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番外編3:至高の黄金液体(カラメル)と白銀の秘宝(カスタード)

 


「……あの日、食べ損ねちゃったんだよね。期間限定のとろける極上プリン」


 王宮の中庭に設えられた東屋。昼下がりの穏やかな光の中で、レティシアがふと零したその呟きが、すべての始まりだった。

 エスコートしていたヴィンセントの眼鏡が、その瞬間、キラーンと鋭く光ったのを彼女は見逃さなかった。


「……田中君?」

「いえ、なんでもありません。公務を思い出しました。……少し失礼します」


 ヴィンセントはいつになく迅速な動きでその場を去った。

 その足が向かったのは、政務室ではなく――王宮の巨大な厨房だった。


 ◇


「総員、手を止めろ」


 王宮の料理長ブースケは、突然現れた次期国王の殺気にも似た気迫に、思わず手に持っていたお玉を落としそうになった。

「殿下!? ど、どうされましたか、このような場所に……。味への不満でございましょうか!?」


「いや、違う。……今日この時から、ここは私の直轄の研究室とする。これより、ある『秘宝』の再現実験を行う」


 ヴィンセントは腕まくりをすると、戸惑う料理人たちを見回し、朗々と宣言した。

「ターゲットは、卵と牛乳の比率が限界まで高められ、口の中で瞬時に分子崩壊を起こす……いわゆる『とろけるタイプ』の黄金カスタードだ。それと、砂糖を極限まで熱し、甘美な苦味を抽出した『黄金の液体カラメル』の生成も急げ」


 料理人たちは、ヴィンセントのあまりの真剣な表情に息を呑んだ。

「黄金の液体……!? もしかして、他国との外交を有利に進めるための、新たな錬金術の成果物ですか?」

「『瞬時に分子崩壊』……! なんという恐ろしい魔導兵器を……!」


 ヴィンセントの脳内(田中君モード)では、「あのファミマのプリンの、底にあるカラメルの苦味とカスタードのコクのハーモニー」という極めて個人的な情熱が燃え上がっていたが、それが周囲には「国家レベルの極秘研究」として伝わっていた。


「いいか! 蒸し上げの温度は一定でなければならない。一ミリの気泡も許されない。このプリンの表面の揺れは、結衣さんの心の揺れと同じくらい繊細でなければならないんだ!」


「(ユイ・サン……伝説の聖女の名前か!?)承知いたしました、殿下! 命に代えても理想の振動数(プルプル感)を実現してみせます!」


 その日から三日間、王宮の厨房からは甘い香りと、料理人たちの悲鳴に似た気合の叫びが絶えることはなかった。


 ◇


「……どうぞ。私の研究の成果です」


 数日後、再び東屋に呼び出されたレティシアの前に、銀の蓋に覆われた器が置かれた。

 蓋が開けられると、そこには。


「……っ、これ!」


 美しい陶器の中で、絶妙な角度で自立しつつも、今にも崩れそうなほど柔らかそうな黄金色の塊。その底からは、宝石のような琥珀色の液体が溢れている。


 レティシアがスプーンを差し込むと、それは抵抗することなく吸い込まれた。一口、口に運ぶ。


「……美味しい。あの時のプリンより、ずっと……」


 濃厚な卵の味と、鼻を抜けるバニラの香り。そして、少しだけほろ苦いカラメル。

 あの日、事故に遭う直前に手にしていた「ご褒美」が、今、より完璧な形となって目の前にある。


「田中君、これを作るためにずっと厨房に……?」

「……君が、あの日食べられなかったものを、この世界で一つずつ取り戻していきたい。……それだけだよ、結衣さん」


 ヴィンセントは眼鏡を指で直しながら、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。

 レティシアは胸がいっぱいになり、プリンの甘さと彼の優しさを噛み締めた。


 ◇


 その翌日。

 王宮の食堂では、国王陛下がその「秘宝」を口にしていた。


「……なんと。この滑らかな舌触り、そして複雑な甘み。ヴィンセントよ、これが例の魔導研究の成果か」

「はい。……『愛の重力制御』と『幸福感の抽出』に成功いたしました」

「素晴らしい。これは我が国の新たな国宝としよう」


 こうして、王太子が「推し」のために私物化した国家権力の結晶は、**『王家の黄金秘宝ロイヤル・プリン』**として、王宮の公式行事には欠かせない至高のデザートとなった。


 何も知らない貴族たちは、その「プルプル」とした揺れを見るたびに、「これには王太子の強大な魔力が込められている……!」と、背筋を正して食べるようになったのだという。








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