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3. 特等席の復讐劇は、最悪のプロポーズと共に

「本日より、特待生として本校に編入することになったレティシアだ。皆、仲良くするように」


 学園の教壇。担任の紹介に、私は緊張で指先を震わせながら一礼した。

 派手な縦ロールも、厚塗りの化粧も、高慢な笑みも今の私にはない。さらさらの地毛に、素材を活かしたナチュラルなメイク。

 ……でも、いくらなんでも「レティシア」なんてそのまんまの名前で大丈夫なの?


「……可愛い。ねぇ、あの子凄くない?」

「透き通るような美人だ。どこの貴族様だよ」


 教室がざわめく。けれど、そこに「悪役令嬢レティシア」を蔑むような色は一切ない。

 本当に、誰も気づいていないんだ。……マリアと「彼」の言葉は本当だった。


 ◇


 数日前、夜の森。

 漆黒の馬から降り、冷酷な目で私たちを追い詰めたはずのヴィンセント様は、周囲の衛兵を遠ざけ、私たち3人きりになった瞬間に……突如として崩れ落ちた。


「……無理、無理無理無理! 結衣さんに剣を向けるなんて、全宇宙の摂理に反する行為だよ! 腕が腐るかと思った……!」


 さっきまでの低音ボイスはどこへやら。早口で挙動不審、おまけに眼鏡の奥の瞳は涙目。

 その姿は、前世の教室の隅でラノベを読んでいた「田中君」そのものだった。


「田中……君? 本当に田中君なの?」

「結衣さん……! 会いたかった、いや、ずっと見てた。変な意味じゃなくて! 違うんだ、エドワードの馬鹿が君を捨てるとかいう神をも恐れぬ暴挙に出るとは思ってなくて……。こうなったからには、俺、あいつの横領と不貞の証拠、全部掴んで、君の潔白を証明して見せるから」


 彼は震える手を差し出してきた。

「あいつが地獄に落ちるところ、特等席で見せてあげる。だから、正体を隠して学園に戻って。……あ、本音を言うと、君と同じ学園に通いたいだけなんだけど」


 真っ赤になって俯く彼に、マリア(陽子)が「相変わらず重いわね」と呆れた顔をしていた。


 ◇


 そんな経緯で始まった、二度目の学園生活。

 お昼休み、私は食堂でマリア、そしてヴィンセント様と合流した。表向きは「特待生が聖女と王子従者に挨拶をしている」という体裁だが、中身はただの同窓会だ。


 マリアとはあえて他人のふりを装うが、彼女が私の皿にさりげなく「私が嫌いな野菜」を移してくるのは前世のままだ。

 平和だ。こんな日が来るなんて……。


 そう思った瞬間、食堂の空気が凍りついた。


「――見つけたぞ。私の、運命の女性を」


 聞き覚えのある、傲慢で甘ったるい声。

 見上げれば、そこにはエドワード殿下が立っていた。彼は私の隣にいる婚約者マリアのことなど目に入っていない様子で、私の手を取り、その場に膝をついた。


「君のような気高くも可憐な花が、この学園にいたとは。前までの婚約者は、お前の爪の垢を煎じて飲むべきだな」


「え……あ、はぁ……」


 引き攣った笑いを浮かべる私に、殿下は陶酔しきった目で告げた。


「レティシア……君の名前も素晴らしい。私と付き合ってくれないか? 婚約者のことを気にする必要はない。今すぐにでも聖女との間に『別の問題』を作るからな」


 食堂が騒然となる。

 マリアのフォークが「メキッ」と嫌な音を立てた。

 そして背後では、ヴィンセント様が眼鏡を黒く光らせ、周囲の空気を物理的に凍えさせるほどの「静かな怒り」を放っている。


(この男、本当に……救いようがないクズだわ)


 一瞬、怒りで頭が真っ白になった。

 でも、すぐに別の感情が込み上げてくる。

 私を、私の努力を、私の人生を嘲笑って捨てたこの男。

 今、彼は私が誰かも知らずに、私の魅力(陽子プロデュース)に平伏している。


 なら――。


「……はい、殿下。私でよろしければ」


 私は頬を染め、世界で一番可憐で、そして世界で一番邪悪な笑顔を浮かべて承諾した。


(見てなさい、エドワード殿下。あんたが私の正体に気づいて、絶望にのたうち回るその瞬間を……私が最高に華やかに演出してあげるわ!)


 私の返答に、殿下は勝ち誇ったように笑った。

 その横で、ヴィンセント様が「……あいつ、絶対許さない(小声)」と限界オタク特有の呪詛を吐いているのを、私は聞き逃さなかった。



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