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1. 断罪の鐘と、消えた期間限定プリン

「……よってレティシア・フォン・アストレア! 貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」


 聖アステール学園の卒業パーティー。その中心で、第一王子エドワード殿下の突き放すような声が響き渡った。

 殿下の隣には、彼に守られるように寄り添う「聖女」マリア。彼女は、床に膝をつく私を、これ以上ないほど勝ち誇った、歪んだ優越感に満ちた瞳で見下ろしていた。


(あぁ……ついに、この時が来てしまったんだ……)


 私は震える手を床につき、溢れそうになる涙を堪えていた。

「悪役令嬢」になりたかったわけじゃない。私はただ、殿下の、そしてこの国の未来の王妃としてふさわしくあるために、誰よりも努力して「優秀な婚約者」を目指してきた。

 遊ぶ間も惜しんで、厳しい淑女教育にも、膨大な政務の予習にも耐えてきた。……それなのに。


 周囲を取り囲む貴族たちの視線は、氷のように冷たい。

「完璧すぎて可愛げがない」「聖女様を苛めた傲慢な女」

 耳を塞ぎたくなるような嘲笑と蔑みが、波のように押し寄せてくる。


 まるで場末の三文芝居のよう。

 ただ、私の積み上げてきたすべてが、今ここで音を立てて崩れ去っていく。

 そう思った、その時だった。


 ガシャーン!! カラカラカラ。


 近くで給仕がトレイを落としたのだろうか。

 静まり返った会場に、耳を劈くような激しい衝撃音が響き渡った。


 ――その瞬間、私の視界が、ぐにゃりと歪んだ。


(……え?)


 鼻を突く芳醇な香水の匂いが、一瞬で「おでんの出汁」と「揚げ物の油」の匂いに変わる。

 目の前の煌びやかなドレスの群れが、夜の暗闇に光る緑と白の看板にオーバーラップした。


 キキィィィッ! という、鼓膜を抉るような急ブレーキの音。

 割れたフロントガラスが、夜の街灯を反射して宝石のように飛び散る光景。


 私の手には、確かに感触があった。

 レジ袋の中で少し冷たい、プラスチックの容器。

『期間限定・とろける極上プリン』。

 明日から試験だからって、自分へのご褒美に最後の一つを勝ち取った、あの――。


「……あれ?」


 気がつくと、私はマリアを見上げていた。

 けれど、先ほどまで私を嘲笑っていたはずの彼女の顔から、「勝ち誇った笑み」が完全に消失していた。


 マリアは自分の肩を抱いている殿下の手を、まるで汚らわしい虫にでも触られたかのように、猛烈な嫌悪感を持って見つめている。

 それは、校則違反を繰り返す生徒を、あるいは手に負えない問題児を、徹底的に「分析」し「軽蔽」するような――前世で何度も見た、あの「恐ろしく冷徹な学級委員長の目」だった。


 私の視線に気づいたのか、マリアはこちらを見た。

 その瞳は、もはや「恋敵」を見るものではなかった。



 混乱する私の口から、場違いな日本語が零れる。

「ここ……駅前のファミマじゃないの……? 私のプリンは? 会計、まだ済ませてないんだけど……」


「……は?」

 エドワード殿下の声が裏返った。「プリンだと? 貴様、何をわけのわからないことを……!」


 殿下がさらに私を罵倒しようとした、その時。

 後ろに控えていた従者のヴィンセント様が、一歩前へ出た。

 彼は感情の読めない冷徹な声で、殿下の耳元へ囁く。


「殿下。これ以上は、観衆への示しがつきません。……速やかに彼女を場外へ」


 その言葉に弾かれたように、殿下が大きく手を振った。

「あ、あぁ……そうだ。衛兵! 何をしている、この狂った女を連れ出せ! 直ちに国外へ叩き出せ!」


 殿下の怒声を受け、屈強な男たちが私の両脇を荒々しく掴んだ。

「……っ!」

 強引に立ち上がらされ、体が浮く。

 引きずられるようにして大扉へと運ばれていく私の腕に、男たちの指が食い込み、痛みが走った。


 その乱暴な扱いに、ヴィンセント様の鋭い声が飛ぶ。


「待て。……罪人とはいえ、元は公爵令嬢だ。レディは最後まで丁寧に扱え。これ以上、この場を野蛮な光景で汚すつもりか?」


 冷たく、けれど有無を言わせぬ圧力を放つヴィンセント様の言葉に、衛兵たちが一瞬怯んだ。掴む力が、わずかに弱まる。


 私は出口の間際で、もう一度だけ振り返った。

 そこには、騒ぎ立てる殿下を、まるで「言葉の通じない害獣」でも見るかのように無感情に観察するマリアの姿があった。


 そして、その背後で。

 ヴィンセント様が眼鏡の縁を震える指で押し上げながら、祈るような、あるいは執着に満ちたような瞳で、真っ直ぐに私を見つめていた。


(マリアのあの目は、何……? それに、ヴィンセント様は……)


 言いようのない違和感と、腕に残る僅かな熱。

 私は夜会の喧騒から放り出される直前まで、マリアの変貌と、ヴィンセント様のあの眼差しが、網膜に焼き付いて離れなかった。



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