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第四話

続きです。

第四話


 ん?異様な魔力を感じた気がしたけど、気のせいかな。

 バルギアルは東の方を見ながら、そう思ったが気にしない事にした。

 金の事は気にするな、と言ったものの金策が思いつかなかったので、結局リャルドーのところから二、三個拝借して、それぞれを別の街に売ってきたのである。

 思いのほか、良い金になったわね。これならミストに小言を言われずに済みそう。

 まったく他人事で、バルギアルはそんな事を考えていた。

 今のバルギアルは、王都の南西にある『神々の住む家』と呼ばれる山脈の見える村に来ていた。

 話し合って決めた勇者候補である、金髪美少女のメルファが旅に出た場合、おそらくこの村に来ると思ったのだ。

が、この村はこの村で大きな問題を抱えていた。

「村長が女の子? そりゃ、村人さん達もやる気になるでしょう?」

「そう言うモンじゃないんだよ」

 バルギアルが何気なく言うと、意外なほど村人からは深刻な口調で答えが返ってきた。

 今はバルギアルは村にある、寂れた食堂に入っていた。

 ここの主人は村長を兼ねていたのだが、つい最近魔物の襲撃にあい、村を守るために奮戦して村を魔物から守り通して、この世を去ってしまった。

 その後を継いだのが、村長の二人の娘のうち長女の方。現在十八歳とファラーム女王と同い年らしい。

「世襲制で村長って決まるんだ。でもいわゆる、萌えるシュチュエーションじゃないの?」

「安全で平和ならそうだろうけど、この村は魔物からも狙われる事が多いんだよ。あの娘も頑張り屋なのは分かるけど、必要なのは愛らしさじゃなくて、村を守れる力なんだ」

「まあ、そうでしょうねえ」

 バルギアルは軽く答える。

 ファラームではやむを得ないが、小さな村では魔物の被害は死活問題である。村長の最大の仕事は、それらとの戦いにある。

 必ずしも最前線に立って陣頭指揮をとる必要は無いのだが、先代村長がそういうタイプの指揮官であれば、次代にも同じ事を求めてしまうのだろう。

 元々この村の村長は腕っ節が強かっただけに、その娘に同じ事を期待できないという常識的な判断は村人にも出来たようだ。

 問題は、同じ事が出来ないからダメだ、と結論付けているところである。

「なあ、旅の人。あんたが村の誰かの嫁になれば良いんじゃないか? あんた、魔術師とかの類だろ?」

「魔術師? まあ、似たようなものだけど、どちらかと言えば召喚士の類かな」

 と、現役魔王は答える。

「でも、嫁と言われても現実味が無いでしょう。素質があれば私の知る召喚術を教えてやれるけど、こればっかりは持って生まれるモノだからなあ」

 魔術や魔法に関わる能力と言うものは、基本的には先天的な能力の有無が非常に大きくなる。努力では絶対に身に付かない、という事は無いが、持って生まれた才能の違いを埋めるには文字通り命を削る事になる。

 まして召喚魔法ともなると、今では回復魔法と同じく失われつつある資質であり、呼び出せる質を問わず召喚が出来るというだけで特別視される程である。

 今のバルギアルはただでさえ目立たない外見の上に、旅人が身にまとうマントと、バルギアルが調べた限りで魔術師の服装で最も多かった服装をしている。

 そのため食堂にいた男も、バルギアルを魔術師と思って声をかけてきたのだ。

 まさか目の前のまったく目立たない地味少女が、現役魔王とは夢にも思っていないだろう。

 でも、ちょっと待ってよ。それだけ深刻な魔物の被害を受けているという事は、すぐ近くに『門』があるという事じゃない?使えるかな?

「さて、じゃ村長さんってどこで会える?」

「ん? 嫁にでももらうのか?」

「ファラームって同性でも結婚できるの? いや、そうじゃなくて、新村長に興味があるの。なにより女の子村長ってところは貴重な萌え要素だと思うんだけど、コレいかに?」

「そこに萌え要素を求めるのは、趣味嗜好の問題もあるからなあ。俺はあんまりソコには萌えないかな」

「そうなの? 妹か? やっぱり時代は少し前から妹の時代なのか?」

「それも趣味嗜好の問題だが、俺はソコには萌えるなあ。残念なのは、俺の実の妹には一切萌え要素が無いって事だな」

「そりゃ何より。道を踏み外さないで済んだじゃない」

「わかるよ? わかってるよ、わかってはいるんだけれども、そこは夢をみたいじゃないか。人間だもの」

 バルギアルと村人の男が熱く語っていると、刺す様な痛い視線を感じた。

 視線を感じた方を見ると、十代中頃の少女が店の入口から、奇妙な生き物を見る様な目で二人を見たまま固まっていた。

「村長さん?」

「いや、妹さん」

「え? 村長の妹さん? そんなもん萌えフックだらけじゃないの?」

「あんた、あの目で見られてまだ押せる人?」

「人の目ばかりを気にしている人生なんて、生きていても辛いだけじゃい。人の目なんか気にしていては、思うように生きられないよ?」

「言ってる事は物凄い良い事っぽいけど、使い方間違ってないか?」

 村長の妹という少女は、店に入ってくるもののバルギアル達を必要以上に遠回りして距離を取りながら席につく。

「何かトゲトゲしいよ、村長妹。あんまり雰囲気良くないけど」

「心当たりは、あるべきだと思うよ? 特にアレだよ、魔法使いだったら色んな空気を読める感覚を磨いた方が良いんじゃないの?」

「うん、その通りね。忘れない内にメモしておこう」

「あんた、この辺の人じゃないみたいだな。浮世離れっぷりが大したもんだ。どれだけ人里離れた所で生きてきたんだ?」

「まあ、あれよ。私ってほら、召喚士で召喚術の勉強してたから」

「妹さんにそう説明してくれよ」

 会話の内容が気になっているのか、チラチラと視線を向けている少女の方を見て、男はバルギアルに言う。

「いや、私って妹萌え無いから」

「コレを機に開拓したらどうだ?何にでも興味持った方が良いぞ?」

「いやいや、それはちょっと遠慮しておくわ」

 村の男は年頃の少女と思って軽く言っているが、バルギアルはこの男より遥かに年上であるが、見た目ではまったく分からない。

 何しろ魔界の時間の概念は、こちらの感覚とは大きく違う。実際に魔界の住人は成長しても老化はほとんどしない。全くないというわけではないが、老衰するためには数万年を生きてもまだ足りない。少なくともバルギアルの知る限りでは、姿を消して消息不明になった者は数知れないが老衰でこの世を去った者は一人もいない。

「あら、いらっしゃいませ。旅の方ですか?」

「あ、お姉ちゃん、お帰り! 変態がいるから近づかない方が良いよ」

 新たに店に入ってきた十代後半の少女に、先に来ていた少女が言う。

「変態って言われてるよ?」

「え? 俺で確定なの? 君かも知れないだろ」

「視線は私よりそっち寄りだけどね」

 バルギアルは村人に言う。

「ダメよハルナ、ゴズさんにはともかく、旅の人を変態呼ばわりしてるみたいに聞こえるわよ」

 村長と思われる少女は、優しく妹に向かって諭す。

 さらりとキツイ言葉が混ざってた様にも聞こえたが、気のせいか?

「ナズナちゃん、さらっと酷い事言ってるよ? お兄さん、ちょっと傷つくよ?」

「ごめんなさい、ゴズオジサン」

満面の笑みを浮かべて、村長となった少女ナズナは謝っている。

 少なくとも反省していない事は間違いない。

「それにゴズオジサン、旅の人が皆サムさんみたいにお人好しの根無し草じゃないんですよ」

「それはわかってるよ。ついでに言えば、ゴズお兄さん、サムより年下よ?」

「旅の方はここで休憩ですか?」

「お兄さん、そこまで露骨に無視されたら泣くよ?」

 村人のゴズはそう言うが、ナズナはまったく気にしていない。

「まあ、そんなトコ。特別目的も無くウロウロして、ちょうどいい所に村があったんで寄ってみたって感じかな」

「で、オッサンの変態トークに付き合ってたの?」

「妹ちゃんまでお兄さんをいじめるのか? 泣くよ。お兄さん、本気で泣いちゃうよ?」

「まあ、幅広い趣味を理解するのも大事と思って」

 バルギアルがそう答えると、ナズナは苦笑いし、妹の方はあらためて謎の生物を見る目を向け、ゴズは大きく溜息をつく。

 何?このリアクションは失敗なのは分かるけど、何がマズかったの?ミストなら上手くやるんだろうけど、私では上手くいかないな。

「幅広い趣味の方はともかく、ゴズさんの話では何やらお困りの様子。私で良ければ力になるけど?」

「変態トーク的に?」

「ええ。お望みならソッチ方面でも構わないけど」

「待て待て、召喚士。お前が喋ると状況が悪くなる。ここはお兄さんに任せろ」

「旅の人が、力を? でも見ての通り貧しい村だから、何もお礼できませんよ?」

「おーい、ナズナちゃん? お兄さんの事、無視してる? お兄さん、立場無いよ?」

「まあ、私もただの興味で言っている事だから、お礼なんか貰っても困るわ。実際には召喚士である私に協力出来る事もあるかどうかわからないからね」

 結局ゴズ抜きで話が進む。

「じゃ、ちょっと村を見て回りませんか? 実際に見て回った方が分かりやすいですよ」

「待って、お姉ちゃん。そいつも変態トークしてた片割れよ? オッサンが危ない独り言聞こえる様に言ってた訳じゃないのよ?」

「この人は大丈夫じゃない? なんかサムさんと似た雰囲気あるから」

 心配する妹に、ナズナは笑顔で言う。

「サム?」

「ああ、何ヶ月か前までいた旅の人です。何かと助けてもらったんですけど北にある剣士の街に行ってみたいとかで、行ってしまったんですよ」

「なるほど。村の用心棒みたいな人物だったわけね。で、腕は立ったの?」

「それはもう。この村はもちろん、お父さんも見た事ないくらいだと言ってましたから」

 ナズナは少し寂しそうな笑顔を浮かべて答える。

 サム?私が調べた勇者候補の中には無かった名だ。腕っ節の良かったという先代村長がそこまで言うくらいだから、今度また調べてみるか。

「え? もしかして、サムさんの知り合いですか?」

「いや、まったく知らない。残念だけど初耳。どんな人だったの?」

「じゃ、村を案内しながら話しますね」

 随分と親切だな。やはりこういう小さい村は、なんとか強い力を持つ者を取り込もうとしているのか。それともただの底抜けなお人好しか?作為的な所は感じられないので、おそらくお人好しなのだろう。

 ファラームでは生きていけない類の性格ではあるが、その人の良さのため、旅人が彼女を守ろうとしてくれるのだろうと、バルギアルは分析した。

 村長となった少女、ナズナは確かに片田舎の少女としては美しい部類に入るだろう。だが、リリス女王の様に見るもの全てを問答無用で魅了するほどではなく、バルギアルが調べた勇者候補の美少女メルファの様に輝く様な美貌というわけでもない。引き締まった身体つきは、スレンダーというより戦う者の身体であり、女らしさという点でも先の二人とは比べるべくもない。

 ただ、一生懸命さの伝わる誠実な雰囲気を持っているため、実力のある者なら性別を問わず力を貸そうとする魅力を持っていた。

 しかし、ゴズの言う通り今のこの小さな村で必要なのは、その愛らしさより分かりやすい戦闘能力。実力のある冒険者という存在は、ファラームでは何処でも優遇される。そんな中、ボランティアで協力してくれる旅人が都合良く現れる事は極めて稀である。

 その奇特な存在が以前はそのサムという名の冒険者であり、今はバルギアルというわけだ。

 奇特、という点では確かに似ているのかも知れない。サムという人物の事は知らないが、自他共に認める奇特な人物であることは、バルギアルを知っていれば誰もが頷くだろう。

「そのサムの事を詳しく教えてくれない?」

 村を歩きながら、バルギアルがナズナに尋ねる。

 ナズナの言うサムという戦士は、黒髪の美男子で飄々とした雰囲気のイマイチ掴み所の無い人物らしい。

 この村にいる時には、手近にある武器を使っていたそうだが、剣を二刀流で戦ったり槍を振るったり弓で援護に徹したりと、およそ武器であればなんでも使いこなせた。一方で他者を指揮する事は苦手だったらしく、当時の村長に使われて戦う事はあってもサムが人を使うような事は無かった。

 恐ろしく強い兵士である事は間違いないようだが、それが即ち優秀な将の条件ではないという生きた見本のような人物だったと言う。

 それほど優れた人物であれば、バルギアルの調べた勇者候補の中に引っ掛かってもおかしくないはずだった。

 引っ掛からなかった理由の一つに、サムという人物が一ヶ所に長く留まる人物で無かったという事もあるかもしれない。

 本人に特に放浪癖があるわけでは無いと言っていたそうだが、長くても半年くらいしか同じ所にいないらしい。生活力の無さから、一ヶ所に腰を下ろすより転々としている方が性に合っているそうだ。

 冒険者の典型と言えなくもない。

 とはいえ、戦いの中でしか生きていることを実感できない、という事も無い。性格で言えばその戦闘能力からは考えられないくらいに温厚で、どちらかと言えば事無かれ主義な所が強い。

 まるでドールね。意外とどこにでもいるのかな?

 しかしその生き方が出来るのは、相応の実力が要求される。何時何処で『門』が開くかも分からないファラームではなおさらである。

 だが、本名かどうか分からないのは、調べる上では痛手と言える。

 どこでもサムと名乗ってくれればまだ探しようもあるが、いかにも偽名の名前なので、その都度名前を変えている可能性も高い。

 探すとしたら、名前では無く外見的特徴からの方が早いかもしれないわね。

 ファラームには意外な程黒髪が少ない。漆黒の髪を持つのはファラーム王家を除くとごく少数である。その特徴の長身の戦士となると、ファラームの中でも両手で足りるくらいしかいないだろう。

 人探しの目処が立ったので村の状況に目を向ける。

 じっくり観察すると、この村の状況の悪さが際立ってくる。

 第一に戦える人数が驚くほど少ない。ファラーム王都や大都市ブラザーズシティーであれば軍隊が駐留しているが、街や村でも自警団を組織して魔物の被害に備えている。しかしこの村は先代村長が恐ろしく強かったのか、村にたまたま用心棒が務まる冒険者がいるのか、村の自警団の質と数が村を守るにも絶望的である。

 戦う兵だけの問題ではない。本来あるべき戦う時の装備、特に弓矢や槍と言った援護用の装備の備蓄が圧倒的に少なく、槍などまともに使えそうな物など一本あるかどうか。盾にしても攻撃に耐えれる物となるとかなり少ない。

 前準備という点においてバルギアルも行き当たりばったりなのは間違いないが、この村の危機管理能力の欠如は、本当に魔物の被害に苦しんでいるのか疑いたくなる。

 だが、村の立地自体は悪くない。

 南の山脈『神々の住む家』に『門』が開く事が無いのは、バルギアルの調べから分かっている。つまり南からの襲撃はまず有り得ない。

 北にはルビーブレイドとの戦いによって深く傷付けられた傷跡、魔法砂漠が広がるためこちらも『門』が開く事も少ない。

 魔法砂漠はかつて極大魔法によって作られたもので、生命が生きる事を許さない地帯である。はずなのだが、本来極大魔法によって出来た死地には在り得るはずもないオアシスがあったり、旅の往来が出来る様に見えない道があったりと、どういう理論かわからないが冒険者のための魔法の力が働いている。

 つまり北から冒険者が来る事があっても、魔物は大きく迂回しないと北からは来れない。

 村の西は段々畑になっているため、多少の整備と装備があれば防ぐのは難しくない。

 問題は村の入口に当たる東。整備されているとは言い難いが、それでも道がある。さらに拓けた場所なのでここだけはどうしても守るのが厳しい。

 櫓が立ち、見晴らしも良いので魔物の発見は早い。腕っ節に自信を持ち、戦士として優秀だったとういう先代村長とサムという二枚看板がいた頃は、まったく心配なかっただろう。

 ところがその二枚をほぼ同時に失っている状態で、危機管理能力の欠如と兵力の不足、装備の劣化という状態では東からそれなりの数の魔物が襲撃して来たらまず防げない。

「早急に手を打たないといけないのは、飛び道具の確保と装備の補修からね。特に敵を撃つのに技術を必要としないクロスボウの類が絶対必要よ。それをまとまった数用意出来れば、ひとまずは兵力不足も補えると思うけど」

 弓と比べて弩の類は、整備や構造は複雑になるが、威力と命中率の違いは素人であればあるほど大きな差になる。

 優秀な兵士を作るのは簡単ではないので、少しでも優秀な武具を用意する方がまだ現実的な手段である。

 ところがこれにも問題は付き纏う。

「装備は整えたいんですけど、そのお金が無いんです」

「その問題があったか」

 構造の違いを考えればすぐに予想出来るが、極論すればしなる木や竹に弦を張っただけの弓と、引き金を引くだけで矢を飛ばす仕掛けの着いた弩では手間の掛かり方が違う。

 人数分の弩を用意できれば、村の防衛力は劇的に上がるが、そのための予算も劇的に跳ね上がる。また、弓は手先が器用であれば現地調達も不可能ではないが、弩を現地調達など事実上不可能であり、材料だけ揃えられても作るには職人級の技術を要求される。

 たまたま金ならある。あるのだが、今バルギアルの持っている金はこちらの活動資金である。村の装備を整えるには十分な金額ではあるが、自衛できない村は何もこの村だけではない。その全てを守る事など、バルギアルには到底不可能である。

 どちらかと言えば混乱を招く側なので、余計に手を出しづらい。

 さて、どうしたモンか。

 兵士を育てるというのは、一見手間はかかるが安く上がりそうだが、使い物になるまで鍛えるとなると、そう安くない。それにどうしても時間が掛かる。何時魔物が来るか分からない上に、襲われては守る事もままならないのでは育てる時間も無い。

「だとすると槍かな。クロスボウほど手軽じゃ無いけど、剣より戦力になると思う。数さえ揃えば、守りで使う分には剣より扱い易いはずよ」

 もちろん極めるとなっては話が変わってくるが、数が揃って突きかかれば、即席の槍衾として最低限の機能を果たせる。

 それに集団戦における戦力は、行動の統一に大きく影響を受ける。そのため最低限の訓練は必要になる。が、兵士の数は少ない。

「もうどうしようもないわね。後は命を賭ける覚悟に頼るしかないけど、それも絶望的よ」

「そんな見捨てないで下さいよ。私は村を守りたいんです」

 口調は軽いが、表情はさすがに曇っていた。

「そうは言ってもさ。時間的に余裕があるかどうかも分からない、財政的にはまったく余裕がない、自警団を組織して戦う気も無いとなれば、もう出来る事なんてないって」

「わかります。わかりますけども、それでも村を守る為に命を賭ける気持ちに嘘はないんです」

「村長さんはそうでも、村を守る義務は村人全てにあるべきでしょ? 村長がしっかりしてないから村が無くなったなんて言い訳、通用しないはず。村人ってそんなに守られるべき存在なのかなあ?」

 バルギアルは本気で不思議そうに言う。

 ナズナはその言葉通りに、村を守る事を真剣に考えているし、そのための努力も惜しまない事も、必要なら命を賭けられる覚悟も十分に伝わってくる。

「だとすると、罠かな」

「罠?」

「少なくとも一回なら効果があるから。労力もかからない訳じゃないけど、戦闘訓練を続けるよりは簡単に済むわよ。でも、言うまでもないけど、一時しのぎでしかないよ。根本的に解決させるには、やはり自警団の設立が絶対条件。というより、自警団が無い事の方が驚きかな」

「お父さんが、強かったですからね」

「そういう問題じゃないんだけど」

 強い者が引っ張ってくれる事に慣れると、考えることを放棄する。人間誰しも楽な方に流れていくものである。

 そんな村を世襲で押し付けられたナズナも大変だが、それを前向きに捉えて少しでも出来ることをやって良くしようとするのだから大したものだ。

 しかし罠というものの効果は軽視出来ない。特に足元の草を結んで転ばせるという子供のイタズラレベルのスネアトラップですら、野外戦での効果は十二分に高い。竹槍を仕込んだ落とし穴などは、あからさまな見た目の割に十分過ぎる効果があるため古典的であるにもかかわらず今でも罠といえば落とし穴というくらいに、効果が期待できる。

 ただ、殺傷力を求めるくらいの罠となると、かなりの知識と労力を要する。

 装備を整えたり、兵士を鍛えたりよりは時間にも予算にも優しい。だが、恒久的な問題解消にはならない事も確かである。

「とにかく落とし穴から始めましょう。往来の行商人とかはいる? そういう出入りの面子が落とし穴に落ちたりしたら、この上無い大惨事になっちゃう」

「え? まあ基本は自給自足ですから。それに旅芸人さん達もこの前来たばかりですから、多分大丈夫だと思います」

「見張りは決まっていたりするの? 最低限見張りの人達が場所を知っていれば、落とし穴を避けるための誘導も出来る。その人達にも罠の設置の協力を頼みたいわね」

「それは大丈夫だと思います」

 イメージには無いかもしれないが、魔物に対策するための罠を準備するとなれば重労働であるため、仕掛けるために人手は欲しい所である。

「私はもう少しこの近辺を見て回る。村長さんは年頃の娘さんだから、いつまでも見知らぬヨソ者とウロウロしていられないんじゃない?」

「旅人さんも同い年くらいじゃないですか? それに、そういうのに一番うるさかった人はいなくなりましたけど」

「ごめんなさい、変な事言っちゃったわね。とはいえ、一般的な倫理観から村長さんは戻った方が良くない? まあ、自分で責任を取れる歳といえば、その歳かもしれないけど」

「旅人さんって、道徳家なんですか? それともお母さんタイプ? 発言から微妙な加齢臭が感じられますけど?」

「そうね、道徳を重んじると言いたいところだけど、うるさ型なのかも」

「宿に戻ってきます?」

「ええ、色々調べたい事もあるから、三日くらい滞在させてもらうかも」

 バルギアルの得意とする魔術を駆使すれば三日も滞在しなくても、半日あれば近くに『門』があるかを調べられるのだが、ここで大々的に魔術を展開させては余計に期待させてしまうかもしれない。

 性格的なものもあるが、無能と思われるのも自信過剰な相手が勝手に過小評価するのは構わないが、助けを乞う人物を切り捨てるために無能を演じるのは気が引ける。

 ミストには呆れられるかも知れないな。

 と、バルギアルは思うが、もしミストがこの立場なら何だかんだとブツブツ言いながらも力を貸すだろうとも予想出来る。

 村の防衛力を高めるための、基礎的な部分だけ手を貸す事にしよう。私の計画上では問題無いし、それどころかある意味では計画通りな訳だし。

「それでは、宿に戻ってます。魔物もですけど、野犬とかにも気をつけてくださいね、旅人さん」

「あ、そう言えば名乗ってなかったね。ルギアよ」

「私、村長のナズナです」

 ナズナはそう言うと、バルギアルと別れて村に戻っていく。

 バルギアルの研究は『門』の研究なのだが、『門』の仕組みなどの解明は進んでいるがそれが何時、どれほどの規模で、何処に開くかはまだ予測すら難しい。

 頻繁に開く『門』の中には、三日連続で開いたり、一日に複数回開く事もある。自在に『門』を開閉できるゲートマスターもいる位である。村の状況から、近くに『門』があってもそう頻繁に開くものではないようだ。それだけにバルギアルとしては見つけられれば、使いやすい『門』ではある。

 西側も気にはなるが、東の状況を見て回る。

 村から少し離れて人目が無い事を確認すると、バルギアルは両手から無数の小鳥や蝶を召喚する。

 これらの使い魔は情報収集において、非常に効果的に情報を集められる。

 使い魔の自衛能力は皆無だが、コウモリを使うより使い魔としての警戒心を誘わず、対象の近くで観察できる事が多いという利点がある。欠点はその戦闘能力の無さっぷりと、日が暮れると情報収集能力が激減してしまう事である。

 なのでバルギアルは日中に玉石混交になっても情報を収集し、日が暮れるとその情報を処理するというやり方をやっていた。

 「ん? あれはリフかな?」

 鳥の視点から、目立つ人影が見えた。

 そう離れていない所にだが、その女性がいた。

 黒髪と言うには碧が強く、光の当たり方によっては黒というよりエメラルドグリーンにさえ見える奇妙な色合いの長い髪。切れ長の目は鋭く、金色の瞳がさらに冷たさを増している。女性にしては長身で、薄汚れたマントをまとっているがその下には細身の身体を包む全身鎧も身体に合わせた細身の物である。

 デザインも独特で、魔界の魔王の身辺にいるものだけが身につけられるインペリアルガードの鎧である事も分かる。

情報収集の際に見知っている上に、ミストから詳しく聞いている。一度クルーファ城に来ているのでまず間違いない。

 だが、器用なミストならともかく、武力一辺倒のリフは戦場においては強力極まる存在だが、ここにリフが活躍できる戦場は無い。

 一応薄汚れたマントで本人は変装しているつもりだが、その残念な変装能力とあからさまに挙動不審な行動は、どうやら情報収集をしているらしい。

 この近辺にルビーブレイドの痕跡など無いし、まして魔王ドールが興味を示す何かがある訳もない。リフ自身が慣れない調査任務を自身の手で行うべき理由が無い。

 という事はドールが?

 何に対してもやる気の無い魔王というのがドールの評価だが、それは大きな間違いである。魔王ドールとは興味の無い事には徹底的に興味を示さないが、自分が興味を持ったものには驚くほど積極的に行動してくる。あくまでも興味を示したものだけであり、滅多にそういうものに出会わないのでやる気の無さだけが有名になっている。

 その魔王が動いたと思って間違いない。戦闘員として最上級のコマであるはずのリフを、このように間違った使い方をするのがドールという魔王である。

 でも、何を探しているの?私が調べた限りでは、この近辺に何かあるような事は無かったはず。強いて言うなら、ミストにばら撒いてもらった武具があるかと言う所だけどそんな物必要かな?リフは確か専用の槍を持っていたはず。ドールも、もう一人の元ルビーブレイドの腹心オウルも武器で戦うタイプじゃない。ましてドールも何かしら、強力な武器くらいもっているはずだし。面白そうだから、ちょっと話をこじらせてみようかな。

 ここでリフを見過ごしても、何も問題にならない。凄まじい戦闘能力を誇るリフではあるが、一人である。何かと器用なミストや謀略家のオウルであればややこしい話になるが、強力といっても直接戦闘員のリフであれば手を出さずにやり過ごすのが最善である。

 が、好奇心の方が勝ってしまった。


「なっ! だ、だ、誰だ!」

 そこまで驚かれると、驚かせた方が申し訳なくなる位の驚き方でリフは誰何する。

 ヤバいな、ミストがからかうのも分かるわ。何かイイ反応。

「誰だって、そっちの方が明らかに怪しいでしょ?」

「な、何? そ、そ、そんな事はない! 私は決して怪しくなどない!」

 見た目にはまったく体温を感じさせないくらいの冷たさだったリフが、この上なく慌てふためいている。

「いや、だってそこ、道でもないし」

「ち、違うぞ、コレは。何かを探していたとか、そういう事じゃなくて、その、ちょっとアレだったから、アレしてただけだから」

「いや、何も聞いてないけど」

「だ、だから私は何も探してなどいないと言っているだろう」

 天才的に密偵に向かない人だな。ルビーブレイドはよく上手く使えたもんだ。

 リフは恥ずかしさを誤魔化すために、意味もなく咳払いをしながら茂みから道に戻ってくる。

「貴様、地元の者か?」

 城に来た時に一度会っているが、その時には魔王の鎧を身に付けていた。今は特徴のない魔術師風の地味少女なので、研究者というより変人として四天王に数えられる現役魔王とは思ってもいないようだ。

 会った事が無ければ、バルギアルの名前の響きから男だと思うだろうし、鎧姿のバルギアルに会っていたとしても今の地味少女と結びつけるのは難しい。

「いや、私は地元じゃなくて王都の方から」

「まあ何にしても、知られたからには消えてもらう」

「何でよ? 何にも知られてないでしょ!」

「いや、オウルが言うにはバルギアルの手の者がファラームを探っているらしい。それを私が探しているという事を貴様に知られてしまった」

 全部今バラしてるだろ!っていうかワザとじゃないの?ワザとじゃないとすれば、これはある種の才能よ。

「ていうか、誰ですか?」

「誰って誰が? 貴様が何者だ?」

「いや、会話がおかしい。脈絡が無いにもほどがあるでしょ」

「それらも踏まえて貴様に消えてもらえば、全て丸く収まる」

 極論と暴論を合わせてもこの結論には行き着かないだろうが、話す相手がいなければ会話にならないので、丸くかどうかはともかく収まりはする。

「で、貴様は何者なのだ?」

「そっちが何者なのよ」

「私か? 私はリフと言う。魔王ドールの配下の一人だ」

 ホントに全部バラしてるわね。もう完全にアウトでしょ。

「私はルギア」

さすがに本名は名乗れないので偽名で乗り切る事にする。

「うむ。では貴様は何かバルギアルの情報を持っていないか?」

 だから、何であんたはそんな直球なの。直球にもほどがあるでしょう。何で皆が私の事知ってる前提で話してんのよ。

「それよりバルギアルって誰よ」

「何? 貴様、自分の仕える魔王の名を知らんのか?」

「待ってよ、何で私が魔王に仕えてる事になってんの? 王都から来たって事は、魔王じゃなくて女王に仕えてる事にならない?」

「いや、お前からは魔界の雰囲気を感じる」

 くっ、妙な勘の良さね。そこはさすがに一級の戦士。嫌な感じに油断ならないわ。

「混血だからじゃないの? それより魔王ってのはどういう事?」

「何? 貴様、本当に何も知らないのか?」

 大体、魔王の情報を探すのに茂みの中というのはおかしいというレベルではない。

「おかしいな。オウルは何か手掛かりが落ちていると言っていたのだが」

「どんだけ言葉通りに受け止めてるのよ、あんたは」

 手掛かりが宙を舞っていると言われたら空でも飛ぶのか、と言いたくなるが、この女性ならやりかねない。

「では、貴様は本当に何も知らないのか?」

「何を知ってればいいのよ」

 話している人物の正体は手がかりどころの話ではないのだが、切れ者として知られるオウルでもそこまでの偶然が起きる事は見抜けていないはずだ。

「では仕方がない。余計な事を知られた以上、貴様には消えてもらう」

「全部あんたが勝手にバラしたんでしょ! それに会話が進まないくらい戻ってるんだけど!」

「もういい。貴様じゃ話にならん」

 なんで私が怒られるの?ルビーブレイドって本当にこいつに兵権持たせて大丈夫だったの?一度じっくり話してみたいもんだわ。

 何故か怒っているリフは何処かへ歩いて行く。

「ところで、お前は魔界の住人では無かったのだな」

「ファラーム生まれの混血よ」

「フフッ、嘘が下手だな。お前には魔界の空気が染み付いている。それも、相当深いところのだ。隠しているつもりだろうが、貴様は魔王の近くに居たはずだ。ならば、ミストの名くらい聞いた事があるだろう」

「ミスト? ミストといえば『白刃』? え? じゃ、リフってあの『黒槍』?」

「ほう、私の事も知っていたか」

 いや、知名度の話をすればミストよりリフの知名度の方が高いから。

 魔界では器用なミストより、戦場で幾多の屍を作り上げて来た『黒槍』のリフの方が有名である。

ルビーブレイドの腹心で、『白刃』のミストを知っている者が『黒槍』のリフを知らない者などいない。

「では、何か情報を持っているだろう」

「しつこいな、いくら『黒槍』に脅されても知らないものは知らないって言ってるでしょ」

「ほう、この私に勝負を挑む気か」

「冗談じゃない」

 バルギアルはサッと後ろを向くと、猛ダッシュで逃げる。

 本当に冗談じゃない。まさかルビーブレイドの腹心中の腹心、『黒槍』のリフがここまで話が通用しないとは思わなかった。てっきりミストと同じような、話の出来る人物だと思ったがまったくダメだ。

 だが、考えてみるとココにリフがいる事がおかしい。オウルの指示と言う事だったが、オウルは何故リフに探しに行かせたのだ?

 さては、厄介払いだな。

 ミストもリフは苦手としていた。忠義心の塊であり、ルールを守り守らせる事を是とする彼女は、ある意味では四天王に匹敵する希少種と言える。

 それだけに自由気ままに行動しようとするドールや、ミストと気が合っていたというオウルにとっても煙たい存在だったのだろう。

 待てよ、ということはドールの奴、遊んでるな!

 とにかく自分の事のみ考えているドールにとって、自他共にルールというものに厳しいリフが近くにいてガミガミ言っていては何も出来ない。そこでドールとオウルが計って、バルギアルの情報をでっち上げたのだ。

 少なくともドールはバルギアルがファラームに来ている事を知っているし、基本的に研究者であるバルギアルが積極的にファラームを転覆させようとしない事にも予想はついている。なので、バルギアルがファラームで何かしているのは分かっているが、その事を調べてもリフでは手掛かりも見つけられるはずもない。さらに真面目なリフは何かしら手掛かりを掴むまでは帰ってこないというところまで考えているはずだ。

 まさかバルギアル本人が拠点以外でリフと遭遇するとは、誰も想像しなかっただろう。

 私も私なりに苦労しているつもりだけど、ドールの奴め。ここは一つやり返してやるか。

「どうした? 逃げるのをやめたのか?」

 いつの間にか目の前にいたリフが、バルギアルに言う。

 この辺りは、さすがに『黒槍』ね。歩法一つをとっても尋常じゃない。ほとんどテレポートのレベルなのにまったく魔力を使っていないんだから。

「いや、逃げてるんだけど、あんたが早すぎるのよ」

「魔術師という者達は、魔法に頼りすぎて自身の肉体を頼らない。それでは話にならないぞ。何を言っても身体が資本なんだ。女だから、なんて言われたくないだろ?」

「あの、魔王の情報かはわからないけど、一つ情報があるにはありますよ」

「むっ? やはりバルギアルの手の者だな」

「それじゃなくて、北の方にフォーアームを撃退した剣士がいるらしいけど、そいつが魔剣を持ってたって話よ」

「魔剣? それがバルギアルと何の関係があると言うのだ?」

「だから、魔王との関係は知らないけど、たかが村人がフォーアームを撃退したって言うんだから、その魔剣は相当の物じゃないの?」

 バルギアルは言いながら失言に気付いた。

 召喚士であれば、古今東西の魔物に精通していてもおかしくない。それどころか、召喚士の強弱に直結する情報なので知ってないといけない。が、専門知識は魔物のものであり、その武具や道具の知識はさほど重要ではない。

 まして王都出身の召喚士が、王都近辺でもない北の外れの村で起きた遭遇戦を知っている事など有り得るはずもない。さらに遭遇戦の対戦相手や、その人物が持っていた武器が魔剣だったなど、その戦闘を見ていないと知り得ない情報である。

「なるほど、魔剣か。バルギアルにつながる情報かはわからないが、探ってみる価値はあるか」

 リフは腕を組んで頷いている。

「相手がフォーアームでは腕に覚えがあれば撃退出来るだろうから、アテには出来んが」

 リフはそう言うが、彼女は自分を基準に考えているようだ。

 確かに『黒槍』であれば、フォーアームが束になっても敵う相手ではないだろうが、身体能力に優れる者が多いファラームであったとしてもフォーアームを撃退できるとなったら、それはもう誇っていいレベルである。

 王都や大都市であればそういう人物を探すのも難しくないだろうが、事は北の外れで起きた事だ。ちょっとした村に住む村人が普通にフォーアームを撃退できるとなっては、それこそ魔界など比べものにならないバイオレンスぶりである。

「北と言えば、剣士の町か?」

「もっと北だった。魔法砂漠よりさらに北よ」

「うむ。探りに行ってみよう。剣士の町というものに興味はあった」

 リフはうんうんと頷いている。

 もっと北だって言ったんだけど、まあいいや。そうやって情報をドールの所に持って帰って引っ掻き回してやって。その間にこちらは『門』の調査を開始するか。

 と、バルギアルが思ったとき、リフの後ろから淀んだ鉛色の空間の歪みが現れる。

 やはり『門』が近くにあったか。しかも意外とデカいな。

「お前の手のものか?」

「なわけないって。ゲートマスターならとっくに『門』を開いてあんたから逃げてるでしょ?」

「それもそうだな」

 リフは『門』に目を向ける。

 そこから現れたのはフォーアームだった。

「噂のフォーアームが来たな。アレがそうなのか?」

「私は知らないよ。本人に確認したら?」

 リフとバルギアルの存在に気づいて、フォーアームの表情が曇る。

「貴様ら、何者だ?」

 フォーアームが睨みながら、二人に言う。

「私はリフだ。フォーアーム、貴様は北から流れてきたか?」

 リフの言葉にフォーアームはさらに表情を歪める。

 どうやら間違いないらしい。

「女、何故それを知る? だが、死にたくなければ二度と言うな」

「ああわかった。貴様が北で無様にあしらわれた事実は、私の中で封印するとしよう。二度と貴様が人間から逃げ回っている事には触れないようにする」

 リフは真面目に宣言する。

 これが意図的に挑発しているのであれば大したものなのだが、彼女の場合まったく意図していない素の状態でこうだからタチが悪い。

「なるほど、死にたいらしい」

「そんな事は無い。私は死ぬつもりも、殺すつもりも、ましてお前を怒らせる気などさらさらない。もっと平和的に解決しようではないか」

 リフは淡々と言う。

 あんたがそれを言うか。まったく説得力が無いんだけど。

 まして、フォーアームは四本の腕に剣を持ち、リフは槍を手に構えては話にならない。

 ん?リフの槍、魔力は感じるけどこんなもん?

 『黒槍』と言われるからには相当の魔槍を持っているのかと思ったが、槍そのものはそこまで強力な槍では無いらしい。

 武器の魔力で言えば、フォーアームの持つ四本の剣と大差無いどころか、フォーアームの剣の方が強いくらいだ。

「もう一度言う。平和的に解決しようではないか」

 言葉とは裏腹に、リフは槍の穂先をフォーアームに向ける。

 優雅な構えとは言えない、基本に忠実過ぎる構えだが、それだけにスキは無い。

 立ち姿だけで分かる実力差。バルギアルのように接近戦の基本くらいしか身につけていない者にも分かる程なので、フォーアームにも分からないはずは無い。

「まったく、とんだ化け物が続々と現れる。あの白い翼の男といい、貴様といい、一体何者なんだお前達は」

「白い翼だと? 詳しく聞かせろ」

「知り合いか? 白銀の髪と白い翼、異様に逃げ足の早い使いっぱしりだよ」

「ミストか!」

 リフの表情が笑顔に変わる。

 輝く様な美しさの笑顔ではない。戦うべき相手、宿敵を見つけた様な意志の強さを見せる表情になる。

「やはりバルギアルの手の者がウロウロしていたか。オウルの言う事も捨てたものではない」

 リフはニヤリと笑う。

 まさかオウルも本当にバルギアルの情報をリフが持って帰ってくるとは、思いもしなかっただろう。

「で、ミストはどこへ行ったのだ? 痛い目を見る前に答えろ」

 おいおい、平和的解決はどこに消えたの?

 ミストの情報を得たせいか、リフは話し合いをする気が無くなったらしい。

「知らん。言っただろう。異様に逃げ足の早い奴で、ずっと空から眺めているだけだったんだ。詳しく知るわけもないだろう」

 まあ、ミストは煽る事はあっても余計な情報をフォーアームに与える様な事はしていないだろう。フォーアームをどんなに突ついた所で、ミストの情報はこれ以上出てこないはずだ。

 ミストをよく知っているバルギアルはそう思うのだが、同じくらいよく知っていないといけないリフはそう思っていないようだった。

「庇い立てはしない方が良い。あの男はお前を守る様な事は無いぞ」

 相変わらず人の話を聞かない上に、自分勝手に解釈するのは彼女の特技かも知れない。

「面倒臭い奴だな。知らないものは知らないってんだ」

「そりゃそうでしょうね。ここはフォーアームの言う通りじゃないの?」

 バルギアルもそう思って口を挟むが、リフはそう思っていないようだ。

「いいや、お前は何か知っている。隠さずに全て話した方が良い」

 恐ろしく決め付けているな。悪役で出てくる悪党顔の悪徳警官か、お前は。

「話にならん。いい加減にしてくれないか」

 フォーアームは何気無く言いながら、無造作にリフに切り掛る。

 が、それを受ける様な金属音も無い。

 まったく音も気配も無く、リフは槍の穂先をフォーアームの目の前に突きつけていた。

「フォーアーム、気になる事がある。貴様、ゲートマスターでもないのに『門』を使っているのか?誰の指示を受けている」

 奇妙極まる勘の良さを見せるリフが、槍を向けたまま尋ねる。

 確かにフォーアームが『門』を操れるとは思えない。『門』を操る者、ゲートマスターは魔界では貴重な存在なので、誰かの庇護を受ける事は簡単である。

 フォーアームの行動は庇護を受けている様に見えず、どちらかといえば庇護を受けている人物のために動いているようである。

「何が起きている。何のために動いているのだ?」

「ただのバカではない、という事か」


続きます。

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