第一話
楽しんでいただけると嬉しいです。
第一話
『ファラームの歴史に限った事ではないが、人間の歴史というものは常に戦争の歴史と同義である。
ある時は心躍る英雄譚として、ある時は凄惨極まる愚行として人々の記憶の中に刻み込まれる。』
「面白くもなんとも無いな」
後ろから覗き込んだ男が、ため息交じりにつぶやく。
純白の大きな翼と同色の長い髪、精悍さを持つ男らしい美男子である。ただし、表情は呆れ顔で美男子も台無しである。
「何よ」
「いや、なんかこう、ありきたりな書き出しだなあと思ってさ」
睨まれた男はおどけていう。
「それにさあ、仮にも魔王職にあるものの文章なわけだろ? せっかくだから他にマネできないような、抱腹絶倒なモノをお届けするべきじゃないかと思ったわけだよ。一読者として」
「私のイメージでは魔王と抱腹絶倒が結びつかないんだけど」
「オリジナリティーってヤツ? 大事じゃないか? バルギアル、お前が四天王なんて呼ばれる事になったのも、他とは大きく違うからだろ?」
「別に私が宣伝したわけじゃないけど」
ため息をついて筆を置く。
「で、今後の方針って決まったのか?」
「そうね、ひとまずコレを書き上げてどこか出版先を見つける。できればシリーズ化して社会現象を起こせれば大成功と言えるかな」
バルギアルと呼ばれた魔王職にある地味な少女が、大真面目にいう。
「じゃなくて、ファラーム占領作戦、とういうか魔王の仕事なんて世界征服くらいしかないだろ? 魔界の女王からの指名もあるし、そのためにファラームに来ているのに、いつから始めるんだよ」
「無理よ、そんなの」
さも当然のようにバルギアルは言う。
「はあ?」
「無理無理。大体四天王なんて呼ばれちゃいるけど、それって四大変わり者ってだけで別に強さとかで決められてないからさ。それにルビーブレイドに無理だった事が私に出来るわけないって。魔界の女王って言う奴も人選ミスにも程があるよ」
「まあ、俺も名前しか知らないんで会った事は無いんだが、で何?その面白くない文章書いて出版しようとしてんの? 真面目に魔界の女王様の為に仕事しろよ」
「世界征服よりよっぽど建設的だと思うけど、ダメ?」
バルギアルが腕を組んで考え込むのを見て、男は深々とため息をつく。
「一応言っておくが、魔界からこのファラームに来たのは、この世界に魔界の住人を移住させることが目的だということを忘れるな。手紙だとか魔力の情報の伝達だけとはいえ、魔界の女王の直接指令だし」
「忘れてないって」
「だったら行動しろよ。女王の期待に答えるとなったら、それはもう世界征服くらいしかないだろう?」
「そうかなあ。歴代の魔王はそれに失敗して今にいたってるわけだし、私がどんなに背伸びしても届かないくらい優秀な魔王ですら成し得ていないって事は、それはもうやり方が間違ってるからとしか思えないけど。少なくとも私が歴代魔王の行動をそのままマネたところで成功することはありえないんじゃないかな」
「言ってることは立派に聞こえるが、だからお前がここで遊んでいていい理由にはならないぞ。それで俺まで嫌味言われるんだ」
「言わせとけば?」
バルギアルはどこ吹く風である。
「そうもいかないんだよ。あんたがしっかりしないからルビーブレイドは負けたんだ、なんて言われたら会った事も無い女王とかいう奴より、リフとスカーレットアイビスが殺す気満々で追って来る事になりかねない」
「うわっ、それは怖い」
「他人事みたいにいうなよ。そうなったら全部お前のせいにするからな。っていうかお前のせいで間違いないだろ?」
「うん、それは間違いないかな」
「だったら」
言いかけるのをバルギアルが止める。
「いや、私もただ遊んでいたわけじゃないって。一応戦略を練っていたのよ。私なりに戦力分析をしてみたから、これを見て」
バルギアルは書きかけの文章を脇へよけると、別のスクロールを出して机の上に広げる。
「うをっ、字が細けえ!しかも多いぞ、字が」
「いや、そこじゃないでしょ。これは半年前のヴァンパイアウォーズを私なりに分析したモノだけど、コレで力だけではまったく通用しない事が証明されてるのよ」
「読むの面倒だから説明してくれ」
「読んでよ。説明すんの面倒なんだから」
今から半年前、魔王バルギアルがファラームに現れる前に吸血鬼が大量にファラームへやってきた事件である。
吸血鬼、ヴァンパイアは魔界の中でも別格の危険性を持つ存在で、一騎当千という言葉があるが、一般的な人間の戦力で考えると何ら大げさでも過言ではない。
それが二百体という大群であり、それを率いるのが“始祖の残滓”と呼ばれるヴァンパイアのリーダー、ミリアはヴァンパイアの中でもさらに桁外れの実力を持っていた。が、それでも最終的には力で排除された。
ヴァンパイア側の大きな誤算が二つあった。
一つはファラームには魔界からの移住者を数多く受け入れている。それはルビーブレイドの政略でもあったが、ルビーブレイドを撃退後にファラームで行われた政略の一つである。その結果、ファラームの三人に一人は亜人種の身体的影響を受けているため、一般人とは比べられない身体能力を持っていた事。
だがそれは“始祖の残滓”ミリアが本気で対処しようとすれば、まだ対処できる問題ではあったはずだった。
もっともミリアというヴァンパイアは治に優れ、好戦的な性格ではなかったという解決しづらい問題もあったが、それでも彼女の智謀と実力があれば対処できるはずだった。
最大の問題は、ヴァンパイアウォーズを止めるため、ヴァンパイアの巣窟に乗り込んできた四人の人物である。
その中の一人が、現ファラーム女王、当時十七歳だった少女、リリス・メイである。
見目麗しい黒髪の美少女だが、彼女は現時点で人類最強の一角にいることは疑いない。
ファラームで倒された魔王ルビーブレイドはバルギアルと同じく四天王と数えられているが、その実力は七日で人類を絶滅させる事ができると言われるほどだった。
恐ろしい事にリリスの実力は、まったく同じ例え話をされている。彼女が本気になれば人類を七日で死滅させる事が出来ると言われている。当然ただの比喩だと言いたいところだが、それを比喩だと信じて疑いもしなかったヴァンパイアは今のファラームには残っていない。
接近戦でも達人級の剣士であり、魔力は七日で人類を絶滅させるレベル。世が世なら歴史に名を残す覇王になっていただろう。
他の三人もそれぞれに恐ろしい実力者だったようだが、現女王リリスの武勇伝があまりにも派手過ぎてあまり資料が残っていない。
わずか半年前であるにも関わらず、である。
「ま、リリス女王の武勇伝を宣伝するために意図的に抑えられているみたい」
バルギアルの分析としては、そういう見立てである。
資料ではリリス女王は非常に好戦的なようだが、この半年の治政は先代と比べてもなんら遜色はない。
治政の人だった先代国王は地味で質素だったためか、見た目にも戦績、行動も派手な現女王に不安の声も多かったが、危険極まる戦闘能力を有する女王に直接不安の声をぶつけられる豪胆な人物は少ない。
が、いないわけではなかったらしく、早くも治世の名君の片鱗も見せている。
「なるほど、ファラームを落とすのは至難の業だな」
「至難じゃない。言いたくないけど、不可能。少なくとも現戦力の比較と私の能力からは万に一つも成功しないでしょうね」
バルギアルは事も無げに言う。
ゴツい名前の少女魔王バルギアルも武ではなく知に傾く性格である。その性格の良し悪しを別に考えると、武に傾倒しやすい魔界の住人より状況の分析は正確といえる。
「じゃ、諦めて魔界に帰るか。そうしてくれたら俺がイヤミを言われる可能性は減る」
「それこそ面白味が無いわね」
バルギアルは別のスクロールに手を伸ばす。
「ああ、もういい。また細かい文字だらけで、細々と説明するつもりだな?戦略的にどういう事をやろうとしてるか、要点だけ伝えてくれ」
白い翼の男は嫌そうな顔で言う。
「要点だけで言えば、ファラームの占領は不可能だから、別の国の領地を分けてもらって、ファラームで受け入れられなかった魔界の住人を入れる国を作る、というわけ」
「なるほど。方法論は別にして、さらにこちらの都合通りにいくかどうかも別にすればいい考えと言えなくもない。ところで、その計画に最初の出版の話はどう繋がってくるんだよ」
「何をやるにしても、お金がかかるんだから活動資金を得るためのスポンサーを募る一環としての執筆活動、というわけだけど?」
「死ねばいいよ」
あからさまに呆れて白い翼の男が言う。
「何で? 完璧な計画じゃない?」
「活動資金なんかは現地調達、っていうか略奪こそが魔界の住人の醍醐味じゃないか。それがないとぶっちゃけ俺ら意味ないだろ?」
「これまでそのやり方で成功していないんだから、まったく別のやり方を模索しない限り先が無いんだって。少なくともルビーブレイドは成功の一歩手前まで来た。あくまでも対等の関係を望んだルビーブレイドだけど、人間はそれを認められなかった。今のファラーム女王となら話がついたかもしれなかったわね」
「元ルビーブレイドの部下としては、それらの事はよく知っているんだが、お前の計画とルビーブレイドの行動が結びつかないんだよ」
「そう? ルビーブレイドも略奪を良しとせず、いろんな産業や経営に興味を示したみたいだし、それによって活動資金を稼いでたでしょ。歴代の魔王と比べてルビーブレイドのこの行動は明らかに異質だけど、これこそ成功の秘訣だと思うのよ」
バルギアルの言葉に白い翼の男は、深くため息をついて首を振る。
「了解。で、俺は何をすればいいんだ?」
「実はいろいろやってもらいたい事があるの」
バルギアルは地図を取り出す。
「この印のところに、私がかき集めた魔法の武器をばらまいて来てほしいの」
「はあ? 意味がわかんねーよ」
「だろうね。説明してもいい?」
「手短に頼む」
「何をどうするにしても、今のファラームはあまりにも強力過ぎるのよね。色々細かい事を言うとこちらとしても悪くない状況なんだけど、今の戦力ではまったく身動きが取れない。で、この印のところには反乱分子やら盗賊の類、魔物の住み着く洞窟なんかがあって、そんなところに適当にでもそこそこ強力な魔法の武具を置いてやれば、勝手になんやかんやとやってくれるというわけ」
「それこそ勝手な言い分だな」
と、白い翼の男は言うが、その見立てがあながち間違っていない事も予想出来た。
魔界の住人は、一部の例外を除いて好戦的な性格が多い。それは弱肉強食の世界で生き抜き、進化してきた過程で植え付けられてきた本能と言える。弱みを見せれば虐げられる世界では、たとえ虚勢であっても強さを見せなければ生きていけない。
ファラームの住人は身体能力だけではなく、そういった性格も大きく影響を受けている。そのような人物に強力な武具を持たせれば、それが必要でなくても必要な理由を作って使ってくれるという事だ。
全てが、とはいかなくても半数以上はバルギアルの考えている通りに踊る事だろう。
「さっきは適当にと言ったけど、近くであれば持たせる人物はミストの方で決めても構わないから。人選は任せるわ」
「マジで? 男女比とか関係無しでいいのか?」
「いや、まあ、全部じゃなければ。っていうか少しくらいなら」
「よっしゃ、任せろ! なんかテンション上がってきた!」
ミストは言葉通りにやる気を見せる。
「武具は近くの倉庫に放り込んでるから、地図と一緒に持って行ってね。重いから一回では無理だと思う。面倒でも何回か往復してね」
「それは仕方がないか。近場に竜はいなかったのか?」
「いても目立つからダメ。今目立ったらすぐに潰されちゃう。何しろ戦力が私とミストとお掃除メイドの三人しかいないからね」
「お掃除メイド? ああ、アレか。アレをメイドって呼ぶのやめないか?」
「それ以外の呼び方がないでしょ。近々ここを引き払って、お掃除メイドに掃除してもらってるクルーファ城に引っ越す事になるから、武具をばら蒔いたらここじゃなくてクルーファ城に来てね。多分そこか、近くの街にいると思う」
「クルーファ城? あの城使うのか?」
ミストは驚いて言う。
クルーファ城は沼地に建てられた城で、魔物側にとって都合のいい場所である。
実際に半年前のヴァンパイアウォーズにおいても、ヴァンパイア側は本拠地としてこの城を使っていた。
当然ファラーム側もこの城が魔物にとって都合が良い事は承知しているが、それでもこの城の存在を放置している。
理由は簡単で、あえて都合の良い場所を提供する事でこの城へ誘導しているのだ。
魔物にとって本拠地として占拠しやすい城ではあるが、ファラーム側から見ても閉じ込めやすいという利点がある。つまりこの城を拠点に戦うということは、ここから勢力を拡大させるというより、この拠点を守る防衛戦を強いられる事になる。
「一時的によ。ミストのばら蒔く武具を上手く使って大きな勢力ができればそいつらに城を渡して、私たちは別の拠点に移ればいい。私としてはあの城は、三ヶ月も使えれば十分なんだから」
「…大した深慮遠謀があるみたいだな。まあ俺は期待に答えて面白そうな奴に魔法の武具を渡してくるよ」
「ええ、よろしく」
ミストは元々魔王ルビーブレイドの腹心だった。
ルビーブレイドには三人の腹心がいて、ミストは外交官としてその手腕を振るっていた。実戦闘では女騎士のリフが、参謀役には小柄な老人のオウルがそれぞれいたが特化型の二人と違い、ミストはオールマイティにこなせるためルビーブレイドからの評価も高かったとミストは自負していた。
だが、ルビーブレイドが倒された時、腹心の三人はついて行く事を禁じられていた。
今にして思えば、ルビーブレイドは交渉のテーブルに着く約束を反故にして暴力に訴えてくる事を、すでに予見していたのだ。だからこそ、腹心の三人を連れて行かず、単身で交渉に向かった。
最もショックを受けていたのは、忠義心の塊の様な存在だった女騎士リフだった。
彼女はルビーブレイドが討たれた事を知ると、こちら側を裏切った人間のみではなく、ありとあらゆる人間を敵視して皆殺しにしようとした。
その時はオウルとミストで必死に止めたが、正直なところミストもそうしたかった。ただリフに先を越されたため、冷静でいられただけの行動と言える。
時間が経つにつれ、その思いは後悔となってミストの心の中にわだかまっていた。
やがてリフとオウルはどういう経緯かは知らないが、同じく四天王に数えられる魔王ドールの元へ行き、ミストはバルギアルの元へと行った。
何故バルギアルを選んだのかは、ミストは今でも理解できていない。
ルビーブレイド配下の時代にはバルギアルとの接点はほぼ皆無であったので、ミストはバルギアルの名前くらいしか知らなかった。
リフとオウルが四天王のドールの元へ行ったと知った時、堅苦しいリフと同じところには行きたくないと思ったのかもしれないし、どうせなら自分も同じく四天王の元に付きたいと思ったのかもしれない。もしかしたら、見た目には少女である事も原因かもしれない。
ただルビーブレイドの自称恋人として彼を愛してやまない四天王の一人、スカーレットアイビスの元には誰も行けなかった。
合わせる顔が無かった、というのが本音である。
信用されていると思っていた。
最期には一緒に死ねると思っていた。
何も一緒でなくても構わない。自分が代わりに死ねるのなら、それこそが本望だったのはミストだけではなかったはずだ。
ところが代わりに死ぬ事もできず、生き残ってしまった者に、愛する者にどのように顔向けしていいかわからなかった。
結局ルビーブレイドの死を伝えたのはオウルだったと聞いた。
彼ならそれも参謀の務めといって、こなしてくれるとも思った。
「情けねえなあ」
ミストは誰に言うでもなく呟く。
一人になるとどうしても昔の事を思い出してしまう自分に、ミストは自嘲する。
魔王バルギアルは、仕えてみると意外と面白い人物だった。
元々魔界の四天王とは強さによって呼ばれたものではなく、明らかに他とは違う変人の中でもトップの四人に与えられた蔑称である。
魔界の中でも群を抜く戦闘能力を持ちながら、驚くほどに何事に対してもやる気のない魔王ドール。天才児と呼ばれるほどに多方面に才能を見せるも、話し合いこそがあらゆる戦闘方法の中でも最強であるという自説を譲らなかったルビーブレイド。ルビーブレイドにベタ惚れで、愛があればあらゆる障害は無きに等しいと豪語するスカーレットアイビス。誰からも評価されない、魔界では異端中の異端である研究者バルギアル。
中でもバルギアルの評価は低く、ヴァンパイアなどはあからさまに蔑んでいたが、当人はまったく気にせず本人の興味のあることに対しての研究を続けていた。
バルギアル本人が必要としなかったせいもあるが、バルギアルには配下がミスト一人しかいなかった。
そのため誰も知らない事ではあるが、バルギアルはそれが役に立つかどうかは別にして驚くほどの知識量を誇る。
ファラームへ来て半年ほどでファラームの現状や、先のヴァンパイアウォーズの分析、今後の方針を決める事なども全て一人で行なっているのだから、情報収集能力と情報処理能力にかけては並外れていると言える。
また研究者という人種に共通して言える事ではあるが、その人物の印象からは考えられない行動力がある。なにしろ自分の興味があることをとことんまで研究して解明するのが、研究者という人種である。バルギアルもその例に漏れず、自分の興味のあること、自身の考えの正しさや行動による結果を調べるための労力を惜しまない。
それをミストは方々に魔法の武具を置いて回っている時に実感した。
口調は軽く、さほどのやる気を感じさせなかったが、それでもすでにバルギアルはファラーム各地を回り、幾つかの仕込みを済ませていた。
これらの仕込みが上手く連鎖すれば、一見夢物語に聞こえるバルギアルの計画も現実味を帯びる。
弱小勢力が生き延びるには、第三勢力となるしかない。
逆に第三勢力となれれば、それが弱小勢力であっても生き延びる事が出来る可能性が出てくる。
全体を百として考えると何も三十の力は必要無い。国力が四十五と四十の国が戦うのであれば、十五の力があれば生き残れる。それまでは目立たずに力を蓄え、その一方で各国の力を削ぎ、不和の種を蒔かねばならない。
前途は多難だが、不可能ではないのでやり甲斐はあった。
そして、ミストは彼に出会った。
ファラームの北西の端の村に来た時、村の近くでは小規模ながら激しい戦闘が行われた。
「へえ、面白そうだな」
ミストは上空からその状況を見ていた。
村の近辺で戦っているのは、村の自警団のようだった。
最前線に立ち、勇戦奮闘しているのは十代後半の少年だった。剣の腕は相当なもので、村の自警団などというレベルではない。その少年のサポートをしているのが三人の村人で、それぞれが飛び道具や長柄の武器で少年を援護している。
ちょっとした魔物が相手ならそれで十分だっただろうが、今回は相手が悪すぎた。
人と比べると大柄な肉体を持つ、一般的に食人鬼と呼ばれる魔物が二体。それだけでもちょっとした村からみると脅威と言える危険度ではあるのだが、さらに一体、危険度の高い魔物がいた。
食人鬼と同じくらいの体格で、一般成人男性の平均身長でも胸に届くかどうかという大柄な身長と、文字通り鋼のような筋肉は人間の三周りはボリュームがある。だが、この魔物の最大の特徴は額から生えた太い角と、丸太のような太い四本の腕である。
見た目には野蛮極まるのだが、実は理知的なところもあり、おそらくこの魔物は近辺の様子を見るつもりで動いているところを、村の自警団と遭遇したのだろう。
どちらかといえば、こんなところで遭遇するような危険性のものではない魔物に遭遇してしまった自警団の方が不運といえた。しかしこれが村に近付くのを見逃せない自警団としては、逃げる事もできず戦闘に入ったらしい。
「さて、フォーアーム相手にどう戦う?」
自警団の面々も魔物達も、ミストの存在には気付いていない。
戦力的に見ると魔物側の方がかなり有利ではあるが、自警団側は連携が良く、中心人物の少年の技量は一対一であればフォーアームをも撃退する事ができるかもしれない。
魔物側には連携の意識が薄く、個々の能力は高いもののそれを活かしきれていない。しかしそれも、今は様子見に徹しているフォーアームが本格参戦するまでの問題である。
ミストの見立てでは、少年はここでこの魔物を全て倒せるとは思っていない。この少年は逃げるスキを作る事を最優先に戦っている。
判断は悪くないと言えるが、フォーアームだけなら深追いする事もなさそうだが、極めて好戦的な食人鬼二体が獲物を簡単に逃すという事は考えにくい。村からの援護があるのなら、退きながら戦う事も出来る。
ミストは最初から見ていた訳ではないので、村の自警団側が援護を要請出来たかどうかは見ていないが、戦い方から見ると援護要請はできていないようだ。
「引き時じゃないか?」
ミストはそう思うが、自警団側はまだやれると思ったようだ。
第三者の立場から見ていたミストがそう思うという事は、同じ立場で見ている者がいれば同じように思う事も十分考えられる。
「やっぱりか」
ミストは苦笑する。
フォーアームはさりげなくだが、自警団の退路を絶つように立ち位置を変えている。
「だとすると、全滅だな」
食人鬼は個々の能力の高さのため、連携を取ろうとしない。そのため正面からの攻撃ばかりの傾向が強い。そのため、一人勇戦奮闘する少年を周りでサポートという形で戦闘が継続されている。
個人技頼りの戦いで、戦闘を継続している状態だった側にいきなり陣形を絡めた戦いを見せられては自警団側に対応する余裕は無かった。
「これ以上は無理だ! 村に逃げろ!」
「遅いな」
少年が叫ぶのに対し、ミストは呟く。
「ちょっと力を見せ過ぎたな」
ミストは苦笑して呟く。
大して何もできずにただ逃げ帰っただけなら、フォーアームは興味を示さなかっただろうが、少年の剣の技量は危険と感じさせるだけのものだ。もしミストでもここで討てるとなれば、出る杭は打っておく。
フォーアームも同じ事を考えていたようだ。
「ま、そうだよな。もう一歩いけば魔神と言えるクラスだしな」
ミストは興味深そうに言う。
少年はまだ逃げれると思っていたようだが、村の自警団はフォーアームに呑まれて逃げる事も連携も上手くいかなくなっている。
「さて、お手並み拝見かな」
ミストはここからの展開を読んでみる。
ここまでくると大勢は決して、一方的に魔物側が自警団側を虐殺する展開だと思い勝ちだが、計算し辛い不確定要素が自警団側にある。
逃げ時を逸したとはいえ、少年の技量は諦めなければ九死に一生を得るチャンスを呼び込める可能性がある。フォーアームとしては勝ちが確定している中で獲物を取り逃がす事は食人鬼にナメられる事になりかねない上に、窮鼠に噛み付かれるのも馬鹿馬鹿しい。詰めというのは思いのほか難しいものだ。
フォーアームの選んだ戦術は包囲殲滅戦だった。
確実といえば確実と言える。これだと食人鬼側も十分に戦闘が楽しめる上に、被害が小さく、戦果も見込める。
問題があるとすれば、包囲のために戦力を分散させる事になる。この少年の技量があれば、村人の一人か二人は連れて逃げ帰れる。
フォーアームの方は無理だろうが、食人鬼側のどちらかを集中して倒し、村人の誰かを魔物が狙っているスキに逃げれば村の増援を呼べる。そうなってはさすがのフォーアームといえど勝利は見込めない。
「ま、そうだよな」
ミストであればその行動を取った。恨まれようと蔑まれようと、それは生きているから嘆くことが出来るのであって、ここで死んでは村にも被害が及ぶ。それであれば、最優先事項は生きて帰ること。
なのだが、少年にその選択肢は浮かんでいないのか選べなかったのか、後手になりながらも戦闘を継続している。
つい苦笑して、ミストは少年の前に降り立つ。
「嫌いだな、そういうの」
「な、なんだ?」
少年と、フォーアームが同時に声を上げる。
「どっちかってと、こっちのが嫌いかな」
ミストは少年を見る。
「フォーアーム、まだやる気か?」
「貴様は?」
フォーアームはミストを睨む。
「さあ、どう言ったもんか。今はただのパシリだよ」
ミストはそう言うと、少年に向かって鞘に収まった剣を放り投げる。
「悪いんだが、少年。俺は特に理由もなく君が嫌いなようだ。だから嫌がらせをしてみる事にする」
「な、何だよ」
「その剣だがな、実は恐ろしく強力な魔剣なんだ。その剣を使えばフォーアームもその周りも、簡単にぶった切れるだろうな。ただ、そうすると周りからは嫌われるだろう。で、フォーアーム、お前もその剣の前には下手な事しない方がいいぞ? お前ならわかるんじゃないか、あの剣が触れちゃいけないモノだってのも」
ミストはそう言うと、ふわりと飛び上がる。
「君らは有効な飛び道具を持ってないみたいだし、俺はここで見学させてもらう」
身勝手に水を差しておいて、ミストは上空から見下ろす。
最初に動いたのは食人鬼だった。
一瞬だがフォーアームは食人鬼を止めようとしたが、行かせる事にした。
それに対し少年はミストから渡された剣を左手に持ちながら、右手の剣で応戦する。
今回は途中で割り込んできたミストのせいで、食人鬼が狙っているのは村人ではなく少年一人。その少年も左手の凶器の存在が気になるのか、動きに精彩を欠いている。
「まったく、逃げればいいのに」
ミストは呆然と事を見守っている村人達を見て呆れる。
わざわざ魔剣を渡す時に言ったのだからさっさと逃げれば良いのに、村人は事の成り行きを見守っている。
「フォーアームも見守るだけか」
今の魔剣を抜いていない状態であれば簡単に討てるだろうが、フォーアームは魔剣の能力を警戒しているようだ。
正解と言えなくもない。わざわざリスクを背負ってまでここで一人の剣士を討つ理由は無い。それなら剣の効果を食人鬼二体差し出してでも見極めた方が良い。
一般的に考えればそうだが、あの魔剣を抜かせるべきではない。魔剣を抜かせなければ、食人鬼と共に少年を討ち魔剣を奪う事も出来るのだ。
慎重といえば慎重である。だが、結果論になるとはいえ、ここで少年を討つべきだ。答えを知っているミストはそう思うが、フォーアームは能力を見極める事を優先している。
少年も窮地に追いやられているものの、あからさまに怪しい渡され方をした魔剣を使うのをためらっている。
魔剣を使うのは時間の問題ながら、少年はかなり粘っている。
が、少年の意志に剣の方が耐えられなかったらしい。
「ま、あんだけ防戦で使っちゃ形状的に無理だろうな」
盾であればまだしも、切るための武器は基本的に薄い。刃の構造上、厚みを持たせては切れ味を鋭く出来ない。ほとんどの剣が何度も受けるに耐える構造では無い。
まして食人鬼の力任せの攻撃を正面から受けていたのでは、剣の方が持たなくなるのは当然である。
「さて、年貢の納め時だな」
ミストはニヤニヤしながら見ている。
あの魔剣は抜いただけで効果がある。劇的、ということは滅多に無いがフォーアームはさぞかし後悔するだろう。
問題は魔剣の方が抜刀者を持ち主と認めるかではあるが、ミストの知る限り魔剣側が持ち主を拒絶するなど極めて稀な事である。その場合でも、ミストとしては問題ない。ミストの目的はバルギアルの武具をばら蒔く事であるので、その持ち主など誰でも良いのだ。
ここで少年に魔剣を与えたのは言葉通りの嫌がらせであり、その持ち主がフォーアームに変わったところで何も変わらない。
面倒毎があるとすれば、ミストをしてフォーアームを討つのに手間が掛かるというところだが、それはいずれどこかの勇者様がやってくれる事だろう。いかに強力極まる魔剣であっても空中を飛び回れば、ミストであれば逃げ回れる。
「さて、どうなるかな?」
少年が魔剣を抜き放つのを見て、ミストは呟く。
魔剣は眩い光を放つ事も、強力な力を振りまく事もなく、ただの剣として少年の手にあった。
村人達は先のミストの言葉から恐ろしく緊張していたようだが、ただの剣で安心したようだ。
それを抜いた少年の表情も見ずに。
「……その魔剣」
フォーアームは言葉を搾り出すと、ミストを睨む。
「お、気付いたんだ。それだけでも大したもんだ」
ミストはニヤニヤしながら戦闘を見る。
少年は剣を見て、食人鬼に切り掛る。
それが全ての始まりだった。
少年の一振りで食人鬼の腕が落ちる。
「退け! まともに相手をするな!」
フォーアームは食人鬼に命令するが、その時には既に食人鬼の一体は細切れにされ原型を留めてはいなかった。
ただでさえ高かった技量を持つ少年だったが、今では動きそのものが人間離れした早さと重さを見せつけている。
「貴様、一体何者だ!」
「俺の詮索するよりも、さっさと逃げた方がいいぞ。見ての通り、お前の四本の手には余る事態だしな」
怒鳴るフォーアームに対し、ミストは笑いながら言う。
フォーアームがミストから少年に視線を戻したとき、もう一体の食人鬼の右腕を切り落とされたところだった。
「すげえな。こんなに劇的な効果があるとは思わなかった。相性良かったんだな」
ミストは上空から見て笑う。
ミストが少年に渡した魔剣の効果は、使用者の想像に合わせて使用者を強化するという回りくどいながらも、神々の武具とされる武器と同等の強力な効果がある。
しかし想像に合わせて持ち主を強化する、という効果は感覚ですらどういうものか解りづらいため、すぐに使いこなせるものでは無いのが一般的である。それをこの少年は抜刀した直後からこれまで防戦一方だった食人鬼を、文字通り目にも止まらない早業で切り刻んだのだ。
本能的に魔剣の使い方を分かっているのか、よほど魔剣から気に入られているのか、少年は恐ろしく魔剣を使いこなしている。
「こりゃフォーアームでも無理だな」
「貴様はどうなのだ」
フォーアームが睨むと、ミストは笑いながら少年の方を見る。
「その剣には致命的な弱点がある。俺が持っていた剣だから、それをよく知っている。残念だがその剣で俺は倒せないんだよ。お前は切り刻まれるんだろうなあ」
あからさまに他人事なミストの発言は誰に対する挑発なのか分からないが、少なくともフォーアームの頭には血が上ったらしい。
フォーアームの手に四本の剣が現れる。
「小僧、まだ戦う気か?」
「いや、僕はもう逃げる事にする。これ以上の戦いは無用だし」
「何でッスか、先輩! やっちまいましょうよ!」
何だ?妙な外野がいるな。
好戦的な自警団の少年の一人がけしかけるが、少年は魔剣を手にしたまま逃げる素振りを見せないものの、切りかかろうともしない。
それも気に食わなかったのか、フォーアームは露骨に表情を歪めて少年に切り掛る。
四本の腕からの斬撃は早さといい重さといい、本来は少年が全力を持って当たっても厳しいはずの攻撃だったが、今の少年にはかすりもしない。
まるで止まって見えるかのように最小限の動きで四本の剣の攻撃をかわすが、恐ろしい事に剣で防ぐ事すらせず、それどころか剣の腹を手の平で押しのけて軌道をそらすという離れ業まで見せる。
「ひやっほーい! 先輩、超カッコイイ!」
使い始めでそんな事まで出来るのか?はしゃぐのもわかるな。よし、あの外野はカツオ(仮)と名付けよう。それにしても大したもんだ。
さすがにミストも目を疑う。
魔神クラスの攻撃能力を誇るフォーアームをここまであしらえるのは、それだけで群を抜いた実力を持っていると言える。元々高かった技量を持つ少年ではあったが、魔剣の効果もあるとはいえこれほどの実力に跳ね上がるとは、誰も予想出来なかった。
ただ、調子に乗り過ぎだな。
ミストがチラリと視線を向けると、実力がありえないほど跳ね上がった少年に対し村人は一人を除いて不信極まる表情に変わっている。
「さすがッスよ先輩! 先輩は本気出せばイケるって信じてたッス。一生ついて行くッス!」
相当なお調子者か、余程少年を尊敬しているのだろう。アレ見て良くそんな事言えるもんだな、カツオ(仮)。
ミストは大喜びしている外野を見て呆れて、そう思う。
フォーアームもこれまでにここまで簡単にあしらわれた事は無かったらしく、さらに熱くなって攻撃してくるが、元々二刀流というのは見た目には攻撃重視に見えるが、その実攻撃重視というより攻防一体の構えである。もし攻撃を重視するのであれば、剣の数を増やす事に意味は無く一本の剣を両手で持った方が遥かに攻撃力が高まる。
フォーアームの四本の剣も、まったく同じである。
四本もの剣を振り回せば、それだけで攻撃力は申し分無く見える。事実フォーアームの腕力は人間と比べるとかなりのものであり、十分過ぎる攻撃力になる。が、剣という武器は実はさほど連撃には向いていない。
短刀であればまだしも、剣という武器の攻撃力を活かすには刃の切れ味と、その重みを利用しなければ十分な威力を発揮できない。ただ腕力だけで振り回す攻撃では打撲傷は与えられても、一刀両断とはいかないものだ。
本来ならば、より精緻な動きを要求される多刀流で力任せに振り回してはその重みを活かすどころか、無駄なスタミナを消費させられるだけでなく剣の重さに振り回される事になり、その結果腕や肩に多大なダメージを受けかねない。
はっきりとした実力差を感じ取ったのか、少年が狙ったのはまさにそこだった。
腕力で振り回そうが、神技を持って刀剣を振ろうが、共通している事は一刀目を外したあとの行動である。振り下ろした剣を振り下ろしたまま攻撃に移る事は出来ない。つまり振り下ろした攻撃の次に、同じく振り下ろす攻撃は出来ない。横に薙ぐなり振り上げるなりしなければ次の攻撃へは移れない。
それを感情で行う場合、余計な力が入り過ぎる。振り上げる動きをする時、さらに下から力を加えれば制御が困難となり大きく体勢を崩してしまう。それだけならまだしも、肩や腕を痛める事も簡単に起きてしまう。
少年はフォーアームの攻撃をかわし、一つの斬撃の戻りを狙って大きく下から剣を跳ね上げる。
狙ったのは左下の腕の攻撃。本来上から振り下ろす攻撃には向かない腕の位置だったが、フォーアームはその腕で振り下ろし、さらに振り上げる動作に移るところだった。そこを跳ね上げられ、左上の腕に当たり、左上の腕で振ろうとしていた攻撃は大きく逸らされ、さらにその激突の衝撃で左の二本の手から剣が離れる。
「うひょー! 先輩、かっちょいいッス!」
やかましい奴だな、カツオ(仮)。もし俺なら殴ってる。
ミストは一人で大はしゃぎしている少年を見て苦笑する。
外野の騒ぎが聞こえたのか、フォーアームはようやく冷静さを取り戻したように間合いを外す。
「妙だな、小僧。いかに魔剣の効果とはいえ、まるで疲れを見せないのはおかしい」
フォーアームは間合いを外して少年に言う。
ん?気づいたか?
上空から様子を見ているミストが、フォーアームと少年の動きを見ながら思う。
まともに戦っても勝ち目が無い事はフォーアームも理解したようだが、だからこそ見える突破口というものもある。
そこに気づいての言葉か、ただ不審に思っただけか。わずかながらも大きな違いだが、命運を分ける事になる。
「小僧、実に大した実力だが、案外その剣の効果だけではなくこちら側の存在なのではないか?」
「先輩の実力ッスよ!」
戦っていた少年では無く外野が答えるが、フォーアームはそれを完全に無視している。
あのカツオ(仮)はともかく、フォーアームは気付いているみたいだな。
ミストはフォーアームの言動と表情から読み取る。
分かってしまえば攻略のしようもある。経験によってその弱点も補えるのだが、いかに相性が良いと言っても少年にはありとあらゆる経験が足りない。
魔剣の弱点、それはごく単純なものである。
想像力を武器に出来るということは、「そう思う事に疑問を持たせる」だけで良いのだ。人間の想像力というものは実に逞しいものだが、それほど強固なものではない。
どれだけ想像出来れば絶対安全と言われても、上空数百メートルから安全装置などの保障もなく飛び降りる事など出来るものではない。わずかであっても自身の強化に疑問を持たせることが出来れば、これまでのような強化を維持できなくなるのだ。
魔剣の所有者本人がその能力を知り、しっかりと熟練すればそれほど簡単に揺さぶる事も出来なくなるが、今であれば効果絶大である。
最初にミストが自分にその魔剣は効かないと念を押したのも、まったく同じ理由からの予防処置である。
実際の持ち主はバルギアルであり、ミスト自身はまったく使ったことのない魔剣であるが、少年にその情報を知る術は無い。魔剣を持ってきた者がはっきりと弱点を知っているから、自分には通用しないと言われては、それを完全に無視する事など出来なくなる。
これがミストの心理戦術だと知るまでの間、この魔剣の効果によって少年がミストを遥かに凌駕する実力を身に付けたとしても、ミスト戦では発揮出来なくなるのだ。
フォーアームもその可能性に気付いたため、腕力ではなく言葉での攻撃に切り替えてきたのだ。あの魔剣に対しては腕力より効果的である。
「どうだ、小僧。こちら側に戻ってこないか? 貴様はそのような人間達を守るための存在ではなく、ただ血を求めて剣を振る方がしっくりくるのではないか?」
「無い」
ギャーギャーとわめいている外野のカツオ(仮)と違い、少年は短く言い放つと魔剣を鞘に収める。
「これ以上負け惜しみを続けて恥を上乗せする事もないんじゃないか?」
少年は痛烈な挑発をフォーアームに向ける。
「なるほど、ここは退くとしよう」
今度は挑発に乗らず、それどころか薄ら笑いさえ浮かべてフォーアームは撤退していく。
細切れになった食人鬼は失ったが、片腕になって逃げ出した食人鬼は生き延びているだけでフォーアームは良しとしたらしい。
「先輩に恐れをなして逃げていったッスよ!」
一方少年の側は、いつの間にか連れはカツオ(仮)一人になっていた。
守るために戦っていた村人たちは熱烈な後輩以外は逃げ出していたが、少年は眉一つ動かさずフォーアームを見送るとミストを睨む。
「あんたは一体何者なんだ」
「言ったはずじゃないか? ただのパシリだよ。その剣を渡したのは、本能的に嫌いな君に対する嫌がらせだって。それ以上の情報は俺も与えようがないんだがな」
「嫌がらせ?」
「ああ。あれだけ良かった連携が、魔剣を手にした瞬間から君のスタンドプレイになった。援護するべきはずの仲間も、いつの間にか居なくなっている。もう君はこれまでのような援護は受けられない。今後は友達も去っていって、孤軍奮闘の日々が待っている。可哀想になあ」
ニヤニヤしながらミストは言う。
「俺は先輩に一生ついて行くッスよ! それにこいつは先輩にビビってんスから、やっちゃいましょうよ!」
カツオ(仮)はミストを睨みながら少年に言うが、それに対して少年は何も言わずに、ただ眉を寄せている。
へえ、頭も良さそうだな。それはそれで可哀想だが。
そんなはずはない。村人はわかってくれる。といった希望の言葉を少年は口にしない。思わず口を開こうとはしたものの、その言葉を飲み込んだ。
ミストの言うように、村人は今後少年を信用しないだろう。もしフォーアームとの会話まで聞いていれば、少年を魔物の類だとして村に言い回っていただろう。
「一人か二人は信じてくれる。それだけで僕は戦っていけるよ」
「だろうな。そういうところは見えるが、だから嫌いなんだろうな」
ミストは笑いながら言う。
「少年、名は? あ、お前じゃないぞカツオ(仮)」
「カツオ? なんだそれ。俺は」
「いや、聞いてないから。お前はカツオ(仮)で十分だ」
名乗ろうといていたカツオ(仮)に釘を刺すと、ミストは魔剣を渡した少年に尋ねる。
「グァルア。あんたは?」
「パシリだよ。そう覚えておいてくれ」
あくまでも本名を語らないミストに少年は不満そうだったが、無意味に噛み付こうとはせずに睨んでいる。
「そんなにビビる必要なんてないさ。俺に戦う気は無いんだし」
「ビビってんのはそっちだろ? 先輩、やっちゃいましょうよ」
「やめておくよ。さっさとどこかに消えてくれないか?」
「ははっ、おっかねえ」
ミストは翼を広げる。
「それじゃ、グァルア君。長生き出来ると良いな。カツオ(仮)はともかく」
「ホントは先輩にビビって逃げるんだろ? 臆病者め」
「カツオ(仮)も実力でそう言える様になるといいな」
そう嫌味を残してミストは去って行く。
続きます。