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11. 白昼の潜入者 〜変わり果てた家族と影の追撃〜

 学園の昼休み。本来なら生徒たちの笑い声で溢れる時間、私とヴィンセント様は、アストレア公爵邸の重厚な裏門の前にいた。


『……こちらマリア。ターゲット(アイリス)は現在、中庭で信者たちに囲まれてお茶会中よ。監視は完璧、今のうちに済ませなさい』


 耳元に当てた無線の魔道具――通信石から、マリアの頼もしい声が響く。私は深く息を吸い、かつて自分の家だった場所の「隠し扉」へ手をかけた。




「……昼間だというのに、この冷気は何だ」


 ヴィンセント様が低く呟く。かつては華やかだった公爵邸は、今やアイリスの闇魔法が澱のように溜まり、日光さえも遮られているかのように薄暗い。


 廊下を進む私たちの前に、不自然な足音が聞こえた。咄嗟に柱の陰に隠れる。

 そこを通り過ぎたのは、私の両親――公爵夫妻だった。


「お父様……お母様……?」


 思わず声が漏れそうになり、私は口を抑えた。

 かつて私を厳しく、時に冷酷に躾けた二人の面影はどこにもなかった。焦点の合わない目で虚空を見つめ、「アイリスはどこだ?」「我らの愛しき光は……」とうわ言のように呟きながら、夢遊病者のようにフラフラと歩いている。


「そんな……。二人とも、完全に心を壊されて……」


 膝が崩れそうになった私を、ヴィンセント様が背後から抱きしめるように支えた。


「見ないでください、結衣さん。……今の彼らは、彼女の『人形』にすぎない」


「でも……っ!」


「僕がいます。……前世のあの日、君を一人にした僕が、今度は絶対に君を離さない。だから、今は前を。……証拠を取り戻しましょう」


 ヴィンセント様の胸の鼓動が、震える私の背中に伝わってくる。その熱に押されるように、私は涙を拭い、再び歩き出した。




 アイリスの部屋は、最上階の最奥にあった。

 ヴィンセント様が壁に手を当て、魔力探知を行う。


「……見つけた。この壁の裏だ」


 隠し金庫の中から、あの日奪われた『裏帳簿』、そしてアイリスが書き溜めていた気味の悪い「断罪シナリオ」を奪還する。

 だが、帳簿を手に取った瞬間、部屋全体に張り巡らされていた不可視の闇の糸が、嫌な音を立てて弾けた。


『――ザザッ……ザザザッ!』


 通信石から、カイル様の悲鳴のような叫びが響く。


『カイルだ! アイリスが教室から消えた! そちらの動きを察知して、魔法で直接転移したようだ。猶予はない、今すぐそこを離れろ!!』


「……っ、来る!」


 ヴィンセント様が私の腰を抱き寄せた。同時に、部屋の入り口からどろりとした漆黒の闇が溢れ出し、アイリスの冷笑が幻聴のように耳の奥で響く。


「窓から行きます。舌を噛まないように!」




 ヴィンセント様が窓を突き破り、三階の高さから庭園へとダイブする。着地と同時に、邸の正面からアイリスの怒気に満ちた叫び声が聞こえた。


「お姉様……ッ! 返して、私の田中君を返してぇ!!」


 背後から迫る巨大な影の触手。私たちは脇目も振らず、公爵邸の裏門へと疾走する。

 門を突き破り、表通りへ飛び出したその瞬間――。


 キィィィィィィッ!!


 猛スピードで突っ込んできた馬車が、石畳を削りながら私たちの目の前で強引に横滑りして止まった。


「早く、乗りなさい!!」


 扉を蹴り開けて身を乗り出したのは、マリアだった。御者台で手綱を握るカイル様が「飛べ!」と吼える。

 ヴィンセント様が私を車内へ放り込み、自身も滑り込む。


「出すぞ!!」


 カイル様の怒号と共に馬車が急発進し、私たちは背後の闇から逃げ切った。

 窓の外を振り返ると、遠ざかる屋敷の門前に、怒りに髪を振り乱したアイリスが、この世のものとは思えない形相で立ち尽くしているのが見えた。


 車内で荒い息を吐きながら、ヴィンセント様がしっかりと帳簿を握りしめる。


「……取り戻しましたよ、結衣さん」


「……ええ。ありがとう、ヴィンセント様」


 震える手で帳簿を抱きしめる。

 両親の変わり果てた姿に心は痛む。けれど、隣には私を支えてくれる「戦友」がいる。

 私たちは奪われた未来を、確かにその手に取り戻したのだ。





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