12. 断罪のワルツと、真実の愛の証明
「手が震えていますよ、レティシア様。アイリスが現れるとしても、王子の断罪場面です。僕が必ず守りますから」
王宮晩餐会の巨大な扉の前。
ヴィンセント様が、私の震える指先にそっと自分の手を重ねた。
今日の私は、彼が用意してくれた深い真珠色のドレスを纏っている。
派手な装飾はないけれど、生地の光沢が私の肌を今までで一番綺麗に見せてくれていた。
「ええ……。でも、緊張しているのは、ヴィンセント様に、こんな風にエスコートされているせい」
私が正直に白状すると、彼は一瞬だけ目を見開き、それから愛しげに目を細めた。
「光栄です。……では、行きましょうか」
数分前、エドワード殿下が私とマリアの両腕を抱えて入場しようとしたのを、ヴィンセント様が「公的な宣言の前には、礼儀を尽くすべきです」と冷徹に遮り、私を奪い取ってくれた。今頃、先に入場したマリアは、隣で鼻の下を伸ばしている殿下に殺意を抱いているに違いない。
「素敵なドレスをありがとう。本当に、自分じゃないみたい」
「いいえ。……最高に綺麗ですよ、結衣さん」
耳元で囁かれた前世の名前に、心臓が跳ねる。
扉が開かれ、私たちは光の渦の中へと足を踏み入れた。
◇
会場の中央で、私たちはダンスを踊った。
周囲からは「あの美少女は誰だ」「王子の新しいお気に入りか」と囁き声が聞こえる。
曲が終わりに近づいた時、ヴィンセント様が私の腰を引き寄せ、誰にも聞こえない声で言った。
「……これが終わったら、話したいことがあります。偽装の恋人役としてではなく、俺自身の気持ちを」
その真剣な眼差しに、私の視界が熱くなる。
(私も……私も伝えたいことが、たくさんあるの)
やがて国王陛下が入場され、宴が静まり返ったその時。エドワード殿下が、待っていましたとばかりに壇上へ上がった。
「父上! 皆のもの、聞け! 私はここに、新たなる愛の形を宣言する! 私はこの特待生レティシアと、聖女マリア、二人を同時に妃に迎えることに決めた!」
会場が水を打ったように静まり返り、国王陛下が深い溜息をついた。
「……エドワードよ。二人は、それで納得しているのか?」
「もちろんです! 私に愛されるのは、女として最高の誉れですからな!」
自信満々に笑う殿下を、私とマリアは冷ややかな目で見据えた。
私たちは一歩前へ出ると、声を揃えて言い放った。
「「――お断りいたします」」
「……なっ!?」
殿下の顔が、滑稽なほどに引き攣った。「なぜだ! 断るなど不敬だぞ!」
「いいえ、殿下。私たち、『真実の愛』に目覚めてしまいましたの」
私がそう告げると同時に、ヴィンセント様が私の隣に。そしてカイル様がマリアの隣に、寄り添うように立ち並んだ。
「貴様……ヴィンセント! 俺の女に手を出したのか!」
逆上して掴みかかろうとする殿下を、ヴィンセント様は冷たくあしらう。
「おかしなことを。殿下はすでに、レティシア様と婚約破棄をされているはずですが?」
「はぁ!? 婚約破棄したのはあの傲慢な悪役令嬢だろ! この清楚なレティシアとは関係ない!」
「……まだ気づかないのですか」
ヴィンセント様が、会場中に響き渡る声で告げた。
「あなたが『ケバくて可愛げがない』と罵り、国外追放したアストレア公爵令嬢レティシア本人が、目の前の彼女ですよ」
「……え、ええええええっ!?」
会場中が驚愕に包まれる。殿下は、腰を抜かしたように後ずさりした。
「ば、馬鹿な……。あんな縦ロールの化け物が、こんな美少女なはずが……。だが、そうか! それなら話は早い! 婚約解消はなしだ! 私の元に戻ってこい!」
その浅ましい言葉に、私は心の底から軽蔑の笑みを浮かべた。
「今更、もう遅いです。私は、ヴィンセント様を愛してしまったのです」
作戦ではない、私の魂の叫び。
ヴィンセント様の腕をぎゅっと抱きしめると、彼の体が一瞬びくんと跳ねた。
「この、従者の分際でぇぇッ!」
激昂した殿下が拳を振り上げ、ヴィンセント様に殴りかかろうとした、その時。
会場の明かりが不自然に揺らぎ、ドロリとした漆黒の闇が、殿下を包み込み、制止させた。
「――田中君に殴りかかろうなんて、身の程知らずも甚だしいわね」
冷たく、肌を刺すような声。 闇の中から現れたのは、愛らしい笑みを消し去り、狂気を瞳に宿した義妹、アイリスだった。
「私の田中君に、汚い手で触れないでくれるかしら。お兄様?」
断罪の舞台は、アイリスの登場によって、前世からの怨念渦巻く地獄へと変貌しようとしていた。




