流れを感じたため、ミストは魔法で城の入口の門を開く。

 ちょうどその時、門を吹き飛ばそうとしていたらしい人物が魔法を使おうとしていたようで、右手を光らせていた。

「おいおい、ノックくらいしろよ物騒だな」

「貴様!」

 魔法を使おうとしていた褐色の肌の女性の後ろにいたフォーアームが、ミストを見た瞬間に怒鳴る。

「よう、フォーアーム。元気だったか?」

「あら、てっきり城には『黒槍』がいると思ってたけど、貴方が『白刃』? はじめまして、よね」

「ああ。出来る限り女の顔は覚えるようにしているが、あんたには会ったこと無いな」

 ミストは褐色の肌の額に赤い瞳を持つ女性に言う。

「洒落の分かる伊達男じゃないか、『白刃』のミスト」

「よう、リャルドー。久しぶりじゃないか」

 ミストは集団の中心に立つ人物に言う。

 すらりとした長身の美男子リャルドーが、前に出てきて微笑を浮かべている。

 フォーアームや額に目のある褐色の女性、異様に手の長いローブ姿など連れているメンバーの中では群を抜いた人間らしさである。

 金色の長い髪と、紅い瞳は吸血鬼を思わせるが魔人リャルドーは吸血鬼では無い。

 魔人リャルドーは、元はファラームの住人だった。

 ファラームの刑罰の中に、異界送りと言うものがある。

 実質的には死刑に等しいが、異界送りと言うのはその名の通り魔界の『門』が開いた時に受刑者を『門』の中に放り込む、というモノである。

 いかに腕自慢であっても『門』の向こうで生き延びる事は極めて困難だが、万に一つくらい稀に魔界で生き延びる異端者がいる。

 魔界と現界とでは、流れる空気や時間の概念が違うので長時間影響を受けると、身体にも変調をきたす。もっとも分かりやすい変化は、老化しなくなるというものである。

 魔人リャルドーはその稀有な例である。

 リャルドーが異界送りになったのは二百年も前の事であり、人間であればその期間を生き延びるだけで不可能である。が、リャルドーは老化がなくなる程に魔界での過酷極まる環境を生き延びてきた。

 本人の実力もさることながら、持って生まれた運の良さもあっただろう。

 その結果、魔界でも名の通った魔人リャルドーとなったのだ。

「いつ以来かな、ミスト」

「けっこう前だな。お前が魔剣探しをしている頃だ」

「今日はその事も込みで来たんだが、要件は分かるよな?」

「さあ? ファラームに来たついでに知人のところを回ってるんじゃないの? マメなところあるじゃないか」

 ミストの言葉にフォーアームが何か言いかけるが、リャルドーはフォーアームを制する。

「そういう事では無い。そういう性格でもないし、そういう趣味も無い。それは言うまでも無いだろう?」

「いやー、人って見かけによらないところってあるだろ? お前にもそういうところがあるのかと期待したんだがな」

「ご期待に添えず、申し訳ない」

 リャルドーは苦笑するように言う。

「ところで大所帯で来てもらって申し訳ないんだが、ゾロゾロと来られても困るんだよ。何人か明らかに邪魔になるメンツがいるだろ? 帰らせてくれないか?」

 ミストは軽く言う。

 リャルドーが友好的な目的でここに来たわけではない事くらい分かっている。それも十人近く引き連れているのだから、一目瞭然である。

 だが、いざ戦闘が始まるとその十人中六人から七人は戦力外であり、ミストの前には壁にもならない程度である。

 ミストの申し出は、相手の戦力を減らすというより、言葉通り邪魔になるから消えろと言う意味である。

「いや、失礼。ミストがいると知っていればこんな数では来なかったのだが、何分クルーファ城に誰がいるのか分からなかったのでね。寂しがり屋の気持ちも分かってくれよ」

 リャルドーは悪びれた様子も無く言う。

「じゃ、追い払ってくれるか? 特に怖い顔してにらんでいらっしゃる、あちらのフォーアームとかは特に」

「そうだな、友好的に話し合いをするには邪魔かもしれないな。だがまあ、許してやってくれないか」

 ニヤニヤと笑いながら、リャルドーは言う。

 友好的に話し合うつもりはない、って事か。そりゃそうだ。こっちは盗人だしな。

「急な来客に備えてなくてさ、茶菓子とかそういうのが少ないんだよ」

「なに、お構いなく。お茶を飲みに来たんじゃない。幾つか確認に来んだ」

「その話をするにも、お茶くらい出さないと失礼になるだろ? 出せない連中が出るから減らしてくれ」

「そのセリフの方がよほど失礼だがな」

 リャルドーは笑うと小声で何事か呟く。

 数人は姿を消し、残ったのはリャルドーと三つ目で褐色の女性、フォーアームの三人である。

「じゃ、お茶を出すから客間へ案内するよ」

「ミストが? 誰か使っていないのか?」

「人件費削減だよ。何をやるにも金がかかるから、抑えられるところは抑えていかないと」

「ルビーブレイドもそういう行動を取っていたらしいが、結果としてそれは失敗している。腹心の中の腹心であるミストが、同じ事を繰り返すつもりか?」

 リャルドーは後ろから挑発的に言う。

「そうは言っても成功の一歩手前までは行ってるんだ。他のメンツと比べると、参考にするべきじゃないかな?」

 バルギアルが言っていた事であるが、なるほどと思うところもあったのでそのまま伝えてみるのに抵抗は無かった。

「なるほど、ルビーブレイドの部下は柔軟だな」

「例外はいるけどな」

 リフの様に徹底的にアドリブが効かないのも、ルビーブレイドの腹心である。

「それは『黒槍』のお姉さんの事?」

 褐色の女性が微笑みながら尋ねる。

「そういう事。あのお姉さん、超怖いからちょっかい出さない方が身のためだぞ」

「うん。一人身をもって実感した奴がいるし」

 褐色の女性が、フォーアームを見て言う。

 あー、こいつリフにも絡んだのか。性格的に、大変な事になってそうだな。

 リフがファラームに来ているのはバルギアルから聞いていたので、このフォーアームが遭遇したら、それはもう血を見る事は間違いない。

 ん?フォーアームの左上の腕、結構深い傷があるな。リフか?

 やりそうな事だ、とミストは思う。

 ルビーブレイドが無駄な争いを嫌ったせいもあるが、ルビーブレイド配下の三人が三人とも相手を威圧する行動を取る事が多かった。

 中でもリフは相手の一ヶ所のみを傷付けるという、それなりに効果的な方法を行なっていた。これは相手に実力の違いを分からせ、恐怖心を植えつけるには良い方法である。

 ミストやオウルもそれぞれ手段を持ってはいるが、リフほど効果的では無い。

「さあ、どうぞ。くつろいでくれ」

 ミストが大部屋に案内すると、驚くほど豪華な料理がテーブル一杯に並べれていた。

「おいおい、ちょっとやり過ぎだろ?」

「だって団体のお客様なんて初めてだから」

 狭い部屋を走り回るお掃除メイドに、ミストは呆れて呟いた。

「おやおや、随分と歓迎してくれるみたいだな」

 リャルドーは苦笑して、勝手に席に着く。

「餌付けのつもりか? 随分と柔軟だな、ミスト」

「俺の指示じゃないさ。珍しいから張り切っちゃってるんだよ」

「料理は一人で作って、一人で運んでるのか?」

「アイツ、あれで優秀な魔術師でもあるんだ」

 ミストは走り回るお掃除メイドを見て呟く。

 基本的に手作業で掃除をして回っているお掃除メイドだが、戦闘では役に立たないものの、実用性抜群の魔術を極めている。

 彼女は遠隔操作で料理を作る事が出来る。しかも微細な味付けなども驚くほどに繊細に出来る。

 極めて稀に妙な味付けの失敗をしたり、卵が殻ごと入っていたりするのだが、そのミスも目を瞑れる程美味い料理を用意してくれるので、扱いは悪くてもミストも受け入れている。

 もっともお掃除メイドが戦闘する場合、下手な魔術など必要無いだろう。拳の一撃で命を奪う事もたいして難しい事では無さそうである。

「あら、美味しいわね」

 こちらも勧められてもいないのに、褐色の女性が席について勝手に料理を食べ始める。

「あ、どうぞ。お好きなものを取って下さいね。残り物は白いのに食べさせますから」

「そう言う事らしいから、美味い肉料理を残す方向でまずは野菜類から取って行ってくれ」

 お掃除メイドの言葉のあとに、ミストが言葉を加える。

「お優しい事だな、ミスト」

「案外わかってもらえないもんだがな」

 リャルドーに向かって、ミストはため息混じりに答える。

 妙にフレンドリーな空気に耐えられなくなったのか、フォーアームがテーブルを叩く。

「いつまで無駄話するつもりだ! こいつらを皆殺しにするんだろ! これ以上話す事は無い!」

「熱くなるなよ、雑魚キャラ。ここで切れたら格の違いが露呈するぞ?」

 ミストの挑発にフォーアームはさらに熱くなるが、リャルドーは笑って料理を口にしている。

「残念だが、ここはミストの言う通りだ。相手のモテナシも受けれないようでは、品格を問われる事になるぞ。まあ、腹ごしらえでも済ませておけよ」

 リャルドーはフォーアームを座らせて言う。

「アレが用意した飯を食えってのか?」

 フォーアームは体格負けしていないお掃除メイドを指差して怒鳴る。

「あら、美味しいわよ?」

「腹が減っては戦は出来ないぞ。古来、戦いにおいて兵糧攻めというもの程効果の高いものは無いんだからな」

 褐色の女性とリャルドーがそれぞれ料理を食べながら、フォーアームに言う。

 なるほど、皆殺しの方は否定しないわけか。ただ剣を取り返しに来た訳じゃないって事だな。

 ミストはテーブルを挟んで、リャルドーの対面に座る。

 魔人リャルドーの評判を聞けば、考えられない行動では無い。魔人リャルドーは元々相当な実力を持っていたが、魔法の武具を集めると言う人間特有の性格が偶然にも生き延びらせる事に一役買っていた。

 魔界の住人は比較的、強力な魔剣や武具というものに疎い傾向が強い。それは個人の能力に自信があるため、道具はあくまでも道具としてしか見ていない。それは上位になるほどに顕著に現れ、物欲乏しいバルギアルやルビーブレイドはもちろん、強力な武具を結局全てばら蒔いて手元に残さなかったミストの行動でも見て取れる。

 たまたま強力な武器を手に入れた者の中にはそれを手元に置く事もあるが、リャルドーの様に集めていく様な者は少数派である。

 何しろその集めた武具を活かすにはデメリットは多く、まず何より持ち歩くのに向かない。特殊な召喚法か小規模でも『門』を開けなければ活かすことが出来ない。魔界の実力者は武具が即戦力にならなければ嫌がる傾向が強いが、それが出来ればメリットは大きい。武器による強化は、特殊な武器で無ければ使用者の能力に影響されない。使用者が強力である方が良いのは間違いないが、例えば炎を放つ魔剣を使う時に使用者が炎を放てる必要がない。また、使用者の体調が優れない、深刻なダメージを受けているなどの場合にもほとんど戦力が変わらない。

 リャルドーはおそらく、その強力な武具を持ち歩く術を持っているのだろう。

 そこに絶対の自信を持っているからこそ、それ以外に対する管理が杜撰になり、バルギアルから盗まれる事になったという事だろうが、それはつまり強力な武具は常に持ち歩いているという事になる。

 あの魔剣より強い武器、か。面倒だな。

 リャルドーが魔剣などの武具を集めている事は有名で、今の魔界ではミストの知名度より遥かに上である。が、リャルドーの持つ武具を把握している者などいない。本人も全てを把握しきれていないかもしれない。

 ミストが知っているリャルドーの武器は、使用者を強化する例の魔剣の他、精霊の剣と呼ばれる地水火風を操る剣などを知っている。

「さて、美味しい食事の代わりにと言うと変だが、要件を伝えようか」

 他のメンバーはまだ食事中のようだが、リャルドーは上品に口を拭くと切り出す。

 こういうマナーじみた行動も、魔界の者とは違う行動である。

「俺の物を全て返してもらう。わかるだろ?」

「いや? 何の事だかさっぱりだ」

 ミストはあえて惚けてみせる。

「お前の魔剣だ。あれはリャルドーの剣だったはずだ」

 今にも飛びかかりそうなフォーアームは、グッと抑えて言葉だけをぶつけてくる。

「その辺で拾った剣の持ち主なんか知るかよ。俺の好みじゃなかったから、人にプレゼントしたんだよ。それを返せって言われてもなあ。今の持ち主に言ってくれよ」

「それは俺のやり方ではないのでな」

 リャルドーは軽く右手を振ると、空間に四本の剣が浮かぶ。

「よく我慢したな、余興だ。フォーアーム、奴の白い翼を赤く染めて見せろ」

「言われるまでもない」

 フォーアームが四本の剣を取ろうとした時、フォーアームの前にあったはずの四本の剣は全てミストの手の中にあった。

「やっぱり趣味じゃないな」

 ミストは一瞬で奪い取った四本の剣をフォーアームに放り投げる。

「武器はどこまで行っても武器であるべきだ。強力な武器を手に入れたから戦うなんて、そんな馬鹿な話は無いからな」

「なるほど、一級の魔物ならではの貴重なご意見だ。だが、人間と言うのは意外と違うものでな。強い力を手に入れたと言う事実があれば、目的など必要無く血を求めるものなのだ」

「俺の知るファラームの人間とは違うが、そう言う困った奴がいる事は知っているさ。そのおかげで大草原は砂漠になったし、ルビーブレイドも帰ってこなくなったからな」

 ミストはフォーアームでは無く、リャルドーの方を見て言う。

「どうした、フォーアーム。遊ばれてすらいないではないか。それでは恥どころの騒ぎではないぞ?」

 笑ってはいるが、リャルドーのプレッシャーが異様に跳ね上がる。

「ミストも甘く見ない方が良いと忠告しておこう」

「了解。とは言っても武器での強化で俺を攻略出来ると思われるのも、気に入らないな。俺、意外と強いよ?」

「ああ、それはよく知っているさ」

 リャルドーは笑いながら言う。

「ところがウチのフォーアームはそう思っていないようだ」

「俺は思われたままでいいんだけど」

「じゃ、私も応援してあげる。やる気にもなるでしょ」

 褐色の女性が、フォーアームに協力を申し入れてくる。

「ミストって、ルビーブレイドの腹心の中でも外交役でしょ? 他の二人と比べれば弱そうじゃない」

「それは心外というより、勘違いだと思うがなあ。改めて言うが、俺って意外と強いよ? 敵対するなら覚悟を決めた方が良い。あんまり優しくないから」

 ミストは肩をすくめて言う。

「念のためにもう一度言うけど、俺と敵対するなら覚悟を決めた方が良い。それが出来ないなら、今は俺に剣を向けない事だ」

「口は達者だな、ミスト。さすが外交官だ」

 フォーアームは四本の魔剣を手に笑う。

「だから、そういうものじゃないって」

 軽く言いながら、ミストは不意打ちでフォーアームに切り掛る。

 フォーアームはその不意打ちに反応出来ていなかったが、ミストの剣はフォーアームの剣に止められていた。

 オートガードってところか。厄介な魔剣だな。

 ミストは一刀目を防がれて眉を寄せると、間合いを取って様子を見る。

「さすがミストだ。腕は鈍っていないらしい。それに対していきなり二度も先手を取られるとは。私の見込み違いか?」

 リャルドーはフォーアームに向かって言う。

「二度?」

「お前はその手に持つ四本の魔剣を本来使うことはもちろん、手に取ることすらできなかったんだぞ。それを譲って貰った上に先制攻撃を許している。正直に言うとな、フォーアーム。私はお前がミストに勝てるなどとは思っていない。だが、せめて私の役に立て。それだけを期待している」

 リャルドーは笑いながらフォーアームに言う。

 酷い事を言う奴だな。

 ミストは四本の魔剣を持つフォーアームを見ながら、スキを探す。

 少なくとも一本は守りに適した能力を持つ魔剣である。多刀流において有効な能力であり、残る三本の魔剣の内、一本は何かしらの間接攻撃を持っていると見るべきだろう。

「なあ、ここでやり合うの、やめないか? メチャクチャになりそうだ」

「気にしないでいいわよ。っていうかむしろメチャクチャにしてくれていいから」

 お掃除メイドが笑顔で言う。

「住人の許可が出たぞ。思い切りやってやれ」

 リャルドーが笑顔で煽る。

「言われるまでもない」

 フォーアームは、赤い剣を振る。

 飛び道具か。

 フォーアームがいかに大柄とはいえ、今はミストに攻撃が届かない所にいる。そこで攻撃を仕掛けてきたのだから、間接攻撃であることはすぐに予想がつく。

 その赤い剣からは、見た目でも分かるような炎が放出される。かなりの高温のようだが、ミストの羽ばたきで簡単にそらす事が出来る。

 ミストの純白の翼は魔力の具現化であり、実際には翼というわけではない。なのでその羽ばたきも通常の物理法則に縛られず、その気になれば羽ばたきで竜巻を起こす事も出来る。いかに魔剣の炎といえども、より強力な魔力でなら打ち消すのは難しくない。

 これ以上調子に乗らせる事も無いか。

 ミストが攻撃に転じようとした時、フォーアームが先程振った赤い剣の刀身が青く変わるのに気付いた。

 ミストは真っ直ぐ行くと見せて、フォーアームの近くで横へ回り込む。

 迎え撃とうとしていたフォーアームが剣を振ると、フォーアームの前の足元から氷柱が剣山のように生える。

 リャルドーが持っていた精霊の剣の下位ってところか。刀身の色が変わるから分かりやすいが、面倒な能力だな。オートガードとコレだけで十分強力だ。一本くらい持っておくべきだったな、失敗した。だがまあ、あの魔剣ウィリアンダの相手よりはマシだな

「どうしたミスト、後手じゃないか」

「うるせーよ、魔剣使われ。どう考えてもお前の強さじゃないぞ!」

「それも込みで苦戦しているのは、お前だミスト。ここで魔剣を手に入れたのも実力だ」

「都合良く解釈しやがって」

 妙に勝ち誇っているフォーアームにミストはイラつき始める。

 気に入らないな。こんな奴に本気出すのも気に入らないが、実力の違いを見せてやるか。

 身体能力ではミストはフォーアームなどとは比べ物にならないほど高いのだが、持っている武器の違いは圧倒的にフォーアームの持つ四本の魔剣の方が強力極まる。

 ミスト自身武器による強化を否定するつもりはないが、いざそれが目の前に障害となって現れては納得いかないところがある。

 だが、あの下位精霊の剣は刀身の色が変わる合図の他、色が変わりきるまでその効果は得られないらしく、しかも有効射程も狭い。強力な事は間違いないが、高速行動に対してはそこまで有効な武器では無い。

 ミストは素早くフォーアームに切り掛る。

 フォーアーム自身の戦闘能力は高いので、ミストの攻撃にもある程度は対応出来る。一度防戦に回っては下位精霊の剣では有効な手立てはない。だが、ここではオートガードのディフェンダーがミストを阻む。

 明らかにフォーアームの意志とは別の動きで剣が動き、ミストの攻撃を防いでいる。

 オートガード以外にも、フォーアームの動きが段々良くなってきているのも気になる。

 ん?あの左腕、それなりに深手だったはずじゃなかったか?たしかリフが得意としていた戦い方で傷付けられたとか、そんな話だったんだが。

 二本とも健在な右手側より、一本が分かりやすく傷付いていた左側からミストは攻めていたので、その動かないはずの一本が戦闘行為に参加してきているため、攻防のスキが小さくなってきているという事らしい。

 って事は魔剣の中の一本はヒーリング効果があるのか。ますます面倒な事だ。

 回復魔法が失われつつある今、この様な自然治癒能力を持つ魔法効果は貴重な物だが、上位クラスの魔法物にはこの効果がある物も多い。

 リャルドーが簡単に手放したのを見ると、おそらくそれのみの効果の剣なのだろう。

 後で貰おうかな。

 ミストはオートガードの剣に攻撃を弾かれながらも、そんな事を考えていた。

 おおよそではあるが、魔剣効果は分かったので、勝負をかける事は出来る。オートガードの効果は絶対という程ではない。完全に攻撃をシャットアウトしようとすると、確実に使用者を傷付けることになる。この剣にはそこまでの効果が無いので、ある程度以上の速度や強度に対しては防ぎきるという事は出来なくなる。もちろん直撃を避け、ダメージをカットすると言う目的は果たせるので二刀流での効果は高い。

「出し惜しみか、ミスト。それともそんなモノか?」

「白いの、手伝った方が良い?」

 外野のリャルドーどころか、お掃除メイドまでそんな事を言っている。

「うるせーぞ、外野!黙って掃除でもしてろ!」

「強がるなよ。俺は構わないぞ? あいつの方が強そうだしな」

 フォーアームがニヤニヤしながら言う。

「あー、もう頭にきた! 今まで我慢してきたが、武器の分析なんざやってられるか! 外野はうるせーし、内一人は陣営的には身内なのもムカつく。おい雑魚キャラ、不用意な事は言わない方が良い。精霊の剣モドキとヒーリング効果、ガードとちょっと切れ味の良い剣を持った程度で調子に乗るな」

 一本は予測だが、リャルドーが渡した魔剣を見るとその程度の物なのだろう。

 その程度、と言ってもそれが四本も揃えばこんなに苦労させられるのか。使われ、と言えども侮れないな。

「一つだけ忠告しておくが、今の俺はキレてるから次の攻撃は本気で行くぞ。右肩から左わき腹にかけてを袈裟斬りにするから、防ぐ事を強く勧める」

 ミストは間合いを取ったところから細身の剣を構える。

「その手に乗るか。貴様の事だ。魔法でも飛ばしてくるつもりだろう」

「そんなペテンをお前ごときに使うものか。お前には俺が本気を出したら何をやっても勝てない事を、その生涯の最期に教えてやる。いいな、俺は袈裟斬りにお前をぶった切る。魔法なんか使う必要も無い。しっかり防ぐんだな」

「ほざけ、ペテン師」

 フォーアームは嘲りながらも、四本の腕で魔剣を構えるとミストの攻撃に備える。

 青い刀身の魔剣は、稲光をまとう刀身に変わっていた。炎や氷と比べると制御は難しいが速度で言えば魔法効果でも最速級の属性である。

 どんなに軽口を叩いても、フォーアームもミストを警戒している。

 それでもフォーアームは、まだミストの正確な実力を知らなかった。

 剣が届くまで、まだ距離があった。とても剣が届く様な距離では無かったための余裕。

 だが、それがフォーアームが見た最期の光景となった。

 その距離は残像さえも残さない神速で詰められ、切られるどころか近付くところさえ見る事も出来ずにフォーアームは切られていた。

 しかも腕などではなく、右肩から左腰にかけてを袈裟斬りに両断されていた。

 あざ笑うフォーアームは、その表情のままずり落ち、しばらく右肩から下の身体は立っていたが、右肩から上が床に落ちると共に力なく崩れ落ちる。

 誰の目にもミストが瞬間移動したようにしか見えない早業だった。

「さすがは『白刃』だな。軽口を叩いてもその実力に曇りはない」

 この場において、ミスト以外唯一驚いていないリャルドーが当然の様に言う。

「続けるか?」

 ミストはリャルドーに視線を向け、短く伝える。

 ミストが考えた恐怖を与える方法の一つである。リフは圧倒的実力差を見せつけ、一ヶ所を徹底的に痛めつける方法を身に付けたが、ミストは逆に相手に実力が圧倒的に違うと分からせる様に相手を攻撃する。

 何かされた事は分かっても、何によって命を奪われたのかを相手に分からせない様にする。いかに距離をとっても目で追えない速さで近付き、相手が行動を理解する前に切って捨てる。行なっている事自体は単純極まりないが、その神速と正確無比な狙い、さらに相手の首を跳ね飛ばす技量などクリアすべき条件はあまりにも高い。

 ミストはそれらを恐ろしく高いレベルで実現できる実力を持っている。

 相手を切り捨てても、返り血を浴びることも、その剣が血に汚れる事もない。それ故に『白刃』の二つ名を持つ事になった。

 もっとも『白刃』の二つ名も昔の話であり、由来を知る者などほとんどいない。まして普段の飄々としたミストの態度から、そこまでの剣の使い手であることなど予想のしようもないと言える。

 どちらかと言えば集団に対しての恐怖心を煽るのに向いている行動であり、単身で敵地に乗り込むことの多かった外交官のミストならではと言える神速の剣技である。

反射的に身構え攻撃しようとした褐色の女性を、リャルドーが止める。

「ヤクシニー、やめておけ。君は貴重なゲートマスターだ。ここで失っては割に合わない」

 リャルドーは苦笑気味に言う。

「正直、魔剣を用意すればフォーアームでも十分ミストと戦えると思っていたが、俺もまだまだミストを甘く見ていたと言う事だな。確かにいかに強力な魔剣を用意しても、最初から天と地程の実力差があっては話にもならないか。元の実力からなんら強化されていないのだから」

「諦めて帰るか?」

「そうだな。美味しい料理をいただいたことだし、今日のところは退散してやってもいいと考えている」

 リャルドーは笑って答える程の余裕を見せる。

 妙だな。魔人リャルドーの魔剣を盗んでいるのは向こうも気付いているというのに、余裕が有り過ぎる。盗んだ相手を殺してでも取り返すのが、魔人リャルドーじゃなかったか?

 ミストは記憶の中のリャルドーと、今目の前にいる人物の行動の違いに違和感を覚えた。

 何かあったのか?それとも、何か手に入れたか。リャルドーの性格からこの余裕は、何か力を手にしていると思うべきだな。

「見返りはなんだ? 飯だけじゃないんだろ?」

「さすがは外交官と言うべきか。言葉でスキを作れると思っていたんだが、それも上手くいかないな」

 帰るフリをしてスキを突くつもりだったらしいが、それはスキが出来たらの話である。リャルドーは本気でそのスキを作ろうとはしていない。

「リャルドー、下手な駆け引きはやめようぜ。お前ってそんなの得意じゃないだろ?」

「痛いところを突いてきてくれるが、確かにその通りだな。正直に言おう。俺としては、俺の武具を奪った連中であれ、その片棒を担いだ者であれ、疑いがある奴等は皆殺しにしようと思っていたんだが、冷静に見ると意外と俺にとって悪くない状況になっていたんだ」

「と、言うと?」

「俺は元々ファラーム出身だったが、いつの世もファラームの守りは固く、転覆させようにもビクともしなかった。ところが今は大きな混乱の前兆が見えている。役者が揃っているのなら、俺が舞台に上がるのは盛り上がってからで良いかと考えている」

「なるほど。使用料のかわりに露払いをしろって事か」

「そういう事だ。ミストならそれくらいやれそうだからな。大目に見てやってもいいと思ったのだ」

「面白い話をしてるわね」

 ミストとリャルドーの会話に割って入る声があった。

 部屋に入ってきたのは、バルギアルだった。

「ただいま。来客中だとは思わなかったけど、十分もてなしているみたいね。安心した」

「主人の恥にはならないようにしたつもりだよ」

 ミストは苦笑すると、血で汚れてもいない剣を一度鋭く振って、鞘に収める。

「白いの、今の何?」

「ああ、実はこの剣って魔法の武器じゃないんで、血払いくらいしないと大変な事になるんだ」

 お掃除メイドの質問に、ミストは軽く答える。

「魔法の武器じゃない、だと?」

 食いついて来たのはリャルドーである。

 魔剣を四本も持ったフォーアームを、一瞬のうちに両断したその武器が魔力を帯びていない事が信じられない、と言うよりミストのハッタリだと思っているようだ。

 実際にミストの使っている剣はまったく魔力を帯びていないと言う事は無い。だがそれは切れ味の強化程度のものであり、ミストが口にした通り通常の武器より劣化の速度は遅いものの、血脂による切れ味の低下は起きる。

 リャルドーの持つ魔剣では考えられない、自然現象の影響を受ける程度の強化しかなされていない剣をミストは愛用している。

 今のファラームはもちろん、世界中の実力者の手には強力な魔力を帯びた武器がある。ミストの様に劣化を起こす様な武器を使い続ける事はほとんどない。お掃除メイドが、血払いの動作を見た事が無いのも無理はない。

「俺自身が武器によって強化されるのが嫌いなんだよ。いや、ちょっと違うな。武器の手入れが好きなんだろうな。なんか手間をかけてやれば、期待に答えてくれる感じがするだろ?」

「古臭い考えだが、嫌いじゃないぞ」

 リャルドーは妙に警戒心を強めている。

「お前はどうだ、バルギアル」

「あれ、わかった?」

「ミストとの会話でな。正直に言うとイメージとはかけ離れているが」

「でしょうね。よく言われるわ」

 リャルドーの言葉にバルギアルは笑う。

 リャルドーとは初対面だったが、俺の言葉でバルギアルだとわかったと言うくらいなので意外と人の話を聞いてる奴なんだな、とミストは感心する。

「盗人の親玉、いや盗人そのものが現れたか」

「盗人? 何の話?」

 バルギアルはあからさまにとぼけてみせる。

 いったん冷静になっていたリャルドーは、火が付いたように表情を変える。

「私が舞台を整えたんだけど」

「そりゃそうだ。実際に俺のボスなわけだから」

 ミストがバルギアルを見て言う。

「ミストを使うにはバルギアルの様な小娘では役不足じゃないか? いっそ俺のところに来たらどうだ?」

「どっちかといえば、お前の方が役不足だよ。俺はこっちの地味子でいい」

 リャルドーの勧誘をミストは一言で蹴る。

「血生臭いのは好きじゃないんだ。リフでも誘ってやってくれ」

「あ、思い出した! あいつ、『黒槍』と一緒にいた召喚士です」

 褐色の女性、ヤクシニーがリャルドーに向かって言う。

「何? またリフに会ったのか?」

 ミストがバルギアルに尋ねる。

「いや、私も会うと思ってなかったし、向こうは私と気付いてないみたいだったけど」

「ああ、リフじゃなくてもお前には三回くらい会っても覚えられはしないだろう」

「私もそう思う」

 ミストとバルギアルはのんびりと話している。

「ミスト、お前だけなら見逃してやったが、バルギアル、俺の物の手を付けたヤツを見逃す訳にはいかんのでな」

「勝手な言い分ね、リャルドー。お前はどうやって手に入れてきたというの。力で奪い、スキを見て盗んできた物でしょ。自分は良くて他人はダメだなんて、道理が通らないわ」

「魔王が道理などとは笑止。それに魔界の住人ならわかるだろう。力を見せなければ部下を従える事すらできない事を」

「そんな事はないわよ。従えているかはともかく、私はミストにもお掃除メイドにも力を見せていないどころか、ケンカで勝負したらミストはもちろん、お掃除メイドにも簡単に一発で負ける自信があるからね」

 バルギアルは堂々と言い放つ。

「カッコ悪い宣言だな、おい」

「でもドールもそうだと思うけど。あいつがリフを力で従えているとは思えないし。ん? だとするとリャルドー、お前の考え方が間違ってない?」

「お前らの方が例外なんだよ」

 リャルドーは呆れて言う。

「で、どうする? 城を血に染めるか? 気乗りしないが、俺は構わないぞ?」

「ちょっと待って。ここはルビーブレイドに倣って話し合いで解決しようじゃないの。すでに一つデカい死体があるわけだし」

 剣に手をかけるミストを、バルギアルが制止する。

「話し合い? この魔人リャルドーを説得できるとでも?」

「生死を分ける所だし損得勘定の出来る者なら、不可能では無いと思うけど」

「ほう、それは戦えば勝てると言っているわけだな。面白い。おい、ソレを片付けろ!」

 リャルドーは血に飢えた獣の様な笑顔を浮かべ、フォーアームの死体を指差して言う。

「はいはーい、片付けなら私やりますよ。お客様は座ってて下さい」

 お掃除メイドはこの場で誰よりもイカツイ体格であるにも関わらず、まったく嫌がる事もなく、両断されたフォーアームの死体の処理を始める。

「バルギアル、お前の直接戦力はミストとアレのようだが、それで俺達を殺せるとでも?」

「まあ、ミスト一人でも十分だろうけど、必ずしも直接戦力で私が戦力外とは限らないでしょう? 一応私はファラームでは召喚士を語っているから、それなりの事は出来る。あと、魔界の住人なら、見た目がアテにならない事くらいわかるはずよ」

 バルギアルはそう言うと、意味ありげにお掃除メイドに視線を向ける。

「まあ、見た目でわかる事もあるけどね」

 バルギアルはリャルドーに向かって言う。

「どういうつもりかは知らないが、それで説得できるとでも思っているのか?」

「言葉だけなら無理だろうと、私も思ってるよ」

 バルギアルは笑いながら、お掃除メイドを見る。

「腕力だけで勝てるとでも思っているのか?」

「思ってないわよ。でも彼女は竜人だから、腕力だけとは思わない方が良いわね」

「マジか?」

 驚きの声を上げたのはミストである。

 この城で待機している間は、ミストもこのお掃除メイドを見ているが、掃除をしていないときには洗濯や料理と家事に明け暮れている。竜の血を宿す者は、基本的に桁外れの身体能力を持つためその力を振り回すワガママな存在が多い。

 ある意味ではワガママ極まる毎日を送っているお掃除メイドだが、竜の血を感じさせる様なところは無い。どちらかと言えば食人鬼の希少種と言われた方が簡単に納得できる。

「その程度で脅しになると思うのか?」

「リスクの割にリターンが無いのはわかるでしょ?」

 バルギアルの言葉にリャルドーは眉を寄せる。

 リャルドーのメンツを守るというために払う犠牲のリスクは、バルギアルが言うように見合うものではない。

 そもそもミストが本気を見せたと言っても攻撃する場所を宣言して、そのまま切り捨てた一刀のみである。その気になればミストには魔力の翼を使っての攻撃もあるのだから、物理攻撃に限定した本気の一撃であり、リャルドーの切り札はわからないが少なくともリャルドーにミストと戦いながら他のメンツと戦う余裕などないはずだとミストは分析している。褐色の女性ヤクシニーの実力は未知数だが、龍人らしいお掃除メイドを相手にするにはいくらなんでも荷が重い。

まあ、バルギアルは一応召喚士ではあるが戦力外と言えなくもない。それは相手は知らないだろう。

「もう一つ。ミストと話していた通り、今のファラームは近年稀にみる混乱の中に陥る事になるはずだけど、それは今、このタイミングじゃない。もう少し待てば、お望みの舞台が用意出来るはずよ」

 バルギアルの言う事は、ミストにもわかる。

 元々はリャルドーの物であったが、強力な武具が渡り始めている。今はまだその能力を確認をしているところで、行動を始めているわけではない。まだ芽が出ているだけで、収穫期が来ればこんなものではない。

「それまで待て、と?」

「リターンは十分見込めるでしょう?」

 リャルドーの質問に、バルギアルは答える。

 これはほとんど説得出来ているな。

 ミストは雰囲気を支配しているバルギアルを見てそう思う。

 だが、ミストもバルギアルも収穫期にファラームを転覆できるとは思っていない。とにかく力でどうにかできる国ではないのだ。

 いかにリャルドーが強力極まる、神々の武器を手に入れたとしても、あの女王に力で向かっても勝てないだろう。武器に頼らないでもミストすら凌駕する実力を持ち、ファラームの国宝の中には『三女神の剣』と言われる神々の武器がある。単体であの化け物に挑む事も、その素振りを見せることも、命知らずの行動である。

 そういう意味では、バルギアルは正確に情報を伝えている。

 ファラームは近年稀に見る混乱に陥る事になるだろう。だが、それだけだ。今のファラームを力だけで転覆させる事など不可能といえる。いかに混乱に陥る事になっても、最終的には力によって粉砕される。

「いいだろう。口車に乗ってやるよ」

 リャルドーは折れてそう言う。

 わかってないな、リャルドー。力自慢が勝てるような甘い相手じゃないんだよ、この国は。

「だが、この城は気に入った。ここで待たせてもらう事にする。どこかへ去るならお前らの方じゃないか?」

「そうね。じゃあ、城は譲ってあげる」

 驚くほどあっさりとクルーファ城を放棄するバルギアルの行動に、無茶を吹っかけたはずのリャルドーの方が驚いている。

「何? ここは貴様の本拠地ではないのか?」

「拠点なんてどこにでも置けるわ。こちらは三人しかいないんだから、安い路地裏のアパートでも十分機能できるって事。大所帯みたいなそちらが使った方が城も喜ぶと思うから」

「掃除も行き届いているだろうからな」

 ミストが現状を見て呟く。

 いつの間にかフォーアームの姿形もなくなり、大量に流れたはずの血の跡すらも残らないほど綺麗になった状態で、お掃除メイドがミストに向かって分厚い胸を張っている。

「それでいいのか、ミスト」

「ああ、ボスが言うんじゃ仕方がない」

 リャルドーに向かって、ミストは肩をすくめて言う。

 クルーファ城はブラザーズシティーに頭を押さえられている。三人という身軽さを考えると、確かにこの城を固守する必要もない。それどころか拠点としてこんなに目立つところは、かえってバルギアルの拠点には向かない。バルギアルが言う様に、驚くほど目立たない魔王バルギアルと、勢力の全戦力が魔王込みで三人という事を考えると路地裏の小汚いアパートの方がこのクルーファ城よりはるかに拠点として向いていると言える。

「それじゃ、大事に使ってね。別の拠点には私なりに候補があるから、そこへ移る事にするわ。でもリャルドー、くれぐれも焦った行動は取らないでよ。行動するべき時はもう少し先なんだから」

「ああ、了解した。ここは信じておこう。面白そうだしな」

 リャルドーも、納得したようだった。


「で、ここが新しい拠点か?」

「ええ。何より目立たなさを優先してみたのよ」

「さすが魔王様ですね。ばっちり目立ちません!」

 自信満々のバルギアルに対し、お掃除メイドは目を輝かせている。

「いや、まあ、目立たないといえば目立たないだろうけど」

 ミストはバルギアルの言う新たな拠点に目を向ける。

 そこはブラザーズシティーの港にある倉庫群の中の隅にある、廃倉庫の一画であった。

「いくらなんでもココはあんまりじゃないか? さすがに魔王の噂を聞きつけた勇者が魔王を倒しに来た時ここだったら、色々ショックじゃないか?」

「そう?」

「そんな事無いように、綺麗に掃除しておきます」

「いや待て待て。ここの一画だけピカピカに綺麗だったら、めっちゃ目立つだろ。それに、それはそれで勇者ビックリするって。魔王倒しに来たらすげー掃除が行き届いてて、自分の部屋より綺麗とかなったら、パーティーの女の子がショック受けちゃうよ。魔法使いの女の子が魔法より部屋の掃除の必要性とか考えて、軽く自信消失しちゃうから」

 ミストは二人に向かって溜息をつく。

「まあ、短期間の拠点なんだから、そんなに気にしないでよ」

「短期間?」

 ミストはバルギアルに尋ねる。

「確かに勇者が魔王を倒しに来た時にココだったら色々ショックだろうし、掃除が行き届いていることで年頃の女の子にイロイロ深い事考えてもらう事は考えていないって。ミストもわかっているとは思うけど、ファラームでの行動はあまりにも厳しいから他の国に行くの。最終的には、だけど」

「大した深慮遠謀があるようで。俺はいいけど、ソッチは?」

「あん? 私は魔王様に一生付いて行きます。それがどんなところでも綺麗に掃除して見せますとも!」

 お掃除メイドは拳を振り上げて宣言する。

「だよな。聞いた俺が馬鹿だった」

 ミストは溜息をついて言う。

「具体的に何をどうするつもりなんだ?」

「うん? リャルドーに言った通り、待つ事が基本戦略よ。基本的には何もする事が無いんだけど、まあ無為に待つのも芸がないから、最終的な目的地について調べようと思ってる」

「それはドコなんだ?」

「神聖王国メルザファラ」

 バルギアルは軽く言う。

 神聖王国メルザファラは、ファラームと対極にあると言える国である。

 まず『門』が圧倒的に開きにくく、亜人ですら国民とは認められていない。メルザファラから見るとファラームは蛮族の国であり、魔界の影響を受けている住人は亜人ではなく魔物と認識される。

 そんなところをファラーム化するのが、バルギアルの目的らしい。

「正気の沙汰とは思えないが、面白そうだからな」

 ミストは苦笑して言う。

「じゃ、ファラームでの行動って基本的には終わりって事?」

「まあね。メルザファラの事を調べるためにも、現地に行く必要があるから一週間くらいここを使って、この後はメルザファラでの行動になるけど、ミストはファラームに残りたかった?」

「冗談じゃない。こんな所はどこかにいるらしいドールと、血の気の多いリャルドーに任せておくさ。お掃除メイドはもちろんバルギアルについて行くんだよな?」

「私が居なかったら誰が掃除するんですか?」

 あくまでも掃除メインなんだな、お前は。

 と思ったが、今さらなのでミストは黙っていた。


 この時点ではキッカケを作った当事者たちであっても、この後の展開を正確に予想出来てはいなかった。

 それぞれの思惑を超え、後の世に語り継がれる事となる全世界を巻き込む大戦の前兆は確かにこの時に存在し、動き始めていた。


「俺たちの冒険はまだまだ続くぜ、って感じ?」

「さすがです、魔王様!」

「まだまだ続くどころか始まってもいないけどな」

 妙に楽しそうなバルギアルとお掃除メイドをみて、ミストは深々と溜息をついた。


ここで一区切りです。

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