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5. 王子の散財と、揺らぐサファイアの真実

「……あぁ、なんて美しいんだ。その輝きすら君の瞳の前では霞んでしまうよ」


王都随一の高級宝石店。

エドワード殿下は、私の首元に大粒のサファイアが躍るネックレスをあてがい、陶酔した声を上げた。

横に控えるヴィンセント様の背後から、凍てつくような殺気が立ち上っているのが分かる。


(……サファイアなんて、私の瞳の色でもないのに。適当に高いものを選んでるだけでしょ)


私は内心で冷めたツッコミを入れながら、困った顔を作った。

「殿下、滅相もございません。このような高価なもの、私には不相応ですわ」


「ははは! 君のその奥ゆかしさがまた素晴らしい。遠慮せずともいいのだよ」


殿下は上機嫌だ。本当なら突き返したいけれど、ここでヴィンセント様が冷徹な声で口を挟んだ。


「……レティシア様。殿下のお志を無下にするのは不敬に当たります。ここは、大人しく頂いておくのが賢明かと」


その眼鏡の奥の目は、「これは公金横領の決定的な物証(証拠品)になるから、確実に確保しておけ」と告げている。

「……分かりました。ありがとうございます、殿下」


私が受け取ると、殿下は「やはり私の選んだ女だ!」とさらに鼻を高くした。


「店主、支払いはこれだ。いつものように処理しておけ」


殿下はカウンターに置かれた支払伝票にペンを走らせる。

ヴィンセント様や私からは手元が見えないよう、殿下は自身の体でさりげなく書類を遮っていた。

王族が人前で金銭のやり取りを細かく見せないための、彼なりの「品位」のつもりなのだろう。


だが、彼は忘れている。

私は、彼が「完璧すぎて可愛げがない」と切り捨てた、元・婚約者だ。

次期王妃としての厳しい教育の中には、相手の僅かな挙動から機密を読み取る術も含まれていた。


私は殿下の右肩、上腕、そして肘の動きに神経を集中させる。

淀みのないストローク。特定の文字を描く際の独特な跳ね。

彼は今、自分の名前――『エドワード・フォン・アステール』とは、明らかに違う文字を綴っている。


「……っ」


読み取った文字は、『生徒会長』。

あろうことか彼は、この個人的な贈り物の支払いに、学園の予算執行権を行使したのだ。


殿下が店主と包みの確認をしている隙に、私はヴィンセント様の隣へ寄り添い、唇をほとんど動かさずに囁いた。


「ヴィンセント様……。殿下、今『生徒会長』としてサインしました」


ヴィンセント様の眉が、僅かにピクリと動く。

「……何と言いましたか?」


「肩の動きで分かりました。間違いありません。王族の個人口座ではなく、学園生徒会の公金から決済しています。……だとしたら」


「……生徒会の会計も、流用の『ぐる』である可能性が高いということか」


ヴィンセント様の声が、一段と低くなる。眼鏡の奥で、彼の瞳が冷徹な検察官のような光を宿した。

学園の運営費は、王室からの補助金だけでなく、多くの貴族から寄付金も集まっている。

そこに手を出したとなれば、これはもはや「王子の道楽」では済まされない国家的な不祥事だ。


「……詳しくは、また後で。殿下がこちらを見ています」


私は何食わぬ顔で殿下の方へ向き直った。

「殿下、そんなに早くお手続きを済ませてくださるなんて。お心遣いに感謝いたしますわ」


「ふふん、当然だろう。私の愛は、手続き一つに時間をかけさせるほど安くはないからね」


満足げに鼻を鳴らす殿下。

その懐から学園の未来が削り取られているとも知らず、彼は優雅に店を後にした。

私の手の中にあるサファイアが、急にひどく重く、そして醜いものに感じられた。




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