第二話
続きです。
第二話
「ああっ! 白いのが来た!」
沼地のクルーファ城へやって来たミストに対し、そういう言葉を投げ付けてきたのは形容しがたい筋肉の塊というべき、覇王の風格と低音のダンディボイスとモップを持った人型の生物だった。
長身のミストと並ぶと縦では同等の身長だが、体の厚みは二倍近い。茶色がかったくすんだ色の髪を三つ編みにして、足首くらいまであるロングスカートのお仕着せを着てカチューシャまで着けている。が、髪型や服装以外に女性的な要素は皆無である。メイド服がミニスカートじゃないところに良心を感じるのはミストの趣味とばかりは言えないだろう。
「うるせえよ、お掃除メイド。バルギアルは?」
「魔王様に何の用なのよ、白いの」
「パシリが終わったんだよ。で、お前はなんで俺をそんなに嫌ってんだよ。俺、何かしたっけか?」
「うっさい、死ね!」
「え?何で?」
「うるさい、バーカバーカ! あっち行け!」
「なんだと、コラ。あんまり調子に乗ってると、お前の代わりに掃除するぞ!」
「え? そ、それだけは許して下さい」
巨漢は泣きそうな顔で言う。
「面白そうだね、君たち」
廊下で言い争っているミストとお掃除メイドに呆れながら、バルギアルが言う。
「あ、魔王様、おかえりなさいませ! 白いのがイジメるんです!」
「どっちかといえば俺がイジメられてたような気がするんだが」
「わかったわかった。お弁当買ってきたから、部屋の方に来てくれる? ミストの分は唐揚げ弁当で良い?」
「まあ、あるなら文句はつけないが、ある意味ケンカ売ってるよな?」
と言いながらもミストはバルギアルについて行って、手近な部屋に入る。
「魔王様、お弁当なんて買ってこなくても、言ってくれれば作りますよ」
「そうね。ただお弁当って魔界に無かったから珍しくて買っちゃうのよ。ところでミストが戻ったって事は、ばら撒いてきたって事よね」
「おう。結構楽しかったぞ」
「それは別にいいの。じゃ、次ね」
「の前に、お前動き過ぎじゃないか? いろんなトコで変な噂だが立ってたぞ」
「え? どんな?」
何故か嬉しそうにバルギアルが食いついてくる。
「なんか怪しい奴がウロウロしている的な話だよ」
「そんだけ? つまんない」
「いやいや、目立つなよ。何か考えあってのことか?」
「いえ? でもせっかくだから魔王として、なんかこう、ソレっぽい感じにさ」
「魔王様、十分魔王っぽいですよ」
お掃除メイドがお茶を持って現れる。
「今のバルギアルを見てそう言えるのは、大したもんだと思うよ」
今のバルギアルの服装はごく普通のシャツとズボンという姿でマントも身に付けていないため、魔王どころかただの村娘にしか見えない。
元々バルギアルは魔王と言うには威圧的なところが無く、どういう術を使っているのかはわからないが力の象徴である黄金の角も隠しているため、ただでさえ地味な外見もあってまず魔王には見えない。それでも普段この城にいる場合には魔王の鎧を身に付けているため、地味な顔立ちであっても魔王に見えなくもないが、鎧を身に付けず化粧もしていないと野暮ったさの方が強く出る。せめてボサボサの髪くらい手を加えれば印象は変わるだろうが、本人にその意志は無さそうである。
「はい、魔王様。お茶です」
「どうも、ありがとう」
「なあ、俺には?」
「あぁん? ほらよ」
お掃除メイドはミストの前にドンとカップを置く。
カップが粉々に砕けそうに荒々しい置き方をしたにも関わらずお茶がこぼれなかったのは、最初からこぼれない程度にしか入っていなかったからである。
絶妙な力加減、とも言える。
「なあバルギアル、これはイジメにならないのか?」
「ミスト、あんた一体何やったの?」
「俺が知りたいよ」
本気でそう答えると、ミストは深々とため息をつく。
バルギアルから紹介されてから数時間してからは、このお掃除メイドはミストに対してはずっとこういう態度である。
何かやったのだろうとはミスト自身思っているのだが、具体的に何をやって嫌われたのかまったく分からない。このお掃除メイドとの接点はかなり少ないために、好かれる理由もないが嫌われる理由も思い至らない。
それでも外見が外見だけに、ミストは命の危険さえ感じている。
お掃除メイドはニコニコしながらバルギアルの隣りに座る。
絵面としてはシュールな光景である。
「で、今度は何をするんだ?」
「次は勇者候補よ」
「勇者候補? なんだそりゃ」
「そうね、じゃ説明するよ」
バルギアルはどこからかスクロールを召喚する。
「また細かい字だな。お前、筆マメにもほどがあるだろ」
「メモは大事よ? 私ってすぐ忘れるから、こうなっちゃうの」
「なんかここまでくると、メモを取ったことを忘れないためのメモも必要だな」
うんざりしたようにミストは言う。
「ごく簡単に言うと、ファラームにはなんだかんだ言っても安定していてもらわないと、こちらにとっても都合が悪いのよ。で、リリス女王に暴れまわられても困る。そういう訳で、ばら撒いた武具を適度に回収してくれる勇者様が居てくれた方が計算しやすいって事」
「はあ? じゃばら撒かない方が良かったんじゃないか?」
「順序の問題よ。まず、ファラームには混乱してもらわないと困るけど、あんまり混乱されても困る。こちらの動きを隠す為に混乱してもらう必要はあるけど、こちらの動きが落ち着いたら混乱されていても困る。で、こちらの都合の良い勇者にいてもらった方が収拾を付けやすいというわけ」
「また都合の良い話だが、面白そうだな。今回も候補がいるのか? 前回のばら撒きポイントみたいなやつ」
「それについてミストの意見を聞きたい」
バルギアルは数枚の候補者のデータを出す。
そこには詳細なデータと、精緻な似顔絵が描かれていた。
「リリス女王のは無いの? 俺、凄く興味があるんだけど」
「いやいや、あの女王陛下は無理よ。一瞬で潰される」
「みたいだな。だからこそ興味があったんだけど」
ミストも便利に使われてはいるが、元々は武人である。それだけにファラーム最強戦力とされるリリス女王に興味を持っていた。
が、バルギアルが言うように彼女が候補にならないのも分かる。
何しろ今回の蠢動の前提は、この女王に気付かれない事が絶対である。
ミスト自身も一般人のフリをして女王の情報を集めてみたが、この女王様は現在十八歳。王侯貴族といえど、実力同様に桁外れの好奇心の持ち主らしく、さらに困ったことに女王にあるまじき軽率極まるほどの行動力も持っているという。具体的には単身で城から抜け出し、別人になりすまして裏街に顔を出す事すらあるとさえ言われている。
ありえない、とは思うのだが可能にする方法は幾つかある。
一つには、常人にはありえないレベルの魔力を持つ女王であれば、その魔力を持って自身の分身のような存在を作る事も出来る。その魔力をもってすれば、まず見分ける事などできないだろう。
「お、この娘が良いな」
ミストが選んだのは、金髪の少女だった。
「あ、やっぱり? 私もその娘が大本命だと思った」
バルギアルも頷く。
その金髪の少女の名前はメルファ。年齢はリリス女王と同じ十八歳。三姉妹の次女にして、剣の達人。両親は冒険者として名を上げたが、若くして他界している。北西の村ミームに住み、ミームの守護神、黄金の戦乙女などの二つ名を持っている。
また、彼女を取り巻いている環境も特殊である。
彼女の姉、三姉妹の長女は非常に優れた魔術師で、ファラームではもちろん魔法大国と言われる隣国のマヴェルでも極めて高い評価を得ている。三女の方は回復魔法の使い手として群を抜いている。この時代、回復魔法は使えるだけでも貴重だというのに、この三女は外傷であれば重傷であってすら傷一つ残さずに回復出来るという。
彼女達三姉妹の両親から後時を託された保護者の二人も、よくよく調べるととんでもない人物達だった。
一人は魔力の結晶と謳われ、またある時はマヴェルの魔女と恐れられる妖精。もう一人は先のヴァンパイアウォーズにおいてリリス女王と共に戦った三人の仲間の内の一人だという。
「なんだよ、その主人公設定。それだと十六の誕生日に王様に謁見して旅に出られるレベルじゃないか? 世界を救う気満々だぞ?」
ミストが呆れて言う。
「だから私も大本命って言ったのよ。正直なところ、彼女を主人公にしないで世界中の誰が主人公になれるんだって話だし」
バルギアルは笑いながら言う。
「それに最近だけど、彼氏と大喧嘩して別れたらしい」
「マジか。いよいよだな」
ミストは笑いながら言うが、ふと気付く。
「ん? 北西の村?」
「どうしたの?」
ミストの反応に、バルギアルが尋ねる。
「その彼氏の情報ってあるか?」
「うん? ソッチに目覚めた?」
「まあ、そんなトコだ」
反論するのも面倒なので、ミストはそう言って流す。
「乗ってこないの? つまらない。で、その彼氏の話だけど、彼氏いや元カレね。元カレの方もかなりの剣の使い手だったっぽいよ。外見的にもそこそこイケメンだったようだけど、実力差があったせいか、メルファの尻に敷かれていたというのが村での評判だったみたい。ところがつい最近、異常に実力をつけたようでメルファと互角の殺し合いが出来たらしいよ」
「ああ、なるほど。十中八九間違いなく俺に責任がありそうな話だな」
とミストは苦笑するが、気にかかる事がある。
間違ってもカツオ(仮)では無いと思うので、彼氏と言うのは魔剣を渡した少年、グァルアのことだろう。
魔剣の力があり、あれほど相性が良ければいかに実力差があっても、対戦相手の情報があれば、グァルアが負ける事など無い。フォーアームとの戦いを見た限りでは性格も甘く、負ける事は無くとも勝つ事も無いだろう。
メルファという少女はバルギアルの筆マメ過ぎる調査を見る限り、見た目の華々しさからは想像出来ないくらい武人、と言うより脳筋と例えられるほどだ。そんな人物が、負けないが勝てない戦いを続けたらどうか。
ミストには予想がつく。
美しい外見の割に異様に好戦的で脳筋に例えられるのは何もメルファだけではない。かつてルビーブレイドの元にいた時、まさにそういう女騎士だったリフを相手によくミストはからかっていた。
わかるように手加減して戦い続けているとあからさまに感情的になってムキになるか、飽きて投げやりになるかのどちらかである。
百年単位で生きている女騎士ですらそうなのだから、まだ十代の少女でしかも考えるより先に手が出る性格では大喧嘩にもなるだろう。
「何をやらかしたの?」
バルギアルの質問に、ミストは頬を掻く。
「いや、何か生理的に受け付けない坊ちゃんがいたんで、あの武具の中の一つの『願いを叶える剣』をプレゼントして人生引っ掻き回してやろうと思ったんだが」
「またよりにもよって物騒極まりないモノを」
バルギアルは苦笑いしながら、ため息をつく。
「なんていうか、せっかく効果の高いものだからそれっぽいのに渡したいと思ってな。最後まで残していたら、そうなったんだ。ま、なんだな。力のある剣は持ち主を求めるという例だな」
「あんたが持ってただけでしょ?」
お掃除メイドが睨む。
「その少年の手に渡るまで残っていた事に意味があるの。もちろん実証のしようはないけど、強力な武器には確かに持ち主を選んでいるとしか思えないところがあるのも無視できない。でも、ウィリアンダね」
バルギアルは考え込む。
「ん? どうした?」
「いや、そんな強力な魔剣があったとは」
「いやいや、お前のモノだろ?」
「一つ一つ確認なんかしてないから。集められる限りかき集めたり、かっぱらってきたりしたヤツだもん」
「ちょっと待て。かっぱらってきたって、どこから?」
「そりゃ、ファラームだったりザメルだったりマヴェルだったりメルザファラだったり魔界だったり。っていうか、大半は魔界から」
「マジかよ。しかも魔剣ウィリアンダといえば、魔人リャルドーの宝じゃなかったか?」
「ああ。そう言われるとそうだった気がする」
「で、かっぱらってきたのか?」
「ええ。かっぱらってきた。リャルドーには多分一番お世話になっていると思う」
堂々とバルギアルは盗人宣言をする。
「そりゃ怒ってるぞ、リャルドーのヤツ。ファラームまで乗り込んでくるんじゃないか?」
「別に構わないよ」
ニヤニヤしているミストに対し、バルギアルは澄まし顔である。
「と、言うと?」
「私の手元に無い以上、返しようがない。で、持ち主もはっきりしてるなら、現持ち主を教えてやればいいでしょ?」
バルギアルはあっさりと答える。
「魔人リャルドーが相手とは、グァルア君モテモテだねえ」
「ま、ウィリアンダを寝かせるようなヤツよ。あの魔剣の効果を正確には知らないらしいから、魔剣を使いこなしている奴が相手じゃリャルドーといえど手に余るでしょ」
「魔王様、りゃるどーって誰ですか?」
お掃除メイドがバルギアルに尋ねる。
「知り合いとは言えないかな。コレクターとして有名だったから、幾つか貰っても良いかなと思ってね」
「コレクターからすれば殺されてもおかしくない発言だな」
ミストが笑う。
バルギアルは研究者ではあるが、特にコレクション癖があるわけではない。どちらかと言えば物欲に乏しく、その物自体にあまり価値を見出さない。
集めた魔法の武具をばら撒いた行動などにも見て取れる。
一方の魔人リャルドーは武具の収集家として、魔界でもかなり有名である。腕っ節にも自信があるらしく、収集において力尽くで奪った物も多いと噂される。
単純な戦闘能力であれば、フォーアームなど比べ物にもならない。
「おい、幾つかだと?」
「うん。山ほどあったから、強力そうなのから適当にかっぱらってきた」
「適当にってお前、ホントに殺されるぞ? リャルドーのヤツ、鼻血出てんじゃないの?」
「まだまだ山ほどあったから、問題無いんじゃない?」
「そういう問題じゃないんだよ、コレクターってのは」
ミストは頭を抱えて呟く。
そうは言っても価値観の違いを言葉だけで理解させるのはほぼ不可能である上に、実際に盗人である事は間違いないのである。
後は魔人リャルドーが直接この城に乗り込んでこない事、あるいはこの城を離れてからリャルドーをかわすまで現れない事を祈るしかない。
「さて、では勇者候補はこのメルファちゃんで良いの?」
「俺は構わないよ。これからちょっかい出す必要もあるだろうし、それなら厳ついオッサンより美少女の方がテンション上がる。ところで質問があるんだが良いか?」
「ええ、何?」
説明の義務は済んだと言わんばかりに、バルギアルは弁当を食べながら答える。
「勇者候補を探す前に、こちらの戦力増強が先じゃないか?今やっている事は敵の強化と、敵の敵の強化だろ?こちらの強化はいつ始めるんだ」
ミストは僅かしか入っていないカップのお茶を飲み干す。
「あのー、メイドさん? おかわり頂けますか?」
「チッ」
あからさまに舌打ちして、お掃除メイドはミストのカップにお茶を注ぐ。
「強化、という事であれば間接的に始めているよ」
バルギアルはスクロールを一本召喚する。
「これを完成させて出版して」
「いや、それ前に聞いた。っていうか、資金集めが必要だったら、あの武具を適当にばら撒くんじゃなくて、いろんな街で売れば良かったんじゃないか?」
「それじゃ周りの強化につながらないでしょ。だからこうして」
「いや、全部じゃなくて一部でもそこそこ金になったんじゃないか? お前のソレを完全否定するわけじゃないが、手元に多少とはいえ動かせる金を置いとくべきだろ?」
ミストの言葉にバルギアルは目を丸くしている。
「なるほど、その発想は無かった。ミストって天才だったの?」
「それは馬鹿にしてるよな」
「いやいや、本気で大したもんだと思ってるって。そうね、リャルドーのところからあと二、三個いただいて来ようかな」
「それは止めとけ、これ以上イジメんな。ガチで乗り込んでくるぞ。そうじゃなくても乗り込んでくる理由があるってのに」
「お金ね。それはコチラでなんとかするよ」
「出来るのか?」
「まあ、最悪はリャルドーから無断で融資してもらうから」
どう考えても何か金策を考えるよりそれをやるだろう地味な少女のバルギアルと、その傍らにいるのは掃除する事にのみ生き甲斐を見出す世紀末覇王の様なお掃除メイドである。
ミストじゃなくても、この二人からは金の匂いがしない。
「じゃ、もう一つ良いか?」
「まあ、答えられるなら」
「何で俺は嫌われてるんだ?」
「それは私も是非知りたい」
ミストとバルギアルがお掃除メイドを見る。
「そんなに見つめちゃイヤン」
「いやいや、照れる前に答えろよ。マジで怖いから」
頬に手を当てて照れるお掃除メイドに、ミストが呆れて言う。
「もー、魔王様ったらー」
「だから、魔王喋ってねーし」
ミストが言う言葉は、残念ながらお掃除メイドには届いていないらしい。
「ごめんね、ミスト。その質問には答えられないみたい」
「ああ、そうらしいな。で、これからメルファちゃんにちょっかい出せばいいんだな?」
「いや? っていうかまだちょっかい出してもらっちゃ困るわ」
「あん? じゃ、何で勇者候補なんか決めてんの? こんなに早い段階で」
「大事でしょ? 十六歳の誕生日に王様に謁見する前に、オヤジさんには旅に出てもらって行方不明になってもらわないといけないんだし」
「メルファちゃん十八だけどね。両親も他界してるみたいだし」
「まあ、わかりやすい勇者像の例えかな」
「で、俺は何をすればいいのかな?」
「実は面白い情報があるんだけど」
バルギアルが悪い顔をして言う。
「どうした? 魔王っていうより胡散臭い顔になってるぞ」
それでも地味顔なので大した迫力は無いのだが、そこは黙っておく。
「まず一つはこのクルーファ城の北に大きな街がある。いわばファラーム最前線になる街なんだけど、ここの指揮を先代ファラーム王の兄で、現ファラーム軍最高指令がとっているらしいんだって。そこにリリス女王も時々顔を出すそうだから、実際に見て情報を集めて欲しいのよ」
「情報収集はお手のものだろ? なんで俺が?」
「面白そうだから」
「ああ、そういう事ね。まず、っていう事は別の面白い情報もあるんだよな」
「ドールがいるみたい」
バルギアルはさらりと言う。
「ドール? ドールって、あの?」
「ええ、四天王のドールよ」
バルギアルはあっさり言うが、それこそ考えられそうにない。
四天王のドールと言えば、何に対してもやる気の無い事で有名である。魔界のスミで自分の生活に満足しているはずの魔王が、好き好んでこんな嵐の中心に現れるというのは考えにくい事である。
「私から言わせると、その認識が間違ってるんだけどね」
バルギアルが言う。
「ドールは、徹底的に自分の興味に忠実な自己中心的な奴なのよ。だからやりたくない事はやらないってのを徹底してるの。だから一見やる気のないように見えるだけで、何気にお祭り好きなところがあるわ」
そういう奴は比較的やる気の無い奴とは言われないのだが、ドールと言う魔王の事はよく知らないので反論のしようがない。
「ま、真偽のほどはわからないけど、リフは確実にいるよ」
「リフが? 一番アウトな奴だよ。オウルとか、いっそドール本人の方がいいって。それより、リフは確実にいるってどういう事?」
「来たからね、ココに」
「ココに?」
「ええ、ココに。アイサツだってさ。うちのお掃除メイドと話が盛り上がってた」
「それもイメージに合わないな」
「今のところその二つが面白い情報なんだけど、どっちにする?」
「その二択なら選択の余地は無さそうだな」
ミストはクルーファ城から北上して、大きな街に来ていた。
街の中心を大きな川が走り、南北にそれぞれ栄えている事からブラザーズシティーとも呼ばれている。
ファラームで魔界の住人が組織だった行動をとる場合に本拠地にクルーファ城を選んだ時には、最前線になるこの街はファラーム王都にも負けない防衛力を持っている。街の防備もそうだが、先王の兄であるファラーム軍総司令直属軍が駐留しているため、軍備の戦力だけで言えば王都より強力と言えなくもない。
それだけに治安の良さも王都並みであるため、活気もある。
もっとも、ファラーム軍総司令と言う人物も現女王同様に奇妙極まる大物である事でも有名な人物である。
根っからの武人で、権力闘争に興味も持たない人物なため、先王との王位継承の争いの際にもさっさと王位を降りて軍の総司令に落ち着いている。それも駆け引きなどではなく、彼の持つ天性の才能ゆえでもある。
生まれの高貴さだけで街を守れるはずもないが、ヴァンパイアウォーズの際にも最終的に大多数のヴァンパイアをクルーファ城に閉じ込めていた実績がある。個人の武勇もさることながら、指揮能力、戦術戦略眼も天才的らしい。
そんな大人物が、今ミストの目の前にいる。
「いいから、食いなって! 今日のは美味いぞ」
ヒゲ面の大男が大笑いしながら、何かのごった煮をでかい器に乗せてミストに進めている。
「いいか、よそ者。この街のルールを教えてやる! それは、しっかり食う事だ!」
ヒゲの大男がそういうと、店の中がドッと湧き上がる。
「押忍! いただきます!」
ミスト自身こういうノリは嫌いじゃないので、怪しまれないためにもノッておくが、ノらなくても怪しまれそうもない。そもそも怪しむような人物もいない。
ミストはブラザーズシティーに着いてから情報収集の為に大きな宿に入ったのだが、そこの経営者が何故かファラーム軍の総司令だった。それどころか、その人物が一階の大食堂の厨房にいて、入ってきたミストに気付いて自慢の料理を振舞ってきたという事だ。
その自慢の料理というのが、食べられそうな食材を大雑把に切り分けて鍋に入れただけのような食べ物だった。
「で、よそ者の兄ちゃんはどっから来たんだ?」
妙に朗らかな人好きする笑顔で大男がミストに尋ねる。
「魔界から直で来たとこッスね。何かデカい街があったんで寄ってみました」
「じゃ、今は無職か。どうだい、俺んとこで働いてみんか? 兄ちゃん、相当な使い手だろ? 腕っ節の強い奴は大歓迎だ。が、今は食え! まずはそれからだ!」
「大将、魚アゲますぜ」
「おう、今行くから待ってろ。じゃ、兄ちゃん、たっぷり食えよ!」
ガハハと笑いながら大男は厨房へ行く。
あれ、王族だよな。
無用心どころの話じゃない無防備さを見せるファラーム軍総司令に、ミストは呆然としていた。
ファラームは常に魔界の脅威にさらされているはずであり、他の国よりも危機感を持っているはずなのだが、この街を見る限りではとてもそうは見えない。
あの大男だけではない。この街全体が、まるで危機感が無いように見える。
が、油断ならない雰囲気はしっかり感じられる。
ミストは美男子ではあるが、その見た目だけで使い手にはまるで見えない。それでもあの大男はミストの実力を見越していたように見える。
またこの店にいる客層も実に種々雑多である。
老若男女を問わずどころか、魔界の住人、さらにはペットどころか魔物としか言い様がない生き物もいる。ファラームの情勢上で考えるとありえない事では無いのだが、ここまで和気あいあいとしている事などまず考えられない。
「そりゃ、大将がいるからね」
ミストが近くにいた男性客に尋ねると、男性客は楽しげに答える。
「大将はすげーぞ。ヴァンパイアさえも寄せ付けないくらいだ。そんな大将に見込まれるとは大したもんだよ、兄ちゃん」
ミストの周りに人だかりが出来る。
「よそ者の兄ちゃん、まずは食うことだぞ?」
「ああ、いただきます」
ちょっと手を付けづらいザ・男の料理決定版のような料理だが、食べない訳にはいかない空気になっているので、ミストは食べてみる。
「お、美味いッスね」
ミストがそういうと歓声が上がり、人だかりが一斉に料理を取りに行く。
「え? 何スか?」
「いやー、大将の料理ってそんなだろ? 当たり外れが極端だから、誰か食べるのを待ってたんだよ」
「なるほど、毒見って事ッスね」
「ま、言葉は悪いがな。いや、美味い事の方が圧倒的に多いんだがね、時々奇跡的な不味さになる事があるんだよ」
まあ、そうだろうな。
見るからに大雑把なのが分かりすぎる料理である。時々奇跡的な美味さになるのはわかるが、時々しか不味くならないという方が凄い。
料理の腕もある意味では凄いが、料理を振る舞いながら大笑いしている声が聞こえてくる声の大きさも、その慕われ方も凄い。
ドンッとカウンターに乗っているのは、本来まな板に乗せて解体するのでは無く吊るしてから解体する様な巨大な魚を手馴れた手付きで、豪快に笑いながら捌いている。
「あら、この盛り上がり方は今日は当たりかしらね」
そう言って店に現れたのは、黒髪の妖艶な美女だった。
日中の大食堂ではなく、夜の街を練り歩く食虫花の様な異様な魅力の女である。
わざとキツめの化粧を施しているようで、見た目には二十代後半か三十代前半に見えるが実年齢は下は十代後半、上は四十代前半と思えるほど正体が分からない女だ。
「ああ、伯爵夫人じゃないスか。大将ならあそこで魚捌いてるッスよ」
「ええ、楽しそうね」
伯爵夫人と呼ばれた女性は、上品に扇子で口元を隠して笑う。
何だ、この女。シャレにならねえぞ。ウチの地味子じゃ話にならねえ。
ミストはごった煮を食べながら、伯爵夫人の様子を見て思う。
何気無い立ち姿にスキは無く、全身に漲る魔力は驚異的なモノを感じさせるがそれを体の内側に隠している。ちょっとやそっとの魔力探知では、その漲る魔力を察知することなど出来ないだろう。
「おう、伯爵夫人じゃねえか。おいテメエら、席作れ!」
大将と呼ばれる大男、ファラーム軍総司令は伯爵夫人に気付いてカウンターにいた客を蹴散らしている。
「あら、親切じゃない? どうしたのかしら?」
「イイ女には親切にしとけって、俺の下心が言ってるんだよ」
「それが男の総意なの?」
「いいからそこに座れ。おい、そっちのよそ者! お前もこっちに来い! いいとこ食わせてやる」
「俺?」
ミストは驚いて尋ねる。
「おう、お前だお前! こっち来い。特別に伯爵夫人の横に座らせてやる!」
「いや、遠慮出来ますか?」
「あら、私じゃ不満かしら?」
「いや、俺じゃ釣り合わないでしょうに」
「細かい事言うな、俺が許したる。ん? いや、ちょっと待て。伯爵夫人の隣りが気後れするんなら、強制はできねえな。だが、俺がお前を気に入ったんだ。奢らせてもらうためにも、俺のとこに来い。ま、偶然隣に伯爵夫人が座ってる事もあるかもしれんが、それは気にするな」
こりゃ断れないな。
総司令の大男といい、正体不明の伯爵夫人といい、あまり油断ならない人物に近付き過ぎるのは危険なのだが、ここでこれ以上粘っても事態は好転しないのもわかる。
ミストは苦笑いしながら、大きな器を持ってカウンターの席に移動する。
「見ないイケメンね。あなた、名前は?」
「あだ名は白いのですよ。俺を見たら、白いのとかパシリとか呼んで下さい」
「フフッ、面白いイケメンね。私のところに来たら、パシリなんかよりもっと素敵な事に使ってあげるのに」
伯爵夫人がフェロモンをたっぷり漂わせながら、ミストに手を伸ばす。
「おいおい、未婚の女がこんな日中から男漁りか? 感心せんなあ」
「あら、男と女の間に日の高いも低いもないわよ」
「待て待て、客を取るつもりならオジサン黙ってないよ?」
笑いながらではあるが、こちらは漲る殺気を隠そうともせず、大男は伯爵夫人を威嚇する。が、気の小さい人なら腰を抜かしそうな殺気も、伯爵夫人はどこ吹く風でミストに流し目を送っている。
「あの、伯爵夫人って男漁りに来てんスか?」
「まさか。いい男にだけよ」
「じゃ、俺より目の前にいろんな意味でデカい男がいるじゃないですか。俺なんかより、ソッチの方が数倍いい男でしょう?」
「ハッハッハ! いい事言ってくれんじゃねえか!」
「でも、妻子持ちは興味無いのよ。あら、あなたも妻子持ちかしら?」
「いや、いないッスけど」
意外だな。そのくらいの修羅場は何ともないかと思ったが。
伯爵夫人の雰囲気から、自分の欲しいものであればまったく気にしないかと思ったが、意外なくらい倫理観を持った人物のようだ。
「不思議な感じだけど、貴方からは女の匂いがしないのよね。私ならほっとかないけど、身持ちが固かったりするのかしら?」
「キッカケが無いのと、高望みする性格なもんで」
環境的には異性に囲まれているはずなのだが、異性を感じさせない野暮ったい地味子と、そもそも異性ではなさそうなお掃除メイドである。女の匂いがしないのもわからない話では無い。
と言っても地味子の方は怒らず、むしろ頷いているだろう。
「そうは見えないけどね。けっこう尽くしてくれそうな雰囲気があるけど、どう?私に尽くしてみない?」
「だーかーらー、客引きしてんじゃねえっての」
「待ってよ、大将。私の自由恋愛の邪魔したいの?」
「身持ちを固めるのを進めた事はあるが、いつでもどこでも男漁りしろとはいってねえぞ」
「て言うか、夫人じゃないんスか?」
ミストが尋ねると、総司令の大男も伯爵夫人も驚いている。
「どうしたんスか?」
「しまった。その呼び名なら、そういう事だよな」
「設定自体は間違ってないと思ったし、それなら私もキャラ作りしやすかったんだけど、これはちょっと設定いじらないといけないわね。オジサン、何かある?」
大男と伯爵夫人は二人で、何か内緒話を始めている。
オジサン?まあ、その呼び名は珍しくないけど、この店でそう呼ぶ客はいなかった。もしかして、この伯爵夫人って。
最初に伯爵夫人を見た時に、キツい化粧のせいで年齢がわからないようしているという印象はあった。
あったけど、これがホントにリリス女王なのか?
あからさまに正体を隠しているあたりだったり、総司令の大男と親しい雰囲気なども、この女性がリリス女王であれば何も不自然ではない。ただ、リリス女王がここにいるという事実は不自然極まりない事ではある。
だが、情報とは一致する。
好奇心の塊で、王族とは思えない軽率極まる行動力。その一方でファラーム最強戦力である実力の持ち主。
「夫人、といっても私が結婚しているわけじゃなくて、私が伯爵号を持っているのよ。だから皆が伯爵夫人と呼ぶのよ。で、どう?」
「おお、ソレだ! そういう事だ」
まだ設定話をしていたのか。
ミストの存在を思い出したのか、伯爵夫人は慌てたように扇子で口元を隠す。
「夫人と言っても、私が結婚してるわけじゃないの」
「ああ、話聞こえたんでわかってますから」
「そう? じゃ、そんな感じでお願い」
いや、そうじゃねえだろ。っていうか、そこはお願いしちゃダメじゃねえ?
「ま、いいや。ねえパシリ、私のトコでパシらない? 私、優遇するわよ?」
「いや、俺は」
ミストが言いかけた時、店に慌てて客が一人入ってくる。
「大将、大変です! 魔物の集団が来ますぜ!」
「おっしゃ、野郎共、いっちょ蹴散らすぞ!」
包丁を振りかざして、大将が吠えると一斉に声が上がる。
「おいよそ者の兄ちゃん、伯爵夫人、お前らもせっかくだから見物していけ。特によそ者の兄ちゃんにはブラザーズシティーの戦力を見せてやるから、攻略の糸口でもつかんで行ってくれ」
大男は自信満々に笑いながら言う。
続きます。