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第三話

続きです。

第三話


「魔物の集団? こんな所に?」

「珍しくはないけどね」

 ミストの言葉に伯爵夫人が答える。

 魔界の住人が移動してくる際に『門』が開く。各国にその『門』の開きやすさというものがあるのだが、ファラームは他の国と比べると圧倒的に『門』が開きやすい。『門』の大きさによって出られる魔物の質と量が決まるのだが、一般的に『門』は決まったところに開きやすい。だが、ファラームは決まったところに開く『門』とは別で、どこにでも開きやすいという土地でもある。

 それだけにどんな街であっても、魔物の集団に襲われる可能性はある。

 が、ブラザーズシティーの様な大きな街や王都などは襲う側から見てもリスクがあまりにも大き過ぎる事くらいの判断は出来るはずだ。

 それだけにミストは信じられなかった。

 あのヴァンパイアが力でかなわなかった事は、わずか半年前に実証されたことで、魔界の住人達にとっては新たな常識として認識されている。

 それが判断出来ないような魔獣の集団であれば、組織立って大都市を狙うような事はやらないので、余程のお調子者がいるようだ。

「おっしゃー! 準備出来たら出発すんぞー。今日は観客もいるからなー」

 総司令の掛け声と共に、大食堂の客の大半とスタッフ達が歓声を上げると一斉に食堂から出て行く。

「え? どういう事?」

「ああ、よそ者のイケメンは知らないのね。ココ、兵士の詰め所も兼ねているのよ」

「え? どういう事?」

「ある意味、ブラザーズシティーの住人が全てが兵士として機能するのよ。つまり、ここには数十万人のファラーム兵が駐屯していると言えるわね。もちろん、大将が指揮をとればの話だけど」

「ああ、そういう事」

 冗談じゃねえぞ、っていうかありえねえだろ?

 ミストは出て行った客達を見る。

 厳つい男が多かったのは間違い無いが、中には明らかに現役を引退しているくらいの年齢の客もいたし、志願しても前線に立てないくらいの低年齢の客もいた。残っているスタッフの数人は少年少女ではあるが、出て行った方にも同じような人物が含まれていた。

 あれがそのまま戦力になるとは、とても考えられない。

 考えられないが、そんな常識の範囲の戦力しかないのであればファラームの国主はとっくに変わっている。それが変わっていないということは、魔界の住人の常識が全く通用しない何かがある、と思うべきだ。

 いや、そこに思い至るべきだった。

 そこに気付いたのはおそらく、魔王バルギアルである。

 趣旨と時代の違いはあるが、ルビーブレイドとバルギアルの二人は直接的な戦闘を徹底的に避けている。二人の性格によるところも大きいが、正しく戦力分析が出来ているためとも言えるかもしれない。

 が、それもこれも伯爵夫人の言う通りに、老若男女を問わず戦力になればの話である。

「さて、それじゃ見物にいきましょうか。ファラームの戦いが特等席から見れるわ」

「お供します。ボスに土産話も持って帰れそうだし」


 ブラザーズシティーの北側からの敵襲らしく、ミストは伯爵夫人と共に北へ移動している。その移動は魔獣を使った車での移動だったが、それも一般の馬車を装っているがどう考えても戦車である。

 また街の作りも大通りを中心に栄えているので、基本的には移動はこの様な車を使うのだが所々の枝道がクモの巣のように張り巡らされている。そのため市街戦となったら守る側が圧倒的に有利である。

 こりゃ、相当強い街だ。どう考えても力押しで勝てる事は無い。

「ところで、パシリをやってるって事は、誰かに仕えているという事よね? 目的は?」

 車の中で伯爵夫人がミストに尋ねる。

「目的? そりゃ決まってるでしょ、ファラームの占領ですよ。魔界の住人の目的なんてそんなモンッスよ。だから大将も攻略がどうとか言ってたでしょ?」

「魔界の住人はよくその目的を掲げるけど、成功の見込みがあってやってるのかしら? ちょっと興味があるから教えてくれない?」

「どうでしょうねえ。大体その場の勢いじゃないスか? ほら、何をやるにも勢いって大事だし」

「勢いだけで世界征服するつもり? 魔界って随分楽しそうね」

「残念ながら俺の雇い主は、それくらい楽天的なら楽しかったんですがねえ。生憎と俺のパシリの目的は情報収集ッス」

 ミストがあっさりと答えたので、伯爵夫人の方が驚いている。

「聞いといてなんだけど、そういうの答えていいの?」

「別に良いッスよ? ファラームの常識を調べてるんスから。ぶっちゃけ今調べてる事はコソコソ調べるより、地元の人に教わった方が手っ取り早いくらいッス」

「具体的にはどういう事?」

「地図見ながら移動して地図の正確さを調べたりとか、街の名産品とか、地元のB級グルメとか、まあそんな感じ?」

「地図の件はともかく、他の情報は役に立つものなの」

「そりゃ役に立つッスよ? 美味いモン食えばモチベーションも維持できるってモンですからね。ほら、何とかって街を攻め落としたらアレ食べ放題だぞ! ってなったら超ヤル気出るでしょ?」

 ミストの言葉に、伯爵夫人はきょとんとしている。

「あなたの考え?」

「え? ええ、まあ。俺オリジナルというより、元ボスと現ボスの考え方の俺アレンジバージョンってとこですが、何スか?」

「ねえ、本気で私のところで働く気無い? 貴方、戦うと本当に強そうだし。私が貴方のボスと直接話してもいいけど?」

「いやいやいや、申し訳ないッスけどそれは諦めて下さい。シャイなヤツなんで」

 ミストは慌てて断る。

 下手にバルギアルに会わせてしまっては、最悪意気投合してしまいミストにかかる負担が大きくなり過ぎる。まして直接対決などなってしまっては、間違いなくミストが伯爵夫人と剣を合わせる事になるが、まったく勝てる気がしない。

「でも伯爵夫人に手勢は必要なんスか? 伯爵号持ってんなら生活は保障されてるようなモンでしょ?」

「ファラームではそうもいかないのよね。メルザファラとかならともかく、ここじゃ何時何処で『門』が開くかわからないからね。使えない人間を大量に雇って人件費使うより、優秀な少数精鋭の方が都合が良いのよ」

「まあ、世の中そんなんですよね?」

「違―う!」

 御者を自ら勤めていた総司令が、車の方に向かって叫ぶ。

「戦争は数だよ、アニキ!」

「戦争するわけじゃないから。アニキでもないからね、性別間違えないで」

「なーに甘い事言ってんだ! 生きていく事は常に戦争なんだよ! それはつまり数だ!」

「いや、意味が分からないから」

 伯爵夫人はあからさまに面倒そうに扇子で総司令を追い払おうとする。

「俺にもわかんないッス」

「つまり数だ! そう、それは力であり絆! 少数精鋭は聞こえは良いが、負担が大きくなる。それを軽くするために数が必要なんだ」

「人件費さえなければ、それも正解と言えるんだけど」

 伯爵夫人はため息をつく。

 何をするにも金、か。バルギアルにも聞かせてやりたいな。

「最近の若い連中は、戦術の優劣のみを競おうとするが、戦略を無視して戦術のみを競うなど愚の骨頂!的な事をなんか聞いたことあるぞ」

「それが正解なのもわかってるんだけど、戦争するにしても自衛するにしても、とにかく金がかかるのよ! ファラームって魔界の影響受けやすいし、被害が出たら損害賠償的な金払わないといけないし、税金泥棒とか新女王じゃダメだとか橋を作れとか外壁の補修工事が遅れてるとか失業率が高いとか最近の若い子の労働意欲が低いとか」

「大将。伯爵夫人が何か変なスイッチ入っちゃいましたよ?」

「後は任せた」

 総司令はそういうと口を挟まなくなる。

 ブツブツ言っている伯爵夫人も取り扱いがデリケートそうなので、ミストはそっとしておく。

 どうしようもないやり取りではあったが、ファラーム総司令と伯爵夫人の性格を端的にではあるが表していた。

 発言は物騒で見た目通りの発言をしている様に見えたファラーム総司令の大男は、一見すると力を主とする脳筋タイプに見えるが、実は冷静な戦略家で、勝てる勝てないを意外なほど正確に見極めている。

 伯爵夫人の方は戦略家というより政治家寄りの人物らしいが、戦い自体が嫌いという訳ではないようだ。話の趣旨から守りの発言ではあったが、この変なスイッチが入っているのを見ると、案外攻勢の人なのかもしれない。

「大体労働意欲が無いのは何も若者だけじゃないし立派な大人からどうしようもない大人もいるわけだしそんなモン人に言われて治るような事でもないし」

「伯爵夫人、そろそろ帰ってきませんか?」

「ああん? あ、失礼。ちょっと向こう側に行ってて」

「帰ってきました?」

「ええ、十分に堪能したから」

 あんまり堪能しない方が良さそうではあったが、そこは個人的趣味の世界になるのでミストは深入りしない事にした。

「ところでパシリさんは、少数精鋭派? それとも圧倒的じゃないか我が軍派?」

「それって後者も少数派じゃないんスか? 字面でいえば後者の方が圧倒的ですけど、現実で言えば人件費に優しい少数精鋭派ですかね」

 なにしろ三人しかいない上に、実戦力は俺と圧倒的存在感を放つお掃除メイド、ボスである魔王バルギアルは良く言って半人分といった戦力でしかないだろう。

 もちろん真実は伝えられないし、バルギアルがやっている胡散臭い事もこの人物達に知られては、一瞬で潰されてしまう。

「ま、パシリさんがパシリくらいしかやること無いとかだったら、相当な精鋭揃いなんでしょうね」

「楽しそうッスね」

「そんな事ないわよ?」

 と、答える伯爵夫人は満面の笑みを浮かべている。

 間違いなくこの女性は攻勢に適した人だ。多分本気の命のやり取りですら楽しめる類の人だろうな。実戦では戦いたくない。

 戦いの話をしている時の伯爵夫人の楽しそうな表情を見て、ミストはそう思う。

「ところで伯爵夫人は、武器らしい武器は持ってないみたいッスけど、ホントに見てるだけッスか?」

「戦力に探りを入れてるのかしら?」

「まあ、そんな感じッスかね」

「適当にも聞こえるけど、そういう誤魔化す必要の無いところは正直に、と言う判断が出来る人って好きよ」

「そりゃどうも」

 ミストは笑って答えるが、内心ではかなり驚いていた。

 まさに伯爵夫人の言う様に、適当な返事をして話にできるだけ信憑性を持たせず、本当に下っ端のパシリだと思われようとしたのだが、それさえも見抜かれているとは思わなかったのだ。

 どうにか下っ端に思われないと。この人達に気に入られたら、絶対大変になる。

「おーい、到着したぞ見物人共」

 戦車が止まると、伯爵夫人が変なスイッチが入ってからまったく話しかけてこなかった総司令の大男が、妙に上機嫌に呼びかけてくる。

「はーい」

「お、伯爵夫人も帰って来てるな」

 ミストは車を降りると、周囲を見回す。

 ブラザーズシティーの北側の入口、実際には北側を向いている訳ではないが、その位置から北門と呼ばれるところにいた。北門には門を守る門番や警備兵のほか、店にいた者達や野次馬、志願兵などで百人単位で集まっている。

 戦力になりそうなのは、最大で半分程度、実際には三割くらいか。

 ミストは集まっている人物達を見てそう思う。

 そうは言っても、門番や警備兵達はさすがに戦う事を仕事にしているために見ただけで分かるほど、優秀な装備を身につけている。が、人数は意外なほど少ない。いかに敵襲だといえど、広いブラザーズシティーからかき集めるには時間がなかったのかもしれない。

 店からここへ来たメンバーの中には警備兵達に劣らない装備の者もいる。おそらくは非番だった者が、招集に応じたと思われる。

 ここまでは戦力として申し分無い。問題はそれ以外で集まっている、やる気に満ちた人物達である。

 やる気があるという事は士気が高いという事だが、装備の善し悪しというのは生存率に直結する。ファラームの総司令が名将と呼ぶに値するのなら、ただ士気が高いというだけで戦闘には参加させないはずである。

 個人戦なら良いのだが、集団戦となるとそういう訳にはいかない。

 全体の士気が高いのなら問題無いが、集団戦の場合やる気が漲り過ぎている人物が居ては逆に邪魔になる事が多い。

 ブラザーズシティーの混成軍は、正にそういう集団であるので、集団戦をやる上では不都合が多いはずだった。

 さて、お手並み拝見だな。

 ミストがそう思って見ていると、総司令の大男は警備兵の男と何か話している。

「何話してるんスかね」

「たぶん敵の情報じゃないかしら? ブラザーズシティーの警備兵はエリート集団だから、ちょっとやそっとの敵襲でならビクともしないのよ。でも大将に戦闘前から情報が届くって事は余程の事なんでしょうね」

 なるほど、あれはただ敵襲の報を伝えただけじゃなくて、救援要請も兼ねていたのか。でもそれだったらなおの事戦力外の連中は排除した方が良いんじゃないか?

「俺、ちょっと見てきますね」

 ミストは白い翼を広げる。

「あ、いいな。ちょっと私も背負って飛んでよ」

「いや、無理だから。俺、一人乗り専用なんで。すでに俺で定員オーバーッス」

「またまた。私、見た目にはグラマーだけど、見た目通りのムッチリ感よ。重量は別にして、男ならなかなかイイ具合のはずよ?」

「じゃ、ちょっと行ってきます」

 伯爵夫人から逃げる様にミストは飛び上がると、北門の方に飛ぼうとする。

「やーだー。私も連れてってー」

「うおう!」

 飛ぼうとしたのだが、ミストの右足に伯爵夫人の右手から出た細い糸が数本絡み、それで動きを止められていた。

 これだけで俺が止められたってのか?嘘だろ?

「ほら、ね、もう動けなくなってんスよ? 人なんか乗せて飛べないって!」

「ん? それもそうね」

「じゃ、この糸外して下さい」

「それも踏まえて、一回降りてきなさい」

 グッと伯爵夫人に引き寄せられ、ミストは地面に叩きつけられる。

「へぶあ!」

「お帰り、あなた。お風呂にする? それともご飯にする? それとも」

「すいません、帰っていいッスか? 知らない人に付いて行ったらダメだってお母さんに言われてたのを思い出して」

「もうちょっと早くに言うべきだったわね」

 満面の笑みを浮かべる伯爵夫人だが、ミストを逃がそうとはしない。

「おーい、何イチャついてんだ? 始めるぞ」

 総司令の大男が、ミストと伯爵夫人に向かって声をかけてくる。

 これでイチャついてるように見えるのか。

「はーい。さ、行きましょ」

「わかりましたから、外してもらえないッスか? マジで逃げないんで」

 とても逃げられそうにないので、ミストは素直に言うが、伯爵夫人は笑ったままミストの右足に絡む糸を外そうとしない。

 何だ、コレ。ただの糸じゃないのはわかるが、こんな魔法の糸ってあるのか?

 糸からはさほど強力な魔力は感じられないが、確かに動きを封じられた。それにあの瞬間、確かに強力極まる魔力を感じた。この糸じゃないのか?

 考えてみれば、これほどあからさまなトラップだったら糸から強力な魔力を感じてないといけない。それが無いという事は、コレはただの仕掛け。よくある目くらましか。

「で、相手は何ですか?」

「下級地竜が五匹ってとこらしいわよ?」

「とこらしいわよ。って、随分軽いッスね。竜でしょ? 竜ッスよ? 下級とはいえ竜が五匹って事態わかってんスか?」

「無理して焦らなくても良いって。貴方なら一人でも楽勝でしょ?」

 伯爵夫人はニッコリ笑って言う。

 正直に言うと、楽勝である。竜の階級は極端なまでに大きな差があり、下級、中級、上級、最上級というふうに分けられるが、それぞれ別の生き物と言えるほどの差がある。下級であれば、ミストにとっては敵になりえないが、それでも竜は竜である。

 戦う事を仕事とする警備兵ならともかく、ただやる気があるというだけの一般人には余りにも荷が重い。戦力であれば圧倒的に街側にあるが、真正面から戦えば街側にも大きな被害が出るだろう。

 こいつら、それをわかってるのか?

 相変わらずのお祭り騒ぎが続くブラザーズシティーの面々を見て、ミストは不審に思う。

 戦えば当然被害が出る。ブラザーズシティーは数々の戦いにおいて最前線の街であり、その被害が出るという当然の事を当然の事として受け入れている。

 そういう感じではない。この感じは、最初から被害が出ると考えていない。それどころか、被害が出る可能性すら考えていない。

「それじゃ、行くか」

 これまでのように豪快にではなく、静かに大男が言う。

 部隊は二部隊に分かれていた。

 基本戦力である門番や警備兵、志願兵のごく一部が街の外での迎撃に向かう部隊。総司令が率いる志願兵である一般人の集団は防備にあたるため、街の外壁へ向かう。

 なるほど、これなら戦闘経験の有無の差は埋められる。

 街の防備のメインは、備え付けの砲台である。全くの素人が何も考えずに使えるものではないが、指導者が一人いればわりと扱えるものである。まして備え付けなので、自由に射撃するというよりほぼ決まったところに発射するように出来ている砲台のため、撃ち方さえ分かれば必ずしもベテランである必要はない。

 でも、それだとおかしくないか?

 ミストはすぐに人事配置がおかしい事に気付く。

 今ミストと伯爵夫人は野次馬扱いなので、迎撃部隊ではなく外壁の防衛部隊の方にいる。防衛側は扱いは難しくない上に構造上では砲台というよりカタパルトといえる程破壊力抜群だが、連射出来ない装置の指揮をとるのは何も総司令である必要などない。警備兵がエリート集団であるなら、その班長あたりが残れば防衛部隊の指揮は十分である。それなら迎撃部隊の指揮を総司令の大男がとる方が効果的なはずだ。

 案外小心者?実はそっちの方が厄介なんだけど。豪胆な猛将の方が戦い易いし、スキは出来やすいもんだが。

 用心深さを持つ相手は、そう簡単に調子に乗らない。戦う相手としては厄介な相手だが、どうにも見た目や言動と噛み合わない。

 待てよ。地竜は下級とはいえ面倒な相手のはず。ただの小心者と思うより、防衛に回った理由があるはずだ。

 外壁から見えるのは確かに地竜が五体。竜、というより二足歩行するトカゲという見た目だが、大きさが大人の男を頭から丸呑み出来るほどに大きい。

「よーし、構えー!」

 指令の声が響く。

 ここでは豪放磊落な大男に戻っている。

 この砲台では二射目は無い。線での攻撃は出来ず、点で仕留めなければならない。

「放てえ!」

 有効ポイントを見極めて、大男が叫ぶ。

 もし街でこの声で怒鳴られようものなら、子供はもちろん、大の大人でも失禁しかねない迫力だが、戦場ではこれほど心強いものもない。

 射出砲台から打出されるものは、砲弾というより家でも建てるのかと思う、極太の木杭である。これが直撃しようものなら、下級はもちろん、中級の竜も串焼きにできるだろう。

 が、当たればの話である。

 それほどの破壊力を持つ木杭を射出する砲台によるピンポイント攻撃。最初の一撃は極めつけに強力だが、そんなものを射出しては、その都度街路に柱を斜めに突き立てるようなものである。二度三度と使って行くと、いかに街路を舗装しようと跡が残る。

 まったく知能が無い、もしくは命令のみを行おうとする魔法生物などの類であれば何度でも通じるが、竜ともなればあからさまな痕跡に引っかかるはずもない。

 木杭が街路に突き刺さるが、地竜達は動きを止め木杭を避ける。

 いやに統制された動きだな。大体この地竜が五体も群れる事なんか無い事にもっと早く気付くべきだったな。

 ミストは地竜の動きを見て思う。

 中級以上の竜であれば、同系であっても統率のとれた動きを見せる事もあるが、同種同系しかもどう階位の竜だけで統制をとる事は無い。

 向こうにもいるのだ。姿を見せない指揮官が。

「なるほど、読めてきたぞ。遊ばれてるってわけか」

 獰猛な笑顔を浮かべ、指令は外の様子を見る。

 そう、最初からおかしかった。地竜五匹というのは、戦力としてはかなりの戦力であるが、街を襲うにしては偏りが激しい。

 街の戦力を見るのが最大の目的か。使い捨てるには豪華な戦力ではあるが、多少追い込まなければ戦力の見極めにならない。とでも考えているんだろう。

 ミストもそう考えていた頃はあった。魔界での基本的な情報収集法の一つではあるのだが、今ではその非効率性も分かっている。

 バルギアルという情報収集のスペシャリストの元にいる為にそう思うようになったのだが、情報収集というものは意外なほど難しい。手っ取り早さのみでこういう手段を魔界の住人は好むが、これでは正確な情報は得られないものだ。

 ま、それは置いといて、このオッサンが小心者とか有り得ないな。メチャメチャ暴れる気満々な悪い顔してるよ。

 地竜と戦う迎撃部隊の戦闘を見ながら悪い顔で笑う指令を見て、ミストは確信する。

 指令は振り返らずに、細かく的確な指示を出しているが、それは今の悪い顔を見せないためだろう。

 しかし、あの木杭はダメージ以外にもあんな使い方があったのか。むしろ、こっちの使い方がメインだったか。

 ミストは外壁から戦場を見る。

 長大な木杭が突き立てられた街路だが、それは命中こそしなかったがそのかわり即席の逆茂木による防柵が突如として現れた事になる。

 小型の魔物であっても突然進入路に障害物が現れたのでは、当初に予定した進入路を通る事は出来ない。下級地竜は中型と呼べる大きさの魔物である。どうしても動きを止めないといけない。

 そこを迎撃部隊は見逃さない。むしろ、その瞬間を待ち構えていた。

 まずは一体。そこに意志を統一させた迎撃部隊は、槍を木杭の隙間から一斉に地竜に突き出す。その一突きで地竜の一体は穴だらけの肉片になる。

 良い動きだな。集団戦に慣れている動きだ。

 この戦術は相手の数を減らす事を最優先にしている。地竜が逆茂木化した木杭を越えようとすると長槍の餌食になるのが分かると、地竜はそれぞれに左右に回り込む。

 右に回った地竜二匹は、一瞬にして長槍の餌食となるが、左に回った地竜は無傷で迎撃部隊の前に立つ。

 すでに地竜は二匹。しかしこの二匹は無傷な上に、小細工は出来ない。外壁の防衛部隊の手元にあるクロスボウも、ここまで迎撃部隊と地竜が近づいては技術が無ければ迎撃部隊に当たりかねない。

 ここまでは見事。だが、こうなっては総力戦になる。そうすると被害を全く出さないなど不可能なはず。さあ、どうする?

 思い切りは良いが、今の地竜に対する行動は諸刃の剣と言えた。確実に数を減らせる行動なのは間違いないが、このように片側は無傷になってしまう。もちろん二正面作戦の結果、数も減らせず何をしたいのかわからないと言う結果よりは良い。

 無傷の竜に対し迎撃部隊の取った行動は、思い切りが良い行動だった。逆茂木越しに使う長槍を持ったまま方向転換は一人であればまだしも、集団であれば至難である。それをよく知っている迎撃部隊は地竜を突いた長槍を捨て、それぞれ剣を抜く。

 それでもアドバンテージは三匹を犠牲にしたとはいえ、地竜にある。この下級地竜は火炎によるブレスといった間接攻撃は持っていない。だが大きな体を活かした攻撃は、強固な鎧に身を包んでいても一撃で命に関わるダメージを受ける。

 竜の一撃というのはそういうものだ。

 伯爵夫人は魔術にも秀でているはずだが、迎撃部隊に手を貸す様子は見せない。だが、誰からか強力な魔力の流れが感じられる。伯爵夫人からも感じられるが、それは迎撃部隊へのものでは無さそうである。

 竜の選んだ一撃は、巨体を活かした頭からの突進だった。

 最も分かりやすく単純極まる、破壊力の塊となって地竜は迎撃部隊に突進してくる。その破壊力はここまで運んできた戦車に撥ねられるようなものだ。さらにマズい事に、集団戦でその破壊力を増すため密集していた事で、避ける事も困難になっていた。

 妙だな。

 戦いに慣れない一般人からの志願兵は、大慌てで逃げようとするが、警備兵達は真正面から地竜の攻撃に備える。

 避けようとしない迎撃部隊を見て、ミストは眉を寄せる。

 突進してきた下級地竜は、密集する迎撃部隊に激突する。

 衝突の轟音は防衛部隊の所まで届いた。

「はあ?」

 思わず気の抜けた声をミストは上げてしまった。

 地竜の動きが止まっていた。強烈極まるはずの地竜の突進が、迎撃部隊によって止められていたのだ。

 いやいや、有り得ないだろ?いくらエリート集団とはいえ、常識ってあるだろ?一人だけ超人が混ざっているなら、まだ分からない話じゃない。だが、同じ様な超人が集団で街の警備に当たっているって事があるのか?絶対無い!とはさすがに言えないが、いくらなんでも。

 ふと思い当たる事があった。

 もし迎撃部隊が最初から超人集団で、地竜の攻撃に対しビクともしなかったとしたら、総司令の大男に救援を求めなかったのではないか?救援を求め、今こうして地竜と戦えているという事は、この迎撃部隊が超人集団と考えるより、ここで悪そうな顔している大男が何かやっていると考える方が自然じゃないか?

 そう考えると、魔力の流れも明確になっていく。

 強力な魔力は発する伯爵夫人がすぐ近くにいるので分かりにくいが、確かに大男から迎撃部隊に対して何かしらの強化魔術を送っている。

 具体的にどういう強化魔術なのかは想像するしかないが、それは肉体や防具の強化、もしくは衝撃吸収といった防御系の強化であると予想される。

 伯爵夫人が言ってた事も、あながち嘘とは言えないな。

 この戦い方だと、確かにブラザーズシティーに住む老若男女全てが一級の戦闘兵になると言えなくもない。一般的にこの手の強化魔術は、効果の高さの割に評価が低い。集団の強化の場合、術者が動けないという致命的な弱点のためだが、刻刻と戦況が変わる戦場で強化魔術を使う人物が動けないとなると、狙って下さいと言わんばかりである。

 だが、迎撃においては有効な手段かもしれない。

 もっとも、術者を直接狙われなければ、の話ではある。

 地竜の攻撃力をしてまともにダメージが通らないとなっては、消耗戦にすらならず、一方的な虐殺になる。

 となれば、もはや様子見の意味も無い。向こうの指揮官はそう判断するだろうと、ミストは思っていた。事実、これ以上粘ったところで地竜を失うだけで得られるものなど何も無い。

 しかし、地竜は退く素振りを見せない。

「何だ? あいつら死ぬ気か?」

 ミストは僅かとはいえ怒りを滲ませて呟く。

 戦局を見れないのか?これ以上の戦闘継続に何の意味も無い。そんなこともわからないで戦闘を仕掛けたのか?

「あれ! あそこに変な奴がいる!」

 伯爵夫人が戦場とは違う所を指差して言う。

「うおっ、変な奴だ!」

 大男がそちらを見ると、ローブ姿の見た瞬間に分かる魔術師系の魔物がいた。

「悪そうだなあ」

 大男が笑いながら言うが、表情だけでいえばこちらの方が数倍悪そうである。

 距離があるため、迎撃部隊もすぐにはそちらへは行けない。防衛部隊の飛び道具ではなおの事。仮に届いたとしても、この距離で人型に当てるなど動かない的に対してですら相当な技術がなければ至難と言える。

「大将、あの変な奴って見た目だけで言えば魔王の幹部とか、裏でコソコソして、実はラスボスでした的な感じだけど?」

「奇遇だな。俺も同じ事考えてた。よそ者のイケメン君、君は魔界から来たばかりだそうだが知り合いか?」

「いやあ、知らないッスね。っていうか、アレな見た目がソレだったのって随分前の事じゃないスか? 最近そんなの見ないッスよ?」

「古き良き時代が失われているって事だ。オジサン、悲しいよ」

 しみじみと大男が言う。

「オッサン、どうすんの?」

「え? 伯爵夫人、冷たくない? オッサンって言うけど君、オッサンと同じ事考えてたんだよ? 無かった事にしようとするのは冷たいよな?」

「何の事かしら? それよりアレをどうするの?」

「アレ次第だなあ。俺はここを離れられないし、もう勝負ありって理解してくれないとどうしようもないんだけど」

 それはそうだな。

 今はこの大男の全面的なバックアップによって地竜を圧倒できている。しかし、今はここを離れる事が出来ない。

「いやー、でも今でもあんなのがいるんだな。オジサン、それだけで嬉しくなるね」

「それはもう良いから、どうするの? アレが召喚士とかだったら最悪よ? 延々地竜出てくるわよ?」

「別に地竜に限定せんでもいいだろう。とはいえ、確かにそうなったら面倒だな。伯爵夫人、お願いする」

「えー、やだー。メンドクサーイ」

 扇子を振りながら、伯爵夫人が答える。

「面倒じゃねえよ、税金払ってねえくせに」

「え? 税金払ってないと、アレと戦わないといけないの? じゃ滞納分もまとめて払うから、アレお願いね」

「そんなに嫌か、嫌なのか? 頼むって。今オジサン手一杯なんだから。それは見てたから分かるだろ? 分かるよな? 分からないはずないからな」

「しょーがないなー。じゃ、アレ倒したら税金代わりに払ってくれる?」

「よし決まり。アレ、今から賞金首。倒したら税金滞納分免除。ほら行け」

「はーい。じゃ、行きましょ」

 伯爵夫人はごく自然にミストに言う。

「なんとなく来るかと思いましたけど、俺、関係無いでしょ? それに俺、来たばっかりで収入も無いですし、まだ住民税とかも発生してないから税金滞納分免除とか言われても実質タダ働きでしょ?」

「さー行きましょー」

「いやだから、俺関係ないから! 素直に税金払ってないのが悪いんでしょ! 俺巻き込むなよ」

「ああ、運んでくれるだけでいいから」

「だから、人運べないって言ったよね? 絶対最初から連れて行く気満々だっただろ。今でも足の糸解いてないってそういう事でしょ?」

「じゃ、私が連れてってあげる」

「じゃ、なおの事俺いらないでしょ?」

 ミストは粘ったが、伯爵夫人から肩を軽く叩かれる。

 その瞬間、ミストは外壁内の砲台付近から外にいる謎の人影の前に移動していた。

「あら、もう着いちゃった? イヤン」

「イヤン、じゃねーよ! めっちゃ目の前ッスよ。無茶苦茶正確無比な座標計算してるじゃないッスか」

「まあ、何ていうか、特技みたいな感じ?」

「拉致が?」

「あははー、おにーさん面白―い」

 満面の笑みを浮かべる伯爵夫人だが、異様に研ぎ澄まされた殺気を放っている。

 やべっ、ついツッコミに力が入ったか。

「まさかそちらから来るとはな」

 目の前の魔術師風の魔物が、笑いを含む声で言う。

「ファラームはさすがに強いな。まさか地竜がこうまで簡単にあしらわれるとは思いもしなかったよ」

「ごめん、あんたに話は無いの。その首、貰うわよ」

 扇子で口元を隠しながら、上品に伯爵夫人は物騒な事を言う。

「テレポートの手際を見ても、貴女が相当の手練だというのは分かる。面白い、その実力が私に通用するか」

「そういうの、必要?」

 伯爵夫人はさらりと流すと、魔物に扇子を向ける。

「最期に残す言葉は何かある?」

「やめておけ、小娘。自信と過信は違う事を知れ」

 魔物の口調は侮蔑を含んでいた。

 魔界での魔術師系の魔物というものは、攻撃魔術がメインの攻撃であり、それらを身に付ける過程で強力な抗魔力を手に入れている。そのため対魔術戦には恐ろしく強いのが一般的である。

「遺言、確かに聞かせてもらったわ」

 伯爵夫人はニッコリと微笑む。

 次の瞬間、一瞬の踏み込みで魔物の懐に入ると、扇子で横殴りに魔物を殴りつける。

 何、アレ鉄扇なの?

 余りにも軽々と扱っていたため、普通の扇子だと思っていたのだが、魔物を殴った時の音とそれでも壊れないこと、魔物の吹っ飛び方から考えるとあれはただの扇子ではなく武器だったらしい。

 さらに伯爵夫人は吹っ飛ぶ魔物に追い打ちをかける。鋭い蹴りで反対側に蹴り飛ばし、さらには肘打ちで地面に叩きつける。

 女の子の戦い方にしては、えらく力任せだな。テレポートにしか見えない体術もすげえ。

「まだ生きてるわよね」

 伯爵夫人は、扇子で口元を隠して優し気な口調で言う。

 こえーよ、化け物め。とんでもない事やりやがる。

 ミストは言葉を失っていた。

 それは、伯爵夫人に対しての感想だが、体術で魔物を叩きのめしたからではない。

「くっ、テレポーターか。油断した」

 魔物は叩き伏せらながらも、苦しげに呟きながら立ち上がる。

「なら、本気出せるって事ね」

「見せてやる、我が」

 と言いかけて、魔物は言葉を失う。

 ミストが言葉を失っていた事に、魔物もようやく気付いて同じように言葉を失っていた。

 まだ日中であるにも関わらず、満点の星空を思わせる光が空を埋め尽くしている。

「極大魔法! 馬鹿な、有り得ない!」

 震える声で、魔物が言葉を搾り出す。

 ファラームでは極大魔法とされる強力極まる攻撃魔法は、違法とされる。また、違法扱いの強力な攻撃魔法を使用すると、それに対しての迎撃魔法として魔法が消去されるようにファラームでは特殊な魔法が全土に張り巡らされている。場合によっては術者を攻撃してくる様な迎撃魔法もある。

「極大魔法? 何ソレ、美味しいの?」

 伯爵夫人はあからさまにすっとぼけている。

「よく見てよ。アレ、最初級の魔力の矢よ?」

 それはそうだけど。

 ミストは空を見上げる。

 一つ一つの光は、確かに攻撃魔術の中でも最初級の魔力の矢である。さらに強力な魔術師であれば、数本を同時に放つ事も出来る。

 が、空を埋めている光は二桁どころの騒ぎではない。おそらく正確に数えることなど出来ないが、数千、あるいは数万本もの魔法の矢が空を埋め、必殺の輝きを放っている。

 こんなもん、初級じゃねえよ。どう考えても極大魔法だろ。全部落としたら、一都市丸々焼け野原に出来るくらい殺人的破壊力のはず。使ったモノが最初級だったとしても、限度ってあるんじゃないのか。

 口には出さないが、ミストは引きつった表情で伯爵夫人を見る。

「自信と過信の違い、だったかしら?」

 伯爵夫人が冷笑を浮かべると、魔力の矢の一本が魔物の肩に当たる。

「ウグッ」

「ね? 最初級の魔力の矢でしょ? 当たってもちょっと痛いくらい」

 いや、ちょっと痛いくらいでも、それを数千回も繰り返したら大変な事になるって。

 迂闊な事を口にすると、意図的に流れ弾が飛んできそうなので、ミストは心の中だけで呟いた。

「私が必要なのは、貴方の首なの。楽しかったわよ、侵略者さん」

「化け物め」

 魔物は精一杯の虚勢をはって、言葉を搾り出す。

「お褒めに預かり、光栄の極み」

 ニッコリと伯爵夫人は笑う。

 バルギアル、お前、こいつらの事本当に知ってるんだよな。これは洒落や冗談で手を出して良いモノじゃねえぞ。

 ミストは声を出す事も出来ず、ただ状況を見守っていた。

「だが、手の内を晒すのが早過ぎたのではないか? その過信は油断から来るものだ」

 魔物は一度折れかけた心を立て直したのか、硬いながらもしっかりと伯爵夫人に返す。

「そうこなくっちゃ」

 伯爵夫人は嬉しそうに言うと、上空を埋め尽くす魔法の矢を一斉に魔物に向けて飛ばす。

 その様は光の雨と言うより、天と魔物を結ぶ光の柱であるかの様な光景である。

 ミストなら実力差と、当初の目的が情報収集であった事を考えると、これ以上の戦闘の意味が無いのでさっさと逃げている。ここで粘ったところで意味はなく、戦闘を継続したところで勝てる見込みは無い。

 魔物はその判断が出来ていない。

 魔界の住人特有の、無意味な意地を張っているだけだ。まったく、この魔物といい、フォーアームといい、状況判断が出来ていないな。

 魔物は手を払うと、魔力の矢が霧散する。

「お? どういう事?」

 ミストは伯爵夫人に尋ねる。

「言ったでしょ? アレは超初歩の魔力の矢を出しているだけだから、低級魔法を無力化出来れば簡単に防げるって訳よ。意外と簡単な手品なの。ネタがバレるとこの通り」

「なるほど。思ったより冷静に対処出来ているわけだ」

 ミストはそう言うが、いくらなんでもそれで無力化出来たからこの伯爵夫人に勝てると思うのは、余りにも楽観的過ぎる。

「手品は終わりか、テレポーター」

「まさか。たっぷり楽しませてあげる」

 伯爵夫人は扇子を天に掲げると、先程と同じように無数の光で空を埋め尽くす。

「どこまで無力化出来るか、試してみましょう。今度のはさっきの魔法の矢よりちょっと強くしているから、無力化できるかしら?」

 いや、もうコレは極大魔法だろ?しかも二回目でさっきより強力とか、普通なら干からびるレベルだぞ?何で元気で笑顔なんだよ。

「二度も同じネタとは、手品の種が尽きたかテレポーター。ではこちらも同じ手品を見せるとしよう」

 魔物がブツブツと呪文を唱えると、地面が盛り上がり、続々と人型の何かになりつつある。

「数には数で対抗しようではないか」

「あら、そんな安っぽく見られてたのはショックだわ」

 本気でショックを受けたらしく、伯爵夫人はガッカリして扇子を振ると空を埋め尽くす光が消える。

「別のネタで攻めてみましょう。安物大量生産しか出来ないとか思われたくないからね」

 伯爵夫人は閉じた扇子で、手の平をトントンと叩いている。

「悠長に構えていると、こちらの軍勢が整うが?」

「ええ、それを待ってるのよ」

 形勢逆転とでも言うように自信を漲らせる魔物に、伯爵夫人は笑顔で答える。

「強がるなよ、テレポーター」

 強がりであって欲しいんだろうな。これまでのやり取りで強がりかどうか分かりそうなものだが。

 本気で言っているとは思えない魔物の言葉に、ミストは苦笑いして思う。

「じゃ、そろそろ始めましょうか」

 伯爵夫人は扇子を広げて口元を隠すが、明らかに笑っている。

 魔物の方は数十人の人型を用意して、今にも突撃してこようとしていたが、伯爵夫人の後ろからゆっくりとだが巨大な影が現れた。

 それはやがて竜の姿となり、さらにはっきりと姿を見せた時には雄大な翼と二つの頭、堂々たる体格の巨大な竜が現れた。

 双頭竜?最上級の竜種じゃないか。

 魔物が召喚したと思われる地竜など物の数にもならない、危険極まる存在である。

「どうしました、アネゴ」

 妙に人懐っこい声で、双頭竜は伯爵夫人に話しかけてくる。

「アレを蹴散らしてやって」

 伯爵夫人が魔物とその集団を指差すと、双頭竜もそちらを見る。

「アレ? あの集団ですか? いやいやいや、無理ですよ、無理無理! ほら、ボクって文系じゃないですか。そういう荒事には向いてないですから、もっと平和的に解決の道を探しましょう。ほら、お茶でも飲みながら」

「そうッスよ。ボクもファラーム暮らしも長くなりましたし、美味しいお店知ってますよ?」

 双頭竜は二つの頭から流暢な言葉を話し、伯爵夫人を説得しようとしている。

「出来ないの?」

 ニッコリ笑いながら、伯爵夫人は双頭竜に言う。

「炎をシュゴーっとやって、ドカーンと蹴散らしてくれればそれで良いんだけど、出来ないって言うのね?」

 口調は優しく、表情も柔らかいが、有無を言わさない迫力があった。

「もう一度聞くけど、出来ないの?」

「全然出来ます。楽勝です。シュゴーっとやってドカーンとやればいいんですね? チャチャッとやっちまいましょう。じゃ、ボクがシュゴーってやりますから」

「じゃ、ボクがドカーンですね。ちょー楽勝です」

 双頭竜は大きく首をもたげると、二つの口からその体躯に劣らない巨大な火球を吐き出し、魔物が用意した人型は大爆発と共に砕け散った。

 あまりの爆発と爆発音に、離れた所で戦いを終えている地竜迎撃部隊が驚いてこちらを見ているのがわかる。

「どうですか、アネゴ。ご期待に添えましたか?」

「なんか見た目ではどっちもドカーンでしたけど、悪くないでしょ?」

 双頭竜は二つの頭から伯爵夫人にアピールしている。

「もうちょっと派手にドカーンってやって欲しかったけど、まあいいわ。アリガト、またお願いね」

 双頭竜に伯爵夫人が言うと、双頭竜は一瞬で消える。

「どうする? まだやるつもり?」

 ローブが焦げ、爆発の余波でボロボロになった魔物に伯爵夫人は声をかける。

「ば、化け物め」

「やる気が無くても私にはあなたの首が必要だから、逃すつもりも無いけどね」

 伯爵夫人は扇子と魔物に向ける。

「女、貴様、本当に人間か?」

「いい質問だけど、私が人間かどうかがそれほど大きな問題?」

 そう言って笑うと、伯爵夫人は不思議な光を放つ首飾りを魔物から引きちぎって奪う。

「コレが手に入ったから調子に乗っちゃった? コレ、何? 貰って良いよね? アリガト。もう用は無いから消えていいわよ」

 伯爵夫人は首飾りを奪うと、魔物に興味を失ったようだ。

 ま、ある意味では首を奪ったと言えるな。だがバルギアル、俺達の戦うべき相手ってのはコイツなのか?とてもじゃないが、まともに戦って勝てる相手じゃないぞ。

 伯爵夫人を見ながら、ミストは正直にそう思った。


続きます。

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