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8. 影の支配者と、ストーカーの残像

「……申し訳ありません。私の失態です」


 資料室に集まった仲間の前で、ヴィンセント様が深く、深く頭を下げた。その拳は、怒りと悔しさで白くなるほど固く握られている。


「どういうことだ、ヴィンセント。お前ほどの男が、確保した証拠を盗まれたというのか?」

 カイルが信じられないといった面持ちで問いかける。


「はい。生徒会室からの帰り道、薄暗い廊下で一人の女生徒とすれ違いました。一瞬、肌を刺すような冷気を感じ……気づいた時には、懐に入れていた裏帳簿が消えていたのです」


「お前に気づかれずにすれ違いざまに盗むなんて、並の技術じゃないわね……」

 マリアが顎に手を当て、鋭い視線をヴィンセント様へ向けた。

「その冷気……もしかして、闇魔法による隠密ステルスじゃないかしら?」


「闇魔法……」カイルが眉をひそめる。「もしそうなら、犯人はすぐに絞れる。この学園で闇魔法の適性を持つ生徒は、たった一人しかいない」


 ヴィンセント様が沈痛な面持ちで、私を見た。私は唇を噛み締め、その名を絞り出す。


「……アイリス。私の義理の妹ね」


「なんで妹がそんなことを……。それに、あいつは王子の側近でもないはずだろ?」

 カイルの疑問に、ヴィンセント様が調査済みの事実を突きつけた。


「彼女は王子の『影のサポーター』です。レティシア様が悪役令嬢として孤立するように、学園中に根も葉もない噂を広めていたのは、すべて彼女でした。……それだけではありません」


 ヴィンセント様が私を気遣うように声を落とす。

「レティシア様のあの、派手すぎる化粧や悪趣味な縦ロール……あれも、アイリスがメイドや家族を操り、レティシア様に『それが最新の流行だ』と思い込ませて仕向けていたことです」


「ちょっと待って……」マリアが絶句する。「じゃあ、レティシアが学園でバカにされるように、外堀を全部埋めていたのはその妹なの?」


「はい。アストレア公爵家の人間は、今や全員がアイリスの言いなりです」


 私は黙って俯くしかなかった。家の中に私の味方はいなかった。お父様もお母様も、メイドたちも、いつの間にかアイリスの愛らしい笑顔と、その背後に潜む「何か」に心酔し、私を蔑むようになっていたのだ。


「厄介ね……。彼女が王子の味方をしている以上、あんたの正体がバレるのも時間の問題だわ」

 マリアの言葉に、部屋に重い空気が流れる。

「ごめんなさい……私の家族のせいで……」


「あんたのせいじゃないわ。むしろ、そんな環境でよく今日まで正気を保ってたわよ」

 マリアが私の肩を叩き、一旦解散することになった。


 皆が部屋を出ていく中、ヴィンセント様が私の腕をそっと掴み、呼び止めた。

「……レティシア、少しだけいいですか」


 振り返ると、ヴィンセント様の顔は青ざめ、眼鏡を押し上げる指が微かに震えていた。


「どうしたの、田中君? そんなに震えて……」


「……あの時、すれ違った瞬間に確信しました。アイリス……彼女は、おそらく『転生者』です」


「えっ……?」


「それも、ただの転生者じゃない。……前世で、僕を執拗に追い回し、僕が好意を寄せていた結衣さん――君を、殺したいほど憎んでいた、あのヤンデレのストーカーです」


 心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

 前世の記憶。放課後の校舎の影、無言の電話、そして、私が田中君と話すたびに向けられた、あの暗く淀んだ執念の目。


「あの気配……間違いありません。彼女は今世でも、僕と君を『監視』している」


 復讐の舞台に現れたのは、王子よりもはるかに狡猾で、狂気に満ちた「前世からの執着」だった。





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